ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第34話 澱む勇者、軋む歯車

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『フロンティア』が『沈黙の遺跡』を攻略したという報せが王都を駆け巡る少し前。
勇者パーティ『サンクチュアリ』は、重い沈黙の中で薄暗い洞窟を進んでいた。ここはEランクダンジョン『腐肉喰らいの横穴』。駆け出し冒険者がウォーミングアップに使うような、単純な構造のダンジョンだ。
『惑わしの森』での惨敗の後、アレクサンダーは「基本に立ち返る」と宣言し、彼らは低ランクダンジョンの巡回を始めていた。失った自信と連携を取り戻すため。だが、その試みは、彼らが抱える問題の根深さを浮き彫りにするだけに終わっていた。
「ヴォルフ、前方に三体! 気配で分かるな!」
アレクサンダーが、苛立ちを隠せない声で叫ぶ。先頭を歩いていた戦士ヴォルフは、その声にびくりと肩を震わせた。
「お、おう! 任せろ!」
彼は大盾を構え、角の先へと突入していく。直後、醜い牙を剥いた巨大なネズミ、グレイブ・ラット三体との戦闘が始まった。
戦闘自体は、一瞬で終わった。勇者の聖剣技と戦士の一撃が、脆弱なモンスターを容易く屠る。
だが、問題はそこではなかった。
「なぜ奇襲される前に気づけんのだ、ヴォルフ! お前の役割は、敵の攻撃を引きつけるだけではない! 斥候役も兼ねていることを忘れたか!」
アレクサンダーの叱責が、洞窟に響き渡った。
「す、すまん……。だが、あいつら、壁の穴に潜んでやがったんだ。気配が薄くて……」
ヴォルフが弁解するが、アレクサンダーは聞く耳を持たない。
ユキナガがいた頃、彼らは奇襲など受けたことがなかった。ユキナガはモンスターの正確な位置と数を、戦闘が始まるずっと前に報告してくれたからだ。彼らは常に、万全の態勢で戦闘に臨むことができた。
その絶対的なアドバンテージを失った今、彼らは手探りで進むしかない。ヴォルフの荒削りな索敵能力では、ユキナガの精密なマッピングの代わりには到底なり得なかった。
「グレン、セシリア! 回復を急げ! こんな雑魚相手に、いちいち時間を食うな!」
アレクサンダーの怒りの矛先は、後方の二人にも向けられた。
「ですがアレクサンダー様、ヴォルフさんの傷は浅く、ポーションを使うほどでは……」
「時間の問題だと言っている! 次の戦闘までに万全の状態にしておけ! ポーションなど、いくらでもあるだろう!」
セシリアは唇を噛み、俯きながら回復魔法を唱えた。彼女の心は、仲間の傷よりも、パーティを覆うギスギスした雰囲気の方に痛んでいた。
賢者グレンは、その光景を冷ややかに眺めていた。
(愚かな。ポーションも魔力も有限だ。ユキナガは、そのリソース管理を完璧に行っていた。だからこそ、我々は常に最大のパフォーマンスでボス戦に臨めたのだ。それを、この男は……)
だが、彼はその考えを口には出さない。今のアレクサンダーに正論を説いても、火に油を注ぐだけだと分かっていたからだ。
彼らがダンジョンを進む様は、ひどく非効率的だった。
無駄な戦闘が多く、ポーションの消費が激しい。
最短ルートが分からず、同じような通路を行ったり来たりする。
倒したモンスターからの素材ドロップも、半分以上は回収し忘れていた。ユキナガは、どんな些細なドロップ品も見逃さず、戦闘後すぐに回収リストを作成してくれたが、今は誰もその役割を担っていない。
彼らは、ダンジョンの富を、知らず知らずのうちに足元に捨てながら歩いているようなものだった。
「よし、この広間が最深部のはずだ。ボスはコボルト・リーダー。一気に終わらせるぞ」
数時間の探索の末、彼らはようやくボスの間にたどり着いた。アレクサンダーは、これまでの鬱憤を晴らすかのように、聖剣を抜き放ち突撃する。
戦闘は、やはり圧勝だった。コボルト・リーダーは、勇者の剣技の前に数合と持たずに絶命した。
「ふん。この程度か」
アレクサンダーは、鼻で笑い、剣を鞘に収めた。彼は、この小さな勝利で、失った自信を無理やり取り戻そうとしているようだった。
だが、その時、グレンが気づいた。
「待て、アレクサンダー。ボス部屋の壁……あの模様、どこかで見たことがある」
彼は壁に刻まれた、奇妙な幾何学模様を指差した。
「古代の隠し通路を示す印だ。ユキナガの奴が持っていた古文書で読んだことがある。あの壁は、おそらく破壊できるぞ」
「隠し通路だと?」
アレクサンダーは眉をひそめたが、グレンの言葉に従い、聖剣でその壁を打ち砕いた。
壁の向こう側には、埃をかぶった小さな宝箱が一つ、ぽつんと置かれていた。
中に入っていたのは、数本の高級ポーションと、そこそこの額の金貨だった。
「……ちっ。こんなものか」
アレクサンダーは吐き捨てるように言った。
だが、他のメンバーはそうではなかった。
(ユキナガがいれば、この通路にもっと早く気づいていたはずだ)
(これまで攻略してきたダンジョンでも、俺たちは一体どれだけの宝を見逃してきたんだ……?)
誰もが、同じことを考えていた。ユキナガの価値は、戦闘能力ではない。ダンジョンが生み出す富を、一滴残らず搾り取るための、その知識と観察眼にあったのだ。その事実に、彼らは今更ながらに気づかされていた。
攻略を終え、地上に戻った彼らの間には、重い沈黙だけが流れていた。
Eランクダンジョンをクリアしたというのに、誰の顔にも達成感はない。むしろ、自分たちの無力さと、犯した過ちの大きさを再確認させられただけだった。
野営の準備をしながら、ヴォルフがおもむろに口を開いた。
「……なあ、アレクサンダー。やっぱり、俺たちには斥候が必要なんじゃねえか。新しく、誰か雇った方が……」
その言葉は、彼なりにパーティを思っての発言だった。だが、それはアレクサンダーの逆鱗に触れた。
「黙れ!」
彼は、焚き火の薪を蹴り飛ばした。「ユキナガの代わりなど、いるものか! いや、そもそも代わりなど不要だ! 我々の連携が、少し錆びついているだけのこと!」
それは、矛盾した叫びだった。ユキナガの代わりはいない、だが不要だ、と。彼の心の中の混乱が、そのまま言葉になって現れていた。
「ですが、このままでは……」
セシリアが、おずおずと口を挟もうとする。
「うるさい! 女は黙っていろ!」
アレクサンダーの怒声が、夜の森に響き渡る。セシリアは、悲しそうに瞳を伏せた。
グレンは、そんな彼らのやり取りを、もう冷めた目で見ているだけだった。
(終わったな、このパーティは)
彼は心の中で呟いた。
王家に選ばれた勇者。聖女、賢者、そして屈強な戦士。かつて、誰もが羨む理想のパーティだった『サンクチュアリ』。
その歯車は、一人の斥候を追放したあの日から、狂い始めていた。
そして今、その歯車はギシギシと悲鳴を上げ、砕け散る寸前にある。
アレクサンダーは、燃え盛る焚き火を、憎悪に満ちた目で見つめていた。その炎の中に、彼を嘲笑うかのような、ユキナガの顔が浮かんでいるように見えた。
彼はまだ知らない。
この数日後、ユキナガ率いる『フロンティア』が、自分たちが想像すらできない偉業を成し遂げたという報せが、彼の耳に届くことになるということを。
その時、この歪んだ歯車は、いよいよ修復不可能な音を立てて、砕け散ることになるだろう。
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