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第20話 森の主と三位一体の戦い
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薬草の宝庫での採取を終え、僕たちのバックパックはずっしりと重くなっていた。虹色タケ、月光草、竜の涙。これらを売れば、しばらくは金に困ることはないだろう。
「へへっ、大儲けだな! これで毎日うまい酒が飲めるぜ!」
バルガスは、背負った巨大な虹色タケを揺らしながらご機嫌だ。リリアナも、可憐な花を髪に挿し、満足げな表情を浮かべている。
隠しエリアの洞窟を抜け、再び薄暗い森へと戻った僕たちは、入り口に向かって歩き始めた。和やかな雰囲気の中、僕だけが森のさらに奥、その中心部へと意識を向けていた。
僕の脳内マップには、先ほどから一つの巨大なエネルギー反応が灯っていた。それは、フォレスト・グリズリーやシャドウエイプの比ではない、圧倒的な存在感を放つシンボル。この森の呪い、その元凶となっているダンジョンの主に違いない。
「なあ、二人とも」
僕は足を止めた。「このまま帰るのもいいが、一つやり残したことがある」
「やり残したこと?」リリアナが首を傾げる。
「この森の大掃除だ。元凶を叩いておかなければ、また冒険者が犠牲になる。それに、ボスを倒さなければ、このダンジョンを『攻略』したことにはならないからな」
僕の言葉に、バルガスとリリアナの顔つきが変わった。彼らの瞳に、新たな戦いへの闘志が宿る。
「面白い! やってやろうじゃねえか!」
「あなたの指示があるなら、どこへでも」
僕たちは進路を変え、森の最深部、巨大なエネルギー反応が示す中心点へと向かった。
僕のナビゲートに従い、僕たちは険しい獣道を進んでいく。やがて、木々が途切れ、巨大な円形の広場に出た。
広場の中央には、天を突くほどの巨大な一本の古木が根を張っていた。その幹は、古い城の城壁のように分厚く、苔むしている。無数に伸びた枝は、それ自体が巨大な槍のように鋭く、空を覆い隠していた。広場の地面からは、その古木の太い根が、巨大な蛇のように何本も突き出している。
その古木が、僕の脳内マップが示す巨大なシンボルの正体だった。
「あれが……この森の主か」
僕が呟いた瞬間、古木がゆっくりと動き出した。幹の部分に、二つの深い洞が現れ、そこから赤く禍々しい光が灯る。それは、古木の『眼』だった。
ズズズズ……と地響きを立て、地面から突き出ていた根が、巨大な触手のように蠢き始める。
トレント・エンシェント。森の化身とも呼ばれる、古代のモンスターだ。
「デカすぎるだろ……! あんなもん、どうやって倒すんだよ!」
バルガスが、その圧倒的な威圧感に気圧されて叫んだ。
トレント・エンシェントは、僕たちを侵入者と認識したようだった。一声、地鳴りのような咆哮を上げると、その巨大な根の一本を、鞭のようにしならせて薙ぎ払ってきた。
風を切る凄まじい音と共に、僕たちが立っていた場所の地面が抉り取られる。
「バルガス!」
僕は叫んだ。「お前の出番だ! 全ての攻撃を、お前が引き受けろ!」
「おうよ! 任せとけ!」
バルガスは僕たちの前に躍り出ると、両足を大地に踏ん張った。
「【城塞化】!」
黄金色の光のドームが、再び僕たちの前に現れる。直後、トレントの根による猛攻が、その城塞に叩きつけられた。ゴウン! ゴウン! と、教会の鐘を乱打するような重い衝撃音が連続して響き渡る。
「ぐっ……! なんてパワーだ……!」
バルガスは歯を食いしばり、必死に耐えている。城塞はびくともしないが、彼の体力は確実に削られていた。
僕はその間に、トレント・エンシェントの解析を完了させていた。
「リリアナ! よく聞け!」
僕は城塞の後ろから叫んだ。「ヤツの外殻は、鋼鉄並みの硬度だ。普通の攻撃はまず通らない。弱点は、幹の中心部にある『コア』。だが、それは分厚い樹皮の奥に隠されている!」
「どうすればいいの!?」
「ヤツが根で攻撃する瞬間、その動きに連動して、幹の表面にあるいくつかの『節』が一瞬だけ開く! その隙を突いて、コアを直接叩くんだ!」
それは、極めて精密なタイミングと、完璧なスキル制御を要求される、神業に近い攻撃だった。
「やるしかないわね!」
リリアナはレイピアを構え、覚悟を決めた表情で頷いた。
「バルガス、次の攻撃は最大のものが来る! 耐えろ!」
僕の脳内マップが、トレントの体内に集まる膨大なエネルギーと、その攻撃予測軌道を映し出していた。五本の根が、同時に僕たちの頭上から叩きつけられようとしている。
「うおおおおおお!」
バルガスが渾身の力で雄叫びを上げる。黄金の城塞の輝きが、さらに増した。
直後、天が落ちてくるかのような凄まじい衝撃が、僕たちのいる空間を揺るがした。バルガスの口から、苦悶の呻きが漏れる。
だが、彼は耐えきった。そして、僕が予測した通り、トレントの幹の表面、地上から五メートルの高さにある節が、呼吸するように、ほんの一瞬だけ、パカリと開いた。
その内部に、脈動する赤い光。コアだ。
「今だ、リリアナ! そこへ跳べ!」
僕の叫びは、命令ではなかった。祈りに近かった。
リリアナは、僕の言葉を疑うことなく、その身を宙へと躍らせた。
彼女の姿が消え、次の瞬間には、トレントの幹、開かれた節の目の前に現れる。
彼女の手に握られたミスリルのレイピアが、夕日を反射してきらめいた。その切っ先は、吸い込まれるように、剥き出しになったコアの中心へと突き立てられた。
時間が、止まったように感じられた。
トレント・エンシェントの全ての動きが、ピタリと止まる。
リリアナは、その幹を蹴って優雅に地面に着地した。
やがて、トレントの赤い眼の光が、ゆっくりと消えていく。ミシミシ、と、巨木が軋む音が森に響き渡った。
そして、数百年、あるいは数千年という時を生きてきたであろう森の主は、その巨体をゆっくりと傾かせ、凄まじい地響きと共に大地に倒れ伏した。
同時に、バルガスの城塞も光の粒子となって消える。彼はその場に膝をつき、ぜえぜえと荒い息を繰り返していた。
「……やったのか……?」
「ああ。俺たちの、勝ちだ」
僕は、倒れたトレントの巨体を見上げながら答えた。
リリアナが、疲れた顔で僕の隣に歩み寄ってくる。バルガスも、ふらつきながら立ち上がり、僕たちの元へ来た。
僕たちは、言葉もなく、ただ目の前の光景を見つめていた。
ハズレスキル持ちの寄せ集めだった僕たちが、Dランクダンジョンの、それもおそらくはBランク以上に相当するであろう主を、三人だけで打ち破ったのだ。
これは、僕たち『フロンティア』が成し遂げた、最初の、そして最も偉大な勝利だった。
僕たちは、互いの顔を見合わせた。そこにあったのは、疲労と、そしてそれを上回る達成感と、仲間への絶対的な信頼だった。
僕たちの伝説は、今、確かに始まったのだ。
「へへっ、大儲けだな! これで毎日うまい酒が飲めるぜ!」
バルガスは、背負った巨大な虹色タケを揺らしながらご機嫌だ。リリアナも、可憐な花を髪に挿し、満足げな表情を浮かべている。
隠しエリアの洞窟を抜け、再び薄暗い森へと戻った僕たちは、入り口に向かって歩き始めた。和やかな雰囲気の中、僕だけが森のさらに奥、その中心部へと意識を向けていた。
僕の脳内マップには、先ほどから一つの巨大なエネルギー反応が灯っていた。それは、フォレスト・グリズリーやシャドウエイプの比ではない、圧倒的な存在感を放つシンボル。この森の呪い、その元凶となっているダンジョンの主に違いない。
「なあ、二人とも」
僕は足を止めた。「このまま帰るのもいいが、一つやり残したことがある」
「やり残したこと?」リリアナが首を傾げる。
「この森の大掃除だ。元凶を叩いておかなければ、また冒険者が犠牲になる。それに、ボスを倒さなければ、このダンジョンを『攻略』したことにはならないからな」
僕の言葉に、バルガスとリリアナの顔つきが変わった。彼らの瞳に、新たな戦いへの闘志が宿る。
「面白い! やってやろうじゃねえか!」
「あなたの指示があるなら、どこへでも」
僕たちは進路を変え、森の最深部、巨大なエネルギー反応が示す中心点へと向かった。
僕のナビゲートに従い、僕たちは険しい獣道を進んでいく。やがて、木々が途切れ、巨大な円形の広場に出た。
広場の中央には、天を突くほどの巨大な一本の古木が根を張っていた。その幹は、古い城の城壁のように分厚く、苔むしている。無数に伸びた枝は、それ自体が巨大な槍のように鋭く、空を覆い隠していた。広場の地面からは、その古木の太い根が、巨大な蛇のように何本も突き出している。
その古木が、僕の脳内マップが示す巨大なシンボルの正体だった。
「あれが……この森の主か」
僕が呟いた瞬間、古木がゆっくりと動き出した。幹の部分に、二つの深い洞が現れ、そこから赤く禍々しい光が灯る。それは、古木の『眼』だった。
ズズズズ……と地響きを立て、地面から突き出ていた根が、巨大な触手のように蠢き始める。
トレント・エンシェント。森の化身とも呼ばれる、古代のモンスターだ。
「デカすぎるだろ……! あんなもん、どうやって倒すんだよ!」
バルガスが、その圧倒的な威圧感に気圧されて叫んだ。
トレント・エンシェントは、僕たちを侵入者と認識したようだった。一声、地鳴りのような咆哮を上げると、その巨大な根の一本を、鞭のようにしならせて薙ぎ払ってきた。
風を切る凄まじい音と共に、僕たちが立っていた場所の地面が抉り取られる。
「バルガス!」
僕は叫んだ。「お前の出番だ! 全ての攻撃を、お前が引き受けろ!」
「おうよ! 任せとけ!」
バルガスは僕たちの前に躍り出ると、両足を大地に踏ん張った。
「【城塞化】!」
黄金色の光のドームが、再び僕たちの前に現れる。直後、トレントの根による猛攻が、その城塞に叩きつけられた。ゴウン! ゴウン! と、教会の鐘を乱打するような重い衝撃音が連続して響き渡る。
「ぐっ……! なんてパワーだ……!」
バルガスは歯を食いしばり、必死に耐えている。城塞はびくともしないが、彼の体力は確実に削られていた。
僕はその間に、トレント・エンシェントの解析を完了させていた。
「リリアナ! よく聞け!」
僕は城塞の後ろから叫んだ。「ヤツの外殻は、鋼鉄並みの硬度だ。普通の攻撃はまず通らない。弱点は、幹の中心部にある『コア』。だが、それは分厚い樹皮の奥に隠されている!」
「どうすればいいの!?」
「ヤツが根で攻撃する瞬間、その動きに連動して、幹の表面にあるいくつかの『節』が一瞬だけ開く! その隙を突いて、コアを直接叩くんだ!」
それは、極めて精密なタイミングと、完璧なスキル制御を要求される、神業に近い攻撃だった。
「やるしかないわね!」
リリアナはレイピアを構え、覚悟を決めた表情で頷いた。
「バルガス、次の攻撃は最大のものが来る! 耐えろ!」
僕の脳内マップが、トレントの体内に集まる膨大なエネルギーと、その攻撃予測軌道を映し出していた。五本の根が、同時に僕たちの頭上から叩きつけられようとしている。
「うおおおおおお!」
バルガスが渾身の力で雄叫びを上げる。黄金の城塞の輝きが、さらに増した。
直後、天が落ちてくるかのような凄まじい衝撃が、僕たちのいる空間を揺るがした。バルガスの口から、苦悶の呻きが漏れる。
だが、彼は耐えきった。そして、僕が予測した通り、トレントの幹の表面、地上から五メートルの高さにある節が、呼吸するように、ほんの一瞬だけ、パカリと開いた。
その内部に、脈動する赤い光。コアだ。
「今だ、リリアナ! そこへ跳べ!」
僕の叫びは、命令ではなかった。祈りに近かった。
リリアナは、僕の言葉を疑うことなく、その身を宙へと躍らせた。
彼女の姿が消え、次の瞬間には、トレントの幹、開かれた節の目の前に現れる。
彼女の手に握られたミスリルのレイピアが、夕日を反射してきらめいた。その切っ先は、吸い込まれるように、剥き出しになったコアの中心へと突き立てられた。
時間が、止まったように感じられた。
トレント・エンシェントの全ての動きが、ピタリと止まる。
リリアナは、その幹を蹴って優雅に地面に着地した。
やがて、トレントの赤い眼の光が、ゆっくりと消えていく。ミシミシ、と、巨木が軋む音が森に響き渡った。
そして、数百年、あるいは数千年という時を生きてきたであろう森の主は、その巨体をゆっくりと傾かせ、凄まじい地響きと共に大地に倒れ伏した。
同時に、バルガスの城塞も光の粒子となって消える。彼はその場に膝をつき、ぜえぜえと荒い息を繰り返していた。
「……やったのか……?」
「ああ。俺たちの、勝ちだ」
僕は、倒れたトレントの巨体を見上げながら答えた。
リリアナが、疲れた顔で僕の隣に歩み寄ってくる。バルガスも、ふらつきながら立ち上がり、僕たちの元へ来た。
僕たちは、言葉もなく、ただ目の前の光景を見つめていた。
ハズレスキル持ちの寄せ集めだった僕たちが、Dランクダンジョンの、それもおそらくはBランク以上に相当するであろう主を、三人だけで打ち破ったのだ。
これは、僕たち『フロンティア』が成し遂げた、最初の、そして最も偉大な勝利だった。
僕たちは、互いの顔を見合わせた。そこにあったのは、疲労と、そしてそれを上回る達成感と、仲間への絶対的な信頼だった。
僕たちの伝説は、今、確かに始まったのだ。
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