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第26話 沈黙の遺跡
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『フロンティア』の名が王都を駆け巡ってから、一週間が過ぎた。
僕たちの生活は、劇的に変わった。新しい家の朝は、いつも穏やかな活気に満ちている。
「ユキナガ、リリアナ! 朝飯ができたぞー!」
階下から、バルガスの朗々とした声が響く。僕がリビングに下りていくと、香ばしいパンとベーコンの匂いが鼻をくすぐった。テーブルの上には、彼が作った豪勢な朝食が並んでいる。すっかり、我が家の料理番はバルガスに定着していた。
「おはよう、ユキナガ」
リリアナが、庭から摘んできたばかりのハーブを水差しに入れながら、にこやかに挨拶を返した。彼女はこの家の庭を自分だけのハーブ園にして、毎日楽しそうに世話を焼いている。その表情は、僕が酒場で初めて会った時の、氷のような冷たさが嘘のように柔らかい。
これが、僕たちの日常になった。
ダンジョンに潜らない日は、それぞれが自分の時間を過ごす。バルガスは地下の工房に籠もり、満足げな唸り声を上げながら金床を叩いている。リリアナはハーブ園の手入れをしたり、市場で新しいレシピの材料を探したりしている。僕は書斎で、王都中の図書館から買い集めたダンジョン関連の古文書を読み解き、知識を蓄積していた。
そして、三度の食事は、必ず三人でこの大きなテーブルを囲む。
それは、僕にとって何よりも贅沢で、かけがえのない時間だった。追放されたあの夜には、想像もできなかった光景だ。
僕たちは、ただのパーティメンバーではない。同じ屋根の下で暮らし、笑い、語り合う。それはもう、家族と呼んでもいい関係だった。
ひとたび街へ出れば、僕たちを待っているのは、かつてとは全く違う人々の視線だった。
「おい、見ろよ。『フロンティア』だ」
「あれが、あの『惑わしの森』を攻略した……」
「リーダーのユキナガは『攻略神』って呼ばれてるらしいぜ。どんなダンジョンでも丸裸にしちまうってな」
僕の二つ名は、いつの間にかそんな大層なものになっていた。リリアナは「神速の銀閃」、バルガスは「不落の黄金壁」などと呼ばれているらしい。少し気恥ずかしいが、僕たちの力が正当に評価されている証拠でもあった。
そんな周囲の喧騒をよそに、僕たちの足は冒険者ギルドへと向かっていた。休息はもう十分だ。僕たちの血は、新たな冒険を、未知なるダンジョンを求めていた。
ギルドの扉を開けると、僕たちの姿を認めた冒険者たちが、さっと道を開けた。Cランクに昇格したことで、僕たちはギルド内でも一目置かれる存在になっていた。
僕たちは、以前は立ち入ることすらできなかった、Cランク以上の依頼が掲示されているエリアへと進む。壁には、これまでとは比較にならないほど難易度と報酬の高い依頼書が並んでいた。
「うおー、すげえな!『砂漠のワイバーン討伐』だとよ! 報酬は金貨百枚だ!」
バルガスが、子供のように目を輝かせている。
「こっちには、『幽霊船の調査』なんていうのもあるわ。気味が悪いけど、面白そう」
リリアナも、興味深そうに依頼書を眺めている。
僕もいくつかの依頼に目を通したが、どれも今の僕たちの実力を試すには物足りないように感じられた。僕たちが求めているのは、単純なモンスター討伐ではない。僕たちの連携と、僕の【地図化】スキルが最大限に活かされる、ギミックに満ちた難解なダンジョンだ。
そんな僕の目に、一枚の古びた羊皮紙が留まった。
その依頼書は、他の派手な討伐依頼とは違い、隅の方にひっそりと貼られていた。依頼主はギルド。内容は、ただ一言。
【Cランクダンジョン『沈黙の遺跡』の地図作成】
報酬は、成功報酬で金貨二百枚と、破格の額が提示されている。だが、この依頼書を受けようとする者は、誰もいないようだった。その周囲だけ、空気が淀んでいる。
「なあ、ユキナガ。これ、どう思う?」
僕と同じものに気づいたらしいバルガスが、怪訝な顔で尋ねた。
「地図作成だけで金貨二百枚とは、大盤振る舞いだな。だが、誰も手を出さねえってことは、よっぽどの訳あり物件なんだろうぜ」
僕がその依頼書に手を伸ばそうとした時、近くにいたベテラン冒険者の一人が、慌てて僕たちを制した。
「おい、坊主たち。それに手を出すのはやめておけ。死ぬぞ」
その男は、顔に大きな傷跡を持つ、歴戦の猛者のようだった。
「この『沈黙の遺跡』というのは?」
僕が尋ねると、男は忌々しげに顔を歪めた。
「ただの墓場だ。あそこに挑戦して、五体満足で帰ってきた奴を、俺は見たことがねえ。Cランクなんてのは名ばかりで、実質はAランク級の死地だ」
「何があるんだ?」
「トラップだよ。床、壁、天井、至る所に、古代の悪意が詰まった罠が仕掛けられてる。床は抜け、毒矢が飛び、壁が迫ってくる。魔法で探知しようにも、全ての罠が魔力遮断の細工済みだ。一歩進むごとに、仲間が一人ずつ消えていく。そんな地獄みてえな場所よ」
男の話に、周囲にいた他の冒険者たちも頷いている。
「それだけじゃねえ」と、別の冒険者が口を挟んだ。「あの遺跡は、石像が動き出すんだ。ゴーレムってやつだ。そいつらが、トラップをかいくぐって消耗した冒険者を、情け容赦なく叩き潰す。硬すぎて、並の攻撃じゃ傷一つつけられねえ」
「俺のパーティも、三人やられた。一人は腕を、一人は足を、もう一人は心をな……。あの遺跡の名を聞くだけで、今でも震えが止まらん」
男たちの話は、どれも絶望的なものばかりだった。トラップとゴーレム。物理的な罠と、物理攻撃が効きにくい敵。最悪の組み合わせだ。
リリアナとバルガスも、さすがに顔を曇らせている。
だが、僕の心は、逆に高揚していた。
トラップだらけのダンジョン。それはつまり、俺の【地図化】が最も輝く舞台じゃないか。
床の構造の脆弱性。壁に隠された毒矢の発射口。天井の仕掛けの歯車。俺のスキルなら、それら全てを、作動する前に「見る」ことができる。
物理攻撃が効きにくいゴーレム。それも、構造そのものを解析すれば、必ず弱点が見つかるはずだ。動力源であるコアの位置や、関節の脆弱な部分。それら全てが、俺の脳内マップには表示される。
他の冒険者にとっては絶望のダンジョンが、僕にとっては、答えが全て書かれたテスト用紙のようなものだ。
「……面白そうだ」
僕の口から、思わず笑みが漏れた。
その言葉に、リリアナとバルガス、そして周りの冒険者たち全員が、ぎょっとした顔で僕を見た。
「お、おい、ユキナガ。本気か?」
バルガスが、恐る恐る尋ねる。
「ああ、本気だ」
僕は依頼書を壁から剥がすと、それをひらひらと二人に見せた。「俺たちの次の舞台は、ここに決めた」
僕のあまりに自信に満ちた態度に、リリアナとバルガスの不安は、いつものように期待へと変わっていった。
「ユキナガがそう言うなら、きっと勝算があるのね」
「へへっ、面白え! 地獄のトラップ地獄、上等じゃねえか! 俺の城塞で、全部受け止めてやるぜ!」
僕たち三人のやり取りを、周囲の冒険者たちは信じられないといった顔で見ていた。先ほど忠告してくれた傷顔の男も、「若い連中は、命知らずというか、ただの馬鹿というか……」と、呆れたように首を振っている。
僕は、そんな彼らに向かって振り返ると、静かに言った。
「あんたたちが解けなかった問題用紙を、俺たちが満点で採点してきてやる。期待せずに待っているといい」
その言葉を残し、僕たちは依頼書を手にカウンターへと向かった。
Cランクパーティ『フロンティア』の新たな挑戦。
それは、誰もが生きて帰れないと恐れる『沈黙の遺跡』。
僕たちの快進撃は、まだ終わらない。むしろ、ここからが本番だ。
僕たちの名が、ただの幸運ではなく、本物の実力に裏打ちされたものであることを、この王都に、そしてかつて僕を追放した者たちに、改めて証明してやる。
そのための、最高の舞台が整った。
僕たちの生活は、劇的に変わった。新しい家の朝は、いつも穏やかな活気に満ちている。
「ユキナガ、リリアナ! 朝飯ができたぞー!」
階下から、バルガスの朗々とした声が響く。僕がリビングに下りていくと、香ばしいパンとベーコンの匂いが鼻をくすぐった。テーブルの上には、彼が作った豪勢な朝食が並んでいる。すっかり、我が家の料理番はバルガスに定着していた。
「おはよう、ユキナガ」
リリアナが、庭から摘んできたばかりのハーブを水差しに入れながら、にこやかに挨拶を返した。彼女はこの家の庭を自分だけのハーブ園にして、毎日楽しそうに世話を焼いている。その表情は、僕が酒場で初めて会った時の、氷のような冷たさが嘘のように柔らかい。
これが、僕たちの日常になった。
ダンジョンに潜らない日は、それぞれが自分の時間を過ごす。バルガスは地下の工房に籠もり、満足げな唸り声を上げながら金床を叩いている。リリアナはハーブ園の手入れをしたり、市場で新しいレシピの材料を探したりしている。僕は書斎で、王都中の図書館から買い集めたダンジョン関連の古文書を読み解き、知識を蓄積していた。
そして、三度の食事は、必ず三人でこの大きなテーブルを囲む。
それは、僕にとって何よりも贅沢で、かけがえのない時間だった。追放されたあの夜には、想像もできなかった光景だ。
僕たちは、ただのパーティメンバーではない。同じ屋根の下で暮らし、笑い、語り合う。それはもう、家族と呼んでもいい関係だった。
ひとたび街へ出れば、僕たちを待っているのは、かつてとは全く違う人々の視線だった。
「おい、見ろよ。『フロンティア』だ」
「あれが、あの『惑わしの森』を攻略した……」
「リーダーのユキナガは『攻略神』って呼ばれてるらしいぜ。どんなダンジョンでも丸裸にしちまうってな」
僕の二つ名は、いつの間にかそんな大層なものになっていた。リリアナは「神速の銀閃」、バルガスは「不落の黄金壁」などと呼ばれているらしい。少し気恥ずかしいが、僕たちの力が正当に評価されている証拠でもあった。
そんな周囲の喧騒をよそに、僕たちの足は冒険者ギルドへと向かっていた。休息はもう十分だ。僕たちの血は、新たな冒険を、未知なるダンジョンを求めていた。
ギルドの扉を開けると、僕たちの姿を認めた冒険者たちが、さっと道を開けた。Cランクに昇格したことで、僕たちはギルド内でも一目置かれる存在になっていた。
僕たちは、以前は立ち入ることすらできなかった、Cランク以上の依頼が掲示されているエリアへと進む。壁には、これまでとは比較にならないほど難易度と報酬の高い依頼書が並んでいた。
「うおー、すげえな!『砂漠のワイバーン討伐』だとよ! 報酬は金貨百枚だ!」
バルガスが、子供のように目を輝かせている。
「こっちには、『幽霊船の調査』なんていうのもあるわ。気味が悪いけど、面白そう」
リリアナも、興味深そうに依頼書を眺めている。
僕もいくつかの依頼に目を通したが、どれも今の僕たちの実力を試すには物足りないように感じられた。僕たちが求めているのは、単純なモンスター討伐ではない。僕たちの連携と、僕の【地図化】スキルが最大限に活かされる、ギミックに満ちた難解なダンジョンだ。
そんな僕の目に、一枚の古びた羊皮紙が留まった。
その依頼書は、他の派手な討伐依頼とは違い、隅の方にひっそりと貼られていた。依頼主はギルド。内容は、ただ一言。
【Cランクダンジョン『沈黙の遺跡』の地図作成】
報酬は、成功報酬で金貨二百枚と、破格の額が提示されている。だが、この依頼書を受けようとする者は、誰もいないようだった。その周囲だけ、空気が淀んでいる。
「なあ、ユキナガ。これ、どう思う?」
僕と同じものに気づいたらしいバルガスが、怪訝な顔で尋ねた。
「地図作成だけで金貨二百枚とは、大盤振る舞いだな。だが、誰も手を出さねえってことは、よっぽどの訳あり物件なんだろうぜ」
僕がその依頼書に手を伸ばそうとした時、近くにいたベテラン冒険者の一人が、慌てて僕たちを制した。
「おい、坊主たち。それに手を出すのはやめておけ。死ぬぞ」
その男は、顔に大きな傷跡を持つ、歴戦の猛者のようだった。
「この『沈黙の遺跡』というのは?」
僕が尋ねると、男は忌々しげに顔を歪めた。
「ただの墓場だ。あそこに挑戦して、五体満足で帰ってきた奴を、俺は見たことがねえ。Cランクなんてのは名ばかりで、実質はAランク級の死地だ」
「何があるんだ?」
「トラップだよ。床、壁、天井、至る所に、古代の悪意が詰まった罠が仕掛けられてる。床は抜け、毒矢が飛び、壁が迫ってくる。魔法で探知しようにも、全ての罠が魔力遮断の細工済みだ。一歩進むごとに、仲間が一人ずつ消えていく。そんな地獄みてえな場所よ」
男の話に、周囲にいた他の冒険者たちも頷いている。
「それだけじゃねえ」と、別の冒険者が口を挟んだ。「あの遺跡は、石像が動き出すんだ。ゴーレムってやつだ。そいつらが、トラップをかいくぐって消耗した冒険者を、情け容赦なく叩き潰す。硬すぎて、並の攻撃じゃ傷一つつけられねえ」
「俺のパーティも、三人やられた。一人は腕を、一人は足を、もう一人は心をな……。あの遺跡の名を聞くだけで、今でも震えが止まらん」
男たちの話は、どれも絶望的なものばかりだった。トラップとゴーレム。物理的な罠と、物理攻撃が効きにくい敵。最悪の組み合わせだ。
リリアナとバルガスも、さすがに顔を曇らせている。
だが、僕の心は、逆に高揚していた。
トラップだらけのダンジョン。それはつまり、俺の【地図化】が最も輝く舞台じゃないか。
床の構造の脆弱性。壁に隠された毒矢の発射口。天井の仕掛けの歯車。俺のスキルなら、それら全てを、作動する前に「見る」ことができる。
物理攻撃が効きにくいゴーレム。それも、構造そのものを解析すれば、必ず弱点が見つかるはずだ。動力源であるコアの位置や、関節の脆弱な部分。それら全てが、俺の脳内マップには表示される。
他の冒険者にとっては絶望のダンジョンが、僕にとっては、答えが全て書かれたテスト用紙のようなものだ。
「……面白そうだ」
僕の口から、思わず笑みが漏れた。
その言葉に、リリアナとバルガス、そして周りの冒険者たち全員が、ぎょっとした顔で僕を見た。
「お、おい、ユキナガ。本気か?」
バルガスが、恐る恐る尋ねる。
「ああ、本気だ」
僕は依頼書を壁から剥がすと、それをひらひらと二人に見せた。「俺たちの次の舞台は、ここに決めた」
僕のあまりに自信に満ちた態度に、リリアナとバルガスの不安は、いつものように期待へと変わっていった。
「ユキナガがそう言うなら、きっと勝算があるのね」
「へへっ、面白え! 地獄のトラップ地獄、上等じゃねえか! 俺の城塞で、全部受け止めてやるぜ!」
僕たち三人のやり取りを、周囲の冒険者たちは信じられないといった顔で見ていた。先ほど忠告してくれた傷顔の男も、「若い連中は、命知らずというか、ただの馬鹿というか……」と、呆れたように首を振っている。
僕は、そんな彼らに向かって振り返ると、静かに言った。
「あんたたちが解けなかった問題用紙を、俺たちが満点で採点してきてやる。期待せずに待っているといい」
その言葉を残し、僕たちは依頼書を手にカウンターへと向かった。
Cランクパーティ『フロンティア』の新たな挑戦。
それは、誰もが生きて帰れないと恐れる『沈黙の遺跡』。
僕たちの快進撃は、まだ終わらない。むしろ、ここからが本番だ。
僕たちの名が、ただの幸運ではなく、本物の実力に裏打ちされたものであることを、この王都に、そしてかつて僕を追放した者たちに、改めて証明してやる。
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