ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第25話 屈辱の帰還と攻略神の伝説

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泥にまみれたブーツが、ぬかるんだ地面にめり込む。勇者アレクサンダーは、舌打ちと共にその足を無理やり引き抜いた。彼の顔には、疲労と苛立ちが深い皺となって刻まれている。『惑わしの森』に足を踏み入れてから、すでに三日が経過していた。
パーティの雰囲気は、最悪の一言に尽きた。誰もが口を閉ざし、互いの顔を見ようともしない。ただ、機械的に足を動かしているだけだ。
戦士ヴォルフの肩の古傷は、湿気と無理な行軍のせいで再び痛み始めているようだった。聖女セシリアの顔色は、回復魔法の使いすぎで紙のように白い。賢者グレンは、役に立たないコンパスを何度も睨みつけては、深いため息をついていた。
食料は、昨日尽きた。水も、あと半日持つかどうか。
「……まだ、出口は見つからんのか」
アレクサンダーの低い声が、重い空気を揺らした。その声には、かつての自信に満ちた響きは微塵もない。
「私の魔力感知も、この森ではほとんど役に立たない。魔力の流れが乱れすぎていて、正しい方角が掴めん」
グレンが、苦々しく答えた。
「ユキナガさんがいれば……」
セシリアが、また消え入りそうな声でその名を呟いた。その瞬間、アレクサンダーの眉がピクリと動く。
「その名を出すなと、言ったはずだ!」
彼の怒声が、疲弊したパーティに突き刺さる。だが、その声には以前のような威圧感はなく、むしろ悲鳴に近い響きがあった。
彼自身、この三日間で嫌というほど理解させられていたのだ。ユキナガの不在が、どれほど致命的であったかを。
ユキナガがいれば、初日の段階でこの森の異常性を見抜き、最適なルートを割り出していただろう。幻覚を見せるギミックの存在も、事前に警告してくれたはずだ。無駄な消耗も、仲間割れ寸前のこの険悪な雰囲気も、全て回避できていたに違いない。
自分たちが「無能」だと切り捨てた男が、実はこのパーティの心臓部だった。その認めたくない事実が、アレクサンダーのプライドを内側から蝕んでいた。
(あいつは、ただの荷物持ちだったはずだ。そうだ。あいつがいても、結果は同じだった。俺の力が、少し足りなかっただけだ……)
彼は必死に自分に言い聞かせた。だが、その言葉が虚しい言い訳でしかないことを、彼自身が一番よく分かっていた。
その時だった。
「……光だ」
ヴォルフが、かすれた声で呟いた。彼が指差す先、木々の切れ間の向こうに、微かに外の光が見えている。
出口だ。
彼らは最後の力を振り絞り、その光に向かって駆け出した。泥に足を取られ、木の根に躓きながらも、必死で前に進む。
やがて、彼らは転がり込むようにして、森の外へと飛び出した。背後では、あれほど彼らを苦しめた森が、何事もなかったかのように静まり返っている。
三日ぶりに浴びるまともな太陽の光に、彼らはしばし目を細めた。助かったのだ。だが、その顔に安堵の表情はなかった。あるのは、惨めな敗北感と、深い疲労だけだった。
彼らは、Dランクダンジョンに、完膚なきまでに叩きのめされたのだ。
その事実は、勇者パーティ『サンクチュアリ』の輝かしい歴史に、消えない汚点を残した。

ボロボロの姿で王都への帰路についた彼らは、道行く人々の好奇の視線に晒された。
「おい、見ろよ。あれ、勇者様の一行じゃないか?」
「なんだい、あのザマは。どこぞのダンジョンで返り討ちにでも遭ったのかね」
「最近、噂になってるぜ。勇者パーティは落ち目だってな」
囁き声が、鋭い針のように彼らの心を刺す。アレクサンダーは、聞こえないふりをして俯き、足早に歩いた。かつて、賞賛と羨望の眼差しを浴びて歩いたこの道を、今は敗残兵のように逃げるように進んでいた。
一刻も早く、ギルドに着きたい。人目につかない場所で、このみすぼらしい姿をどうにかしたかった。
やがて、冒険者ギルドの建物が見えてくる。彼らは、吸い寄せられるようにその中へと入っていった。
ギルドの中は、いつも通りの喧騒に満ちていた。だが、その熱気は、どこか普段とは違う種類のものだった。冒険者たちが皆、何か一つの話題に浮かされるように、興奮して語り合っている。
「聞いたか!?『フロンティア』ってパーティのこと!」
「ああ、聞いたどころか、さっきギルドマスターに直々に表彰されてたぜ!」
「Dランクの『惑わしの森』を、世界で初めて完全攻略したんだと! 信じられるか!」
『フロンティア』。『惑わしの森』。『完全攻略』。
その単語が、アレクサンダーたちの耳に飛び込んできた。
「……何を言っているんだ、あいつらは」
アレクサンダーが、眉をひそめて呟いた。『惑わしの森』を完全攻略? 馬鹿馬鹿しい。自分たちが心身ともに打ちのめされた、あの地獄のような森を? ありえるはずがない。何かの間違いか、あるいはただのホラ話だろう。
だが、ギルドの壁に大きく張り出された一枚の羊皮紙が、彼のそんな希望的観測を無慈悲に打ち砕いた。
そこには、ギルドマスター直筆の、力強い文字でこう書かれていた。

【祝! Dランクダンジョン『惑わしの森』世界初完全攻略達成!】
【達成パーティ:『フロンティア』(Cランクへ特例昇進)】

アレクサンダーは、その文字を呆然と見つめた。
完全攻略。特例昇進。
そして、その下には、パーティメンバーの名前が記されていた。

【リーダー:ユキナガ】
【メンバー:リリアナ、バルガス】

ユキナガ。
その名前を見た瞬間、アレクサンダーの思考が、完全に停止した。
嘘だ。何かの間違いだ。同名の別人だ。そうに違いない。
だが、その下に添えられた、スキルの記述が、彼の最後の逃げ道を塞いだ。

【ユキナガ:スキル【地図化】】
【リリアナ:スキル【縮地】】
【バルガス:スキル【城塞化】】

地図化。縮地。城塞化。
どれも、彼らがハズレスキルだと見下してきた、役立たずの能力ばかりだ。
その寄せ集めが、自分たちが敗走したダンジョンを、完全攻略した?
「……おい、あんた」
アレクサンダーは、近くにいた冒険者の一人の肩を、荒々しく掴んだ。
「この『フロンティア』とかいう連中のことを、詳しく話せ」
その剣幕に、冒険者は一瞬怯んだが、すぐに興奮した様子で語り始めた。
「へ、へい! あんたも気になりますかい! そりゃそうでしょうよ! 今、王都はこの話で持ちきりですからね!」
冒険者は、まるで見てきたかのように、目を輝かせて語る。
「リーダーのユキナガってのが、とんでもない切れ者らしいんですよ! なんでも、【地図化】スキルで、あの森のギミックを全部見破っちまったとか! 幻覚も、地形の変化も、全部お見通しだったって話ですぜ!」
「な……」
「それに、仲間もヤバい! 『暴発のリリアナ』って呼ばれてたハーフエルフの嬢ちゃんが、ユキナガの指示で神速のアタッカーに化けた! それから、『置物のバルガス』って馬鹿にされてたドワーフが、難攻不落の要塞になった! まるで、伝説の物語みたいじゃありませんか!」
その言葉の一つ一つが、鋭い刃となってアレクサンダーの胸に突き刺さった。
ユキナガのナビゲート。リリアナの攻撃力。バルガスの防御力。
それらは全て、自分たちのパーティが、今、最も失い、渇望しているものだった。
自分たちが不要だと捨てた石ころが、いつの間にか、自分たちの手の届かない場所で、最高の宝石となって輝いていた。
アレクサンダーの脳裏に、数週間前の光景が鮮やかに蘇る。
雨の中、ユキナガに銅貨を投げつけ、無能だと罵った、あの日の自分の姿。
『お前は足手まといなんだよ』
その言葉が、今、ブーメランのように自分自身に返ってくる。
足手まといは、どちらだったのか。
無能は、一体、誰だったのか。
「ユキナガ……」
アレクサンダーの唇から、絞り出すような声が漏れた。
驚愕は、やがて理解不能な怒りへと変わった。そして、その怒りは、どす黒く、燃え上がるような嫉妬と屈辱へと変貌を遂げた。
なぜだ。なぜ、あいつが。
俺が勇者だ。俺が、神に選ばれた存在のはずだ。
あんなハズレスキル持ちの、荷物持ちだった男が、なぜ俺を出し抜く? なぜ、俺が手に入れられなかった栄光を、あいつが掴んでいる?
許せない。
絶対に、許せない。
アレクサンダーは、腰の聖剣の柄を、ギリギリと音がするほど強く握りしめた。その瞳には、もはや勇者の輝きはなく、ただただ、ユキナガという一人の男への、歪んだ憎悪の炎だけが燃え盛っていた。
彼の隣で、グレンは顔面蒼白のまま立ち尽くし、ヴォルフは悔しそうに拳を握り、そしてセシリアは、悲しそうに、ただ静かに涙を流していた。
勇者パーティ『サンクチュアリ』の凋落と、攻略神『フロンティア』の伝説。
二つの物語は、この日、この場所で、決定的に交錯した。
そして、その歯車は、もう誰にも止めることはできない。
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