ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第40話 地図が示す逆転の一手

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広間を見下ろす岩棚の上で、僕は静かに状況を分析していた。
眼下では、サラマンダーロードが、獲物を嬲るようにアルフレッド様の周りを旋回している。アルフレッド様は、岩陰で完全に怯えきっており、助けを求める声すら上げられないでいた。
絶望的な状況。だが、僕の脳内マップは、この絶望を希望に変えるための、いくつかの重要な『情報』を示していた。
一つは、サラマンダーロードの行動パターン。ヤツは、一定の周期で大きく息を吸い込み、前方の広範囲に灼熱のブレスを吐き出す。そのブレスの後には、数秒間の硬直時間が存在した。
二つ目は、この広間の地形。広間の床には、いくつかの亀裂が走っている。そして、その亀裂の直下には、高圧の蒸気が溜まった地下空洞が存在することを、僕の【地図化】スキルは捉えていた。つまり、それらの亀裂は、天然の『間欠泉』の噴出口なのだ。
そして、三つ目。最も重要な情報。
それは、アルフレッド様が隠れている岩陰のすぐ近くに、小さな洞窟が隠されていることだった。それは、おそらくこの広間へと繋がる、別の抜け道。
これら三つの情報を組み合わせ、僕は一つの完璧な救出作戦を組み立てた。
「……よし。役者は揃った」
僕は、後ろから追いついてきたリリアナとバルガスに、手短に作戦を伝えた。
「なんだって!? ユキナガ、お前、本気で言ってるのか!?」
バルガスが、僕のあまりに奇想天外な作戦に、信じられないといった声を上げた。
「ええ。ですが、ユキナガが言うなら、きっとそれが最善手なのでしょう」
リリアナは、もう僕の作戦に疑問を挟むことはなかった。彼女の信頼が、僕の背中を押してくれる。
「ああ。成功率は、百パーセントだ。行くぞ」

作戦は、僕が囮になることから始まった。
僕は、岩棚から広場に向かって、大声で叫んだ。
「おい、そこのデカいトカゲ! お前の相手は、その腰抜けの王子様じゃない! この俺だ!」
僕の声に、サラマンダーロードが、ゆっくりとこちらを振り向いた。その巨大な目が、僕という新たな侵入者を捉える。
「ユキナガ!?」
岩陰に隠れていたアルフレッド様が、僕の姿に気づき、驚きの声を上げた。
サラマンダーロードは、僕という獲物に興味を惹かれたようだった。ゆっくりと、僕が立つ岩棚へと向かって這い寄ってくる。
「リリアナ、今だ!」
僕がサラマンダーロードの注意を完全に引きつけた、その隙。
リリアナが、音もなく【縮地】を発動した。彼女が向かった先は、怯えるアルフレッド様のすぐ隣。
「えっ!? き、君は……!?」
突然現れた銀髪の美少女に、アルフレッド様は言葉を失う。
「救助に来ました。アルフレッド様」
リリアナは冷静に告げると、彼の腕を掴んだ。「私の言う通りに動いてください。すぐ近くに、隠し洞窟があります」
彼女は、僕がマップで示した安全な抜け道へと、アルフレッド様を導いていく。サラマンダーロードは、まだそのことに気づいていない。
人質の救出は、成功した。
次は、この怪物をどう処理するかだ。
「バルガス!」
「おうよ!」
岩棚の影に隠れていたバルガスが、僕の合図で飛び出してきた。彼の両手には、地下工房で作った、特製の巨大な鉄球が握られている。それは、鎖で繋がれた、いわゆるフレイルのような武器だった。
「ヤツの足元、亀裂の入っている地面を狙え! 全力で叩き潰すんだ!」
「任せとけええええ!」
バルガスは雄叫びを上げると、その巨大な鉄球を、サラマンダーロードがちょうど通りかかろうとしていた地面の亀裂に向かって、力任せに投げつけた。
鉄球は、凄まじい轟音と共に地面に激突し、亀裂の入っていた岩盤を完全に砕いた。
その瞬間だった。
ゴオオオオオオッ!
砕かれた地面から、圧縮されていた高圧の蒸気が、巨大な白い柱となって天高く噴き出した。天然の間欠泉が、僕たちの手で強制的に解放されたのだ。
「ギャオオオオオ!?」
熱湯と蒸気の直撃を受けたサラマンダーロードが、苦悶の叫びを上げた。ヤツは炎のモンスターだが、その体は高熱の液体を浴びることに慣れていない。皮膚が焼け爛れ、その動きが明らかに鈍った。
「よし、第一段階は成功だ!」
僕は、次の指示を飛ばす。
「リリアナ、アルフレッド様を安全な場所まで避難させたら、すぐに戻ってこい! 第二の間欠泉で、ヤツにとどめを刺す!」
「了解!」
遠くの洞窟から、リリアナの凛とした声が返ってくる。
サラマンダーロードは、怒り狂っていた。その憎悪に満ちた目が、僕とバルガスを捉える。
「グルルルルル……!」
ヤツは大きく息を吸い込み始めた。灼熱のブレスの予備動作だ。
「バルガス、城塞を張れ! 最大出力で耐えきれ!」
「ったりめえだ!」
黄金色の光のドームが、僕たちを包み込む。
直後、全てを焼き尽くすかのような、紅蓮の炎の津波が、僕たちの城塞に叩きつけられた。凄まじい熱と衝撃が、ドームを揺るがす。
「ぐっ……! お、重てえ……!」
バルガスの顔が、苦痛に歪む。だが、彼は歯を食いしばり、耐え抜いた。
やがて、ブレスが止む。
サラマンダーロードの体に、数秒間の硬直が生まれる。
そして、そのタイミングを計ったかのように、リリアナが戦場に戻ってきた。
「ユキナガ! 指示を!」
「リリアナ! ヤツの背後、広場の中央にある最大の間欠泉の真上へ、ヤツを誘導しろ!」
「どうやって!?」
「ヤツの逆鱗に触れるんだ!」
僕は、懐から一つのアイテムを取り出した。それは、この火山で採取した、サラマンダーが好むという特殊な鉱石だった。僕はそれを、リリアナに向かって放り投げる。
「その匂いで、ヤツをおびき寄せるんだ!」
リリアナは、僕の意図を瞬時に理解した。彼女は鉱石をキャッチすると、サラマンダーロードの目の前を、挑発するように駆け抜けた。
鉱石の匂いに気づいたサラマンダーロードは、怒りも忘れ、本能的にリリアナを追いかけ始めた。
「いいぞ! そのまま、中央の間欠泉の上まで!」
リリアナは、絶妙な距離を保ちながら、巨大なトカゲを目的の場所まで誘導していく。
そして、サラマンダーロードが、広場の中央にある最大の亀裂の上に差し掛かった、その瞬間。
「バルガス、やれええええ!」
僕は、最後の引き金を引いた。
バルガスは、残っていたもう一つの鉄球を、ありったけの力を込めて、その亀裂へと投げつけた。
再び、地面が砕ける轟音。
そして、先ほどとは比較にならないほどの、巨大な蒸気の柱が、天を突いた。
その熱と圧力の奔流は、真上にいたサラマンダーロードの巨体を、いとも簡単に宙へと舞い上がらせた。
「ギャアアアアアアアア!」
断末魔の悲鳴が、洞窟中に響き渡る。
サラマンダーロードの体は、巨大な間欠泉の力によって、なすすべもなく天井の鍾乳石に何度も叩きつけられ、やがて力なく地面へと落下した。
その巨体は、もうピクリとも動かなかった。
Bランクダンジョンの主、サラマンダーロードは、僕たちの知略と連携の前に、完全に沈黙した。
僕たちは、誰一人として、傷一つ負っていない。
「……ははっ。勝っちまったぜ」
バルガスが、その場にへたり込みながら、乾いた笑い声を上げた。
リリアナも、荒い息をつきながら、満足げな表情で僕を見ている。
僕たちは、またしても、常識では考えられない方法で、圧倒的な格上を打ち破ったのだ。
これが、『フロンティア』の戦い方。
力で敵わないなら、知恵を使う。地形を読み、敵の習性を利用し、仲間との連携で、不可能を可能にする。
僕の脳内マップは、もはやただの地図ではない。それは、勝利の方程式を導き出すための、最強の戦術盤なのだ。
僕たちは、静まり返った広間で、しばし勝利の余韻に浸っていた。
そして、忘れていた最後の仕事を、思い出した。
「さて、と」
僕は、洞窟の入り口で、まだ呆然とこちらを見ている、侯爵家の嫡男の元へと歩き出した。
「王子様を、無事にキャンプまでお送りするとしますか」
僕の顔には、面倒な仕事が一つ増えたな、という苦笑いが浮かんでいた。
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