ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第10話 フロンティア

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ゴブリンキングが倒れた広大な空間に、しばしの静寂が流れた。逃げ惑うゴブリンたちの足音も遠くなり、残されたのは僕と、そして涙の跡も生々しいリリアナだけだった。
彼女はゆっくりと立ち上がると、深呼吸を一つした。まるで、体の中に残っていた古い空気を全て吐き出し、新しい空気で満たすかのように。
「……帰りましょう、ユキナガ」
彼女が僕に言った。その声は、まだ少しだけ震えていたが、芯には確かな力が宿っていた。僕の名前を呼ぶ響きも、以前とは比べ物にならないほど自然で、柔らかい。
「ああ、そうだな」
僕たちはゴブリンキングの魔石を回収すると、洞窟の出口へと向かった。帰り道、リリアナはぽつり、ぽつりと自分のことを話し始めた。
「私、ずっと怖かったの」
彼女は、前を見つめたまま言った。
「自分の力が。いつ暴発して、誰かを傷つけてしまうか分からない。だから、人と深く関わるのが怖かった。パーティを組んでも、いつも心のどこかで壁を作っていた。傷つける前に、傷つけられる前に、離れなくちゃって」
その言葉は、彼女がこれまで背負ってきた孤独の重みを物語っていた。彼女の周りにあった見えない壁は、他人を拒絶するためではなく、他人を傷つけないために、彼女自身が築き上げたものだったのだ。
「でも、今日分かった。私の力は、爆弾じゃなかった。ちゃんと使い方を教えてくれる人がいれば、誰かを守るための剣になるんだって」
彼女はそこで一度言葉を切り、僕の方を振り返った。その碧眼が、洞窟の薄闇の中で真っ直ぐに僕を捉える。
「ありがとう、ユキナ-ガ。私の力を見つけてくれて。私を見つけてくれて」
その言葉は、どんな報酬よりも、僕の心を温かく満たした。
「礼を言うのは早い。これはまだ始まりだ」
僕は少し照れくさくて、そっけなく答えた。「俺たちの力は、こんなものじゃない。これから、世界中に証明してやるんだ」
僕の言葉に、リリアナは嬉しそうに微笑んだ。それは、僕が初めて見る、彼女の心からの笑顔だった。まるで冬の終わりを告げる陽だまりのように、温かくて、眩しい笑顔だった。

王都に戻った僕たちは、真っ直ぐに冒険者ギルドへ向かった。
カウンターでゴブリンキングの魔石と、道中で倒したゴブリンたちの素材を換金手続きにかける。対応してくれたのは、またあのそばかすの受付嬢だった。彼女は僕とリリアナの顔を交互に見ると、信じられないといった表情を浮かべた。
「お、お待ちください! この魔石は、間違いなくゴブリンキングのものです! あなたたち二人だけで、これを……?」
「何か問題でも?」
僕が平然と返すと、彼女は慌てて首を横に振った。
「い、いえ! 問題など! ただ、驚いただけです! まさか、あの『暴発のリリアナ』さんが……失礼しました! まさか、リリアナさんが、これほどの……」
彼女の言葉は、ギルド内にいた他の冒険者たちの耳にも届いていた。昨日、僕たちが酒場で話していたのを見ていた者も多い。彼らは遠巻きにこちらを窺い、「まさか、あの時の話は本当だったのか」「たった二人でゴブリンキングを?」「あいつ、一体何者なんだ」と囁き合っている。
リリアナは、以前ならそんな視線に身を縮こまらせていただろう。だが、今の彼女は違った。僕の隣で、堂々と胸を張っている。その姿は、自分の力に誇りを取り戻した、真の剣士の姿だった。
報酬の金貨を受け取ると、僕たちはギルドを後にした。

その夜、僕たちは『戦士の休息亭』の個室を借りて、ささやかな祝杯を挙げることにした。昨日、僕がリリアナに声をかけた、因縁の場所だ。
テーブルの上には、豪勢な料理が並んでいる。リリアナは、子供のようにはしゃぎながら、ローストチキンにナイフを入れていた。
「美味しい……! こんなに美味しいもの、初めて食べたかもしれない」
「これから毎日、うまいものが食えるようにしてやる」
僕が言うと、彼女は嬉しそうに頷いた。
ひとしきり食事を楽しんだ後、僕は本題を切り出した。
「リリアナ。今日で、君の試験は終わりだ。俺の力が本物だと証明できたと思う。改めて、俺と正式にパーティを組んでくれないか」
僕の言葉に、リリアナはナイフとフォークを置いた。そして、真剣な眼差しで僕を見つめ返す。
「当たり前でしょ。断る理由なんて、どこにもないわ」
彼女は即答した。「むしろ、私の方からお願いしたいくらい。あなたの隣で、あなたの剣として戦いたい」
その答えに、僕は満足して頷いた。
「決まりだな。では、パーティ名を決めよう」
「パーティ名?」
「ああ。俺たちの旗印だ。不遇なスキルを持つ、はぐれ者二人のための、特別な名前がいい」
僕は少し考えてから、一つの名前を口にした。
「『フロンティア』。どうだ?」
「フロンティア……」リリアナがその言葉を繰り返す。「未開拓地とか、最前線、っていう意味よね」
「その通りだ。俺たちのスキルは、誰もその本当の価値を知らなかった。いわば未開拓の力だ。そして、俺たちはこれから、誰も踏破できなかったダンジョンの最前線に立つ。俺たちのための名前だと思わないか?」
僕の言葉に、リリアナは目を輝かせた。
「フロンティア……。いい名前ね。気に入ったわ」
彼女はグラスを手に取ると、僕に向かって掲げた。「では、私たちの新しいパーティ、『フロンティア』の結成に」
僕もグラスを掲げ、カチン、と心地よい音を響かせた。
こうして、僕とリリアナのパーティ、『フロンティア』は正式に誕生した。

「それで、最初の目標は?」
祝杯を干した後、リリアナが期待に満ちた目で僕に尋ねた。
「腕試しと、俺たちの名を世に知らしめるための、手頃な舞台がある」
僕はギルドで仕入れてきた情報を彼女に話した。
「Dランクダンジョン、『惑わしの森』」
その名を聞いて、リリアナは眉をひそめた。
「あのダンジョン……。入ったパーティは必ず道に迷って、撤退を余儀なくされるっていう、呪われた森のこと?」
「そうだ。強力な幻惑魔法か、あるいは特殊なギミックで、冒険者の方向感覚を狂わせるらしい。地図もコンパスも役に立たず、多くのパーティが心を折られてきた」
「そんな場所に、私たち二人だけで挑むの? 無謀じゃない?」
彼女の不安ももっともだ。普通の冒険者なら、絶対に選ばない選択だろう。
だが、僕は不敵に笑った。
「普通の冒険者ならな。だが、俺たちにとっては、これ以上ないほど相性のいいダンジョンだ」
僕は自分の頭を指差した。
「どんな幻惑魔法も、俺の【地図化】の前では無意味だ。俺の脳内マップは、外的要因で狂わされることはない。森の構造、正しいルート、幻惑の発生源すら、俺には全て『見える』」
「……!」
リリアナが息を呑んだ。彼女は、僕のスキルの本当の恐ろしさを、また一つ理解したようだった。
「他の奴らにとっての地獄は、俺たちにとっての独壇場になる。リリアナ、君の神速の剣と、俺の絶対の眼があれば、『惑わしの森』の完全攻略も夢じゃない」
僕の言葉に、リリアナの不安は、燃え上がるような闘志へと変わっていた。
「面白そうね。やってやろうじゃないの」
彼女は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、無邪気な笑みを浮かべた。その顔にはもう、かつての孤独な影はどこにもなかった。
「決まりだな。明日はまず、新しい装備を揃えに行こう。君のレイピアも、もっといいものに変えるべきだ。金ならある」
「本当!? やった!」
僕たちは、これからの冒険の計画を語り合った。それは、未来への希望に満ちた、輝かしい時間だった。
『フロンティア』。
僕たちの目の前には、まだ誰も足を踏み入れたことのない、真っ白な地図が広がっている。
その地図を、僕たちの手で、どんな色にでも塗りつぶしていくことができる。
僕たちの本当の冒険は、今、まさに始まったばかりだ。
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