ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第13話 過去の幻影と信じる光

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幻覚キノコの群生地を突破したことで、僕たちの森の探索は劇的に安定した。リリアナを苛んでいた見えない脅威は、僕の【地図化】スキルによってその正体を暴かれ、対処法も確立された。もはや、この森のギミックは僕たちにとって脅威ではない。
「ユキナガ、次の幻覚ポイントはまだ先?」
リリアナが、少し楽しげな声で僕に尋ねた。あれほど怯えていた幻覚を、今ではゲームの障害物のように捉えているらしい。彼女の精神的な回復力と、僕への信頼の深さが窺える。
「ああ。あと二百メートルほど先だ。マップにノイズが出始めたら、それが合図だ」
僕たちは、まるでハイキングでも楽しむかのように、森の奥深くへと進んでいった。道中、いくつかのモンスターに遭遇したが、それらも僕の事前察知とリリアナの神速の剣技の前では、経験値に変わるだけの的でしかなかった。
リリアナは、戦闘を重ねるごとに僕の指示への反応速度を上げていった。僕が「右、五メートル」と口にするのと、彼女がその座標に現れるのが、ほぼ同時になることさえある。僕の思考が、彼女の身体を通して直接世界に干渉しているような、不思議な一体感があった。
僕たちの連携は、日に日に完成度を高めていた。
そんな穏やかな探索が続いていた時、再びその兆候は現れた。
僕の脳内マップの一部に、じりじりと焼けるようなノイズが走り始める。前回よりも広範囲で、そして乱れ方が激しい。
「来るぞ、リリアナ。準備しろ」
僕が警告すると、リリアナは心得たとばかりにレイピアを構えた。その表情に、もはや恐怖の色はない。
「今度の発生源はどこ?」
「待て、まだ特定できない。今回の幻覚は、前回よりも強力だ」
僕がそう言った瞬間、リリアナの足がピタリと止まった。彼女の視線が、僕の背後、何もない空間に釘付けになっている。
「……どうして」
彼女の唇から、か細い声が漏れた。その顔色は、先ほどの血の気が引くというレベルではない。真っ白な陶器のように、一切の感情が抜け落ちていた。
「リリアナ? どうした。何が見える」
僕が問いかけても、彼女は答えない。ただ、その碧眼は絶望の色に染まり、わなわなと震えている。
「……ごめんなさい。ごめんなさい……」
彼女は、誰に言うでもなく謝罪の言葉を繰り返した。その手から、新しいレイピアが滑り落ち、カランと虚しい音を立てて地面に転がった。戦意を、完全に喪失している。
これは、ただの幻覚じゃない。
僕の脳裏に、ギルド職員の話が蘇った。『仲間が悪魔に見えたり』『親友をその手で斬り殺してしまった』。
この森の幻覚は、侵入者の最も深いトラウマを抉り出し、精神を内側から破壊する類のものだ。
リリアナが見ているのは、おそらく過去に彼女が傷つけてしまった、元パーティメンバーの幻影なのだろう。
「リリアナ、しっかりしろ! それは幻だ!」
僕は彼女の肩を強く揺さぶった。だが、彼女の意識は完全に過去の悪夢に囚われている。
「私のせい……。私のスキルが暴発したから……。みんな、怪我を……。魔法使いのトーマスは、もう魔法が使えない体に……」
途切れ途切れに語られる彼女の言葉が、僕の胸を締め付ける。
彼女はずっと、この罪悪感を一人で抱え続けてきたのだ。「暴発のリリアナ」という不名誉な呼び名と共に。
その時、僕の脳内マップのノイズが、さらに激しくなった。そして、僕自身の視界も、一瞬ぐにゃりと歪んだ。
(まずい、俺にも影響が出始めているのか……!)
僕のスキルは五感に頼らない。だが、これほど強力な精神干渉となると、僕の集中力そのものを削ぎ、マップの精度を低下させるのかもしれない。そうなれば、僕たち二人とも、この森で心を壊されて終わる。
早く、発生源を見つけなければ。
僕は歯を食いしばり、全ての意識を【地図化】に注ぎ込んだ。マップ上のノイズの中心点を、必死で探る。あった。前方、右手方向。七十メートル先。巨大な柳の木のような、枝を垂らした大樹。その根元から、禍々しい魔力が渦を巻いて溢れ出している。
あれが、この悪夢の発生源『嘆きの大樹』だ。
だが、今のリリアナに、あそこまで跳ぶことができるだろうか。戦意を失った彼女に、僕の声は届くのか。
いや、届かせるんだ。
僕はリリアナの両肩を掴み、無理やり彼女の顔を自分に向けさせた。その瞳は虚ろで、僕のことなど映していない。
「リリアナ! 聞こえるか!」
僕は叫んだ。ただの大声ではない。僕の持てる全ての意志を込めて、彼女の心の奥底に語りかけるように。
「お前が見ているのは、過去の亡霊だ! 確かにお前のスキルは、かつて仲間を傷つけたのかもしれない! だが、それはお前のせいじゃない! お前の力を正しく導けなかった、無能な連中のせいだ!」
かつて僕が、アレクサンダーたちに抱いた感情。その怒りを、僕は言葉に乗せた。
「今のお前は違う! お前はもう一人じゃない! 俺がいる! 俺の眼が、お前の進むべき道を正確に示している!」
僕の言葉が、ようやく彼女の意識の淵に届いたようだった。虚ろだった彼女の瞳に、わずかに光が戻る。
「でも……私、また失敗したら……」
「しない!」
僕は断言した。「お前は失敗しない。なぜなら、お前が信じるべきは、お前の不確かな記憶や罪悪感じゃない。この俺の、絶対的な指示だけだからだ!」
僕は地面に落ちていたレイピアを拾い上げ、彼女の手に強く握らせた。
「過去を振り払え、リリアナ! お前が今、その剣で守るべきは、過去の幻影じゃない! 俺と、そしてお前自身の未来だ! 行け! 前方七十メートル、『嘆きの大樹』の根元を、お前の力で貫け!」
僕の魂からの叫びだった。
リリアナの碧眼から、一筋の涙がこぼれ落ちた。だが、それは先ほどまでの絶望の涙ではなかった。迷いを断ち切り、過去の自分と決別するための、決意の涙だった。
彼女は強く頷くと、震える唇で一言だけ呟いた。
「……信じるわ、ユキナガ」
彼女はレイピアを握り直し、僕が示した座標を睨みつけた。彼女の目には、まだおぞましい幻影が映っているはずだ。だが、彼女はその幻影の向こう側にある、僕が示した真実の敵を見据えていた。
「おおおおおお!」
獣のような雄叫びを上げて、彼女は【縮地】を発動した。
過去の悪夢を振り払うかのような、渾身の跳躍。
彼女の姿が消えた直後、森の奥から、ガラスが砕け散るような甲高い悲鳴と、凄まじい衝撃波が巻き起こった。
僕の視界を歪めていた靄が、一瞬にして晴れ渡る。脳内マップのノイズも完全に消え、クリアな地図情報が戻ってきた。
リリアナが、僕の隣にふらつきながら姿を現す。その顔は疲労困憊だったが、表情は驚くほど晴れやかだった。
「……終わったのね」
「ああ。君が、終わらせたんだ」
僕たちは、ゆっくりと『嘆きの大樹』があった場所へ向かった。そこには、幹の根元が完全に抉られ、黒い樹液を流しながら枯れ果てていく大樹の残骸があった。どうやら、この樹そのものが魔力を帯び、冒険者の精神を蝕んでいたらしい。
リリアナは、その大樹の亡骸をしばらく見つめていた。
やがて、彼女は僕の方に向き直ると、深々と頭を下げた。
「ありがとう、ユキナガ。あなたは、私の力だけじゃなく、私の心まで救ってくれた」
その声は、感謝と、そして何よりも深い信頼に満ちていた。
「俺は、俺がすべきことをしただけだ。相棒がピンチなんだ。助けるのは当然だろう」
僕は少し照れながら、そう答えた。
リリアナは顔を上げると、悪戯っぽく微笑んだ。
「相棒、か。いい響きね」
僕たちは、顔を見合わせて笑った。
この森で、僕たちは二つの大きな障害を乗り越えた。一つは、森そのものが持つギミック。そしてもう一つは、リリアナが抱える過去のトラウマ。
その両方を克服した今、僕たちの絆は、もはや単なるパーティメンバーという言葉では表せないほど、深く、強固なものになっていた。
僕とリリアナ。ナビゲーターとアタッカー。眼と剣。
僕たち二人がいれば、どんな困難も乗り越えられる。
その確信を胸に、僕たちは再び森の奥へと歩みを進めた。この呪われた森の、まだ見ぬ最深部を目指して。
僕の脳内マップが、さらにその先で、新たな、そして強力な反応を捉え始めているのには、まだ気づかずに。
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