ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第22話 ギルドの喧騒と新たな階梯

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夕闇が王都を包み込む頃、僕たち三人はようやく東門にたどり着いた。背負ったバックパックは、採取した希少な素材でずっしりと重い。疲労はピークに達しているはずなのに、僕たちの足取りは不思議と軽かった。
『惑わしの森』完全攻略。その事実が、僕たちの心に何よりも強い活力を与えていた。
「へへっ、今ギルドに行ったら、どんな顔されるだろうな」
バルガスが、汚れた顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。彼の興奮はまだ冷めていないようだ。
「きっと、腰を抜かすわよ。Dランクダンジョンを、たった三人で攻略したなんて、誰も信じないでしょうから」
リリアナも、楽しそうにそれに乗る。彼女の横顔は、自信に満ちて輝いていた。
「ああ。だが、信じさせるだけの証拠は、この中にある」
僕は自分のバックパックを叩いた。中には、トレント・エンシェントの巨大な魔石と、そして何よりも決定的な証拠であるダンジョンコアの核石が入っている。
僕たちは、これから起こるであろう騒動を予感しながら、王都のメインストリートをまっすぐ進んだ。目的地は、冒険者ギルド。僕たちの快挙を、世界に知らしめるための舞台だ。

夜が近いというのに、ギルドの中は昼間と変わらない熱気に包まれていた。依頼を終えた冒険者たちの武勇伝、酒場で交わされる下世話な噂話、そして新たな仲間を求める声。様々な音が混じり合い、この場所独特の喧騒を生み出している。
僕たち三人が中に入ると、幾人かの冒険者がこちらを一瞥し、すぐに興味を失ったように視線を外した。泥と草いきれにまみれた僕たちの姿は、ダンジョン攻略に失敗してすごすごと帰ってきた、しがない冒険者にしか見えなかったのだろう。
僕たちは、そんな視線を意にも介さず、一直線に報告カウンターへ向かった。
対応してくれたのは、またあのそばかすの受付嬢だった。彼女は僕たちの顔を見ると、少し驚いたような、そして同情するような複雑な表情を浮かべた。
「あら、フロンティアの皆さん……。『惑わしの森』へ向かうと伺っていましたが、ご無事でしたか。やはり、あの森は危険すぎましたでしょう。撤退は賢明な判断です」
彼女は、僕たちが攻略を諦めて帰ってきたのだと、完全に思い込んでいるようだった。
僕は何も言わず、まずカウンターの上に、ずしりと重いバックパックを置いた。そして、中からトレント・エンシェントの巨大な魔石を取り出し、ゴトリと鈍い音を立てて置く。
深緑色に輝く、赤ん坊の頭ほどもある魔石。その異様な存在感に、受付嬢は息を呑んだ。
「こ、これは……? なんて大きさ……。それに、この魔力。一体、何の魔石ですの……?」
「次だ、バルガス」
僕の合図で、バルガスが自分のバックパックから、虹色タケやエンシェントウッドの素材を次々と取り出していく。リリアナも、月光草や竜の涙といった希少な薬草を並べた。
カウンターの上は、あっという間に、見たこともないような高級素材で埋め尽くされていく。
周囲の冒険者たちが、何事かとこちらに注目し始めた。
「おい、なんだあれは……? 虹色タケじゃねえか!」
「あっちの木材、エンシェントウッドだぞ! どこで手に入れたんだ!」
「あの魔石、まさか……!」
ギルド内が、にわかにざわつき始める。受付嬢は、目の前の光景が信じられないといった様子で、ただ震える手で口元を覆っていた。
「ど、どうしてこんなものが、惑わしの森から……。あそこには、こんな素材を落とすような強力なモンスターはいないはず……」
僕は、そんな彼女にとどめを刺すように、懐から静かに小さな石を取り出した。
そして、それを全ての素材の上に、そっと置く。
それは、ただの透き通った石ころに見えた。だが、その石が放つ、純粋で凝縮された魔力のオーラに気づいた者が、数人いた。カウンターの奥にいたベテラン職員たちが、血相を変えて駆け寄ってくる。
「まさか……それは……!」
「ああ」と僕は静かに告げた。「『惑わしの森』のダンジョンコアだ。俺たちは、あのダンジョンを完全攻略した。その報告に来た」
僕の言葉は、爆弾のようにギルドの喧騒を吹き飛ばした。
一瞬の静寂。
そして、次の瞬間、凄まじいどよめきがホール全体を揺るがした。
「ダンジョンコアだと!?」
「馬鹿な! あの呪われた森を、完全攻略したというのか!」
「たった三人でか!? 嘘だろ!」
冒険者たちが、我先にとカウンターに殺到する。誰もが、伝説級のアイテムを一目見ようと、目を血走らせていた。
その混乱の極みの中、ホールの一番奥の扉が開き、一人の男が現れた。
その男が登場した瞬間、あれほど騒がしかったギルドが、水を打ったように静まり返った。
年の頃は五十代だろうか。筋骨隆々とした巨体に、歴戦の傷跡が刻まれた厳つい顔。だが、その眼光は鋭く、全てを見通すような理知的な光を宿している。
冒険者ギルド、王都支部のギルドマスター、ダグラス・フォン・シュタイン。その人だった。
彼は、人垣を分けるようにしてまっすぐにカウンターへ歩いてくると、僕が置いたコアの核石を手に取った。そして、それを片眼鏡に翳し、じっと観察する。
やがて、彼は重々しく口を開いた。
「……本物だ。間違いなく、ダンジョンコアの核石。そして、この微弱な残存魔力は、『惑わしの森』のものだ」
彼の言葉は、最終的な判決のように、ホールに響き渡った。
ダグラスは、僕たち三人の顔をゆっくりと見渡した。その鋭い視線が、僕たちの力量、そしてその奥にある真価までも見定めようとしているのが分かった。
「お前たちが、フロンティアか。話は、奥で聞かせてもらおう」

ギルドマスター室は、彼の厳格な人柄を表すように、華美な装飾が一切ない、実用的な部屋だった。
僕たちは、ダグラスと向かい合ってソファに腰掛けていた。バルガスとリリアナは、さすがに緊張している様子だ。
「単刀直入に聞く」ダグラスが口火を切った。「どうやって攻略した。お前たちのパーティランクは、まだ登録されたばかりのFのはずだ。それが、Bランクパーティですら撤退したあの森を、どうやって」
僕は、隠すことなく事実を話した。
「俺のスキルは【地図化】。彼女は【縮地】。こいつは【城塞化】。俺のナビゲートで森のギミックを無効化し、こいつの城塞で敵の攻撃を防ぎ、彼女の剣でボスを仕留めた。ただ、それだけです」
僕のあまりに簡潔な説明に、ダグラスは片眉を上げた。
「地図化、縮地、城塞化……。なるほど。一つ一つは、扱いにくい、あるいは地味なスキルだ。だが、その三つが組み合わさった時……」
彼は、僕の顔をじっと見つめた。
「その組み合わせに気づき、完璧な戦術として組み上げたのは、お前か。ユキナガ、と言ったな」
「はい」
「恐ろしい男だ。お前のその頭脳こそが、お前たちのパーティの真の武器というわけか」
ダグラスは、僕のスキルの本質を、一瞬で見抜いていた。この男は、アレクサンダーたちとは違う。物事の表面だけではなく、その裏にある構造や理屈を理解できる人間だ。
「フロンティア。お前たちの『惑わしの森』完全攻略を、ギルドとして正式に認定する。これは、王国始まって以来の歴史的な快挙だ。心から称賛する」
彼はそう言うと、一枚の羊皮紙をテーブルの上に広げた。そこには、僕たちが持ち帰った素材の査定額と、今回の報酬額がびっしりと書き込まれていた。
「素材の売却益が、金貨五百枚。トレント・エンシェント討伐の特別報酬が、金貨三百枚。そして、世界初のダンジョン完全攻略に対する特別報奨金として、王国から金貨千枚が下賜される。手数料を差し引いた合計、金貨千七百八十枚が、お前たちへの報酬となる」
「「せ、せんななひゃく!?」」
リリアナとバルガスが、椅子から転げ落ちそうなほど驚いている。ゴブリンの洞窟で得た大金が、霞んで見えるほどの天文学的な数字だ。僕でさえ、その額には少しだけ眩暈がした。
「だが、報酬はそれだけではない」
ダグラスは続けた。「お前たちの功績は、金銭だけで評価されるべきものではない。よって、ギルドの権限において、特例措置を適用する」
彼は、僕たち三人のギルドカードを受け取ると、それに何かを刻み込んだ。
「本日付で、お前たちのパーティランクをFからCへ、一気に引き上げる。本来ならありえんことだが、お前たちにはその資格が十分にある」
Fから、一気にCへ。三段階の飛び級。
「いいな。Cランクパーティ、『フロンティア』。お前たちの名は、今日、この王都に轟くことになるだろう。今後の活躍、期待しているぞ」
ダグラスはそう言うと、満足げに頷いた。

ギルドマスター室を出ると、ホールはまだ異様な熱気に包まれていた。
僕たちが現れたことに気づいた冒険者たちが、一斉にこちらを向く。だが、その視線にはもう、以前のような侮蔑や同情の色はない。そこにあるのは、畏怖、嫉妬、そして賞賛。
昨日まで、誰も見向きもしなかったハズレスキル持ちの集まりが、一夜にして、王都中の冒険者の注目の的となっていた。
「すげえ……。みんな、俺たちのことを見てるぜ……」
バルガスが、感動に声を震わせている。リリアナも、少し戸惑いながらも、どこか誇らしげに胸を張っていた。
僕はこの喧騒を冷静に受け止めながら、すでに次のステップへと意識を向けていた。
大金と、地位。その両方を手に入れた。ならば、次は拠点だ。いつまでも宿を転々とするわけにはいかない。僕たちの活動拠点となる、家が必要だ。
これが、僕たちの新たな日常の始まり。
追放から始まった僕の物語は、今、ようやく本当のスタートラインに立ったのだ。
そして、この快挙の報せは、すぐに王都のあるパーティの耳にも届くことになる。彼らがその時、どんな顔をするのか。想像すると、僕の口元には、自然と不敵な笑みが浮かんでいた。
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