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第30話 銀の巨兵と絶望の壁
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地下の鋳造炉に響き渡る、ミスリルゴーレムの起動音。それは、これまでの石のゴーレムが立てていたゴゴゴという鈍い音とは全く違う、キィンという金属質の、研ぎ澄まされた音だった。
銀色の巨兵は、炉からゆっくりと歩み出てくる。その動きには、石像のぎこちなさは微塵もない。まるで熟練の戦士のように、滑らかで、洗練されている。
「……おいおい。こいつ、動きからして別格だぜ」
バルガスが、大盾を構えながら緊張の声を漏らした。その額からは、滝のような汗が流れている。
僕の脳内マップが告げる『撤退推奨』の警告が、彼の直感を裏付けていた。だが、僕たちに撤退という選択肢はない。この先にこそ、この遺跡の真の秘密が眠っているはずだ。
「リリアナ、まずは様子見だ。ヤツの右足の関節を狙ってみろ。反応速度と装甲の硬度を測る」
「了解!」
リリアナは短く応じると、床を蹴って弾丸のように飛び出した。【縮地】を使わず、純粋な身体能力だけで接近する。
彼女のレイピアが、銀色の閃光となってゴーレムの足首に叩きつけられた。
キィィン! という甲高い金属音。
リリアナの渾身の一撃は、ミスリルの装甲に僅かな傷一つつけることなく、弾かれた。
「なっ……!?」
リリアナの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。彼女の攻撃が、全く通じない。
そして、ゴーレムの反撃は、あまりにも速かった。
リリアナが体勢を立て直すよりも早く、銀色の拳が空気を切り裂いて迫る。それは、これまでのゴーレムのような力任せの攻撃ではない。無駄がなく、的確に急所を狙った、武技の動きだった。
「リリアナ、避けろ!」
僕の叫びと同時に、リリアナは咄嗟に【縮地】を発動し、その場から離脱した。彼女がいた場所の石畳が、ゴーレムの拳によって粉々に砕け散る。
「危なかった……。今のが直撃していたら……」
リリアナは、青い顔で息を整えている。
「バルガス!」
「言われなくても!」
ゴーレムの標的がリリアナから僕たちへと移ったのを察知し、バルガスが前に出る。【城塞化】を発動する時間的猶予はない。彼は大盾を構え、己の肉体だけでゴーレムの次なる攻撃に備えた。
銀色の腕が、再び振るわれる。
「うおおおおお!」
バルガスは雄叫びを上げ、エンシェントウッドで補強した大盾でそれを受け止めた。
ゴウッッッッ!!
これまで聞いたこともないような、凄まじい衝撃音。バルガスの巨体が、まるで木の葉のように数メートルも吹き飛ばされた。彼は壁に叩きつけられ、苦悶の声を上げてその場に崩れ落ちる。
「バルガス!」
リリアナが駆け寄る。
「ぐっ……。だ、大丈夫だ……。盾のおかげで、骨は折れちゃいねえ。だが……なんだ、この威力は……! ガーディアンゴーレム十体分の攻撃を、一度に食らったみてえだ……!」
彼の持つ大盾には、大きな亀裂が入っていた。自慢の防御が、たった一撃で半壊させられたのだ。
絶望的な戦力差。
攻撃は通じず、防御は破られる。
これが、遺跡の最深部を守る、真の守護者の力。ギルドの冒険者たちが口を揃えて「死地だ」と言った意味が、今、痛いほどに分かった。
ミスリルゴーレムは、ゆっくりと僕たちに歩み寄ってくる。その青白い両目には、何の感情も浮かんでいない。ただ、侵入者を排除するというプログラムに従って、冷徹に動いているだけだ。その無機質さが、逆に僕たちの恐怖を煽った。
第31話 逆転の設計図
「くそっ……! どうすりゃいいんだ、ユキナガ!」
バルガスが、苦しげに叫んだ。リリアナも、有効な攻撃手段を見つけられず、唇を噛み締めている。
パーティの空気が、初めて焦りと絶望に染まり始めていた。
だが、僕だけは冷静だった。
僕の眼は、目の前の銀色の巨兵を、ただの無敵の怪物として捉えてはいない。それは、複雑な部品が組み合わさってできた、一つの『機械』だ。
そして、機械である以上、必ず構造的な弱点、設計上の欠陥が存在する。
僕は、二人に指示を飛ばした。
「バルガス、リリアナ! 時間を稼げ! 俺が、こいつを丸裸にする!」
僕の言葉に、二人はハッとしたように顔を上げた。そうだ。僕たちには、まだ最強の切り札が残っている。
「任せとけ!」
「分かったわ!」
二人は覚悟を決め、再びゴーレムの前に立ちはだかった。バルガスが盾で攻撃を受け止め、リリアナがその隙に攪乱する。それは時間稼ぎにしかならない、危険な賭けだった。だが、彼らは僕を信じて、その身を張ってくれている。
僕は、その信頼に応えるため、全ての意識を【地図化】スキルに集中させた。
脳内マップの解像度を、極限まで引き上げる。
ミスリルゴーレムの銀色の装甲が、僕の意識の中ですうっと透けていく。その内部に広がる、複雑怪奇な世界が、青白い光の線で描き出されていく。
無数の歯車。エネルギーを伝達するパイプライン。そして、全身を駆け巡る、魔力回路のネットワーク。それは、まるで人体の血管や神経のように、緻密に配置されていた。
「……すごい。これが、古代アルケイア文明の技術か」
思わず、感嘆の声が漏れた。これは、現代の技術では到底再現不可能な、芸術の域に達した工芸品だ。
だが、見惚れている暇はない。
僕は、魔力回路の流れを追った。全ての回路が、ある一点に向かって収束している。それは、ゴーレムの胸部中央。分厚いミスリルの胸板の、さらに奥深くに設置された、球状のパーツだった。
そこから、脈打つように、強大なエネルギーが全身へと供給されている。
「……見つけた。あれが、動力源のコアだ」
だが、問題はそこからだった。コアは、何重にも重なった装甲と、複雑な内部機構によって、厳重に守られている。外部からの攻撃で破壊するのは、不可能だ。
(どうする。どうすれば、あのコアに干渉できる……?)
僕は、脳内マップをさらに拡大し、内部構造をミリ単位で解析していく。
その時、僕は一つの奇妙な構造に気づいた。
ゴーレムが腕を振り上げるなど、大きな動作をした際に、肩の付け根にある装甲版が、ほんの僅かに、コンマ数秒だけ、スライドして開くのだ。それは、内部機構の熱を逃がすための、排熱口のような役割を果たしているようだった。
その隙間は、大人の拳一つが入るかどうかという、極めて小さなものだ。
だが、その隙間は、間違いなくゴーレムの内部へと繋がっていた。
僕の脳裏に、一つの、あまりにも無謀で、奇想天外な作戦が閃いた。
「……これしかない」
僕は目を開けた。二人は、満身創痍になりながらも、必死で時間を稼いでくれている。
「二人とも、よく耐えてくれた! もういい、下がれ!」
僕の言葉に、二人はふらつきながらも後退し、僕の元へ集まった。
「ユキナガ! 何か分かったのか!」
「ああ」と僕は頷いた。「こいつを倒す方法は、一つだけだ。だが、とんでもない離れ業になる。お前たちの、覚悟と、俺への絶対的な信頼が必要だ」
僕は、二人に作戦を告げた。
「リリアナ。お前が、このゴーレムの内部に侵入し、コアを直接破壊する」
僕の言葉に、二人はあんぐりと口を開けたまま、完全に固まった。
「……は? い、今、なんて言った、ユキナガ?」
バルガスが、自分の耳を疑うように聞き返した。
「ゴーレムの、中に、入る……? そんなこと、できるわけが……」
リリアナも、さすがに顔を引きつらせている。
「できる」
僕は断言した。「ヤツの肩には、排熱用のハッチがある。大きな動作をした瞬間に、一瞬だけ開く。その隙間から、【縮地】で内部に侵入するんだ」
「む、無茶苦茶だ! そんな針の穴を通すような真似、できるわけがねえ! しかも、中は高熱の魔力で満たされてるかもしれねえんだぞ!」
バルガスの言う通り、それは常軌を逸した作戦だった。成功率は、限りなくゼロに近い。
だが、僕には勝算があった。
「リリアナならできる。俺のナビゲートがあればな」
僕は、リリアナの瞳をまっすぐに見つめた。「内部の構造は、完全に俺の頭の中にある。安全なルート、足場にできる場所、そしてコアまでの最短距離。全て俺が指示する。お前は、ただ俺の声を信じて進めばいい。お前に、それができるか?」
僕の問いに、リリアナはゴクリと唾を飲んだ。彼女の碧眼が、恐怖と、そしてそれ以上に強い挑戦の光を宿して揺れている。
やがて、彼女は決意を固めたように、強く頷いた。
「……ええ。やるわ。あなたの眼が、私を導いてくれるなら」
その答えを聞き、バルガスも覚悟を決めた。
「へっ、面白え! やってやろうじゃねえか! 俺が、こいつの動きを止めてみせる! この命に代えてもな!」
三人の心は、再び一つになった。
僕たちは、人類史上誰も試したことのないであろう、前代未聞のゴーレム攻略作戦を開始した。
第32話 内部からの破壊者
「行くぞ!」
僕の号令と共に、作戦が開始された。
まず動いたのは、バルガスだった。彼は吹き飛ばされた際に亀裂の入った大盾を捨て、身軽になると、ミスリルゴーレムに向かって猛然と突進した。
「おおおおお!」
彼は、ゴーレムが振り下ろした腕に、盾ではなく、自らの体で組み付いた。ドワーフならではの膂力を最大限に活かし、その巨大な腕にぶら下がるようにして動きを封じようとする。
「なっ、何をする! バルガス!」
リリアナが、彼の無謀な行動に叫んだ。
「こうでもしなきゃ、ヤツの動きは止められねえ! ユキナガ! リリアナ! あとは頼んだぜ!」
バルガスは、ゴーレムに振りほどかれまいと、必死にその腕にしがみついている。ゴーレムは、腕についた邪魔な虫を振り払おうと、何度も腕を壁に叩きつけた。その度に、バルガスの口から苦悶の声が漏れる。
だが、彼の捨て身の行動は、確かにゴーレムの動きを大きく制限していた。
そして、僕が待ち望んでいた瞬間が、ついに訪れた。
ゴーレムが、バルガスを振り払うために、両腕を大きく振り上げた。
その瞬間、肩の付け根にある排熱ハッチが、コンマ一秒にも満たない時間、カシャリと音を立てて開いた。
「今だ、リリアナ! 跳べ!」
僕の叫びが、全てだった。
リリアナは、迷わなかった。彼女の姿が掻き消え、次の瞬間には、開いたハッチの、僅かな隙間へと吸い込まれていった。
「ぐっ……! やったか……!」
バルガスが、力を使い果たしてゴーレムの腕から滑り落ちる。ゴーレムは、自分の体内に何かが侵入したことに気づかず、ただ邪魔者がいなくなった腕を不思議そうに見つめていた。
だが、本当の戦いは、ここからだった。
リリアナの視界は、一瞬で光と闇、そして無数のパイプラインが乱雑に交差する、異様な世界に切り替わった。
「ユキナガ! 聞こえる!?」
彼女は、心の中で叫んだ。周囲は、機械の駆動音と、魔力が流れるブーンという低い唸り声で満たされている。
『ああ、聞こえている。俺の声に集中しろ』
僕の声が、直接彼女の脳内に響く。僕は【地図化】を通して、彼女の精神とリンクしていた。
『リリアナ、落ち着いて周囲を見ろ。お前の真下、パイプが三本交差している。そこが最初の足場だ』
リリアナは、暗闇の中で足元を探り、僕が言った通りのパイプに着地した。
『よし。そこから、右斜め上。青く点滅しているケーブルがある。それに掴まって、五メートル登れ。注意しろ、その横を流れている赤いパイプは高熱だ。触れるな』
リリアナは、僕の指示通りに、まるでアスレチックをこなすかのように、ゴーレムの体内を進んでいく。僕の脳内マップには、彼女の位置を示す青い光点と、コアまでの最短ルートが、緑色の線で明確に表示されていた。
『次の足場は、回転する巨大な歯車だ! 歯の隙間にタイミングを合わせて飛び移れ!』
『分かった!』
彼女は、巨大な歯車の動きを冷静に見極め、完璧なタイミングで飛び移った。
僕の眼と、彼女の身体能力が、完全に一つになっていた。
『あと少しだ、リリアナ! あの障壁の向こうに、コアがある!』
僕のマップが、最終目的地を捉えた。コアは、さらに魔力でできた半透明のエネルギー障壁で守られていた。
『この障壁、どうやって破るの!?』
『障壁のエネルギーは、三本のケーブルから供給されている! そのケーブルを、同時に切断しろ!』
リリアナは、障壁に繋がる三本のケーブルを視認すると、レイピアを構えた。そして、一度の跳躍と、三度の斬撃を組み合わせた、神業のような剣技で、全てのケーブルを同時に断ち切った。
パリン、とガラスが割れるような音を立てて、エネルギー障壁が消滅する。
そして、その奥。
脈打つように、青白い光を放つ、動力源コアが、その姿を現した。
『やれ、リリアナ! それを破壊しろ!』
僕の最後の指示に、リリアナは雄叫びを上げた。
「これで、終わりよおおお!」
彼女のミスリルのレイピアが、全ての力を込めて、コアの中心へと突き立てられた。
ズブリ、という鈍い感触。
次の瞬間、コアは内部からまばゆい光を放ち、亀裂が走った。
『リリアナ、脱出しろ! 爆発するぞ!』
僕の警告と同時に、リリアナは【縮地】で来た道を引き返し始めた。背後から、全てを飲み込むような光と衝撃波が迫ってくる。
ゴーレムの外部では、銀色の巨兵が、突然苦しむように胸を押さえ、その全身から火花を散らし始めた。
そして、肩のハッチから、銀色の閃光が弾丸のように飛び出してきた。リリアナだ。
彼女が脱出した直後。
ミスリルゴーレムは、内部からの大爆発によって、その美しい体を四散させ、鉄屑の雨となって床に降り注いだ。
広大な地下空間に、静寂が戻る。
後には、息を切らしながらも満足げな笑みを浮かべる僕たち三人と、かつて最強を誇った守護者の、無残な残骸だけが残されていた。
僕たちは、勝ったのだ。
常識では考えられない、前代未聞の方法で。
この勝利は、僕たち『フロンティア』が、ただのパーティではなく、歴史を創る存在であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
銀色の巨兵は、炉からゆっくりと歩み出てくる。その動きには、石像のぎこちなさは微塵もない。まるで熟練の戦士のように、滑らかで、洗練されている。
「……おいおい。こいつ、動きからして別格だぜ」
バルガスが、大盾を構えながら緊張の声を漏らした。その額からは、滝のような汗が流れている。
僕の脳内マップが告げる『撤退推奨』の警告が、彼の直感を裏付けていた。だが、僕たちに撤退という選択肢はない。この先にこそ、この遺跡の真の秘密が眠っているはずだ。
「リリアナ、まずは様子見だ。ヤツの右足の関節を狙ってみろ。反応速度と装甲の硬度を測る」
「了解!」
リリアナは短く応じると、床を蹴って弾丸のように飛び出した。【縮地】を使わず、純粋な身体能力だけで接近する。
彼女のレイピアが、銀色の閃光となってゴーレムの足首に叩きつけられた。
キィィン! という甲高い金属音。
リリアナの渾身の一撃は、ミスリルの装甲に僅かな傷一つつけることなく、弾かれた。
「なっ……!?」
リリアナの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。彼女の攻撃が、全く通じない。
そして、ゴーレムの反撃は、あまりにも速かった。
リリアナが体勢を立て直すよりも早く、銀色の拳が空気を切り裂いて迫る。それは、これまでのゴーレムのような力任せの攻撃ではない。無駄がなく、的確に急所を狙った、武技の動きだった。
「リリアナ、避けろ!」
僕の叫びと同時に、リリアナは咄嗟に【縮地】を発動し、その場から離脱した。彼女がいた場所の石畳が、ゴーレムの拳によって粉々に砕け散る。
「危なかった……。今のが直撃していたら……」
リリアナは、青い顔で息を整えている。
「バルガス!」
「言われなくても!」
ゴーレムの標的がリリアナから僕たちへと移ったのを察知し、バルガスが前に出る。【城塞化】を発動する時間的猶予はない。彼は大盾を構え、己の肉体だけでゴーレムの次なる攻撃に備えた。
銀色の腕が、再び振るわれる。
「うおおおおお!」
バルガスは雄叫びを上げ、エンシェントウッドで補強した大盾でそれを受け止めた。
ゴウッッッッ!!
これまで聞いたこともないような、凄まじい衝撃音。バルガスの巨体が、まるで木の葉のように数メートルも吹き飛ばされた。彼は壁に叩きつけられ、苦悶の声を上げてその場に崩れ落ちる。
「バルガス!」
リリアナが駆け寄る。
「ぐっ……。だ、大丈夫だ……。盾のおかげで、骨は折れちゃいねえ。だが……なんだ、この威力は……! ガーディアンゴーレム十体分の攻撃を、一度に食らったみてえだ……!」
彼の持つ大盾には、大きな亀裂が入っていた。自慢の防御が、たった一撃で半壊させられたのだ。
絶望的な戦力差。
攻撃は通じず、防御は破られる。
これが、遺跡の最深部を守る、真の守護者の力。ギルドの冒険者たちが口を揃えて「死地だ」と言った意味が、今、痛いほどに分かった。
ミスリルゴーレムは、ゆっくりと僕たちに歩み寄ってくる。その青白い両目には、何の感情も浮かんでいない。ただ、侵入者を排除するというプログラムに従って、冷徹に動いているだけだ。その無機質さが、逆に僕たちの恐怖を煽った。
第31話 逆転の設計図
「くそっ……! どうすりゃいいんだ、ユキナガ!」
バルガスが、苦しげに叫んだ。リリアナも、有効な攻撃手段を見つけられず、唇を噛み締めている。
パーティの空気が、初めて焦りと絶望に染まり始めていた。
だが、僕だけは冷静だった。
僕の眼は、目の前の銀色の巨兵を、ただの無敵の怪物として捉えてはいない。それは、複雑な部品が組み合わさってできた、一つの『機械』だ。
そして、機械である以上、必ず構造的な弱点、設計上の欠陥が存在する。
僕は、二人に指示を飛ばした。
「バルガス、リリアナ! 時間を稼げ! 俺が、こいつを丸裸にする!」
僕の言葉に、二人はハッとしたように顔を上げた。そうだ。僕たちには、まだ最強の切り札が残っている。
「任せとけ!」
「分かったわ!」
二人は覚悟を決め、再びゴーレムの前に立ちはだかった。バルガスが盾で攻撃を受け止め、リリアナがその隙に攪乱する。それは時間稼ぎにしかならない、危険な賭けだった。だが、彼らは僕を信じて、その身を張ってくれている。
僕は、その信頼に応えるため、全ての意識を【地図化】スキルに集中させた。
脳内マップの解像度を、極限まで引き上げる。
ミスリルゴーレムの銀色の装甲が、僕の意識の中ですうっと透けていく。その内部に広がる、複雑怪奇な世界が、青白い光の線で描き出されていく。
無数の歯車。エネルギーを伝達するパイプライン。そして、全身を駆け巡る、魔力回路のネットワーク。それは、まるで人体の血管や神経のように、緻密に配置されていた。
「……すごい。これが、古代アルケイア文明の技術か」
思わず、感嘆の声が漏れた。これは、現代の技術では到底再現不可能な、芸術の域に達した工芸品だ。
だが、見惚れている暇はない。
僕は、魔力回路の流れを追った。全ての回路が、ある一点に向かって収束している。それは、ゴーレムの胸部中央。分厚いミスリルの胸板の、さらに奥深くに設置された、球状のパーツだった。
そこから、脈打つように、強大なエネルギーが全身へと供給されている。
「……見つけた。あれが、動力源のコアだ」
だが、問題はそこからだった。コアは、何重にも重なった装甲と、複雑な内部機構によって、厳重に守られている。外部からの攻撃で破壊するのは、不可能だ。
(どうする。どうすれば、あのコアに干渉できる……?)
僕は、脳内マップをさらに拡大し、内部構造をミリ単位で解析していく。
その時、僕は一つの奇妙な構造に気づいた。
ゴーレムが腕を振り上げるなど、大きな動作をした際に、肩の付け根にある装甲版が、ほんの僅かに、コンマ数秒だけ、スライドして開くのだ。それは、内部機構の熱を逃がすための、排熱口のような役割を果たしているようだった。
その隙間は、大人の拳一つが入るかどうかという、極めて小さなものだ。
だが、その隙間は、間違いなくゴーレムの内部へと繋がっていた。
僕の脳裏に、一つの、あまりにも無謀で、奇想天外な作戦が閃いた。
「……これしかない」
僕は目を開けた。二人は、満身創痍になりながらも、必死で時間を稼いでくれている。
「二人とも、よく耐えてくれた! もういい、下がれ!」
僕の言葉に、二人はふらつきながらも後退し、僕の元へ集まった。
「ユキナガ! 何か分かったのか!」
「ああ」と僕は頷いた。「こいつを倒す方法は、一つだけだ。だが、とんでもない離れ業になる。お前たちの、覚悟と、俺への絶対的な信頼が必要だ」
僕は、二人に作戦を告げた。
「リリアナ。お前が、このゴーレムの内部に侵入し、コアを直接破壊する」
僕の言葉に、二人はあんぐりと口を開けたまま、完全に固まった。
「……は? い、今、なんて言った、ユキナガ?」
バルガスが、自分の耳を疑うように聞き返した。
「ゴーレムの、中に、入る……? そんなこと、できるわけが……」
リリアナも、さすがに顔を引きつらせている。
「できる」
僕は断言した。「ヤツの肩には、排熱用のハッチがある。大きな動作をした瞬間に、一瞬だけ開く。その隙間から、【縮地】で内部に侵入するんだ」
「む、無茶苦茶だ! そんな針の穴を通すような真似、できるわけがねえ! しかも、中は高熱の魔力で満たされてるかもしれねえんだぞ!」
バルガスの言う通り、それは常軌を逸した作戦だった。成功率は、限りなくゼロに近い。
だが、僕には勝算があった。
「リリアナならできる。俺のナビゲートがあればな」
僕は、リリアナの瞳をまっすぐに見つめた。「内部の構造は、完全に俺の頭の中にある。安全なルート、足場にできる場所、そしてコアまでの最短距離。全て俺が指示する。お前は、ただ俺の声を信じて進めばいい。お前に、それができるか?」
僕の問いに、リリアナはゴクリと唾を飲んだ。彼女の碧眼が、恐怖と、そしてそれ以上に強い挑戦の光を宿して揺れている。
やがて、彼女は決意を固めたように、強く頷いた。
「……ええ。やるわ。あなたの眼が、私を導いてくれるなら」
その答えを聞き、バルガスも覚悟を決めた。
「へっ、面白え! やってやろうじゃねえか! 俺が、こいつの動きを止めてみせる! この命に代えてもな!」
三人の心は、再び一つになった。
僕たちは、人類史上誰も試したことのないであろう、前代未聞のゴーレム攻略作戦を開始した。
第32話 内部からの破壊者
「行くぞ!」
僕の号令と共に、作戦が開始された。
まず動いたのは、バルガスだった。彼は吹き飛ばされた際に亀裂の入った大盾を捨て、身軽になると、ミスリルゴーレムに向かって猛然と突進した。
「おおおおお!」
彼は、ゴーレムが振り下ろした腕に、盾ではなく、自らの体で組み付いた。ドワーフならではの膂力を最大限に活かし、その巨大な腕にぶら下がるようにして動きを封じようとする。
「なっ、何をする! バルガス!」
リリアナが、彼の無謀な行動に叫んだ。
「こうでもしなきゃ、ヤツの動きは止められねえ! ユキナガ! リリアナ! あとは頼んだぜ!」
バルガスは、ゴーレムに振りほどかれまいと、必死にその腕にしがみついている。ゴーレムは、腕についた邪魔な虫を振り払おうと、何度も腕を壁に叩きつけた。その度に、バルガスの口から苦悶の声が漏れる。
だが、彼の捨て身の行動は、確かにゴーレムの動きを大きく制限していた。
そして、僕が待ち望んでいた瞬間が、ついに訪れた。
ゴーレムが、バルガスを振り払うために、両腕を大きく振り上げた。
その瞬間、肩の付け根にある排熱ハッチが、コンマ一秒にも満たない時間、カシャリと音を立てて開いた。
「今だ、リリアナ! 跳べ!」
僕の叫びが、全てだった。
リリアナは、迷わなかった。彼女の姿が掻き消え、次の瞬間には、開いたハッチの、僅かな隙間へと吸い込まれていった。
「ぐっ……! やったか……!」
バルガスが、力を使い果たしてゴーレムの腕から滑り落ちる。ゴーレムは、自分の体内に何かが侵入したことに気づかず、ただ邪魔者がいなくなった腕を不思議そうに見つめていた。
だが、本当の戦いは、ここからだった。
リリアナの視界は、一瞬で光と闇、そして無数のパイプラインが乱雑に交差する、異様な世界に切り替わった。
「ユキナガ! 聞こえる!?」
彼女は、心の中で叫んだ。周囲は、機械の駆動音と、魔力が流れるブーンという低い唸り声で満たされている。
『ああ、聞こえている。俺の声に集中しろ』
僕の声が、直接彼女の脳内に響く。僕は【地図化】を通して、彼女の精神とリンクしていた。
『リリアナ、落ち着いて周囲を見ろ。お前の真下、パイプが三本交差している。そこが最初の足場だ』
リリアナは、暗闇の中で足元を探り、僕が言った通りのパイプに着地した。
『よし。そこから、右斜め上。青く点滅しているケーブルがある。それに掴まって、五メートル登れ。注意しろ、その横を流れている赤いパイプは高熱だ。触れるな』
リリアナは、僕の指示通りに、まるでアスレチックをこなすかのように、ゴーレムの体内を進んでいく。僕の脳内マップには、彼女の位置を示す青い光点と、コアまでの最短ルートが、緑色の線で明確に表示されていた。
『次の足場は、回転する巨大な歯車だ! 歯の隙間にタイミングを合わせて飛び移れ!』
『分かった!』
彼女は、巨大な歯車の動きを冷静に見極め、完璧なタイミングで飛び移った。
僕の眼と、彼女の身体能力が、完全に一つになっていた。
『あと少しだ、リリアナ! あの障壁の向こうに、コアがある!』
僕のマップが、最終目的地を捉えた。コアは、さらに魔力でできた半透明のエネルギー障壁で守られていた。
『この障壁、どうやって破るの!?』
『障壁のエネルギーは、三本のケーブルから供給されている! そのケーブルを、同時に切断しろ!』
リリアナは、障壁に繋がる三本のケーブルを視認すると、レイピアを構えた。そして、一度の跳躍と、三度の斬撃を組み合わせた、神業のような剣技で、全てのケーブルを同時に断ち切った。
パリン、とガラスが割れるような音を立てて、エネルギー障壁が消滅する。
そして、その奥。
脈打つように、青白い光を放つ、動力源コアが、その姿を現した。
『やれ、リリアナ! それを破壊しろ!』
僕の最後の指示に、リリアナは雄叫びを上げた。
「これで、終わりよおおお!」
彼女のミスリルのレイピアが、全ての力を込めて、コアの中心へと突き立てられた。
ズブリ、という鈍い感触。
次の瞬間、コアは内部からまばゆい光を放ち、亀裂が走った。
『リリアナ、脱出しろ! 爆発するぞ!』
僕の警告と同時に、リリアナは【縮地】で来た道を引き返し始めた。背後から、全てを飲み込むような光と衝撃波が迫ってくる。
ゴーレムの外部では、銀色の巨兵が、突然苦しむように胸を押さえ、その全身から火花を散らし始めた。
そして、肩のハッチから、銀色の閃光が弾丸のように飛び出してきた。リリアナだ。
彼女が脱出した直後。
ミスリルゴーレムは、内部からの大爆発によって、その美しい体を四散させ、鉄屑の雨となって床に降り注いだ。
広大な地下空間に、静寂が戻る。
後には、息を切らしながらも満足げな笑みを浮かべる僕たち三人と、かつて最強を誇った守護者の、無残な残骸だけが残されていた。
僕たちは、勝ったのだ。
常識では考えられない、前代未聞の方法で。
この勝利は、僕たち『フロンティア』が、ただのパーティではなく、歴史を創る存在であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
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戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。
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内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
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勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
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「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜
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※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。
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