ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第14話 不落の城塞と置物スキル

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『嘆きの大樹』が枯れ果てたことで、森を覆っていた精神的な重圧は完全に消え去った。淀んでいた空気は澄み渡り、木々の間からは穏やかな光が差し込むようになった。まるで、長年続いていた呪いが解けたかのようだ。
「空気が全然違うわ。深呼吸できる」
リリアナは気持ちよさそうに両腕を伸ばした。トラウマを克服した彼女の表情は、この森の空気と同じように晴れやかだ。
「ああ。だが、油断はするな。この森の本当の主は、まだ奥にいるはずだ」
ギルドの情報では、この森のボスは確認されていない。だが、僕の直感が告げていた。これほど巧妙なギミックで守られたダンジョンに、何もいないはずがない。幻覚の発生源であった『嘆きの大樹』も、おそらく中ボスのような存在だろう。
僕たちは、さらに森の最深部を目指して歩みを進めた。地形はより険しくなり、木々も巨木と呼べるほどに太くなっていく。明らかに、森の様相が変わってきていた。
その時だった。
僕の脳内マップに、新たな反応が灯った。
それは、これまで見てきたどのシンボルとも違う、異質な反応だった。
一つの、大きく、そして非常に安定した青いシンボル。青は、僕たちのような冒険者や友好的なNPCを示す色だ。だが、その青いシンボルを、五つの巨大な赤いシンボルが完全に包囲していた。
「どうしたの、ユキナガ?」
僕が急に足を止めたことに、リリアナが気づいて声をかける。
「……奇妙な反応がある。誰かが、多数の敵に囲まれているようだ」
「冒険者かしら?」
「おそらく。だが、様子がおかしい。敵のシンボルはゆっくりと動いているのに、囲まれている青いシンボルは、一点から全く動かない」
戦闘中だというのに、微動だにしない。それは異常な状況だった。
「場所は、ここから北へ五百メートル。行くぞ」
僕たちは反応があった地点へと急いだ。近づくにつれて、微かに獣の咆哮と、金属を叩くような硬い音が断続的に聞こえてくる。
やがて、木々が開けた広場のような場所にたどり着いた。
そして、僕たちは目の前の光景に息を呑んだ。
広場の中央で、一人のドワーフの青年が、巨大な熊のモンスター数体に囲まれていたのだ。
その熊は、ただの熊ではなかった。体長は三メートルを超え、その毛皮は苔むした岩のように硬質化している。鋭い爪は黒曜石のように鈍く光り、口からは魔力の瘴気が漏れ出ていた。フォレスト・グリズリー。Bランク相当の強力なモンスターだ。それが、五体もいる。
普通のパーティなら、一瞬で全滅させられるだろう。
だが、ドワーフの青年は、まだ生きていた。
彼の周りには、黄金色の光でできた半球状のドームが展開されている。フォレスト・グリズリーたちの猛攻、岩をも砕くであろう爪や牙による攻撃が、その光のドームに叩きつけられるたびに、ゴウン、という重い音と共に激しい火花を散らしていた。しかし、ドームには傷一つついていない。
まさに、不落の城塞。
「あれが……囲まれている冒険者。すごい防御力ね」
リリアナが感心したように呟く。
だが、僕はその光景に別の側面を見ていた。ドワーフの青年は、光のドームの中心で膝をつき、肩で荒い息を繰り返している。その顔は苦悶に歪み、額からは滝のような汗が流れていた。
彼のスキルは、絶対的な防御力を誇る代わりに、発動中はそこから一歩も動けない。そして、おそらくは彼の体力か魔力を、猛烈な勢いで消耗させている。
このままでは、じり貧だ。防御スキルが限界を迎え、ドームが消滅した瞬間、彼は五体のグリズリーに八つ裂きにされるだろう。
「くそっ……! いつまで持つか……!」
ドワーフの青年の、苦しげな声が聞こえてくる。彼は悔しそうに地面を拳で叩いた。
「置物スキルなんて言われやがって……。本当にただの置物になっちまったじゃねえか……ちくしょう!」
その言葉に、僕は確信した。
彼も、僕やリリアナと同じだ。強力だが、極端な弱点を抱えたスキルのせいで、正当な評価を受けられずにいた不遇な冒険者なのだ。
スキルは【城塞化(フォートレス)】といったところか。
僕の脳内では、すでに状況分析が完了していた。
フォレスト・グリズリーは五体。一体一体が強力だが、動きは比較的単調だ。攻撃パターンは、爪による薙ぎ払いと、牙による噛みつきの二種類。
リリアナ一人で相手をするには、数が多すぎる。彼女の【縮地】は一体の敵を瞬殺するのには長けているが、広範囲の多数の敵を同時に相手にするのは苦手だ。
だが、あのドワーフの『城塞』を囮として使えば、話は別だ。
敵の注意が完全にドワーフに集中している今なら、僕たちの奇襲は完璧に決まる。
「リリアナ」
僕は隣に立つ相棒に声をかけた。「助けるぞ」
「え?」
「あのドワーフを、だ。彼は、俺たちの仲間になる男だ」
僕の言葉に、リリアナは少し驚いたようだったが、すぐに力強く頷いた。
「分かったわ。ユキナガがそう言うなら、きっとそうなのね。指示を」
彼女の碧眼には、僕への揺るぎない信頼が宿っている。
僕は彼女に簡単な作戦を耳打ちした。僕が合図を送り、敵の注意をさらに引きつける。その隙に、リリアナが一体ずつ、確実に仕留めていく。
作戦の確認を終え、僕は広場に向かって一歩踏み出した。そして、腹の底から声を張り上げる。
「おい、そこのドワーフ! まだ戦えるか!」
僕の声は、静かだった広場に響き渡った。
グリズリーたちが一斉にこちらを向き、警戒の唸り声を上げる。そして、光のドームの中にいたドワーフの青年も、驚きに目を見開いて僕の姿を捉えた。
彼の顔に、一瞬だけ安堵の色が浮かんだが、すぐにそれは絶望へと変わった。
「馬鹿野郎! なんで出てきやがった! こいつらはBランクだぞ! お前らみたいな軽装の奴らが敵う相手じゃねえ! 早く逃げろ!」
彼は、自分も絶体絶命の状況でありながら、僕たちの身を案じて叫んだ。その声に、僕は彼の人柄を見た。快活で、面倒見がいい。まさに、パーティの盾役(タンク)にふさわしい男だ。
僕は、そんな彼に向かって不敵に笑いかけた。
「逃げる? 冗談だろ。俺たちは、お前を助けに来たんだぜ」
「なっ……!?」
ドワーフが呆気に取られている。
僕はリリアナに目配せをした。彼女はこくりと頷き、いつでも跳べるように身を低くしている。
「まあ、見てな。俺たちのパーティが、お前のその『置物スキル』を、最強の『城塞スキル』に変えてやる」
僕はそう宣言すると、懐から取り出した石を、最も手前にいたグリズリーの眉間に全力で投げつけた。
石は乾いた音を立ててグリズリーの額に当たり、弾かれた。ダメージは皆無だろう。だが、注意を引くには十分だった。
グリズリーが、怒りの咆哮を上げて僕に向かってくる。
「リリアナ、やれ!」
僕の叫びと同時に、リリアナの姿が掻き消えた。
ドワーフの青年は、何が起きたのか分からず、ただ目を丸くしてその光景を見つめていた。彼の絶望的な籠城戦は、僕たちの登場によって、全く新しい局面を迎えようとしていた。
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