ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第48話 傲慢なる来訪者

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僕たち『フロンティア』がBランクに昇格してから、数週間が過ぎた。
王都での僕たちの評価は、もはや揺るぎないものとなっていた。『攻略神』という大仰な二つ名はすっかり定着し、僕が歩けば道が開け、僕が何かを話せば、周囲の冒険者たちが聞き耳を立てる。そんな日常にも、ようやく慣れてきた頃だった。
僕たちの次の目標は、高難易度ダンジョン『天へと至る塔』。その攻略に向けて、僕たちはそれぞれの準備を着々と進めていた。
「どうだ、ユキナガ! この輝きを見てくれ!」
地下工房から、バルガスが興奮した様子で駆け上がってきた。その手には、ミスリルとアダマンタイトを合成して作り上げた、新しい大盾の試作品が握られている。その表面には、彼が独自に考案したという、衝撃を拡散させるための複雑なルーン文字が刻まれていた。
「まだ未完成だが、こいつがあれば、ドラゴンのブレスですら傷一つ付かねえはずだ!」
「すごいわ、バルガス。まるで芸術品ね」
リビングで剣の手入れをしていたリリアナが、心から感心したように言った。彼女の腰に下げられたレイピアも、バルガスによって改良が加えられ、以前よりもさらに鋭さと軽さを増している。
僕も、王立図書館の禁書庫から持ち帰った『天へと至る塔』に関する古代文献の解読に、一つの区切りがついたところだった。
『塔は、理を試す。力、知恵、そして絆。欠けたる者は、天への道を閉ざされる』
古文書に記されたその一文が、僕の挑戦心を掻き立てていた。
僕たちは、それぞれの時間を充実させ、パーティとして、そして個人として、着実に成長していた。
そんな、穏やかで満たされた午後。
その平穏は、一人の招かれざる来訪者によって、唐突に破られた。
コン、コン、と、控えめだが、どこか威圧的なノックの音が、僕たちの家の扉を叩いた。
「あら、誰かしら」
リリアナが不思議そうな顔で立ち上がり、扉を開ける。
そして、彼女はそこに立っていた人物の顔を見て、一瞬でその表情を凍りつかせた。
「……あなた、は」
その声には、明確な敵意と警戒の色が宿っていた。
リビングにいた僕とバルガスも、ただ事ではない気配を察知し、腰を上げる。
扉の向こうに立っていたのは、僕がこの世界で最も会いたくないと思っていた人物だった。
豪奢なマントに、白銀の鎧。腰には、王家から与えられたという聖剣。その顔は、以前よりも少しやつれてはいたが、その瞳には変わらない、傲慢な光が宿っていた。
勇者、アレクサンダー。
彼が、なぜ、ここに。
「……ユキナガは、いるか」
アレクサンダーは、リリアナを無視し、リビングの奥にいる僕を睨みつけて言った。
「何の用だ」
僕は、感情を殺した声で応じた。
「少し、話がある。中へ入れさせてもらうぞ」
彼は、僕たちの許可を得るでもなく、ずかずかと家の中へと上がり込んできた。その無遠慮な態度に、バルガスの眉がピクリと動く。

アレクサンダーの闖入に、リビングの穏やかな空気は一瞬で張り詰めた。
バルガスは、それまで磨いていた小手をテーブルに置くと、無言で立ち上がり、僕の斜め後ろに仁王立ちになった。その巨体は、いつでも飛びかかれるように、わずかに前傾している。リリアナも、静かに僕の隣に立ち、その碧眼は氷のような冷たさで侵入者を射抜いていた。
僕たちの家は、僕たちの城だ。そして、アレクサンダーは、その城に土足で踏み込んできた敵だった。
「……ずいぶんと良い暮らしをしているじゃないか、ユキナガ」
アレクサンダーは、部屋の中を見回しながら、皮肉のこもった笑みを浮かべた。「俺たちを出し抜いて手に入れた金で建てた家は、さぞかし居心地がいいのだろうな」
その言葉は、僕たちの成功が、何か不正な手段によって得られたものだと言わんばかりだった。
「何の用件かは知らないが、手短に済ませてもらおうか。俺たちは、忙しいんでね」
僕は、感情を排した声で応じた。彼と無駄な舌戦を繰り広げるつもりはない。
僕の冷たい態度に、アレクサンダーは少し眉をひそめたが、すぐにいつもの傲慢な表情に戻った。彼は、まるで王が臣下に言葉をかけるかのように、尊大な態度で本題を切り出した。
「単刀直入に言おう、ユキナガ。お前に、チャンスを与えてやる。俺のパーティに、戻ってくることを許可する」
その言葉に、部屋の空気が凍りついた。
僕の隣で、リリアナの纏う空気が絶対零度まで下がるのを感じた。バルガスは、怒りのあまり、こめかみに青筋を浮かべている。
だが、僕は驚かなかった。むしろ、そのあまりの愚かさに、呆れてため息さえ出そうになった。
「……許可、だと?」
「そうだ」アレクサンダーは、さも当然といった様子で頷いた。「お前も、これだけの暮らしを手に入れて、満足しただろう。だが、所詮はお前たちのような寄せ集めのパーティでは、いずれ限界が来る。俺たち『サンクチュアリ』という、本当のトップパーティに所属してこそ、お前の力も真に輝くのだ。感謝するがいい。俺は、一度捨てた駒を、もう一度拾い上げてやろうと言っているのだからな」
施し。彼の言葉は、どこまでも上から目線の、侮辱に満ちたものだった。彼は本気で、僕がその言葉に喜び、尻尾を振ってついてくるとでも思っているらしい。
彼は、何も分かっていなかった。僕がなぜ成功できたのか。そして、自分たちがなぜ凋落したのか。その根本的な理由を、全く理解できていない。
僕は、そんな哀れな男に向かって、静かに首を横に振った。
「断る」
その、短く、しかし絶対的な拒絶の言葉に、アレクサンダーの顔が初めて歪んだ。
「……何だと? 聞こえなかったのか。俺は、お前に戻ってこいと……」
「だから、断ると言ったんだ」
僕は、椅子からゆっくりと立ち上がると、アレクサンダーをまっすぐに見据えた。「勘違いするな、勇者アレクサンダー。俺は、あんたたちに捨てられたんじゃない。俺が、あんたたちを見限ったんだ」
僕の言葉に、アレクサンダーは絶句した。
「あんたたちの下では、俺の力は宝の持ち腐れだ。俺の進言に耳を貸さず、自分の力だけを過信し、目に見えるものしか評価しない。そんな無能なリーダーの下で、俺の力が発揮できるはずもないだろう」
「む、無能だと……! この俺を、誰だと思っている!」
アレクサンダーが、怒りに顔を赤く染めて叫んだ。
その彼の前に、バルガスが一歩踏み出した。その巨体は、まるで壁のようにアレクサンダーの前に立ちはだかる。
「聞こえなかったのか、勇者様とやら」
バルガスの地を這うような低い声が、部屋に響いた。「うちのリーダーは、あんたのことなんざ、もう相手にしてねえんだよ。それに、うちのリーダーを無能呼ばわりできるのは、この世に一人もいねえ。とっとと失せな。あんたのその綺麗なツラを、俺の槌でぶち壊したくなかったらな」
ドワーフの剥き出しの敵意に、アレクサンダーはたじろいだ。
そして、その彼の横を、銀色の影がすり抜けた。リリアナだった。彼女は、いつの間にかアレクサンダーの背後に回り込み、その首筋に、鞘に収まったままのレイピアの切っ先を突きつけていた。
「……二度と、ここへは来ないで」
彼女の声は、氷のように冷たく、そして静かだった。「次にあなたが彼の前に現れる時、私の剣は、鞘には収まっていないわ。あなたたちが彼にした仕打ちを、私は決して忘れない。彼を再び利用し、その尊厳を傷つけるというのなら……」
彼女はそこで一度言葉を切り、その碧眼に、底知れない殺意を宿した。
「私が、あなたを殺す」
その言葉は、単なる脅しではなかった。彼女の本気の覚悟が、アレクサンダーの肌を突き刺した。
アレクサンダーは、完全に狼狽していた。
彼は、ユキナガ一人を説得するつもりでここへ来た。だが、彼を待ち受けていたのは、ユキナガへの絶対的な忠誠と信頼で結ばれた、二人の屈強な守護者だった。
彼は、自分が決して入り込むことのできない、完璧な絆の壁を目の当たりにしたのだ。
「……なぜだ」
彼の唇から、絞り出すような声が漏れた。「なぜ、お前たちが、ユキナガのためにそこまで……。こいつは、ただの斥候だったはずだ……」
その、最後の最後まで理解できないという彼の言葉に、僕は静かに最後の答えを告げた。
「あんたは、最後まで分からなかったようだな。俺が、ただの斥候ではなかったように、彼らも、ただの暴発スキル持ちや、置物スキル持ちではなかった。あんたが見捨てた石ころを、俺たちは互いに拾い上げ、磨き上げたんだ。そして、それは今、どんな宝石よりも固い絆になった」
僕は、リリアナとバルガスに視線を送った。二人は、僕に向かって力強く頷き返す。
「今の俺には、最高の仲間がいる。俺の力を信じ、その力を最大限に引き出してくれる、かけがえのない仲間がな。あんたたちのパーティに、俺の居場所も、戻る理由も、もうどこにもない」
僕の言葉は、アレクサンダーのプライドを、木っ端微塵に打ち砕いた。
彼は、もはや何も言い返すことができなかった。ただ、屈辱と、嫉妬と、そして理解不能な敗北感に、その顔を歪ませるだけだった。
「……覚えていろ」
彼は、それだけを吐き捨てると、逃げるようにして僕たちの家から出ていった。その背中は、勇者の威厳など微塵もない、ただの哀れな敗残兵のものだった。
扉が閉まり、リビングに静寂が戻る。
僕たち三人は、しばらく無言で互いの顔を見つめ合っていた。
やがて、バルガスが、豪快に笑い出した。
「へっ! 見たか、あのザマを! これで、もう二度と俺たちの前にツラを出すこともねえだろうぜ!」
「ええ。少しは、思い知ったかしら」
リリアナも、満足げに微笑んでいる。
僕は、そんな二人を見て、心の底から温かい気持ちになっていた。
「……ありがとう、二人とも」
僕がそう言うと、二人はきょとんとした顔をした。
「何言ってやがる、ユキナガ。俺たちは、仲間だろ?」
バルガスが、当たり前のように言った。
「そうよ。あなたが私たちの居場所を作ってくれた。今度は、私たちがあなたの居場所を守る番。当然のことよ」
リリアナも、優しく微笑んだ。
僕たちの絆は、この一件で、さらに強く、そして揺るぎないものになった。
アレクサンダーの来訪は、僕たちにとってはただの厄介事に過ぎなかった。だが、彼にとっては、それは自らが犯した過ちの大きさを、骨の髄まで思い知らされる、決定的な出来事となっただろう。
僕の復讐は、もう終わったのかもしれない。彼に直接手を下すまでもなく、僕たちが幸せに、そして強くあり続けることこそが、彼にとって最大の罰となるのだから。
「さて、と」
僕は、気分を切り替えるように、パンと手を叩いた。「邪魔者は消えた。俺たちの冒険の続きを始めようじゃないか。『天へと至る塔』が、俺たちを待っている」
僕の言葉に、二人は最高の笑顔で応えた。
「「おう!/ええ!」」
僕たちの家には、再び、未来への希望に満ちた、温かい笑い声が響き渡った。
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