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第12話 森の迷宮と真実の地図
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王都を出て半日。僕とリリアナは、目的の『惑わしの森』の入り口に立っていた。
そこは、他の森とは明らかに空気が違っていた。入り口に立つ数本の木々は、苦悶するかのように幹をねじ曲げ、空に向かって歪な枝を伸ばしている。森の奥からは、光すら拒絶するかのような濃い影が伸び、生暖かい淀んだ空気が流れ出してきていた。鳥の声一つ聞こえない、死んだような静寂が支配する場所。ここが、数多の冒険者の心を折ってきたDランクダンジョン『惑わしの森』だ。
「……すごいわね。入り口に立っているだけで、気分が悪くなりそう」
リリアナが眉をひそめ、不安げに呟いた。彼女の新しいレイピアの柄を握る手に、ぎゅっと力が入っている。無理もない。この森が放つ異様な雰囲気は、経験の浅い冒険者なら足がすくんでしまうほどの威圧感を放っていた。
「大丈夫だ。見た目に惑わされるな」
僕は彼女に声をかけ、肩を軽く叩いた。「どんな脅しも、中身が分かってしまえばただの虚仮威しだ。俺が、この森の全てを丸裸にしてやる」
その言葉に、リリアナはこくりと頷き、少しだけ表情を和らげた。彼女の碧眼には、僕への絶対的な信頼が宿っている。その信頼に応えるのが、僕の役目だ。
僕は森の入り口で一度目を閉じ、意識を集中させた。
スキル【地図化】、発動。
脳裏に、青白い光の線で構成された三次元マップが広がっていく。中心点は、今僕たちが立っているこの場所。準備は整った。
「行くぞ、『フロンティア』の初陣だ」
僕の宣言と共に、僕たちは呪われた森へと足を踏み入れた。
一歩、森の中へ入った瞬間、世界が一変した。
外から見ていた以上の、濃密な緑と影の世界。昼間のはずなのに、鬱蒼と茂る葉が太陽の光を遮り、まるで夕暮れ時のように薄暗い。湿った土と腐葉土の匂いが鼻をついた。
リリアナは警戒するように周囲を見回している。彼女の目には、どこにでもある普通の森と、大差なく映っているだろう。
だが、僕の脳内では、全く違う光景が広がっていた。
足を踏み入れるたびに、ワイヤーフレームの線が前方に伸び、未知の領域を次々と描き出していく。それは、ただの道筋ではない。木々の一本一本の位置。その太さや高さ。地面の僅かな起伏。露出した岩の形。視界に入っていないはずの森の構造が、リアルタイムで、寸分の狂いもなく僕の頭の中にマッピングされていく。
「ユキナガ、どっちへ進むの? 道らしき道が見当たらないけど」
リリアナが戸惑ったように尋ねる。彼女の言う通り、この森には明確な獣道のようなものは存在しない。どこもかしこも同じような木々と下草に覆われているだけだ。
「まっすぐ進む。前方五十メートル、巨大な樫の木が目印だ。その左を抜け、さらに三十メートル。そこにある苔むした岩の右側を進む」
僕は、脳内マップに表示されている最短ルートを、淡々と口にした。
「え? そんなものが見えるの?」
「ああ、見える」
僕には、この森の正しい「答え」が見えていた。
リリアナは半信半疑ながらも、僕の指示通りに進み始めた。僕たちは、道なき道を進んでいく。だが、その歩みには一切の迷いがない。僕の脳内マップが、進むべき方向を正確に示しているからだ。
しばらく進んだところで、リリアナがはっとしたように足を止めた。
「待って、ユキナガ。この捻じ曲がった木、さっきも通らなかった?」
彼女が指差す先には、僕たちが森の入り口で見たのとよく似た、歪な木が立っていた。
「ああ、そうだな。似ている」
「似ている、じゃなくて! 私たち、同じ場所をぐるぐる回っているんじゃないの!?」
焦ったような声を出すリリアナ。これだ。これが、ギルドの職員が言っていた『方向感覚の喪失』。この森は、酷似した地形を意図的に配置することで、侵入者の記憶と方向感覚を混乱させるように設計されているのだ。
だが、僕には通用しない。
「落ち着け、リリアナ。ここは、さっきの場所とは違う。俺のマップによれば、入り口から北東へ約三百メートルの地点だ。木々の配置も、よく見れば微妙に違う」
僕は冷静に告げた。僕の脳内マップには、僕たちが歩いてきた軌跡が、青い光の線としてくっきりと残っている。同じ場所を回っていないことは、一目瞭然だった。
「で、でも……コンパスは、さっきからずっと北を指しているわ。入り口からまっすぐ進んできたはずなのに、どうして北東に?」
彼女が取り出したコンパスの針は、確かに北を指したまま微動だにしない。だが、その「北」は、本当の北ではない。
「コンパスが狂わされているんだ。おそらく、森全体に微弱な磁場が発生している。それに気づかず、コンパスだけを信じて進めば、知らず知らずのうちに円を描くように歩かされることになる。よくできた罠だ」
僕の解説に、リリアナは呆然とした表情を浮かべた。
「じゃあ、私たちはどうやって……」
「言ったはずだ。俺の脳内マップは、外的要因で狂わされることはないと。コンパスも太陽も必要ない。俺が、俺たちの進むべき方角だ」
僕の言葉に、リリアナはごくりと唾を飲んだ。そして、彼女の顔に浮かんだのは、不安ではなく、絶対的な信頼と、少しばかりの畏怖だった。
「……すごい。あなたがいる限り、この森はただの木々の集まりでしかないのね」
「その通りだ。さあ、行くぞ。こんなところで油断している暇はない」
僕たちはさらに森の奥深くへと進んだ。
ギルドの職員が言っていた通り、出現するモンスターはファングウルフやスプライトといった、さほど強くないものばかりだった。それらも、僕が事前に位置を把握し、リリアナに的確な奇襲を指示することで、ほとんど消耗することなく処理できた。
問題が起きたのは、森に足を踏み入れてから一時間が経過した頃だった。
僕の脳内マップの一部に、突如としてノイズが走り始めた。特定のエリアが、まるで霧がかかったように不明瞭になり、ワイヤーフレームの線が乱れる。
「ユキナガ、どうしたの? 顔色が悪いわ」
リリアナが心配そうに僕の顔を覗き込む。僕自身には、特に体調の変化はない。だが、マップの異常は、新たな脅威が近づいていることを示していた。
「……来るぞ。幻惑魔法だ」
僕がそう言った直後、リリアナが「あっ」と短い声を上げた。
「ユキナガ! 後ろ!」
彼女が指差す方向を、僕は振り返る。だが、そこには木々が立ち並んでいるだけで、何もいない。
「何を言っている。何もいないぞ」
「いるわ! 大きな熊のモンスターが、何体も……! 私たち、囲まれている!」
彼女の顔は恐怖に引きつり、碧眼は明らかに焦点が合っていない。彼女には、僕には見えない何かが、はっきりと見えているのだ。
これが、幻覚。
僕の脳内マップには、モンスターシンボルなど一つも表示されていない。僕には幻覚が効いていない。それは、僕のスキルが五感ではなく、空間情報そのものを読み取っているからだろう。
だが、このままではリリアナがパニックに陥る。
「リリアナ、落ち着け! それは幻だ! 俺を信じろ!」
「でも、でもはっきりと見えるの! こっちに来る!」
彼女はレイピアを構え、見えない敵に向かって斬りかかろうとしている。このままでは、彼女は体力を無駄に消耗するだけだ。
僕は即座に思考を切り替えた。この幻覚を見せている「発生源」が、この近くにあるはずだ。
僕は【地図化】の解像度を最大まで引き上げた。脳内マップのノイズが発生しているエリアに、全神経を集中させる。
見えた。
ノイズの中心。そこから、まるで汚泥のような、淀んだ魔力の流れが霧のように広がっている。そして、その流れの根源は、僕たちから前方三十メートルほど離れた、地面の一点に集中していた。
「リリアナ! 俺の言うことを聞け!」
僕は彼女の肩を掴み、叫んだ。
「お前の敵は、背後にいる熊じゃない! 前方三十メートル! 地面に生えている、紫色の光を放つキノコの群れだ! あれが、お前に幻覚を見せている!」
僕の言葉に、リリアナは混乱したように僕の顔と、何もないはずの前方とを見比べた。
「キノコ……? 私には、何も見えないわ。ただの、下草しか……」
「ある! そこに絶対にある! 俺の眼を信じろ! 全力で、その座標に【縮地】を使え! そして、そこにあるもの全てを、レイピアで切り刻め!」
僕の必死の形相に、彼女は一瞬ためらった。自分の眼に見える巨大な熊の群れと、僕の言葉。どちらを信じるべきか。
だが、彼女の選択は早かった。
「……分かったわ! あなたを信じる!」
彼女は覚悟を決めると、目を閉じた。僕が示した座標だけに、全意識を集中させる。
次の瞬間、彼女の姿が消えた。
そして、彼女が跳んだ先の空間で、まばゆい光と共に、何かが切り裂かれる甲高い音が響き渡った。
リリアナが再び僕の隣に姿を現した時、彼女は驚愕に目を見開いていた。
「熊が……消えた……」
彼女が見ていた幻覚が、嘘のように消え去ったのだ。僕の脳内マップを覆っていたノイズも、すっきりと晴れている。
僕たちは、幻覚の発生源だった場所へと歩み寄った。そこには、ズタズタに切り裂かれた、紫色のキノコの残骸が散らばっていた。それは、弱い幻覚作用を持つ『マッドキャップ』という毒キノコの一種だったが、これほど密集して群生しているのは異常だった。おそらく、この森の特殊な環境が、その効果を何倍にも増幅させていたのだろう。
「……本当に、キノコだったのね」
リリアナは、自分のレイピアとキノコの残骸を見比べ、呆然と呟いた。
「ああ。そして、これでこの森の攻略法は、完全に確立された」
僕は確信に満ちた声で言った。
地形の変化は、リアルタイムマップで。
方向感覚の混乱は、絶対座標で。
そして、幻惑魔法は、発生源を特定し、破壊する。
この『惑わしの森』は、もはや僕たちにとって、何の脅威でもなくなった。
「行こう、リリアナ。この森の本当の秘密は、もっと奥にあるはずだ」
僕たちは、他の冒険者が絶望したこの森を、まるで庭を散歩するかのように、さらに奥深くへと進んでいく。
この先に何が待ち受けていようと、僕たちの歩みを止めることは、もはや誰にもできないだろう。
そこは、他の森とは明らかに空気が違っていた。入り口に立つ数本の木々は、苦悶するかのように幹をねじ曲げ、空に向かって歪な枝を伸ばしている。森の奥からは、光すら拒絶するかのような濃い影が伸び、生暖かい淀んだ空気が流れ出してきていた。鳥の声一つ聞こえない、死んだような静寂が支配する場所。ここが、数多の冒険者の心を折ってきたDランクダンジョン『惑わしの森』だ。
「……すごいわね。入り口に立っているだけで、気分が悪くなりそう」
リリアナが眉をひそめ、不安げに呟いた。彼女の新しいレイピアの柄を握る手に、ぎゅっと力が入っている。無理もない。この森が放つ異様な雰囲気は、経験の浅い冒険者なら足がすくんでしまうほどの威圧感を放っていた。
「大丈夫だ。見た目に惑わされるな」
僕は彼女に声をかけ、肩を軽く叩いた。「どんな脅しも、中身が分かってしまえばただの虚仮威しだ。俺が、この森の全てを丸裸にしてやる」
その言葉に、リリアナはこくりと頷き、少しだけ表情を和らげた。彼女の碧眼には、僕への絶対的な信頼が宿っている。その信頼に応えるのが、僕の役目だ。
僕は森の入り口で一度目を閉じ、意識を集中させた。
スキル【地図化】、発動。
脳裏に、青白い光の線で構成された三次元マップが広がっていく。中心点は、今僕たちが立っているこの場所。準備は整った。
「行くぞ、『フロンティア』の初陣だ」
僕の宣言と共に、僕たちは呪われた森へと足を踏み入れた。
一歩、森の中へ入った瞬間、世界が一変した。
外から見ていた以上の、濃密な緑と影の世界。昼間のはずなのに、鬱蒼と茂る葉が太陽の光を遮り、まるで夕暮れ時のように薄暗い。湿った土と腐葉土の匂いが鼻をついた。
リリアナは警戒するように周囲を見回している。彼女の目には、どこにでもある普通の森と、大差なく映っているだろう。
だが、僕の脳内では、全く違う光景が広がっていた。
足を踏み入れるたびに、ワイヤーフレームの線が前方に伸び、未知の領域を次々と描き出していく。それは、ただの道筋ではない。木々の一本一本の位置。その太さや高さ。地面の僅かな起伏。露出した岩の形。視界に入っていないはずの森の構造が、リアルタイムで、寸分の狂いもなく僕の頭の中にマッピングされていく。
「ユキナガ、どっちへ進むの? 道らしき道が見当たらないけど」
リリアナが戸惑ったように尋ねる。彼女の言う通り、この森には明確な獣道のようなものは存在しない。どこもかしこも同じような木々と下草に覆われているだけだ。
「まっすぐ進む。前方五十メートル、巨大な樫の木が目印だ。その左を抜け、さらに三十メートル。そこにある苔むした岩の右側を進む」
僕は、脳内マップに表示されている最短ルートを、淡々と口にした。
「え? そんなものが見えるの?」
「ああ、見える」
僕には、この森の正しい「答え」が見えていた。
リリアナは半信半疑ながらも、僕の指示通りに進み始めた。僕たちは、道なき道を進んでいく。だが、その歩みには一切の迷いがない。僕の脳内マップが、進むべき方向を正確に示しているからだ。
しばらく進んだところで、リリアナがはっとしたように足を止めた。
「待って、ユキナガ。この捻じ曲がった木、さっきも通らなかった?」
彼女が指差す先には、僕たちが森の入り口で見たのとよく似た、歪な木が立っていた。
「ああ、そうだな。似ている」
「似ている、じゃなくて! 私たち、同じ場所をぐるぐる回っているんじゃないの!?」
焦ったような声を出すリリアナ。これだ。これが、ギルドの職員が言っていた『方向感覚の喪失』。この森は、酷似した地形を意図的に配置することで、侵入者の記憶と方向感覚を混乱させるように設計されているのだ。
だが、僕には通用しない。
「落ち着け、リリアナ。ここは、さっきの場所とは違う。俺のマップによれば、入り口から北東へ約三百メートルの地点だ。木々の配置も、よく見れば微妙に違う」
僕は冷静に告げた。僕の脳内マップには、僕たちが歩いてきた軌跡が、青い光の線としてくっきりと残っている。同じ場所を回っていないことは、一目瞭然だった。
「で、でも……コンパスは、さっきからずっと北を指しているわ。入り口からまっすぐ進んできたはずなのに、どうして北東に?」
彼女が取り出したコンパスの針は、確かに北を指したまま微動だにしない。だが、その「北」は、本当の北ではない。
「コンパスが狂わされているんだ。おそらく、森全体に微弱な磁場が発生している。それに気づかず、コンパスだけを信じて進めば、知らず知らずのうちに円を描くように歩かされることになる。よくできた罠だ」
僕の解説に、リリアナは呆然とした表情を浮かべた。
「じゃあ、私たちはどうやって……」
「言ったはずだ。俺の脳内マップは、外的要因で狂わされることはないと。コンパスも太陽も必要ない。俺が、俺たちの進むべき方角だ」
僕の言葉に、リリアナはごくりと唾を飲んだ。そして、彼女の顔に浮かんだのは、不安ではなく、絶対的な信頼と、少しばかりの畏怖だった。
「……すごい。あなたがいる限り、この森はただの木々の集まりでしかないのね」
「その通りだ。さあ、行くぞ。こんなところで油断している暇はない」
僕たちはさらに森の奥深くへと進んだ。
ギルドの職員が言っていた通り、出現するモンスターはファングウルフやスプライトといった、さほど強くないものばかりだった。それらも、僕が事前に位置を把握し、リリアナに的確な奇襲を指示することで、ほとんど消耗することなく処理できた。
問題が起きたのは、森に足を踏み入れてから一時間が経過した頃だった。
僕の脳内マップの一部に、突如としてノイズが走り始めた。特定のエリアが、まるで霧がかかったように不明瞭になり、ワイヤーフレームの線が乱れる。
「ユキナガ、どうしたの? 顔色が悪いわ」
リリアナが心配そうに僕の顔を覗き込む。僕自身には、特に体調の変化はない。だが、マップの異常は、新たな脅威が近づいていることを示していた。
「……来るぞ。幻惑魔法だ」
僕がそう言った直後、リリアナが「あっ」と短い声を上げた。
「ユキナガ! 後ろ!」
彼女が指差す方向を、僕は振り返る。だが、そこには木々が立ち並んでいるだけで、何もいない。
「何を言っている。何もいないぞ」
「いるわ! 大きな熊のモンスターが、何体も……! 私たち、囲まれている!」
彼女の顔は恐怖に引きつり、碧眼は明らかに焦点が合っていない。彼女には、僕には見えない何かが、はっきりと見えているのだ。
これが、幻覚。
僕の脳内マップには、モンスターシンボルなど一つも表示されていない。僕には幻覚が効いていない。それは、僕のスキルが五感ではなく、空間情報そのものを読み取っているからだろう。
だが、このままではリリアナがパニックに陥る。
「リリアナ、落ち着け! それは幻だ! 俺を信じろ!」
「でも、でもはっきりと見えるの! こっちに来る!」
彼女はレイピアを構え、見えない敵に向かって斬りかかろうとしている。このままでは、彼女は体力を無駄に消耗するだけだ。
僕は即座に思考を切り替えた。この幻覚を見せている「発生源」が、この近くにあるはずだ。
僕は【地図化】の解像度を最大まで引き上げた。脳内マップのノイズが発生しているエリアに、全神経を集中させる。
見えた。
ノイズの中心。そこから、まるで汚泥のような、淀んだ魔力の流れが霧のように広がっている。そして、その流れの根源は、僕たちから前方三十メートルほど離れた、地面の一点に集中していた。
「リリアナ! 俺の言うことを聞け!」
僕は彼女の肩を掴み、叫んだ。
「お前の敵は、背後にいる熊じゃない! 前方三十メートル! 地面に生えている、紫色の光を放つキノコの群れだ! あれが、お前に幻覚を見せている!」
僕の言葉に、リリアナは混乱したように僕の顔と、何もないはずの前方とを見比べた。
「キノコ……? 私には、何も見えないわ。ただの、下草しか……」
「ある! そこに絶対にある! 俺の眼を信じろ! 全力で、その座標に【縮地】を使え! そして、そこにあるもの全てを、レイピアで切り刻め!」
僕の必死の形相に、彼女は一瞬ためらった。自分の眼に見える巨大な熊の群れと、僕の言葉。どちらを信じるべきか。
だが、彼女の選択は早かった。
「……分かったわ! あなたを信じる!」
彼女は覚悟を決めると、目を閉じた。僕が示した座標だけに、全意識を集中させる。
次の瞬間、彼女の姿が消えた。
そして、彼女が跳んだ先の空間で、まばゆい光と共に、何かが切り裂かれる甲高い音が響き渡った。
リリアナが再び僕の隣に姿を現した時、彼女は驚愕に目を見開いていた。
「熊が……消えた……」
彼女が見ていた幻覚が、嘘のように消え去ったのだ。僕の脳内マップを覆っていたノイズも、すっきりと晴れている。
僕たちは、幻覚の発生源だった場所へと歩み寄った。そこには、ズタズタに切り裂かれた、紫色のキノコの残骸が散らばっていた。それは、弱い幻覚作用を持つ『マッドキャップ』という毒キノコの一種だったが、これほど密集して群生しているのは異常だった。おそらく、この森の特殊な環境が、その効果を何倍にも増幅させていたのだろう。
「……本当に、キノコだったのね」
リリアナは、自分のレイピアとキノコの残骸を見比べ、呆然と呟いた。
「ああ。そして、これでこの森の攻略法は、完全に確立された」
僕は確信に満ちた声で言った。
地形の変化は、リアルタイムマップで。
方向感覚の混乱は、絶対座標で。
そして、幻惑魔法は、発生源を特定し、破壊する。
この『惑わしの森』は、もはや僕たちにとって、何の脅威でもなくなった。
「行こう、リリアナ。この森の本当の秘密は、もっと奥にあるはずだ」
僕たちは、他の冒険者が絶望したこの森を、まるで庭を散歩するかのように、さらに奥深くへと進んでいく。
この先に何が待ち受けていようと、僕たちの歩みを止めることは、もはや誰にもできないだろう。
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