ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第9話 神速の剣、覚醒の涙

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翌日の昼下がり、僕とリリアナは再び『ゴブリンの洞窟』の前に立っていた。道中、僕たちはほとんど口を利かなかった。リリアナは僕から一定の距離を保ち、その碧眼は常に僕の真意を探るように鋭く光っている。彼女の全身から「まだあなたを信用したわけじゃない」というオーラが発せられていた。それでいい。言葉よりも、結果で示すだけだ。
「本当に、ここで証明できるの?」
リリアナが洞窟の入り口を睨みながら、疑わしげに言った。彼女の腰には、レイピアのような細身の剣が下げられている。
「ああ。ここは僕にとっても、君にとっても、始まりの場所にふさわしい」
僕はそう言うと、先に洞窟へと足を踏み入れた。リリアナは一瞬ためらった後、無言で僕に続いた。
洞窟の中は、以前と変わらず湿っぽく、カビの匂いがした。僕は松明に火を灯し、静かに目を閉じる。
スキル【地図化】、発動。
脳内に、青白いワイヤーフレームの三次元マップが構築されていく。前回踏破したことで、洞窟のほぼ全域がすでに僕の記憶に記録されていた。モンスターのシンボルも、赤い光点としてマップ上に灯る。
「いいか、リリアナ」
僕は目を開け、彼女に向き直った。「今から俺は、君に座標を告げる。それは方角、距離、高さの三つの情報で構成される。君は何も考えず、ただ俺が告げた座標だけを正確にイメージして【縮地】を発動しろ。できるか?」
「……やってみるわ」
彼女は短く答えた。その声には、まだ硬さが残っている。
「よし。最初の敵は、前方三十メートル。通路が右に折れ曲がった先だ。ゴブリンが一体、壁に寄りかかっている」
僕の言葉に、リリアナは驚いたように目を見開いた。
「見えないはずなのに、どうしてそんなことまで分かるの?」
「言ったはずだ。俺のスキルは、ただの地図じゃないと」
僕はそれ以上説明せず、先に進んだ。リリアナは戸惑いながらも、僕の後ろをついてくる。
通路の角の手前で、僕は立ち止まった。
「準備はいいか」
リリアナはこくりと頷き、腰のレイピアに手をかけた。緊張で、その横顔がこわばっている。
「ターゲット、角の先、距離にして五メートル。ヤツの左側の死角だ。壁から五十センチ。高さはヤツの心臓の位置。跳べ」
僕は淡々と告げた。
リリアナは一瞬、息を呑んだ。だが、彼女は迷いを振り払うように目を閉じ、僕の言葉を脳内で反芻した。
次の瞬間、彼女の姿が音もなく掻き消えた。
まるで霧が晴れるように、彼女がいた場所には誰もいない。
直後、角の向こうから「ギッ」という短い断末魔が聞こえた。
僕がゆっくりと角を曲がると、そこには信じられないといった表情で胸を押さえ、壁に崩れ落ちるゴブリンの姿があった。そして、その背後には、血振りもせずに静かにレイピアを構えるリリアナが立っていた。
彼女は自分の手を見つめ、そして僕の顔を驚愕の表情で見た。
「……嘘。狙った場所に、寸分の狂いもなく……。こんなこと、初めて」
これまでの彼女の【縮地】は、常に数メートル、ひどい時には数十メートルの誤差があったのだろう。それが、今回はセンチメートル単位で完璧に制御できた。その事実に、彼女自身が一番驚いていた。
「偶然よ。たまたま、うまくいっただけかもしれない」
彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。まだ、僕の力を完全には信じきれないでいた。
「なら、次で確信させてやる」
僕は彼女を促し、洞窟のさらに奥へと進んだ。
前回僕が使った隠し通路は使わなかった。今は、彼女に僕の力を証明することが最優先だ。
「次の広間、ゴブリンが五体。散開している。一体ずつ、確実に仕留めていく」
僕のナビゲートは、そこから始まった。
「まず一体目。右手の岩陰にいるヤツだ。距離十二メートル。ヤツの背後、岩上まで跳べ。そこから奇襲する」
リリアナの姿が消え、岩の上に現れる。ゴブリンが気づいた時には、すでに彼女のレイピアが喉を貫いていた。
「次、左奥のヤツ。距離二十メートル。他の三体から死角になる柱の影だ」
リリアナが再び跳ぶ。二体目のゴブリンが、悲鳴を上げる間もなく絶命する。
「残りは三体。中央の二体に同時に対処する。まず一体目の眉間に石を投げつけ、怯んだ隙にもう一体の背後に跳ぶ。そして、振り向きざまに最初の一体を仕留めろ」
僕の指示は、もはや単なる座標指定ではなかった。一連の動き、戦術そのものを組み立て、彼女に伝えていた。
リリアナは僕の言葉を、まるで神託のように忠実に実行していく。彼女の動きに、一切の無駄はない。それはまるで、精密機械がプログラム通りに動いているかのようだった。あるいは、熟練の舞い手が、完璧に振り付けられた舞を舞っているかのようにも見えた。
わずか数十秒。五体のゴブリンは、リリアナの姿をまともに捉えることすらできずに、全て骸と化していた。
リリアナは、荒い息をつきながら、その場に立ち尽くしていた。彼女の碧眼は、目の前の光景が信じられないと語っている。
「これが……私の、本当の力……?」
「いや」と僕は首を振った。「これは、俺と君の、二人の力だ」
その言葉に、彼女はハッとしたように僕を見た。彼女の瞳から、少しずつ警戒の棘が抜けていくのが分かった。
「この洞窟には、ボスがいる。そいつを倒せば、君も納得するだろう」
僕は彼女を連れ、前回は見つけられなかった、洞窟の最深部に繋がる道を進んだ。僕のマップが、そこに一際大きく、禍々しい深紅のシンボルが鎮座していることを示していたからだ。
やがて、僕たちは広大な空洞にたどり着いた。
そこは、ゴブリンたちの集落のようになっていた。そして、その中央。ガラクタを寄せ集めて作られた粗末な玉座に、一体の巨大なゴブリンがふんぞり返っていた。
通常のゴブリンの倍はあろうかという巨体。手には歪な王冠を模した兜をかぶり、巨大な鉄斧を携えている。その目には、下級のゴブリンにはない、狡猾な知性の光が宿っていた。
ゴブリンキング。このダンジョンの主だ。
「あれが、今日の君の試験官だ」
僕が言うと、リリアナはごくりと唾を飲んだ。普通の冒険者パーティなら、苦戦は免れない相手だ。
ゴブリンキングが、僕たちの存在に気づいた。彼は玉座からゆっくりと立ち上がると、地響きのような咆哮を上げた。周囲にいたゴブリンたちが、一斉に僕たちに襲いかかってくる。
「雑魚は無視しろ。狙うはキングの首、ただ一つ」
僕は冷静に告げた。「キングの注意を俺が引く。君はその隙に、俺の指示通りに動け」
僕は松明をキングに向かって投げつけた。炎が弧を描き、キングの足元で砕け散る。挑発だと悟ったキングは、僕を標的として猛然と突進してきた。
「リリアナ、跳べ!」
僕は叫んだ。
「第一座標、キングの右足、その足甲の上だ!」
リリアナは迷わなかった。彼女の姿が消え、次の瞬間には突進してくるキングの足の上に着地していた。
巨体とアンバランスな小さな重みに、キングの体勢がわずかに崩れる。
「第二座標、ヤツが体勢を立て直そうと振り下ろす斧の柄! そこを蹴ってさらに上へ!」
キングが予測通りに斧を振り下ろす。リリアナは、まるでその動きを読んでいたかのように、斧の柄を蹴って宙を舞った。
「第三座標、ヤツの背後、兜と首の隙間! そこが唯一の急所だ!」
僕の【地図化】スキルは、キングの貧弱な防具の、構造的な弱点を見抜いていた。
空中で身を翻したリリアナが、重力に従って落下しながらレイピアを構える。その切っ先は、寸分の狂いもなく、キングの首筋にある急所へと吸い込まれていった。
ズブリ、という鈍い音。
ゴブリンキングの巨大な目が、信じられないものを見るように大きく見開かれた。彼には、何が起こったのか、最後まで理解できなかっただろう。
巨体が、ゆっくりと前のめりに倒れていく。凄まじい地響きを立てて、ダンジョンの主は絶命した。
周囲のゴブリンたちが、王の死に怯え、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
広大な空洞に、静寂が戻った。
リリアナは、倒れたキングの背中に着地すると、その場にへたり込んだ。彼女は自分の手を見つめている。レイピアを握るその手は、小刻みに震えていた。
初めてだった。自分のスキルを、自分の力を、これほどまでに完璧に、美しく、思いのままに扱えたのは。
それは、彼女がずっと夢見て、そして諦めていた光景だった。
やがて、彼女の肩が小さく震え始めた。
ぽつり、ぽつりと、大粒の雫が、石の床に染みを作っていく。
嗚咽を押し殺すように、彼女は俯いた。銀色の髪が、その表情を隠す。だが、僕には分かった。彼女が、泣いているのだと。
それは、長年の孤独と絶望から解放された、歓喜の涙だった。自分が役立たずの「暴発スキル」持ちではなく、誰よりも強く、速く、美しい剣士なのだと証明できた、誇りの涙だった。
僕は何も言わず、ただ静かに彼女の隣に歩み寄った。
どれくらいの時間が経っただろうか。やがて、リリアナはゆっくりと顔を上げた。涙で濡れたその顔は、まるで生まれたての赤子のように、無防備で、そして美しかった。
彼女は涙を乱暴に袖で拭うと、僕をまっすぐに見つめた。その碧眼には、もう以前のような棘も、不信の色もない。そこにあるのは、澄み切った、絶対的な信頼の光だった。
「……ユキナガ」
彼女は、初めて僕の名前を呼んだ。
「私の剣は、あなたに預けるわ。これからは、あなたの眼が指し示すもののために、私の全てを振るう」
それは、何よりも力強い、忠誠の誓いだった。
僕たちのパーティが、真に誕生した瞬間だった。
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