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第11話 呪われた森の情報
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『フロンティア』結成の翌朝、僕は心地よい陽の光で目を覚ました。窓から差し込む光が、部屋の埃をきらきらと輝かせている。隣のベッドでは、リリアナがまだすやすやと寝息を立てていた。銀色の髪が枕に広がり、その寝顔は昨日までの険しさが嘘のように穏やかだ。
一人で迎える朝とは、全く違う。
部屋に満ちる静かな気配が、孤独ではなく安らぎを与えてくれる。僕たちはまだ二人だけの小さなパーティだ。だが、この確かな繋がりは、かつて僕がいた勇者パーティでは決して感じることのできなかった温かさを持っていた。
僕が身支度を整えていると、リリアナが目を覚ました。彼女はしばらくぼんやりと天井を見つめていたが、やがて僕の存在に気づくと、少し照れくさそうに「おはよう」と呟いた。
「ああ、おはよう。よく眠れたか」
「ええ。こんなにぐっすり眠れたのは、久しぶり」
彼女はそう言ってはにかんだ。その笑顔はまだ少しぎこちないが、僕に対して心を許し始めている証拠だろう。
「さて、今日から忙しくなるぞ。まずは、例の森の情報を集めに行く」
「惑わしの森、ね。分かったわ」
彼女は軽快にベッドから降りると、手早く準備を始めた。その動きには、昨日までの陰鬱さは微塵も感じられない。新しい目標が、彼女に活力を与えているようだった。
僕たちは朝食を済ませると、冒険者ギルドへと向かった。目的は『惑わしの森』に関するあらゆる情報の収集だ。ダンジョン攻略は、情報戦から始まっている。
ギルドは朝から活気に満ちていた。僕たちは一直線に、情報カウンターへと向かう。そこは、高ランクの冒険者がダンジョンの深層情報などを閲覧するための専用窓口だ。Dランクである『惑わしの森』の情報は、本来なら誰でも閲覧できる掲示板に貼られているはずだが、僕は敢えてこのカウンターを選んだ。ここには、より詳細で、生々しい情報が集まるからだ。
対応してくれたのは、ギルド職員の中でも特に知識が豊富だという、壮年の男性職員だった。彼は僕たちの顔を見ると、少し意外そうな表情を浮かべた。
「おや、君たちは確か……先日、ゴブリンの洞窟から大量の金貨を持ち帰った……」
「ユキナガだ。そして、こっちは相棒のリリアナ。今日は『惑わしの森』について、聞きたいことがある」
僕が単刀直入に言うと、職員は眉根を寄せた。
「惑わしの森、かね。やめておいた方がいい。あのダンジョンは、ランク詐欺と言ってもいい代物だ。Dランクに指定されてはいるが、精神的な負荷を考えれば、Cランク、いや、それ以上かもしれない」
彼の言葉には、本心からの忠告の色が滲んでいた。
「具体的に、どういう現象が起きるんだ」
「報告は様々だ。最も多いのは、方向感覚の喪失。コンパスはデタラメな方角を指し、太陽の位置すら当てにならない。どれだけ進んでも同じ景色が続き、気づけば出発点に戻っていた、というパーティは後を絶たない」
「地図は役に立たないのか」
「無意味だ。あるパーティが精密な地図を作ろうと試みたが、翌日同じ場所を訪れると、地形そのものが変わっていたそうだ。まるで、森自体が生きているかのようにね」
リリアナが隣で息を呑むのが分かった。地形が変化するダンジョン。それは、攻略者にとって悪夢そのものだ。だが、僕の脳内マップはリアルタイムで更新される。地形の変化すら、僕にとってはただの「情報更新」に過ぎない。
「モンスターは?」
「それほど強力な個体は報告されていない。ファングウルフや、森の精霊であるスプライト程度だ。だが、問題はそこじゃない。多くの冒険者が、モンスターではなく、仲間によって倒される」
「仲間?」
「幻覚だ。森の奥深くでは、強力な幻惑魔法が冒険者を襲う。仲間が悪魔に見えたり、存在しない敵の集団に囲まれたり。その結果、同士討ちや錯乱状態に陥り、パーティが壊滅するケースがほとんどだ」
職員は、重い口調で続けた。
「つい先月も、Bランクの中堅パーティが挑戦したが、半数が錯乱して帰ってきた。リーダーは、親友をその手で斬り殺してしまったそうだ。以来、彼は剣を握れなくなり、冒険者を引退した」
生々しい話に、リリアナの顔が少し青ざめる。
「そんな危険な場所が、どうしてDランクのままなの?」
彼女の問いに、職員はため息をついた。
「ボスが確認されていないからだ。どれだけ奥に進んでも、ボス部屋のようなものは見つからず、ダンジョンコアも発見されていない。故に、総合的な危険度が測れず、ランクが更新されないまま放置されている。誰もが避けて通る、呪われた森。それが、あの場所の正体だよ」
礼を言ってカウンターを離れると、僕たちはギルドの隅にあるテーブルについた。リリアナは、まだ顔色が優れない。
「ユキナガ……。やっぱり、無謀じゃないかしら。地形が変わって、幻覚まで見せるなんて……」
「心配するな」
僕は彼女を安心させるように言った。「言ったはずだ。他の奴らにとっての地獄は、俺たちにとっての独壇場だと」
僕はテーブルの上に指で簡単な図を描いた。
「地形が変化しようが、俺の【地図化】は常に最新の正しいマップを描き出す。道に迷うことは絶対にない。そして幻覚だが、これも俺には通用しない可能性が高い」
「どうして?」
「俺のスキルは、視覚情報に頼っているわけじゃないからだ。脳内に直接、空間の構造情報をダウンロードしているようなものだ。幻惑魔法が俺の五感を騙せても、俺の脳内マップを書き換えることはできない。俺に見えている『真実』のマップと、幻覚が見せる『嘘』の景色。その矛盾点を見れば、そこが幻覚の発生源だと特定することすら可能だ」
僕の説明に、リリアナの瞳に少しずつ光が戻ってきた。
「つまり、私が見るものがたとえ幻でも、あなたの指示が本当の道を示してくれるってこと?」
「そういうことだ。君はただ、俺の言葉だけを信じればいい。そうすれば、森は君を騙せない」
僕が断言すると、彼女の不安は完全に払拭されたようだった。彼女はにっこりと笑い、力強く頷いた。
「分かったわ。あなたがいるなら、何も怖くない」
その絶対的な信頼が、僕の心を強くする。
作戦会議を終えた僕たちは、次なる目的地へと向かった。装備の調達だ。
昨日、リリアナはゴブリンキングを倒した。だが、それは僕の完璧なナビゲートと、彼女のスキルの相性があってこその勝利だ。これから現れるであろう、より素早いモンスターや、硬い鱗を持つ敵に対応するためには、より性能の良い武器が必要だった。
僕たちが向かったのは、王都でも腕利きの職人が集まることで有名な『銀の金床』地区だ。そこには、ただの鉄屑ではない、魔力を帯びた金属を使った一級品の武具が並んでいる。
一軒の店に入ると、壁一面に飾られた剣や鎧の輝きに、リリアナが目を輝かせた。
「すごい……! どれも綺麗……!」
「見た目だけで選ぶなよ。大事なのは、君のスキルとの相性だ」
僕たちは店主と相談しながら、リリアナの新しい武器を選び始めた。【縮地】を活かすためには、軽さと、一点を正確に貫くための鋭さが求められる。
いくつかの剣を試した結果、一本の美しいレイピアにたどり着いた。刀身にはミスリルが使われており、風を切り裂くような軽やかさとしなやかさを併せ持っている。柄には風の魔石が埋め込まれており、振り抜く速度をわずかに上昇させる効果もあった。
「これにするわ!」
リリアナは、まるで運命の相手に出会ったかのように、そのレイピアを愛おしそうに撫でた。値段は金貨三十枚。以前の僕なら、目玉が飛び出るような価格だが、今の僕には躊躇はなかった。
僕自身も、斥候用の装備を新調した。硬化させた革と金属プレートを組み合わせた軽装鎧。動きを阻害せず、最低限の防御力を確保できる。収納性の高いバックパックや、解毒薬、暗視ゴーグルといった細々とした道具も揃えた。全て合わせても金貨二十枚ほど。三百六十枚の内の、ほんの一部だ。金があるというのは、これほどまでに心に余裕をもたらすものかと、僕は改めて実感した。
店を出る頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。リリアナは新しいレイピアを何度も鞘から抜き差しし、その感触を楽しんでいる。その姿は、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようだった。
全ての準備が整った。
武器も、道具も、情報も、そして覚悟も。
僕たちは王都の東門の前に立った。夕日が、これから僕たちが向かう森の方向を赤く染めている。
「準備はいいか、リリアナ」
僕は、隣に立つ最高の相棒に問いかけた。
彼女は新しいレイピアの柄を握りしめると、僕に向かって悪戯っぽく笑った。
「ええ、いつでも。あなたの眼があれば、どんな呪われた森だって、ただの散歩道みたいなものでしょ?」
その言葉に、僕も笑みを返した。
そうだ。これから始まるのは、絶望的な挑戦ではない。
僕たち『フロンティア』の力を、世界に知らしめるための、華々しいお披露目の舞台だ。
僕たちは、まだ誰も見たことのない景色を目指して、呪われた森へと続く道を踏み出した。
一人で迎える朝とは、全く違う。
部屋に満ちる静かな気配が、孤独ではなく安らぎを与えてくれる。僕たちはまだ二人だけの小さなパーティだ。だが、この確かな繋がりは、かつて僕がいた勇者パーティでは決して感じることのできなかった温かさを持っていた。
僕が身支度を整えていると、リリアナが目を覚ました。彼女はしばらくぼんやりと天井を見つめていたが、やがて僕の存在に気づくと、少し照れくさそうに「おはよう」と呟いた。
「ああ、おはよう。よく眠れたか」
「ええ。こんなにぐっすり眠れたのは、久しぶり」
彼女はそう言ってはにかんだ。その笑顔はまだ少しぎこちないが、僕に対して心を許し始めている証拠だろう。
「さて、今日から忙しくなるぞ。まずは、例の森の情報を集めに行く」
「惑わしの森、ね。分かったわ」
彼女は軽快にベッドから降りると、手早く準備を始めた。その動きには、昨日までの陰鬱さは微塵も感じられない。新しい目標が、彼女に活力を与えているようだった。
僕たちは朝食を済ませると、冒険者ギルドへと向かった。目的は『惑わしの森』に関するあらゆる情報の収集だ。ダンジョン攻略は、情報戦から始まっている。
ギルドは朝から活気に満ちていた。僕たちは一直線に、情報カウンターへと向かう。そこは、高ランクの冒険者がダンジョンの深層情報などを閲覧するための専用窓口だ。Dランクである『惑わしの森』の情報は、本来なら誰でも閲覧できる掲示板に貼られているはずだが、僕は敢えてこのカウンターを選んだ。ここには、より詳細で、生々しい情報が集まるからだ。
対応してくれたのは、ギルド職員の中でも特に知識が豊富だという、壮年の男性職員だった。彼は僕たちの顔を見ると、少し意外そうな表情を浮かべた。
「おや、君たちは確か……先日、ゴブリンの洞窟から大量の金貨を持ち帰った……」
「ユキナガだ。そして、こっちは相棒のリリアナ。今日は『惑わしの森』について、聞きたいことがある」
僕が単刀直入に言うと、職員は眉根を寄せた。
「惑わしの森、かね。やめておいた方がいい。あのダンジョンは、ランク詐欺と言ってもいい代物だ。Dランクに指定されてはいるが、精神的な負荷を考えれば、Cランク、いや、それ以上かもしれない」
彼の言葉には、本心からの忠告の色が滲んでいた。
「具体的に、どういう現象が起きるんだ」
「報告は様々だ。最も多いのは、方向感覚の喪失。コンパスはデタラメな方角を指し、太陽の位置すら当てにならない。どれだけ進んでも同じ景色が続き、気づけば出発点に戻っていた、というパーティは後を絶たない」
「地図は役に立たないのか」
「無意味だ。あるパーティが精密な地図を作ろうと試みたが、翌日同じ場所を訪れると、地形そのものが変わっていたそうだ。まるで、森自体が生きているかのようにね」
リリアナが隣で息を呑むのが分かった。地形が変化するダンジョン。それは、攻略者にとって悪夢そのものだ。だが、僕の脳内マップはリアルタイムで更新される。地形の変化すら、僕にとってはただの「情報更新」に過ぎない。
「モンスターは?」
「それほど強力な個体は報告されていない。ファングウルフや、森の精霊であるスプライト程度だ。だが、問題はそこじゃない。多くの冒険者が、モンスターではなく、仲間によって倒される」
「仲間?」
「幻覚だ。森の奥深くでは、強力な幻惑魔法が冒険者を襲う。仲間が悪魔に見えたり、存在しない敵の集団に囲まれたり。その結果、同士討ちや錯乱状態に陥り、パーティが壊滅するケースがほとんどだ」
職員は、重い口調で続けた。
「つい先月も、Bランクの中堅パーティが挑戦したが、半数が錯乱して帰ってきた。リーダーは、親友をその手で斬り殺してしまったそうだ。以来、彼は剣を握れなくなり、冒険者を引退した」
生々しい話に、リリアナの顔が少し青ざめる。
「そんな危険な場所が、どうしてDランクのままなの?」
彼女の問いに、職員はため息をついた。
「ボスが確認されていないからだ。どれだけ奥に進んでも、ボス部屋のようなものは見つからず、ダンジョンコアも発見されていない。故に、総合的な危険度が測れず、ランクが更新されないまま放置されている。誰もが避けて通る、呪われた森。それが、あの場所の正体だよ」
礼を言ってカウンターを離れると、僕たちはギルドの隅にあるテーブルについた。リリアナは、まだ顔色が優れない。
「ユキナガ……。やっぱり、無謀じゃないかしら。地形が変わって、幻覚まで見せるなんて……」
「心配するな」
僕は彼女を安心させるように言った。「言ったはずだ。他の奴らにとっての地獄は、俺たちにとっての独壇場だと」
僕はテーブルの上に指で簡単な図を描いた。
「地形が変化しようが、俺の【地図化】は常に最新の正しいマップを描き出す。道に迷うことは絶対にない。そして幻覚だが、これも俺には通用しない可能性が高い」
「どうして?」
「俺のスキルは、視覚情報に頼っているわけじゃないからだ。脳内に直接、空間の構造情報をダウンロードしているようなものだ。幻惑魔法が俺の五感を騙せても、俺の脳内マップを書き換えることはできない。俺に見えている『真実』のマップと、幻覚が見せる『嘘』の景色。その矛盾点を見れば、そこが幻覚の発生源だと特定することすら可能だ」
僕の説明に、リリアナの瞳に少しずつ光が戻ってきた。
「つまり、私が見るものがたとえ幻でも、あなたの指示が本当の道を示してくれるってこと?」
「そういうことだ。君はただ、俺の言葉だけを信じればいい。そうすれば、森は君を騙せない」
僕が断言すると、彼女の不安は完全に払拭されたようだった。彼女はにっこりと笑い、力強く頷いた。
「分かったわ。あなたがいるなら、何も怖くない」
その絶対的な信頼が、僕の心を強くする。
作戦会議を終えた僕たちは、次なる目的地へと向かった。装備の調達だ。
昨日、リリアナはゴブリンキングを倒した。だが、それは僕の完璧なナビゲートと、彼女のスキルの相性があってこその勝利だ。これから現れるであろう、より素早いモンスターや、硬い鱗を持つ敵に対応するためには、より性能の良い武器が必要だった。
僕たちが向かったのは、王都でも腕利きの職人が集まることで有名な『銀の金床』地区だ。そこには、ただの鉄屑ではない、魔力を帯びた金属を使った一級品の武具が並んでいる。
一軒の店に入ると、壁一面に飾られた剣や鎧の輝きに、リリアナが目を輝かせた。
「すごい……! どれも綺麗……!」
「見た目だけで選ぶなよ。大事なのは、君のスキルとの相性だ」
僕たちは店主と相談しながら、リリアナの新しい武器を選び始めた。【縮地】を活かすためには、軽さと、一点を正確に貫くための鋭さが求められる。
いくつかの剣を試した結果、一本の美しいレイピアにたどり着いた。刀身にはミスリルが使われており、風を切り裂くような軽やかさとしなやかさを併せ持っている。柄には風の魔石が埋め込まれており、振り抜く速度をわずかに上昇させる効果もあった。
「これにするわ!」
リリアナは、まるで運命の相手に出会ったかのように、そのレイピアを愛おしそうに撫でた。値段は金貨三十枚。以前の僕なら、目玉が飛び出るような価格だが、今の僕には躊躇はなかった。
僕自身も、斥候用の装備を新調した。硬化させた革と金属プレートを組み合わせた軽装鎧。動きを阻害せず、最低限の防御力を確保できる。収納性の高いバックパックや、解毒薬、暗視ゴーグルといった細々とした道具も揃えた。全て合わせても金貨二十枚ほど。三百六十枚の内の、ほんの一部だ。金があるというのは、これほどまでに心に余裕をもたらすものかと、僕は改めて実感した。
店を出る頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。リリアナは新しいレイピアを何度も鞘から抜き差しし、その感触を楽しんでいる。その姿は、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようだった。
全ての準備が整った。
武器も、道具も、情報も、そして覚悟も。
僕たちは王都の東門の前に立った。夕日が、これから僕たちが向かう森の方向を赤く染めている。
「準備はいいか、リリアナ」
僕は、隣に立つ最高の相棒に問いかけた。
彼女は新しいレイピアの柄を握りしめると、僕に向かって悪戯っぽく笑った。
「ええ、いつでも。あなたの眼があれば、どんな呪われた森だって、ただの散歩道みたいなものでしょ?」
その言葉に、僕も笑みを返した。
そうだ。これから始まるのは、絶望的な挑戦ではない。
僕たち『フロンティア』の力を、世界に知らしめるための、華々しいお披露目の舞台だ。
僕たちは、まだ誰も見たことのない景色を目指して、呪われた森へと続く道を踏み出した。
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