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第27話 進化する地図と古代の設計図
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『沈黙の遺跡』への挑戦を決めた僕たちだったが、すぐに出発したわけではなかった。
あの『惑わしの森』でさえ、僕たちは入念な情報収集を行った。相手がCランク、実質Aランク級とまで言われる死地である以上、準備を怠ることは自殺行為に等しい。
僕たちは三日間、徹底的に準備に時間を費やした。
バルガスは、家の地下に新設した工房に籠もりきりになった。彼は持ち帰ったエンシェントウッドを加工し、自分の大盾の内側に張り付けて補強していた。ドワーフの鍛冶技術と希少素材が組み合わさることで、彼の『城塞』の防御力はさらに向上するだろう。カン、カン、と響く心地よい槌の音が、僕たちの家の新たな日常になった。
リリアナは、広い庭で黙々と剣の素振りを繰り返していた。新しいミスリルのレイピアは、すでに彼女の体の一部のように馴染んでいる。僕の指示がなくとも、【縮地】で庭の木々の間を正確に移動する訓練を自らに課していた。彼女はもう、自分の力を恐れてはいない。それを完璧に制御するための努力を、惜しまなかった。
そして僕は、ギルドの資料室と王都の大図書館に日参していた。『沈黙の遺跡』に関する、あらゆる文献を読み漁るためだ。過去に挑戦したパーティの失敗談、生還した冒険者の僅かな証言、遺跡が建造された古代文明に関する考察。どんな些細な情報も、僕の脳内マップを補強する重要なピースになり得る。
挑戦を控えた前日の夜、僕は家の書斎で、山のように積み上げた羊皮紙の束と向き合っていた。
リリアナとバルガスは、明日に備えてもう休んでいる。静まり返った家の中で、インクの匂いと、ページをめくる音だけが響いていた。
僕が特に注目していたのは、遺跡を建造したとされる『古代アルケイア文明』の建築様式について記された、一冊の古文書だった。そこには、彼らが用いたとされるトラップの、いくつかの設計図が描かれていた。
毒矢を連射する装置の内部構造。床を踏む重さで歯車が作動し、落とし穴が開く仕組み。壁が迫ってくるギミックの動力源。
それらは、ただの絵ではない。緻密な計算と、悪意に満ちた創意工夫が詰め込まれた、殺人のための設計図だ。
僕は、その設計図をじっと見つめ、脳内でその構造を組み立てていった。歯車の一つ一つの噛み合わせ、テコの原理、魔力回路の流れ。
その時だった。
僕のスキル【地図化】が、奇妙な反応を示した。
これまで、僕のスキルは現実の空間をスキャンし、三次元マップとして構築するものだと思っていた。だが今、目の前の羊皮紙に描かれた二次元の『設計図』に対して、スキルが作動し始めているのだ。
脳内で、設計図が光の線となって立ち上がり、立体的なワイヤーフレームモデルへと再構築されていく。それは、まるで目の前に透明なトラップ装置が組み立てられていくような、不思議な感覚だった。
「……なるほど。そういうことか」
僕は、自分のスキルの新たな可能性に気づいた。
【地図化】の本質は、空間を『見る』ことではない。空間や物体の『構造情報』を読み取り、理解し、再構築することだ。だから、現実のダンジョンだけでなく、羊皮紙に描かれた設計図のような、概念的な構造情報にすら干渉できる。
この発見は、僕に一つの閃きをもたらした。
僕は目を閉じ、これまで訪れた場所ではなく、自分の記憶の中にある、最も複雑な構造物を思い浮かべた。それは、僕がこの世界に転移してくる前、元の世界で見た、機械式の懐中時計の内部構造だった。無数の小さな歯車とゼンマイが、精密に組み合わさって時を刻む、小宇宙のような世界。
その記憶の中の設計図を、僕は【地図化】スキルでスキャンする。
脳内に、巨大な時計の三次元モデルが構築された。僕は意識の中で、その歯車を一つ一つ分解し、また組み立てていく。最初はぎこちなかったその作業が、繰り返すうちに、驚くほどスムーズになっていった。
そして、何十回目かの分解と再構築を終えた瞬間。
僕の脳内で、何かがカチリと音を立てて繋がったような感覚がした。
世界が、これまでとは違って見え始めた。
僕の【地図化】スキルに、新たな情報レイヤーが追加されたのだ。
これまで見えていたのは、物体の『構造』。形や材質、配置といった静的な情報だけだった。
だが、今、僕にはその物体の『機能』が見えるようになっていた。
その構造が、どのような条件で、どのように作動するのか。その『理屈』そのものが、設計図の青写真のように、マップ上に重なって表示されるのだ。
僕は試しに、書斎の扉に意識を向けた。脳内マップには、扉の構造と共に、淡い光の矢印が表示される。『このノブを、時計回りに九十度回転させ、手前に引くことで、開錠される』。その作動原理が、テキスト情報のように脳内に流れ込んでくる。
僕は、興奮に打ち震えた。
これだ。これこそが、『沈黙の遺跡』を攻略するための、絶対的な切り札だ。
この力があれば、遺跡に仕掛けられたトラップの、ただの位置だけではない。
『床の三番目のタイルに、五十キロ以上の圧力がかかった場合、作動する』
『壁のたいまつの角度を、三十度傾けることで、解除される』
その『作動条件』と『解除法』まで、僕は完璧に読み取ることができる。
遺跡のトラップは、もはや僕にとって脅威ではない。それは、答えが全て書かれた、ただのパズルに過ぎなくなるのだ。
ゴーレムも同じだ。その内部構造をスキャンし、動力源であるコアの『機能』を読み解けば、どうすればその動きを止められるのか、その『解除法』もおのずと見えてくるはずだ。
これは、スキルのレベルアップだ。追放され、自分の力と向き合い、仲間を得て、そして知識を蓄積した。その全てが、僕のスキルを新たな次元へと進化させたのだ。
僕は、書斎の椅子からゆっくりと立ち上がった。窓の外は、すでに白み始めている。夜が明けたのだ。
僕たちの、新たな挑戦の朝が。
翌朝、リビングのテーブルで朝食を囲みながら、僕は二人にスキルの進化について説明した。
「トラップの……作動条件と、解除法まで分かる、だと……?」
バルガスが、口に含んだパンを吹き出しそうになりながら、目を丸くした。
「……つまり、どんな罠も、私たちにとっては、もう罠ですらなくなるってこと?」
リリアナも、信じられないといった表情で僕を見つめている。
「ああ。そういうことになる」
僕が静かに頷くと、二人は顔を見合わせ、そして次の瞬間、同時に破顔した。
「はっはー! すげえ! すげえじゃねえか、ユキナガ!」
バルガスが、テーブルをバンバン叩いて大喜びしている。「地獄の墓場が、宝の山にしか見えなくなってきたぜ!」
「本当ね……。ユキナガ、あなたの力は、どこまでいくの?」
リリアナは、呆れたように、しかし心の底から嬉しそうに微笑んだ。
僕たちの士気は、最高潮に達していた。
どんな罠も、どんな敵も、今の僕たちを止めることはできない。
「よし、準備は整ったな」
僕は立ち上がった。「行くぞ、『フロンティア』。次の伝説を、俺たちの手で作りに行く」
僕の言葉に、二人は力強く応えた。
「「おう!/ええ!」」
僕たち三人は、万全の準備と、そして絶対的な自信を胸に、新たな拠点である我が家から、次なる舞台『沈黙の遺跡』へと、力強く歩み出した。
その背中には、朝日がまぶしく降り注いでいた。
それは、これから始まる僕たちの快進撃を、祝福する光のようだった。
あの『惑わしの森』でさえ、僕たちは入念な情報収集を行った。相手がCランク、実質Aランク級とまで言われる死地である以上、準備を怠ることは自殺行為に等しい。
僕たちは三日間、徹底的に準備に時間を費やした。
バルガスは、家の地下に新設した工房に籠もりきりになった。彼は持ち帰ったエンシェントウッドを加工し、自分の大盾の内側に張り付けて補強していた。ドワーフの鍛冶技術と希少素材が組み合わさることで、彼の『城塞』の防御力はさらに向上するだろう。カン、カン、と響く心地よい槌の音が、僕たちの家の新たな日常になった。
リリアナは、広い庭で黙々と剣の素振りを繰り返していた。新しいミスリルのレイピアは、すでに彼女の体の一部のように馴染んでいる。僕の指示がなくとも、【縮地】で庭の木々の間を正確に移動する訓練を自らに課していた。彼女はもう、自分の力を恐れてはいない。それを完璧に制御するための努力を、惜しまなかった。
そして僕は、ギルドの資料室と王都の大図書館に日参していた。『沈黙の遺跡』に関する、あらゆる文献を読み漁るためだ。過去に挑戦したパーティの失敗談、生還した冒険者の僅かな証言、遺跡が建造された古代文明に関する考察。どんな些細な情報も、僕の脳内マップを補強する重要なピースになり得る。
挑戦を控えた前日の夜、僕は家の書斎で、山のように積み上げた羊皮紙の束と向き合っていた。
リリアナとバルガスは、明日に備えてもう休んでいる。静まり返った家の中で、インクの匂いと、ページをめくる音だけが響いていた。
僕が特に注目していたのは、遺跡を建造したとされる『古代アルケイア文明』の建築様式について記された、一冊の古文書だった。そこには、彼らが用いたとされるトラップの、いくつかの設計図が描かれていた。
毒矢を連射する装置の内部構造。床を踏む重さで歯車が作動し、落とし穴が開く仕組み。壁が迫ってくるギミックの動力源。
それらは、ただの絵ではない。緻密な計算と、悪意に満ちた創意工夫が詰め込まれた、殺人のための設計図だ。
僕は、その設計図をじっと見つめ、脳内でその構造を組み立てていった。歯車の一つ一つの噛み合わせ、テコの原理、魔力回路の流れ。
その時だった。
僕のスキル【地図化】が、奇妙な反応を示した。
これまで、僕のスキルは現実の空間をスキャンし、三次元マップとして構築するものだと思っていた。だが今、目の前の羊皮紙に描かれた二次元の『設計図』に対して、スキルが作動し始めているのだ。
脳内で、設計図が光の線となって立ち上がり、立体的なワイヤーフレームモデルへと再構築されていく。それは、まるで目の前に透明なトラップ装置が組み立てられていくような、不思議な感覚だった。
「……なるほど。そういうことか」
僕は、自分のスキルの新たな可能性に気づいた。
【地図化】の本質は、空間を『見る』ことではない。空間や物体の『構造情報』を読み取り、理解し、再構築することだ。だから、現実のダンジョンだけでなく、羊皮紙に描かれた設計図のような、概念的な構造情報にすら干渉できる。
この発見は、僕に一つの閃きをもたらした。
僕は目を閉じ、これまで訪れた場所ではなく、自分の記憶の中にある、最も複雑な構造物を思い浮かべた。それは、僕がこの世界に転移してくる前、元の世界で見た、機械式の懐中時計の内部構造だった。無数の小さな歯車とゼンマイが、精密に組み合わさって時を刻む、小宇宙のような世界。
その記憶の中の設計図を、僕は【地図化】スキルでスキャンする。
脳内に、巨大な時計の三次元モデルが構築された。僕は意識の中で、その歯車を一つ一つ分解し、また組み立てていく。最初はぎこちなかったその作業が、繰り返すうちに、驚くほどスムーズになっていった。
そして、何十回目かの分解と再構築を終えた瞬間。
僕の脳内で、何かがカチリと音を立てて繋がったような感覚がした。
世界が、これまでとは違って見え始めた。
僕の【地図化】スキルに、新たな情報レイヤーが追加されたのだ。
これまで見えていたのは、物体の『構造』。形や材質、配置といった静的な情報だけだった。
だが、今、僕にはその物体の『機能』が見えるようになっていた。
その構造が、どのような条件で、どのように作動するのか。その『理屈』そのものが、設計図の青写真のように、マップ上に重なって表示されるのだ。
僕は試しに、書斎の扉に意識を向けた。脳内マップには、扉の構造と共に、淡い光の矢印が表示される。『このノブを、時計回りに九十度回転させ、手前に引くことで、開錠される』。その作動原理が、テキスト情報のように脳内に流れ込んでくる。
僕は、興奮に打ち震えた。
これだ。これこそが、『沈黙の遺跡』を攻略するための、絶対的な切り札だ。
この力があれば、遺跡に仕掛けられたトラップの、ただの位置だけではない。
『床の三番目のタイルに、五十キロ以上の圧力がかかった場合、作動する』
『壁のたいまつの角度を、三十度傾けることで、解除される』
その『作動条件』と『解除法』まで、僕は完璧に読み取ることができる。
遺跡のトラップは、もはや僕にとって脅威ではない。それは、答えが全て書かれた、ただのパズルに過ぎなくなるのだ。
ゴーレムも同じだ。その内部構造をスキャンし、動力源であるコアの『機能』を読み解けば、どうすればその動きを止められるのか、その『解除法』もおのずと見えてくるはずだ。
これは、スキルのレベルアップだ。追放され、自分の力と向き合い、仲間を得て、そして知識を蓄積した。その全てが、僕のスキルを新たな次元へと進化させたのだ。
僕は、書斎の椅子からゆっくりと立ち上がった。窓の外は、すでに白み始めている。夜が明けたのだ。
僕たちの、新たな挑戦の朝が。
翌朝、リビングのテーブルで朝食を囲みながら、僕は二人にスキルの進化について説明した。
「トラップの……作動条件と、解除法まで分かる、だと……?」
バルガスが、口に含んだパンを吹き出しそうになりながら、目を丸くした。
「……つまり、どんな罠も、私たちにとっては、もう罠ですらなくなるってこと?」
リリアナも、信じられないといった表情で僕を見つめている。
「ああ。そういうことになる」
僕が静かに頷くと、二人は顔を見合わせ、そして次の瞬間、同時に破顔した。
「はっはー! すげえ! すげえじゃねえか、ユキナガ!」
バルガスが、テーブルをバンバン叩いて大喜びしている。「地獄の墓場が、宝の山にしか見えなくなってきたぜ!」
「本当ね……。ユキナガ、あなたの力は、どこまでいくの?」
リリアナは、呆れたように、しかし心の底から嬉しそうに微笑んだ。
僕たちの士気は、最高潮に達していた。
どんな罠も、どんな敵も、今の僕たちを止めることはできない。
「よし、準備は整ったな」
僕は立ち上がった。「行くぞ、『フロンティア』。次の伝説を、俺たちの手で作りに行く」
僕の言葉に、二人は力強く応えた。
「「おう!/ええ!」」
僕たち三人は、万全の準備と、そして絶対的な自信を胸に、新たな拠点である我が家から、次なる舞台『沈黙の遺跡』へと、力強く歩み出した。
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