ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

文字の大きさ
7 / 87

第7話 暴発スキルと銀髪のエルフ

しおりを挟む
『白鹿亭』のベッドで迎えた朝は、人生で最も快適なものだった。昨夜の充実した食事がまだ胃の腑に残り、ふかふかの羽根布団が体を優しく包んでいる。これが金貨三百六十枚の力。僕はその温もりを噛みしめながら、ゆっくりと上体を起こした。
金は手に入れた。生活の基盤もできた。だが、これはゴールではない。壮大な復讐計画の、ようやくスタートラインに立ったに過ぎない。
一人でダンジョンに潜り、隠された宝を見つけ出す。それだけでも、金策としては十分だろう。しかし、それでは限界がある。高難易度ダンジョンになればなるほど、強力なモンスターが宝を守っている。戦闘を完全に回避することが不可能になる場面も出てくるはずだ。
僕の【地図化】は、あくまで情報という名の武器。それを戦場で振るうための「手足」が必要だ。
僕の完璧なナビゲートを、寸分の狂いもなく体現できる仲間。
僕の指示を信じ、その能力を最大限に発揮できる仲間。
アレクサンダーたちのような、独善的で、目に見える力しか信じない人間はもうこりごりだ。僕が求めるのは、僕と同じように不遇な扱いを受け、自分の力の本当の価値をまだ知らない者。燻っている原石だ。磨けば、どんな宝石よりも輝く可能性を秘めた存在。
「……さて、探しに行きますか」
僕はベッドから降りると、新しい服に袖を通した。目的地は決まっている。冒険者たちが集い、新たな出会いを求める場所。
酒場だ。

王都には、冒険者御用達の酒場がいくつもある。昼間から営業しているギルド併設の酒場もあれば、夜な夜な荒くれ者たちが集う裏通りの店もある。僕はその中でも、特に多くのパーティが結成されることで有名な『戦士の休息亭』という酒場に狙いを定めた。
夕暮れ時、店に足を踏み入れると、むせ返るような熱気と酒の匂いが僕を迎えた。木製のテーブルはどこも屈強な男たちや、妖艶な女魔術師たちで埋まっている。壁の掲示板には「急募! タンク職」「ヒーラー求む、当方Bランク」といった羊皮紙が隙間なく貼られていた。
誰もが自分の力を誇示し、より強い仲間、より報酬の良い依頼を求めている。欲望と野心が渦巻く、戦場の手前の縮図のような場所だ。
僕はカウンターでエールを一杯頼むと、店の隅の席に陣取り、じっくりと人間観察を始めた。
【地図化】スキルはダンジョンでしかその真価を発揮しない。だが、長年の斥候経験で培われた僕の観察眼は、人の機微を読み取るのにも役立つ。誰がパーティのリーダーで、誰がそれに不満を抱いているのか。誰が自分の実力に自信を持ち、誰がそれをひけらかしているのか。視線の動きや声のトーン、些細な仕草から、多くの情報が読み取れた。
だが、僕の眼鏡にかなう人材は、なかなか見つからない。
あのテーブルのドワーフ戦士は、確かに腕が立ちそうだ。しかし、仲間への口ぶりが横柄すぎる。リーダーのアレクサンダーとそっくりだ。却下。
あちらの獣人の斥候は、動きに無駄がない。だが、彼のパーティはすでに完璧な連携を築いている。僕が入り込む隙はない。
掲示板も見たが、やはり求められているのは即戦力となる高ランクの戦士や魔法使いばかり。「戦闘能力皆無のナビゲーター、ただしダンジョンを丸裸にできる」なんて募集を出しても、頭のおかしい奴だと思われるのが関の山だろう。
一時間ほど粘っただろうか。エールのグラスも空になり、そろそろ別の店に移ろうかと考え始めた時だった。
ふと、僕の視線が酒場の最も奥、薄暗い隅のテーブルに引き寄せられた。
そこに、一人の少女が座っていた。
銀色の髪が、薄暗い店内でも柔らかな光を放っているように見える。尖った耳。ハーフエルフだろうか。彼女はテーブルに置かれた水の入ったグラスをただじっと見つめており、周囲の喧騒などまるで意に介していないようだった。
異様なのは、彼女の周りだけ、ぽっかりと空間が空いていることだ。満席に近いはずのこの酒場で、誰も彼女のテーブルに近づこうとしない。それどころか、遠巻きにして、ひそひそと何かを囁き合っている。
僕は耳を澄ませた。
「おい、見ろよ。あれが『暴発のリリアナ』だ」
「ああ、まだ王都にいたのか。てっきりどこかへ消えたと思ってたぜ」
「スキルはすごいらしいじゃないか。【縮地】だろ? 神速のアタッカーになれるって話だが」
「それが、全く制御できないんだとさ。前に組んだパーティじゃ、敵のボスのど真ん中に『暴発』して、パーティを半壊させたらしい。味方の魔法使いを巻き込んでな」
「うへぇ、そりゃひでえ。味方にいちゃ、爆弾抱えてるようなもんだな」
「そういうことだ。だからもう、誰も彼女と組みたがらない。完全に孤立してるのさ」
暴発のリリアナ。スキルは【縮地】。制御不能。
その単語が、僕の頭の中で一つの線として繋がった。
【縮地】。おそらく、短距離の瞬間移動スキル。戦闘において、これほど強力なスキルはないだろう。敵の攻撃を完全に回避し、防御不能の死角から一撃を叩き込むことができる。まさに理想的なアタッカーだ。
だが、その最大の強みが「制御不能」という弱点によって、全てを台無しにしている。
なぜ、制御できない?
僕は思考を巡らせる。戦闘の混乱の中で、正確な移動先を指定できない? 魔力の消費が激しく、精密なコントロールが難しい? スキルそのものに、ランダムな座標に飛んでしまうという欠陥がある?
いや、違う。僕の直感が告げていた。
おそらく【縮地】というスキルは、術者が移動先の空間座標を、脳内で極めて正確にイメージする必要があるのだ。三次元空間における、X、Y、Zの座標。それをコンマ以下の精度で描けなければ、スキルは誤作動を起こす。
戦闘中に、目まぐるしく変化する状況下で、そんな芸当ができる人間がいるだろうか。いない。だから、彼女は「暴発」する。狙った場所からわずかにズレる。そのわずかなズレが、戦場では致命的な結果を招く。
だが、もし。
もし、僕の【地図化】があれば?
僕の脳内には、ダンジョンの全てを完璧に再現した三次元マップが広がっている。モンスターの位置も、味方の位置も、障害物も、全てがミリ単位で把握できる。
僕が、彼女の「眼」になる。
僕が、彼女が跳ぶべき座標を、寸分の狂いもなく指定する。
『敵のオーク、右後方三メートル。首の付け根、高さ百六十五センチの地点。そこが死角だ。跳べ』
僕がそう指示すれば、彼女はその座標だけに集中して【縮地】を発動できる。
僕の【地図化】と、彼女の【縮地】。
二つのハズレスキルが組み合わさった時、それは神技と化す。
回避不能、防御不能、絶対必殺の神速の一撃が生まれる。
「……見つけた」
僕の口から、確信に満ちた呟きが漏れた。
これほどの逸材が、こんな場所で燻っていたとは。アレクサンダー、お前はきっと彼女を見ても、その価値に気づきもしないだろうな。お前たちの物差しでは、彼女はただの「使えない奴」でしかないのだから。
僕は席を立った。手には、もう空になったエールのジョッキ。
周囲の冒険者たちが、訝しげな視線を僕に向ける。まさか、あのリリアナに声をかけるつもりじゃないだろうな、と。
僕はその視線を意にも介さず、まっすぐに彼女のテーブルへと向かった。
一歩、また一歩と近づく。
僕の気配に気づいたのか、銀髪の少女がゆっくりと顔を上げた。
射抜くような、鋭い碧眼。その瞳には、深い孤独と、他人を拒絶する棘のような光が宿っていた。僕がこれまで見てきた、どんなモンスターの目よりも、冷たくて、物悲しい色をしていた。
「……何か用?」
鈴が鳴るような、綺麗な声だった。だが、その声色には、刃物のような冷たさが含まれている。
僕は彼女の正面に立つと、空のジョッキをテーブルに置いた。そして、単刀直入に切り出した。
「君のスキル【縮地】に興味がある」
少女の眉が、わずかにピクリと動いた。
「俺とパーティを組まないか。リリアナ」
僕の言葉に、彼女の碧眼が大きく見開かれた。驚き。そして、すぐにそれは冷たい侮蔑の色へと変わった。
「……私の噂、聞いているでしょう?」
彼女は、まるで汚物でも見るかのような目で僕を見つめた。
「私と組むなんて、よっぽどの物好きか、あるいはただの馬鹿ね。死にたいなら、他を当たってくれる?」
吐き捨てるような言葉。だが、僕は全く動じなかった。むしろ、その反応は予想通りだった。
僕は不敵に笑って、彼女に言い返した。
「ああ、聞いている。『暴発スキル』だそうだな」
僕は一呼吸置いて、続けた。
「だが、俺にはそうは見えない。それはただ、君という最高の剣を、使いこなせるだけの鞘がなかっただけだ」
僕の言葉に、リリアナの鉄壁の表情が、初めてわずかに揺らいだ。彼女の碧眼の奥で、何かが微かに揺らめいたのを、僕は見逃さなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ
ファンタジー
事故で手足を失い絶望した機械技師、相羽カケル。彼が転移したのは、魔法の才能が全ての魔法至上主義の世界だった。 与えられたスキルは【自己魔改造】。自身の体を、素材次第で自由に換装・強化できる唯一無二の能力。失った手足を鉄クズで作り直し、再び立ち上がったカケルだったが、その機械の体は「下賤で禁忌の力」として王国から追放されてしまう。 しかし、辺境の公国で若き女公爵と出会った時、彼の運命は大きく変わる。 「その力、我が国に貸してほしい」 魔法騎士団をドリルアームで粉砕し、城壁をキャタピラで踏破する。これは、役立たずと蔑まれた技師が、やがて神をも超える魔導機兵へと成り上がる物語。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?

さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。 僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。 そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに…… パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。 全身ケガだらけでもう助からないだろう…… 諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!? 頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。 気づけば全魔法がレベル100!? そろそろ反撃開始してもいいですか? 内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜

大好き丸
ファンタジー
異世界「エデンズガーデン」。 広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。 ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。 彼の名はレッド=カーマイン。 最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。 ※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!

おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。 ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。 過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。 ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。 世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。 やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。 至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

処理中です...