ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第47話 賢者の不信と歪んだ探求

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王都の喧騒が、まるで遠い世界の出来事のように聞こえる。
勇者パーティ『サンクチュアリ』が定宿としている高級宿の一室で、賢者グレンは一人、書斎の椅子に深く沈み込んでいた。彼の前には、飲み干されたワインの瓶が何本も転がっている。だが、彼は酔ってはいなかった。むしろ、その思考はアルコールによって研ぎ澄まされ、冷たい刃物のように冴え渡っていた。
彼の頭の中を支配しているのは、ただ一つの名。
ユキナガ。
そして、彼が率いるというパーティ『フロンティア』の、信じがたいほどの成功譚。
『惑わしの森』完全攻略。
『沈黙の遺跡』完全攻略。
そして、Bランクダンジョン『灼熱の火山』での災害級モンスター討伐と、貴族の子息の救出。
街に出れば、誰もがその話題で持ちきりだった。『攻略神』という、あまりにも大仰な二つ名。ハズレスキル持ちの寄せ集めが、王都の英雄へと成り上がったという、おとぎ話のようなストーリー。
だが、グレンはそれを、おとぎ話として受け入れることができなかった。
「ありえない……」
彼の唇から、乾いた声が漏れた。
「論理的に、ありえないことだ」
彼は、誰に言うでもなく呟き、記憶の引き出しを一つ一つ開けていく。ユキナガという男について、自分が知る全ての情報を。
スキル【地図化】。
ギルドの公式なスキル鑑定でも、それは『踏破した場所の地理情報を記憶し、地図として描き出す』という、極めて地味で限定的な能力だと結論づけられていた。戦闘への寄与は皆無。補助スキルとしても、その価値は低い。それが、ギルドと、そして自分たち賢者の共通見解だったはずだ。
だが、今のユキナガが成し遂げていることは、その定義を遥かに逸脱している。
「『惑わしの森』の幻覚ギミックを無効化した、だと? 馬鹿な。【地図化】は空間構造を記録するスキルだ。精神に干渉する幻惑魔法に、対抗できるはずがない」
「『沈黙の遺跡』のトラップの解除法まで見抜いた? 笑わせる。それはもはや斥候の領域ではない。古代文明の機械工学に精通した、専門家の知識だ。あいつが、そんな知識を持っている素振りなど、一度たりとも見せたことはなかった」
「極めつけは、ゴーレムの弱点の看破だ。あれは、内部構造を完全に理解していなければ不可能だ。地図を描くスキルが、どうして機械の設計図まで読み解ける?」
矛盾。矛盾。矛盾。
ユキナガの成功譚は、グレンの論理的な思考を根底から揺さぶる、矛盾の塊だった。
彼は、アレクサンダーのように、感情的にユキナガを「無能」だと切り捨てていたわけではない。彼は、あくまでスキルという客観的なデータに基づいて、ユキナガを「パーティに不要な存在」だと合理的に判断した。そのはずだった。
自分の判断が、間違っていた?
いや、違う。グレンは、その可能性を即座に否定した。自分の知性と、これまで積み上げてきた知識が、間違っているはずがない。
ならば、答えは一つしかない。
「……ユキナガ。貴様、我々を騙していたのだな」
グレンの瞳に、冷たい、そして危険な光が宿った。
そうだ。ユキナガは、何かを隠している。
【地図化】という、ありふれたハズレスキルの裏に、何か別の、とてつもない力を。
「未知の魔法アイテム(アーティファクト)か? あるいは、悪魔との契約か? どちらにせよ、まともな手段でないことは確かだ」
彼は、自分の推論に確信を深めていく。
ユキナガは、無能ではなかった。それどころか、自分たちですら見抜けなかったほどの、狡猾で、危険な秘密を抱えた存在だったのだ。
そう考えると、全ての辻褄が合った。
追放された後の、あの異常なまでの快進撃も。ハズレスキル持ちばかりを集めて、その能力を最大限に引き出しているという、ありえない連携も。全ては、ユキナガが持つ、未知の禁断の力によるものだ。
「……許しがたい」
グレンの拳が、ギリ、と音を立てて握りしめられた。
嫉妬ではない。彼はそう自分に言い聞かせた。これは、世界の秩序と、スキルの理を守るための、賢者としての当然の義憤だ。
正体不明の力でダンジョンを蹂躙し、不当な名声を得る。そんな存在を、野放しにしておくわけにはいかない。
自分が、その化けの皮を剥いでやらねばならない。
かつて無能だと見下した男が、自分を出し抜いたことへの屈辱。そして、自分の論理では説明できない現象への、知的な恐怖。それらが、グレンの中で歪んだ正義感へと姿を変え、彼を突き動かしていた。
「……調査を開始する」
彼は、静かに、しかし固い決意を込めて呟いた。

その日から、グレンの密かな探求が始まった。
彼は、パーティの他のメンバーには何も告げず、一人で行動を開始した。
まず向かったのは、冒険者ギルドの記録保管室だった。彼は賢者という地位を利用し、ユキナガに関する全ての公式記録を閲覧した。
冒険者登録時の書類。スキル鑑定の詳細な結果報告。これまでのパーティ遍歴。
だが、そこに、不審な点は何も見つからなかった。スキル鑑定の結果は、何度見返しても『地図化』。特記事項の欄は、空白。全てが、あまりにも普通すぎた。
「……公式記録は、偽装されている可能性があるな」
グレンは、さらに疑いを深めた。
次に向かったのは、王都の裏通りにある、安宿街だった。
彼は、ユキナガが追放された直後に泊まったであろう宿を、一軒一軒しらみつぶしに聞き込みして回った。
「銀貨数枚しか持たない、黒髪の若い男を見なかったか」
ほとんどの宿主は、首を横に振るか、あるいは面倒くさそうに彼を追い払った。
だが、何十軒目かに訪れた、ひときわ薄汚い『豚の寝床亭』という宿で、彼は初めての手がかりを得た。
脂ぎった宿主は、グレンが差し出した金貨に目を輝かせると、重い口を開いた。
「ああ、いたぜ、そんな兄ちゃんが。何週間か前だったかな。ひでえツラして、一晩だけ泊まっていったよ。次の日の朝には、どこかへ消えちまったがな」
「何か、変わった様子はなかったか」
「変わった様子、ねえ。ただ、やけに思いつめたような顔をしてたな。それから……ああ、そうだ。あいつ、ゴブリンの洞窟に行く、とか何とか言ってたぜ。あんなナリで、無謀なこったと思ったもんだが」
ゴブリンの洞窟。
それが、ユキナガの最初のスタート地点。そして、彼が最初の大金を手に入れた場所だ。
「……礼を言う」
グレンは、宿主に金貨を投げ渡すと、その場を後にした。

その夜、グレンは自分の部屋で、王都の地図と、『ゴブリンの洞窟』の簡易的な見取り図を広げていた。
「追放され、無一文になった男が、なぜ、たった一日で、ゴブリンの洞窟から大金を持ち帰ることができた?」
論理の鎖を、一つずつ繋いでいく。
「洞窟の奥に、隠された宝物庫でもあったのか? だが、それを見つけ出す方法は? あの時点での彼のスキルは、まだ覚醒などしていないはずだ」
「あるいは、誰か協力者がいたのか? だが、聞き込みでは、彼が誰かと接触したという情報はない」
思考が、行き詰まる。
彼は、苛立ちに任せて、机の上に置いてあったユキナガの冒険者登録情報の写しを、くしゃりと握りつぶそうとした。
その時、彼の目に、書類の隅に小さく書かれた、ある記述が留まった。
それは、ユキナガがこの世界に現れた、最初の場所に関する情報だった。
【出身地:不明。王都近郊の『転移の森』にて保護】
転移の森。
異世界からの来訪者、『転移者』が、ごく稀に姿を現すとされる、禁忌の場所。
グレンの脳裏に、一つの、恐ろしい仮説が閃いた。
「……まさか。あいつの力の源泉は、スキルではないのか?」
もし、ユキナガが【地図化】とは全く別の、この世界の理から外れた、『転移者』特有の能力を隠し持っているとしたら?
それは、ギルドのスキル鑑定ですら見抜けない、未知の力。
それならば、これまでの全ての不可解な現象に、説明がつく。
「そうか……。そうだったのか、ユキナガ」
グレンの口元に、全てを理解したかのような、歪んだ笑みが浮かんだ。それは、真実にたどり着いた者の笑みではなく、自分の妄想に完璧な理屈を見つけ出した、狂信者の笑みだった。
「貴様は、この世界の秩序を破壊するために送り込まれた、イレギュラーな『バグ』なのだ。ならば、私が、賢者として、そのバグを『修正』してやらねばなるまい」
彼は、立ち上がると、書斎の奥に隠された、古い魔導書が並ぶ本棚へと向かった。そこには、公には禁じられた、古代の呪いや、魂に干渉する禁断の魔法に関する文献が、密かに収められている。
「貴様の秘密、必ずこの手で暴き、白日の下に晒してくれる」
グレンは、一冊の黒い装丁の本を手に取ると、そのページをめくり始めた。
彼の探求は、もはや真実の究明ではない。
ユキナガという存在を、社会的に、そして物理的に抹殺するための、邪悪な研究へと、その姿を変えようとしていた。
彼の背後で、揺らめく蝋燭の炎が、その狂気に満ちた横顔を、不気味に照らし出していた。
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