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第33話 古代の石版と世界の断片
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ミスリルゴーレムの残骸が、静かに床に転がっている。爆発の熱気と金属の焦げる匂いが、まだ地下の広大な鋳造炉に立ち込めていた。
「……はぁ……はぁ……。やった、のか……?」
壁際に倒れ込んでいたバルガスが、信じられないといった様子で呟いた。彼の体は打撲と衝撃でボロボロだったが、その顔には、死線を越えた者だけが浮かべることのできる、満足げな笑みが浮かんでいた。
「ええ……。やったわ、私たち」
リリアナも、床に膝をついたまま、荒い息を整えていた。ゴーレムの内部に侵入するという、常軌を逸した作戦をやり遂げた彼女の精神的な消耗は、計り知れない。だが、その碧眼は、これまでにないほどの達成感に輝いていた。
僕は、そんな二人の元へ歩み寄った。
「バルガス、よく耐えてくれた。お前がゴーレムの動きを封じてくれなければ、この作戦は成り立たなかった」
「へへっ……。リーダーにそう言ってもらえると、この痛みも悪くねえな」
彼はそう言って、歯を見せて笑った。
「リリアナもだ。無茶な要求に、よく応えてくれた。お前の勇気がなければ、俺たちはここで終わっていた」
「ううん」とリリアナは首を振った。「私一人じゃ、何もできなかった。あなたの眼と、バルガスの盾があったから、私はただ、剣を振るうことだけに集中できた。ありがとう、二人とも」
僕たちは、互いの顔を見合わせた。言葉は少なかったが、その視線だけで、僕たちの間には何よりも強い信頼と感謝の気持ちが通い合っていた。この激闘は、僕たちの絆を、もはや家族以上の、魂で結ばれた共同体へと昇華させた。
僕たちは、互いに肩を貸し合いながら立ち上がった。
戦闘が終わり、冷静さを取り戻した僕は、改めてこの鋳造炉のような部屋を見渡した。ミスリルゴーレムは、一体何を守っていたのだろうか。
僕は【地図化】スキルを展開し、この部屋のさらに奥へと意識を向けた。ゴーレムが鎮座していた炉の裏側。そこにある壁の構造が、他の場所とは微妙に異なっている。
「……まだ先があるようだ」
僕がそう言うと、二人は驚いたように顔を上げた。
「マジかよ! あの化け物がラスボスじゃなかったのか!」
「ええ。ヤツは、この先の何かを守るための、最後の番人に過ぎなかったんだろう」
僕たちは、ゴーレムの残骸を乗り越え、炉の裏側へと回り込んだ。そこには、一見するとただの石壁があるだけだった。
「ユキナガ、ここには何もないぜ?」
バルガスが壁を叩きながら言う。
「いや、ある」
僕は、古代アルケイア文明の文献で学んだ知識を思い出していた。彼らは、重要な部屋を隠す際、特定の魔力パターンにのみ反応する隠し扉を用いることがある。
僕は、先ほど破壊したミスリルゴーレムのコアの残骸を拾い上げた。それは、もう輝きを失ってはいたが、微かにゴーレムと同じ魔力の残滓を宿している。
僕はその残骸を、壁の中央にある窪みにそっとはめ込んだ。
すると、壁に刻まれた古代文様が青白い光を放ち始め、ゴゴゴ、と重い音を立てて、壁そのものが左右に分かれていった。
隠し扉の向こう側から、清浄で、どこか神聖な空気が流れ出してくる。
「……これは」
僕たちは、息を呑んでその先の光景を見つめた。
そこは、これまでの遺跡の無機質な雰囲気とは全く違う、静謐な空間だった。
ドーム状の天井には、星空のような光が瞬き、床は磨き上げられた黒曜石でできている。部屋の中央には、白い大理石でできた祭壇のようなものが一つ、ぽつんと置かれていた。そこは、まるで古代の神殿か、あるいは賢者の書庫のようだった。
そして、その祭壇の上に、一枚の石版が安置されていた。
大きさは、畳一畳ほど。黒い粘板岩のような材質で、その表面には、びっしりと細かい文字が刻まれている。
「……なんだ、ありゃ。ただの石っころか?」
バルガスの言葉とは裏腹に、僕たちはその石版から放たれる、尋常ではない存在感に圧倒されていた。それは、この遺跡の、そして古代アルケイア文明の、最も重要な秘密が眠っていることを、無言のうちに物語っていた。
僕たちは、吸い寄せられるように祭壇へと近づいた。
石版に刻まれているのは、見たこともない古代文字だった。だが、不思議と僕にはその意味が理解できた。【地図化】スキルが、文字という『構造情報』を、僕の脳内で自動的に翻訳しているのだ。
僕は、石版の表面を、指でそっと撫でた。
そして、そこに刻まれた文章を、ゆっくりと読み上げていく。
『我ら、星の海の旅人。アルケイアの民。遥かなる故郷を後にし、この地へとたどり着く』
『この世界は、豊かで、美しかった。我らはここに新たな楽園を築かんとした』
『だが、我らは知らなかった。この世界の理の外側には、我らの想像を絶する脅威が潜んでいることを』
僕の声は、静かな神殿に厳かに響き渡った。リリアナとバルガスも、固唾を飲んでその言葉に耳を傾けている。
『それは、名状しがたき『厄災』。世界を喰らい、その構造を歪め、自らの領域へと変質させる、侵食する悪夢』
『我らは、我らが持つ最高の知恵と技術を結集し、この厄災に対抗した。空間を固定し、理を書き換える防衛機構、すなわち『ダンジョン』を創造した』
ダンジョン。その言葉に、僕たちはハッとした。
『ダンジョンとは、世界が厄災に喰われぬよう、その進行を遅らせるための『隔離病棟』である。我らは、その病巣を管理する『医師』となった』
『だが、厄災の力は、我らの想像を遥かに超えていた。ダンジョンは徐々に侵食され、我らの手には負えなくなりつつある』
石版の記述は、次第に絶望の色を帯びていく。
『もはや、我らに残された時間はない。この記録を、未来の誰かへと遺す』
そして、石版の最後には、こう締めくくられていた。
『警告する。決して、安易にダンジョンを破壊してはならない。それは、世界の崩壊を食い止める、最後の『楔』なのだから』
『そして、もし、我らと同じく、世界の外側よりこの地へ訪れし者がいるのならば……どうか、我らの過ちを繰り返さぬことを祈る』
読み終えた後、僕たちは言葉を失っていた。
頭が、くらくらする。これまで僕たちが信じていた、世界の常識が、根底から覆されたような衝撃だった。
ダンジョンは、富と名声を生み出す、ただの冒険の舞台ではなかった。それは、この世界を、未知なる『厄災』から守るための、古代文明が遺した最後の防衛システムだったのだ。
そして、僕たち冒険者が行っている「ダンジョン攻略」は、その防衛システムを、内側から破壊する行為に他ならなかった。
「……どういうことだ、ユキナガ」
バルガスが、混乱した声で尋ねた。「俺たちが今までやってきたことは、世界をぶっ壊す手伝いだったってのか……?」
「……分からない。だが、この石版に書かれていることが真実なら、そうなる」
僕の心は、それ以上に別の言葉に囚われていた。
『世界の外側より訪れし者』。
それは、明らかに僕のことだ。僕のような転移者が、過去にも存在していたのか? あるいは、この石版は、未来に現れるであろう僕のために遺されたメッセージなのか?
『厄災』とは、一体何なのか。僕の転移と、何か関係があるのか。
謎が、謎を呼ぶ。
これまでの冒天は、分かりやすい敵と、明確な目標があった。だが、今、僕たちの目の前にあるのは、答えのない、途方もなく大きな世界の謎だった。
「これから、どうするの、ユキナ-ガ?」
リリアナが、不安げな目で僕を見つめた。
僕は、しばらく黙って考えていた。そして、一つの結論にたどり着く。
「……進むしかない」
僕は、決意を込めて言った。「この石版は、おそらく無数にある『世界の真実』の、ほんの断片に過ぎない。答えを知るためには、もっと多くのダンジョンを攻略し、もっと多くの古代の遺産を見つけ出すしかないんだ」
僕たちの冒険の目的は、この瞬間、変わった。
単なるダンジョン攻略ではない。この世界の真実を、その手で解き明かすための、壮大な旅へと。
「俺たちが次に地図に記すべきは、ダンジョンの構造だけじゃない。この世界の、真実そのものかもしれないな」
僕の言葉に、リリアナとバルガスは、顔を見合わせた。そして、彼らの瞳には、不安ではなく、新たな冒険への決意の光が宿っていた。
「へっ、面白え! 世界の謎解き、上等じゃねえか!」
「ええ。あなたが道を示してくれるなら、どんな謎だって、きっと解き明かせるわ」
僕たちは、この静謐な神殿で、新たな誓いを立てた。
『沈黙の遺跡』は、僕たちに富と名声、そして仲間との絆をもたらした。だが、それ以上に大きなものを、僕たちに与えてくれた。
それは、僕たちが本当に挑むべき、真の『冒険』への、招待状だったのだ。
僕たちは、古代の石版に一礼すると、その場を後にした。
僕たちの胸には、世界の断片に触れた興奮と、これから始まる壮大な物語への、尽きることのない期待が渦巻いていた。
「……はぁ……はぁ……。やった、のか……?」
壁際に倒れ込んでいたバルガスが、信じられないといった様子で呟いた。彼の体は打撲と衝撃でボロボロだったが、その顔には、死線を越えた者だけが浮かべることのできる、満足げな笑みが浮かんでいた。
「ええ……。やったわ、私たち」
リリアナも、床に膝をついたまま、荒い息を整えていた。ゴーレムの内部に侵入するという、常軌を逸した作戦をやり遂げた彼女の精神的な消耗は、計り知れない。だが、その碧眼は、これまでにないほどの達成感に輝いていた。
僕は、そんな二人の元へ歩み寄った。
「バルガス、よく耐えてくれた。お前がゴーレムの動きを封じてくれなければ、この作戦は成り立たなかった」
「へへっ……。リーダーにそう言ってもらえると、この痛みも悪くねえな」
彼はそう言って、歯を見せて笑った。
「リリアナもだ。無茶な要求に、よく応えてくれた。お前の勇気がなければ、俺たちはここで終わっていた」
「ううん」とリリアナは首を振った。「私一人じゃ、何もできなかった。あなたの眼と、バルガスの盾があったから、私はただ、剣を振るうことだけに集中できた。ありがとう、二人とも」
僕たちは、互いの顔を見合わせた。言葉は少なかったが、その視線だけで、僕たちの間には何よりも強い信頼と感謝の気持ちが通い合っていた。この激闘は、僕たちの絆を、もはや家族以上の、魂で結ばれた共同体へと昇華させた。
僕たちは、互いに肩を貸し合いながら立ち上がった。
戦闘が終わり、冷静さを取り戻した僕は、改めてこの鋳造炉のような部屋を見渡した。ミスリルゴーレムは、一体何を守っていたのだろうか。
僕は【地図化】スキルを展開し、この部屋のさらに奥へと意識を向けた。ゴーレムが鎮座していた炉の裏側。そこにある壁の構造が、他の場所とは微妙に異なっている。
「……まだ先があるようだ」
僕がそう言うと、二人は驚いたように顔を上げた。
「マジかよ! あの化け物がラスボスじゃなかったのか!」
「ええ。ヤツは、この先の何かを守るための、最後の番人に過ぎなかったんだろう」
僕たちは、ゴーレムの残骸を乗り越え、炉の裏側へと回り込んだ。そこには、一見するとただの石壁があるだけだった。
「ユキナガ、ここには何もないぜ?」
バルガスが壁を叩きながら言う。
「いや、ある」
僕は、古代アルケイア文明の文献で学んだ知識を思い出していた。彼らは、重要な部屋を隠す際、特定の魔力パターンにのみ反応する隠し扉を用いることがある。
僕は、先ほど破壊したミスリルゴーレムのコアの残骸を拾い上げた。それは、もう輝きを失ってはいたが、微かにゴーレムと同じ魔力の残滓を宿している。
僕はその残骸を、壁の中央にある窪みにそっとはめ込んだ。
すると、壁に刻まれた古代文様が青白い光を放ち始め、ゴゴゴ、と重い音を立てて、壁そのものが左右に分かれていった。
隠し扉の向こう側から、清浄で、どこか神聖な空気が流れ出してくる。
「……これは」
僕たちは、息を呑んでその先の光景を見つめた。
そこは、これまでの遺跡の無機質な雰囲気とは全く違う、静謐な空間だった。
ドーム状の天井には、星空のような光が瞬き、床は磨き上げられた黒曜石でできている。部屋の中央には、白い大理石でできた祭壇のようなものが一つ、ぽつんと置かれていた。そこは、まるで古代の神殿か、あるいは賢者の書庫のようだった。
そして、その祭壇の上に、一枚の石版が安置されていた。
大きさは、畳一畳ほど。黒い粘板岩のような材質で、その表面には、びっしりと細かい文字が刻まれている。
「……なんだ、ありゃ。ただの石っころか?」
バルガスの言葉とは裏腹に、僕たちはその石版から放たれる、尋常ではない存在感に圧倒されていた。それは、この遺跡の、そして古代アルケイア文明の、最も重要な秘密が眠っていることを、無言のうちに物語っていた。
僕たちは、吸い寄せられるように祭壇へと近づいた。
石版に刻まれているのは、見たこともない古代文字だった。だが、不思議と僕にはその意味が理解できた。【地図化】スキルが、文字という『構造情報』を、僕の脳内で自動的に翻訳しているのだ。
僕は、石版の表面を、指でそっと撫でた。
そして、そこに刻まれた文章を、ゆっくりと読み上げていく。
『我ら、星の海の旅人。アルケイアの民。遥かなる故郷を後にし、この地へとたどり着く』
『この世界は、豊かで、美しかった。我らはここに新たな楽園を築かんとした』
『だが、我らは知らなかった。この世界の理の外側には、我らの想像を絶する脅威が潜んでいることを』
僕の声は、静かな神殿に厳かに響き渡った。リリアナとバルガスも、固唾を飲んでその言葉に耳を傾けている。
『それは、名状しがたき『厄災』。世界を喰らい、その構造を歪め、自らの領域へと変質させる、侵食する悪夢』
『我らは、我らが持つ最高の知恵と技術を結集し、この厄災に対抗した。空間を固定し、理を書き換える防衛機構、すなわち『ダンジョン』を創造した』
ダンジョン。その言葉に、僕たちはハッとした。
『ダンジョンとは、世界が厄災に喰われぬよう、その進行を遅らせるための『隔離病棟』である。我らは、その病巣を管理する『医師』となった』
『だが、厄災の力は、我らの想像を遥かに超えていた。ダンジョンは徐々に侵食され、我らの手には負えなくなりつつある』
石版の記述は、次第に絶望の色を帯びていく。
『もはや、我らに残された時間はない。この記録を、未来の誰かへと遺す』
そして、石版の最後には、こう締めくくられていた。
『警告する。決して、安易にダンジョンを破壊してはならない。それは、世界の崩壊を食い止める、最後の『楔』なのだから』
『そして、もし、我らと同じく、世界の外側よりこの地へ訪れし者がいるのならば……どうか、我らの過ちを繰り返さぬことを祈る』
読み終えた後、僕たちは言葉を失っていた。
頭が、くらくらする。これまで僕たちが信じていた、世界の常識が、根底から覆されたような衝撃だった。
ダンジョンは、富と名声を生み出す、ただの冒険の舞台ではなかった。それは、この世界を、未知なる『厄災』から守るための、古代文明が遺した最後の防衛システムだったのだ。
そして、僕たち冒険者が行っている「ダンジョン攻略」は、その防衛システムを、内側から破壊する行為に他ならなかった。
「……どういうことだ、ユキナガ」
バルガスが、混乱した声で尋ねた。「俺たちが今までやってきたことは、世界をぶっ壊す手伝いだったってのか……?」
「……分からない。だが、この石版に書かれていることが真実なら、そうなる」
僕の心は、それ以上に別の言葉に囚われていた。
『世界の外側より訪れし者』。
それは、明らかに僕のことだ。僕のような転移者が、過去にも存在していたのか? あるいは、この石版は、未来に現れるであろう僕のために遺されたメッセージなのか?
『厄災』とは、一体何なのか。僕の転移と、何か関係があるのか。
謎が、謎を呼ぶ。
これまでの冒天は、分かりやすい敵と、明確な目標があった。だが、今、僕たちの目の前にあるのは、答えのない、途方もなく大きな世界の謎だった。
「これから、どうするの、ユキナ-ガ?」
リリアナが、不安げな目で僕を見つめた。
僕は、しばらく黙って考えていた。そして、一つの結論にたどり着く。
「……進むしかない」
僕は、決意を込めて言った。「この石版は、おそらく無数にある『世界の真実』の、ほんの断片に過ぎない。答えを知るためには、もっと多くのダンジョンを攻略し、もっと多くの古代の遺産を見つけ出すしかないんだ」
僕たちの冒険の目的は、この瞬間、変わった。
単なるダンジョン攻略ではない。この世界の真実を、その手で解き明かすための、壮大な旅へと。
「俺たちが次に地図に記すべきは、ダンジョンの構造だけじゃない。この世界の、真実そのものかもしれないな」
僕の言葉に、リリアナとバルガスは、顔を見合わせた。そして、彼らの瞳には、不安ではなく、新たな冒険への決意の光が宿っていた。
「へっ、面白え! 世界の謎解き、上等じゃねえか!」
「ええ。あなたが道を示してくれるなら、どんな謎だって、きっと解き明かせるわ」
僕たちは、この静謐な神殿で、新たな誓いを立てた。
『沈黙の遺跡』は、僕たちに富と名声、そして仲間との絆をもたらした。だが、それ以上に大きなものを、僕たちに与えてくれた。
それは、僕たちが本当に挑むべき、真の『冒険』への、招待状だったのだ。
僕たちは、古代の石版に一礼すると、その場を後にした。
僕たちの胸には、世界の断片に触れた興奮と、これから始まる壮大な物語への、尽きることのない期待が渦巻いていた。
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