ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第8話 鞘の証明

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僕の言葉に、リリアナの碧い瞳が危険な光を宿した。彼女は冷ややかに唇の端を吊り上げる。それは、嘲笑と侮蔑が入り混じった、美しいが人を寄せ付けない表情だった。
「鞘、ですって? 聞き飽きたわ、その手の口説き文句。あなたみたいな男、これまでにも何人もいた」
彼女の声は、冬の湖面のように静かで冷たかった。
「『俺なら君を使いこなせる』『俺を信じろ』。誰もがそう言って私をパーティに誘った。そして結果はどう? 仲間を傷つけ、パーティを壊滅させ、私はいつも一人になる。あなたも、その一人になりたいのかしら」
自嘲気味にそう言うと、彼女は僕から視線を外し、再び手元のグラスに落とした。その横顔は、まるで精巧な氷の彫刻のようだ。だが、その内側には、何度も裏切られてきたことによる深い絶望と疲労の色が滲んでいた。
周囲の冒険者たちも、僕を面白半分に見ている。「ほら見ろ、相手にされてない」「無謀な奴だ」という囁き声が聞こえてくる。
だが、僕は一歩も引かなかった。彼らの無理解も、彼女の拒絶も、全ては想定の内だ。
「他の連中と俺を一緒にするな」
僕は静かに、しかしはっきりとした口調で言った。「彼らは君のスキルの本質を、何も理解していなかった。ただ、その派手な結果に目がくらんだだけだ」
「……何が言いたいの」
リリアナは視線を上げないまま、低い声で問う。
「君の【縮地】は、暴発なんかしていない」
僕の言葉に、彼女の肩が微かに震えた。僕は構わず続ける。
「君は、脳内でイメージした空間座標に寸分の狂いもなく跳んでいる。問題は、その君がイメージする座標と、実際の空間との間に、ほんの僅かな誤差が生まれることだ。戦闘の混乱の中では、その誤差が命取りになる。違うか?」
それは、僕の完全な推測だった。だが、絶対の自信があった。
僕がそう言った瞬間、リリアナは弾かれたように顔を上げた。その碧眼には、隠しきれない驚愕の色が浮かんでいる。彼女が鉄壁のように纏っていた氷の仮面に、初めて大きな亀裂が入った。
「……どうして、それを」
絞り出すような声だった。それは彼女自身も感覚的にしか理解していなかった、誰にも話したことのないスキルの秘密のはずだ。それを、今日会ったばかりの、素性も知れない男が、いとも簡単に見抜いてみせた。
僕は彼女の動揺を見逃さず、畳み掛けた。
「俺のスキルは【地図化】。ハズレスキルだと、誰もが笑う」
僕は自分の胸を指差した。「だが、その本当の力は、ただ地図を描くだけじゃない。俺の頭の中には、この世界の正確な三次元マップが、リアルタイムで構築されている」
周囲の冒険者たちが、いよいよ何を言っているんだこいつは、という顔で僕を見ている。だが、僕は彼らを無視し、リリアナの瞳だけをまっすぐに見つめて続けた。
「俺には見えるんだ。君が立っている場所の座標が。敵の位置が。障害物の位置が。その全てが、誤差なく把握できる。だから、俺は君に指示できる。君が跳ぶべき、たった一点の絶対座標を」
僕は一歩、彼女のテーブルに近づいた。
「君は、自分の感覚で座標を探る必要はない。ただ、俺が告げる座標だけをイメージして跳べばいい。俺が、君の『眼』になる。俺が、君の『コンパス』になる。そうすれば、君の【縮地】は二度と暴発しない。それは、神速を誇る必殺の剣技と化す」
酒場が、水を打ったように静まり返っていた。
僕のあまりに突拍子もない言葉に、誰もが呆気に取られている。
やがて、その沈黙を破るように、一人の男が腹を抱えて笑い出した。
「ぶはははは! なんだそりゃ! 地図スキルがコンパスだと? 今年の最高傑作のジョークだぜ!」
その声に同調するように、あちこちから嘲笑が巻き起こる。
「頭がおかしくなっちまったのか、あいつ」
「リリアナも可哀想だな。今度は大ボラ吹きのキザ野郎に絡まれるとは」
「おい坊主、夢見てんのは寝床の中だけにしな!」
罵声と野次が、雨のように僕に降り注ぐ。リリアナの瞳に浮かんだ驚きと期待の光は、その嘲笑にかき消されるように、再び冷たい不信の色へと戻っていった。
彼女は僕を睨みつけた。その視線は、僕の言葉の真偽を値踏みしているようだった。
「……面白いことを言うのね」
彼女はゆっくりと立ち上がった。銀色の髪が、さらりと肩から滑り落ちる。小柄だが、その立ち姿には、孤高の獣のような緊張感が漂っていた。
「あなたの言うことが本当なら、それは確かに魅力的だわ。でも、口だけなら何とでも言える。私を騙そうとした愚かな男たちの言葉を、どうして私が信じられるの?」
その通りだ。言葉だけでは、積み重なった不信を覆すことはできない。証明が必要だ。
僕が望んでいたのは、まさにその言葉だった。
「なら、証明させてくれ」僕は即答した。「俺の力が本物かどうか、君のその眼で確かめればいい」
「証明? どうやって?」
「ダンジョンに行く。それが一番手っ取り早い」
僕の提案に、リリアナは少し考えるように目を伏せた。彼女の心の中で、最後の葛藤が渦巻いているのが見て取れた。ここで僕を拒絶すれば、元の孤独な日々に逆戻りだ。だが、もし僕を信じて、また裏切られたら? その傷は、今度こそ彼女の心を完全に壊してしまうかもしれない。
それは、彼女にとって大きな賭けだった。
しばらくの沈黙の後、彼女は決意を固めたように顔を上げた。その碧眼には、先ほどまでの冷たさは消え、代わりに挑戦的な光が宿っていた。
「いいわ。あなたのその戯言に乗ってあげる」
彼女はテーブルの上の水の代金を置くと、僕の横を通り過ぎ、酒場の出口へと向かった。すれ違いざま、彼女は僕にだけ聞こえる声で囁いた。
「でも、勘違いしないで。これはパーティを組む約束じゃない。あなたの力が本物かどうかを確かめるための、ただの『試験』よ」
「それで構わない」
「もし、あなたが口先だけの大ボラ吹きだと分かったら……」
彼女はそこで一度言葉を切り、ゆっくりと振り返った。その顔には、ぞっとするほど美しい、しかし底知れない凄みを帯びた笑みが浮かんでいた。
「その時は、私のスキルの最初の標的が、あなたになる。覚えておきなさい」
その言葉を最後に、彼女はひらりと身を翻し、夜の闇へと消えていった。
後に残された酒場では、冒険者たちが僕を哀れむような、あるいは面白がるような視線で見つめていた。
「おいおい、死刑宣告されちまったぞ」
「あの『暴発』に巻き込まれて、ミンチになるのがオチだな」
僕はそんな野次を背中で聞きながら、空になったジョッキをカウンターに返した。そして、エールのお代として銀貨を一枚置く。釣りは要らない、という意思表示だ。
店主が驚いた顔をしたが、僕は何も言わずに店を出た。
夜風が、興奮で火照った体を冷ましてくれる。
リリアナ。彼女はまさに、僕が求めていた剣そのものだった。荒々しく、誰にも心を開かない。だが、その芯には、誰よりも鋭く、純粋な力が眠っている。
彼女の試験、受けて立とう。
僕の【地図化】が、彼女の【縮地】が、そして僕たち二人が出会ったことが、ただの偶然ではないことを。
それは、世界をひっくり返すほどの、必然の出会いなのだということを。
僕は次の戦いの舞台に、思いを馳せた。
証明の場所は、やはりあそこしかないだろう。
僕の新たな人生が始まった場所。『ゴブリンの洞窟』。
あそこなら、僕たちの力を試すのに、ちょうどいい相手がいるはずだ。
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