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第21話 世界初の完全攻略
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トレント・エンシェントの巨体が、大地を揺るがして沈黙した。
広場には、倒れた森の主の残骸と、戦いを終えた僕たち三人だけが残されていた。風が吹き抜け、巨大な古木の枝葉が最後のざわめきを立てる。それはまるで、長きにわたる支配者の終焉を告げる、弔いの音のようにも聞こえた。
「……やった。本当に、やっちまったのか、俺たち」
バルガスが、地面にへたり込んだまま、信じられないといった様子で呟いた。彼の顔は疲労で青ざめているが、その瞳は興奮でらんらんと輝いている。
「ええ、やったわ。あなたの『要塞』がなければ、不可能だった」
リリアナが、息を整えながらバルガスに微笑みかけた。彼女のミスリルのレイピアは、トレントのコアを貫いた際に樹液を浴び、少しだけ変色している。激戦の証だ。
「何言ってやがる! リリアナの嬢ちゃんの神業みてえな一撃がなけりゃ、俺はただ耐えて力尽きるだけだったさ!」
二人は互いの健闘を称え合っていた。その光景を、僕は少し離れた場所から静かに眺めていた。胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
そうだ。これは、誰か一人が成し遂げた勝利ではない。
僕の『眼』が弱点と好機を見抜き、バルガスの『要塞』が絶対的な盾となり、リリアナの『剣』が必殺の一撃を放つ。三つの力が、一つの意志のように完璧に連動したからこそ、この奇跡は起きた。
追放された斥候。暴発する暗殺者。動けない置物。
世間からハズレだと蔑まれた僕たちが、力を合わせれば、これほどの偉業を成し遂げられるのだ。
僕は、この二人に出会えたことを、心の底から誇りに思った。
「さて、感傷に浸るのは後だ。まずは戦利品の確認をするぞ」
僕は平静を装って声をかけ、倒れたトレントの巨体へと歩み寄った。
「戦利品ったって、ただの木っ端じゃねえか?」
バルガスが言うが、僕は首を振った。
「こいつはただの木じゃない。トレント・エンシェントだ。その体は、希少な素材の塊のはずだ」
僕は【地図化】スキルで、トレントの残骸の内部構造をスキャンした。やはり、いくつかの場所に強いエネルギー反応が残っている。
「バルガス、幹の中央、俺が指した場所を斧で叩き割ってくれ。そこに魔石がある」
「おう、任せとけ!」
バルガスは相棒の戦斧を担ぎ上げると、僕が示した場所に力強く振り下ろした。数回の打撃で分厚い樹皮が砕け、中から赤ん坊の頭ほどもある、深緑色に輝く巨大な魔石が転がり出てきた。
「うおっ! デカい! こんな魔石、見たことねえぞ!」
バルガスの目が、金貨を見つけた時のように輝く。Bランクモンスターの魔石ですら高値で取引されるのだ。これほどの大きさを持つエンシェント級の魔石となれば、その価値は計り知れない。
「リリアナ、ヤツの根の先端部分。いくつか魔力を帯びたまま硬化しているものがある。それをレイピアで切り出してくれ。武器や防具の素材になるはずだ」
「分かったわ」
リリアナが、しなやかな動きでトレントの根を切り出していく。それは『エンシェントウッド』と呼ばれる、極めて硬く、魔力伝導率の高い希少木材だった。
僕たちは手分けして、トレントの残骸から価値のある素材を回収していった。バックパックは、もはやはち切れんばかりに膨れ上がっている。
全ての素材を回収し終えた時だった。
ズズズ……という低い地響きと共に、トレントが根を張っていた広場の中央の地面が、ゆっくりと沈み始めた。
「な、なんだ!?」
三人が身構える。
地面は円形に陥没し、やがてその中心に、地下へと続く石の階段が現れた。
僕の脳内マップが、その地下空間から、これまで感じたことのないほど純粋で、強力なエネルギー反応を捉えていた。
「……ダンジョンコアだ」
僕が呟くと、リリアナとバルガスは息を呑んだ。
ダンジョンコア。それは、ダンジョンそのものの心臓部。モンスターを生み出し、ギミックを維持する力の源泉だ。これを破壊、あるいは入手することで、ダンジョンは完全にその機能を停止する。
ギルドの情報では、この森のコアは発見されていないとのことだった。おそらく、主であるトレント・エンシェントを倒さない限り、この地下への道は決して現れない仕組みだったのだろう。
「行くぞ。これを手に入れて、俺たちはこのダンジョンを世界で初めて『完全攻略』するんだ」
僕の言葉に、二人は力強く頷いた。
僕を先頭に、僕たちは慎重に石の階段を下りていく。ひんやりとした空気が肌を撫でた。
階段の先は、ドーム状の石室になっていた。壁には、見たこともない古代の文様が刻まれている。そして、その部屋の中央。
そこには、青白く輝く巨大な水晶玉が、静かに宙に浮いていた。
大きさは直径一メートルほど。その内部では、銀河のように無数の光点が渦を巻いている。それは神秘的で、同時に生命の脈動すら感じさせる、美しい光景だった。
「あれが……ダンジョンコア……」
リリアナが、うっとりと呟いた。
僕がゆっくりとコアに近づき、そっと手を伸ばす。指先が、その冷たく滑らかな表面に触れた、その瞬間。
僕の脳内に、膨大な情報が流れ込んできた。
それは、この『惑わしの森』が誕生してから、今日までの全ての記録。地形の変化の法則。幻覚を生み出す魔力の流れ。モンスターの生態系。全てが、一瞬で僕の【地図化】スキルに吸収され、統合されていく。
そして、僕だけでなく、リリアナとバルガスの脳内にも、直接、一つの声が響き渡った。
『――ダンジョン『惑わしの森』は、攻略されました。挑戦者に祝福を――』
その声と共に、ダンジョンコアの輝きが急速に失われていく。巨大な水晶は、光の粒子を放ちながら収縮し、やがて僕の手のひらに収まるほどの、透き通った小さな魔石へと姿を変えた。
ダンジョンコアの核石。ダンジョンを完全攻略した者にしか手に入れることのできない、伝説級のアイテムだ。
僕は、それを強く握りしめた。
コアを手に入れた僕たちが地上に戻ると、森は明らかにその姿を変えていた。
あれほど濃密だった魔力の淀みが完全に消え去り、木々の間からは爽やかな風が吹き抜けていく。鳥のさえずりが、どこからか聞こえてくる。
「……ただの森になったな」
バルガスが、感慨深げに言った。
「ええ。もう、誰もここで迷うことはないわ」
リリアナも、穏やかな表情で周囲を見渡している。
僕の脳内マップ上でも、ダンジョン特有のエネルギー反応は全て消滅していた。モンスターシンボルも、もう灯ることはないだろう。
僕たちは、この呪われた森を、ただの穏やかな森へと還したのだ。
「よし、帰るか。俺たちの街へ」
僕の言葉に、二人は笑顔で頷いた。
森の出口を目指して歩きながら、僕はこれからのことを考えていた。ギルドにこのダンジョンコアと素材を持ち込めば、一体どれほどの騒ぎになるだろうか。
Dランクパーティですらない、登録したての僕たち三人が、誰も攻略できなかったDランクダンジョンを、世界で初めて完全攻略した。
その事実は、僕たち『フロンティア』の名を、一気に王都中に轟かせることになるだろう。
それは、僕の復讐の始まりでもある。僕を無能だと追放したアレクサンダーたちに、僕の真の価値を知らしめる、最初の狼煙だ。
だが、今の僕の心を満たしているのは、そんな復讐心よりも、隣を歩く仲間たちの存在だった。
「なあ、ユキナガ。お前と組めて、本当によかったぜ」
バルガスが、照れくさそうに、しかし心からの声で言った。
「ええ、私も。ユキナガ、バルガス。あなたたちと一緒なら、どんなダンジョンだって攻略できる気がするわ」
リリアナも、嬉しそうに同意する。
その言葉が、どんな宝よりも、僕の心を温かくした。
そうだ。この仲間たちとなら、どこまでも行ける。
僕たち『フロンティア』の冒険は、まだ始まったばかりなのだ。
やがて、森の出口が見えてきた。木々の切れ間から、夕日に染まる王都の城壁が遠くに見える。
僕たちは、英雄への道を、確かに一歩、踏み出した。
広場には、倒れた森の主の残骸と、戦いを終えた僕たち三人だけが残されていた。風が吹き抜け、巨大な古木の枝葉が最後のざわめきを立てる。それはまるで、長きにわたる支配者の終焉を告げる、弔いの音のようにも聞こえた。
「……やった。本当に、やっちまったのか、俺たち」
バルガスが、地面にへたり込んだまま、信じられないといった様子で呟いた。彼の顔は疲労で青ざめているが、その瞳は興奮でらんらんと輝いている。
「ええ、やったわ。あなたの『要塞』がなければ、不可能だった」
リリアナが、息を整えながらバルガスに微笑みかけた。彼女のミスリルのレイピアは、トレントのコアを貫いた際に樹液を浴び、少しだけ変色している。激戦の証だ。
「何言ってやがる! リリアナの嬢ちゃんの神業みてえな一撃がなけりゃ、俺はただ耐えて力尽きるだけだったさ!」
二人は互いの健闘を称え合っていた。その光景を、僕は少し離れた場所から静かに眺めていた。胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
そうだ。これは、誰か一人が成し遂げた勝利ではない。
僕の『眼』が弱点と好機を見抜き、バルガスの『要塞』が絶対的な盾となり、リリアナの『剣』が必殺の一撃を放つ。三つの力が、一つの意志のように完璧に連動したからこそ、この奇跡は起きた。
追放された斥候。暴発する暗殺者。動けない置物。
世間からハズレだと蔑まれた僕たちが、力を合わせれば、これほどの偉業を成し遂げられるのだ。
僕は、この二人に出会えたことを、心の底から誇りに思った。
「さて、感傷に浸るのは後だ。まずは戦利品の確認をするぞ」
僕は平静を装って声をかけ、倒れたトレントの巨体へと歩み寄った。
「戦利品ったって、ただの木っ端じゃねえか?」
バルガスが言うが、僕は首を振った。
「こいつはただの木じゃない。トレント・エンシェントだ。その体は、希少な素材の塊のはずだ」
僕は【地図化】スキルで、トレントの残骸の内部構造をスキャンした。やはり、いくつかの場所に強いエネルギー反応が残っている。
「バルガス、幹の中央、俺が指した場所を斧で叩き割ってくれ。そこに魔石がある」
「おう、任せとけ!」
バルガスは相棒の戦斧を担ぎ上げると、僕が示した場所に力強く振り下ろした。数回の打撃で分厚い樹皮が砕け、中から赤ん坊の頭ほどもある、深緑色に輝く巨大な魔石が転がり出てきた。
「うおっ! デカい! こんな魔石、見たことねえぞ!」
バルガスの目が、金貨を見つけた時のように輝く。Bランクモンスターの魔石ですら高値で取引されるのだ。これほどの大きさを持つエンシェント級の魔石となれば、その価値は計り知れない。
「リリアナ、ヤツの根の先端部分。いくつか魔力を帯びたまま硬化しているものがある。それをレイピアで切り出してくれ。武器や防具の素材になるはずだ」
「分かったわ」
リリアナが、しなやかな動きでトレントの根を切り出していく。それは『エンシェントウッド』と呼ばれる、極めて硬く、魔力伝導率の高い希少木材だった。
僕たちは手分けして、トレントの残骸から価値のある素材を回収していった。バックパックは、もはやはち切れんばかりに膨れ上がっている。
全ての素材を回収し終えた時だった。
ズズズ……という低い地響きと共に、トレントが根を張っていた広場の中央の地面が、ゆっくりと沈み始めた。
「な、なんだ!?」
三人が身構える。
地面は円形に陥没し、やがてその中心に、地下へと続く石の階段が現れた。
僕の脳内マップが、その地下空間から、これまで感じたことのないほど純粋で、強力なエネルギー反応を捉えていた。
「……ダンジョンコアだ」
僕が呟くと、リリアナとバルガスは息を呑んだ。
ダンジョンコア。それは、ダンジョンそのものの心臓部。モンスターを生み出し、ギミックを維持する力の源泉だ。これを破壊、あるいは入手することで、ダンジョンは完全にその機能を停止する。
ギルドの情報では、この森のコアは発見されていないとのことだった。おそらく、主であるトレント・エンシェントを倒さない限り、この地下への道は決して現れない仕組みだったのだろう。
「行くぞ。これを手に入れて、俺たちはこのダンジョンを世界で初めて『完全攻略』するんだ」
僕の言葉に、二人は力強く頷いた。
僕を先頭に、僕たちは慎重に石の階段を下りていく。ひんやりとした空気が肌を撫でた。
階段の先は、ドーム状の石室になっていた。壁には、見たこともない古代の文様が刻まれている。そして、その部屋の中央。
そこには、青白く輝く巨大な水晶玉が、静かに宙に浮いていた。
大きさは直径一メートルほど。その内部では、銀河のように無数の光点が渦を巻いている。それは神秘的で、同時に生命の脈動すら感じさせる、美しい光景だった。
「あれが……ダンジョンコア……」
リリアナが、うっとりと呟いた。
僕がゆっくりとコアに近づき、そっと手を伸ばす。指先が、その冷たく滑らかな表面に触れた、その瞬間。
僕の脳内に、膨大な情報が流れ込んできた。
それは、この『惑わしの森』が誕生してから、今日までの全ての記録。地形の変化の法則。幻覚を生み出す魔力の流れ。モンスターの生態系。全てが、一瞬で僕の【地図化】スキルに吸収され、統合されていく。
そして、僕だけでなく、リリアナとバルガスの脳内にも、直接、一つの声が響き渡った。
『――ダンジョン『惑わしの森』は、攻略されました。挑戦者に祝福を――』
その声と共に、ダンジョンコアの輝きが急速に失われていく。巨大な水晶は、光の粒子を放ちながら収縮し、やがて僕の手のひらに収まるほどの、透き通った小さな魔石へと姿を変えた。
ダンジョンコアの核石。ダンジョンを完全攻略した者にしか手に入れることのできない、伝説級のアイテムだ。
僕は、それを強く握りしめた。
コアを手に入れた僕たちが地上に戻ると、森は明らかにその姿を変えていた。
あれほど濃密だった魔力の淀みが完全に消え去り、木々の間からは爽やかな風が吹き抜けていく。鳥のさえずりが、どこからか聞こえてくる。
「……ただの森になったな」
バルガスが、感慨深げに言った。
「ええ。もう、誰もここで迷うことはないわ」
リリアナも、穏やかな表情で周囲を見渡している。
僕の脳内マップ上でも、ダンジョン特有のエネルギー反応は全て消滅していた。モンスターシンボルも、もう灯ることはないだろう。
僕たちは、この呪われた森を、ただの穏やかな森へと還したのだ。
「よし、帰るか。俺たちの街へ」
僕の言葉に、二人は笑顔で頷いた。
森の出口を目指して歩きながら、僕はこれからのことを考えていた。ギルドにこのダンジョンコアと素材を持ち込めば、一体どれほどの騒ぎになるだろうか。
Dランクパーティですらない、登録したての僕たち三人が、誰も攻略できなかったDランクダンジョンを、世界で初めて完全攻略した。
その事実は、僕たち『フロンティア』の名を、一気に王都中に轟かせることになるだろう。
それは、僕の復讐の始まりでもある。僕を無能だと追放したアレクサンダーたちに、僕の真の価値を知らしめる、最初の狼煙だ。
だが、今の僕の心を満たしているのは、そんな復讐心よりも、隣を歩く仲間たちの存在だった。
「なあ、ユキナガ。お前と組めて、本当によかったぜ」
バルガスが、照れくさそうに、しかし心からの声で言った。
「ええ、私も。ユキナガ、バルガス。あなたたちと一緒なら、どんなダンジョンだって攻略できる気がするわ」
リリアナも、嬉しそうに同意する。
その言葉が、どんな宝よりも、僕の心を温かくした。
そうだ。この仲間たちとなら、どこまでも行ける。
僕たち『フロンティア』の冒険は、まだ始まったばかりなのだ。
やがて、森の出口が見えてきた。木々の切れ間から、夕日に染まる王都の城壁が遠くに見える。
僕たちは、英雄への道を、確かに一歩、踏み出した。
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