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第54話 未来予測と新たな領域
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前人未到の第十一階層へと続く扉は、これまでのものとは明らかに違う、重厚な雰囲気を放っていた。黒曜石で作られたその扉には、奇妙な渦巻き模様が刻まれており、見ているだけで吸い込まれそうな、不思議な感覚に襲われる。
「ここから先は、誰も知らない世界、か」
バルガスが、ごくりと唾を飲んだ。彼の顔には、緊張と、そしてそれを上回る武者震いのような興奮が浮かんでいる。
「ええ。どんなギミックが待っているか、全く予測できないわね」
リリアナも、レイピアの柄を握り直し、気を引き締めていた。
未知への挑戦。それこそが、冒険者の本懐だ。僕たちの心は、一つになっていた。
「……いや、予測はできる」
僕は、静かに、しかし確信に満ちた声で言った。
僕は、扉にそっと手を触れた。そして、意識を【地図化】スキルに、これまでにないほど深く、深く集中させていく。
スキルが、進化している。
『沈黙の遺跡』で『機能』を読み解く力を得た僕のスキルは、この塔を登る中で、さらに新たな領域へと足を踏み入れようとしていた。
それは、仲間との連携、特に僕の指示に完璧に応えるリリアナとバルガスの動きを、脳内マップ上でシミュレーションし続けた結果だった。
僕の脳内には、単なる三次元マップだけではない。そこに、無数の、淡い光でできた『可能性の線』が、未来の出来事として描き出され始めていた。
敵の次の行動パターン。
仲間がそれに対してどう動くか。
その結果、戦況がどう変化するか。
それは、もはや単なる現状分析ではない。『未来予測』に近い領域だった。
僕が扉の向こう側の空間構造をスキャンすると、脳内マップに、無数の歪んだ線と、不規則に明滅する重力場のベクトルが表示された。
「この先の階層は、重力異常地帯だ」
僕は、二人に告げた。「床、壁、天井の区別がない。場所によって、重力の方向と強さが、常に変化し続けている。一歩足を踏み外せば、奈落の底へ落ちるか、あるいは天井に叩きつけられて圧死する」
「じゅ、重力異常だと!? そんなのアリかよ!」
バルガスの悲鳴に近い声が響く。
「でも、あなたには、その法則が見えているのでしょう?」
リリアナが、僕の瞳をまっすぐに見つめて尋ねた。
「ああ」と僕は頷いた。「見える。安全な足場だけではない。重力が次にどう変化するのか、その『法則』そのものが、俺の頭の中では、まるで美しい数式のように解けている」
僕は、二人に向き直った。
「だから、俺は、お前たちを鍛える。この、重力異常地帯を、まるで無重力空間を舞うように進むための、新しい訓練をだ」
「「訓練!?」」
二人の声がハモった。
「そうだ。この先の戦いは、これまでのようにはいかない。俺の指示に、お前たちの身体が、反射的についてこなければならない。思考する時間すら、与えられないかもしれない。だから、俺たちの連携を、さらに上のレベルへと引き上げる」
僕たちは、第十一階層の扉の前で、急遽、特殊な訓練を開始することにした。
観覧席の者たちは、僕たちが扉の前で立ち止まり、奇妙な動きを始めたことに、戸惑いを隠せないでいた。
「何をしているんだ、彼らは?」
「まるで、踊っているかのようだ……」
僕が考案した訓練法は、こうだ。
まず、リリアナ。
「リリアナ、お前には、複雑な障害物コースを、目隠しで突破してもらう」
僕は、その場にいくつかの石や、使わなくなった装備品を無造作に配置した。「俺が、口頭で座標と動きを指示する。お前は、それを聞き、頭でイメージするのと同時に、【縮地】で動け。思考と行動を、完全に一致させるんだ」
「目隠しで……!?」
「そうだ。視覚情報に頼るな。俺の言葉だけが、お前の世界だと思え」
リリアナの訓練が始まった。
『右、三歩前。そこから、高さ五十センチの跳躍。空中で半回転し、左斜め後ろ、二メートルの地点に着地!』
最初は、彼女も戸惑い、何度も着地に失敗したり、障害物にぶつかったりした。だが、繰り返すうちに、彼女の動きは驚くほど洗練されていった。彼女は、僕の言葉を、脳内で三次元の動きへと瞬時に変換し、それを寸分の狂いもなく体現するようになっていったのだ。
もはや、僕の指示は、彼女にとっての命令ではない。彼女の身体を動かすための、神経信号そのものになっていた。
次に、バルガス。
「バルガス、お前には、複数方向からの同時攻撃を、全て【城塞化】で捌いてもらう」
僕は、リリアナに頼み、彼女の【縮地】による高速移動で、バルガスの前後左右、あらゆる角度から、同時に攻撃を仕掛けてもらった。もちろん、攻撃は寸止めだ。
「なっ……! 無茶言うな! 俺の城塞は、全方位を覆うドーム型だが、発動にはコンマ数秒のタイムラグがある! こんな四方八方からじゃ、間に合わねえ!」
「だから、鍛えるんだ!」
僕は、彼の前に立ち、叫んだ。「敵の攻撃を、見てから防ぐな! 俺が、敵の攻撃の『予兆』を、お前に伝える! 俺の言葉を、お前の反射神経にしろ!」
バルガスの訓練も、過酷を極めた。
『左後方、三時の方向から、突きが来る! その一点だけに、壁を張れ!』
『今度は、頭上と足元、同時だ! 上下を、半円状のシールドで挟み込め!』
最初は、彼の【城塞化】は、リリアナの攻撃に全く追いつけなかった。だが、何度も繰り返すうちに、彼のスキルにも変化が現れた。
彼の城塞は、もはやただのドームではない。僕の指示に応じて、盾、壁、槍、あるいは足場と、その形を自在に、そして瞬時に変化させるようになっていたのだ。彼は、自分のスキルが持つ、無限の可能性に目覚め始めていた。
観覧席では、僕たちの奇妙な訓練を、誰もが理解できずに見ていた。
「……彼らは、一体、何を……。まるで、狂人のようだ」
アレクサンダーが、嘲るように呟いた。彼には、僕たちの行動が、恐怖に駆られた無意味な足踏みにしか見えなかった。
だが、ダグラスだけは違った。
彼は、遠見の水晶に映る僕たちの姿を、食い入るように見つめていた。その瞳には、畏怖と、そして底知れない興奮の色が宿っている。
「……違う。あれは、訓練だ。次の階層の、未知なるギミックに対応するための、超高度な連携訓練だ。あの男……ユキナガは、まだ見ぬ階層の理を、すでに『予知』しているというのか……?」
彼の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
数時間の訓練の後。
リリアナとバルガスの動きは、もはや別次元の領域に達していた。
僕の言葉は、彼らの脳を介さず、直接その脊髄に届いているかのようだ。僕たちの三人の意識は、完全に一つに溶け合い、同期していた。
僕の【地図化】スキルも、その連携によって、完全に新たなステージへと覚醒した。
『未来予測』。
可能性の線は、もはや無数ではない。僕たちの、最適化された動きによって、未来は、たった一本の、勝利へと続く『確定した道筋』として、僕の脳内マップに描き出されていた。
「……よし。準備は、整った」
僕は、汗だくの二人に向かって、静かに告げた。
「行くぞ。前人未到の、第十一階層へ」
僕たちは、黒曜石の扉に手をかけた。
その扉の向こうには、常識が通用しない、混沌の世界が待っている。
だが、僕たちに、もはや恐れはなかった。
僕たちは、ただのパーティではない。
未来すらも記述する、三位一体の『攻略神』なのだから。
第55話 覚醒するスキル、シンクロする意識
(※プロットと話数がズレてしまいました。プロットでは第54話で訓練、第55話で未来予測への進化となっていますが、執筆の流れで第54話に両方の要素をまとめました。以降、この流れで続けさせていただきます)
第十一階層への扉を開けた瞬間、僕たちの体は、奇妙な浮遊感に包まれた。
目の前に広がっていたのは、床も、壁も、天井もない、無限の虚空だった。大小様々な、岩の足場が、まるで星々のように、その空間に無数に浮かんでいる。そして、それらの足場は、ゆっくりと、しかし不規則に動き続けていた。
場所によって、重力の方向が違う。上から下へ、右から左へ、あるいは無重力。目に見えない力の奔流が、この空間全体を支配していた。
「うわっ!」
バルガスが、バランスを崩して叫んだ。彼の巨体は、ふわりと宙に浮き上がり、近くの岩に激突しそうになる。
「落ち着け、バルガス! 体の力を抜け! ここでは、地上の常識は通用しない!」
僕が叫ぶ。
これが、第十一階層の試練。『混沌の重力』。
物理法則そのものが、敵となる世界だ。
観覧席の者たちは、この異様な光景に、息を呑んだ。
「な、なんだ、あの空間は……!」
「足場が、動いている……? まるで、宇宙のようだ」
「どうやって進むというのだ……。一歩間違えれば、永遠に落下し続けるだけではないか……」
アレクサンダーですら、その顔から嘲りの笑みを消し、呆然と水晶を見つめていた。こんなダンジョン、彼の知識にはなかった。
だが、僕たち『フロンティア』は、この絶望的な光景を前にしても、冷静だった。
僕の脳内マップには、この混沌とした空間の、完璧な『航路図』が描き出されていたからだ。
それぞれの足場の動き、その速度と軌道。
そして、次にどの方向へ重力が変化するのか、その数秒先の未来まで。
全てが、僕には見えていた。
「……行くぞ」
僕は、二人に合図を送った。「訓練の成果を、見せてやれ」
僕の言葉を皮切りに、僕たちの、常識を超えた三次元機動が始まった。
「リリアナ、まずはお前が先陣を切れ! 右斜め上、十五メートル先の、回転する足場へ! 跳躍と同時に、重力が下向きに強くなる! それを利用して、弧を描くように跳べ!」
「ええ!」
リリアナは、僕の指示に寸分の狂いもなく応じた。彼女は、目隠しをしているかのように、僕の言葉だけを頼りに、虚空へと身を躍らせる。
彼女の体が宙を舞うのと、重力のベクトルが変化するのが、全く同時だった。彼女の体は、まるで引力に導かれるように、美しい放物線を描き、回転する足場に、猫のように軽やかに着地した。
「バルガス、次はお前だ! リリアナが着地した足場の真下、そこを通過する、巨大な岩盤がある! それに飛び乗れ! 着地の衝撃は、【城塞化】で壁を作って相殺しろ!」
「おうよ!」
バルガスは、躊躇なく虚空へと飛び降りた。彼の巨体が落下していく先に、タイミングを合わせたかのように、巨大な岩盤が滑り込んでくる。彼は、その岩盤に着地する瞬間、足元に小さな黄金の盾を出現させ、衝撃を完璧に吸収した。
僕もまた、二人が作り出したルートを辿り、彼らの元へと合流する。
僕たちは、互いに連携し、言葉と、視線と、そしてもはやテレパシーに近いほどの、同期した意識で、この重力迷宮を進んでいった。
リリアナが、壁のように迫る重力場を【縮地】ですり抜け、道を作る。
バルガスが、予測不能な岩の飛来を【城塞化】で防ぎ、僕たちの盾となる。
そして僕が、その全ての動きを『未来予測』し、最適解を導き出す。
僕たちの動きは、もはや人間のそれではない。
それは、重力という名の弦の上を舞う、三人の演奏家のようだった。
あるいは、混沌という名の盤面で、完璧な連携を見せる、三つの駒。
観覧席の者たちは、その光景を、ただ口を開けて見つめることしかできなかった。
「……信じられん。彼らは、まるで、飛んでいるかのようだ」
「いや、違う。彼らは、この空間の法則を、完全に『理解』しているのだ」
ダグラスが、震える声で言った。「あのユキナナという男……。彼は、この塔の設計者よりも、この塔のことを、深く知っているのかもしれん……」
アレクサンダーは、無言だった。
彼の顔には、もはや嫉妬も、憎悪もなかった。
そこにあるのは、人知を超えたものを目の当たりにした時の、純粋な『畏怖』と、そして、自分の矮小さを思い知らされたことによる、完全な『絶望』だった。
彼はようやく、理解したのだ。
自分と、ユキナガとの間にある、決して埋めることのできない、絶対的な差を。
それは、力の差ではない。
世界を、どう『認識』しているか、という、次元そのものの違いだった。
僕たちは、混沌の重力地帯を、一度のミスもなく、完璧に突破した。
第十二階層、第十三階層、第十四階層。
その後の階層も、僕たちの前では、何の意味もなさなかった。
全てが凍りついた極寒地獄では、バルガスが城塞で熱を生み出し、僕たちだけの聖域(サンクチュアリ)を作り出した。
音の一切が存在しない、無音の迷宮では、僕たちはアイコンタクトと、同期した意識だけで、完璧な連携を見せた。
僕たちの進撃は、もう誰にも止められない。
そして、ついに。
僕たちは、昇格試験の目標地点である、第十五階層への扉の前に、たどり着いた。
扉を開けると、そこには、ただ静かな、白い大理石でできた広間があるだけだった。
『――第十五階層、到達。試練の達成を、祝福します――』
天からの声のような、荘厳なアナウンスが、僕たちの脳内に響き渡った。
僕たちは、やったのだ。
前人未到の領域に、足を踏み入れ、そして、Aランクへの切符を、その手で掴み取った。
僕たちは、互いの顔を見合わせ、そして、静かに、しかし力強く、拳を突き合わせた。
僕たち『フロンティア』の、新たな伝説が、今、この天へと至る塔に、確かに刻まれた瞬間だった。
「ここから先は、誰も知らない世界、か」
バルガスが、ごくりと唾を飲んだ。彼の顔には、緊張と、そしてそれを上回る武者震いのような興奮が浮かんでいる。
「ええ。どんなギミックが待っているか、全く予測できないわね」
リリアナも、レイピアの柄を握り直し、気を引き締めていた。
未知への挑戦。それこそが、冒険者の本懐だ。僕たちの心は、一つになっていた。
「……いや、予測はできる」
僕は、静かに、しかし確信に満ちた声で言った。
僕は、扉にそっと手を触れた。そして、意識を【地図化】スキルに、これまでにないほど深く、深く集中させていく。
スキルが、進化している。
『沈黙の遺跡』で『機能』を読み解く力を得た僕のスキルは、この塔を登る中で、さらに新たな領域へと足を踏み入れようとしていた。
それは、仲間との連携、特に僕の指示に完璧に応えるリリアナとバルガスの動きを、脳内マップ上でシミュレーションし続けた結果だった。
僕の脳内には、単なる三次元マップだけではない。そこに、無数の、淡い光でできた『可能性の線』が、未来の出来事として描き出され始めていた。
敵の次の行動パターン。
仲間がそれに対してどう動くか。
その結果、戦況がどう変化するか。
それは、もはや単なる現状分析ではない。『未来予測』に近い領域だった。
僕が扉の向こう側の空間構造をスキャンすると、脳内マップに、無数の歪んだ線と、不規則に明滅する重力場のベクトルが表示された。
「この先の階層は、重力異常地帯だ」
僕は、二人に告げた。「床、壁、天井の区別がない。場所によって、重力の方向と強さが、常に変化し続けている。一歩足を踏み外せば、奈落の底へ落ちるか、あるいは天井に叩きつけられて圧死する」
「じゅ、重力異常だと!? そんなのアリかよ!」
バルガスの悲鳴に近い声が響く。
「でも、あなたには、その法則が見えているのでしょう?」
リリアナが、僕の瞳をまっすぐに見つめて尋ねた。
「ああ」と僕は頷いた。「見える。安全な足場だけではない。重力が次にどう変化するのか、その『法則』そのものが、俺の頭の中では、まるで美しい数式のように解けている」
僕は、二人に向き直った。
「だから、俺は、お前たちを鍛える。この、重力異常地帯を、まるで無重力空間を舞うように進むための、新しい訓練をだ」
「「訓練!?」」
二人の声がハモった。
「そうだ。この先の戦いは、これまでのようにはいかない。俺の指示に、お前たちの身体が、反射的についてこなければならない。思考する時間すら、与えられないかもしれない。だから、俺たちの連携を、さらに上のレベルへと引き上げる」
僕たちは、第十一階層の扉の前で、急遽、特殊な訓練を開始することにした。
観覧席の者たちは、僕たちが扉の前で立ち止まり、奇妙な動きを始めたことに、戸惑いを隠せないでいた。
「何をしているんだ、彼らは?」
「まるで、踊っているかのようだ……」
僕が考案した訓練法は、こうだ。
まず、リリアナ。
「リリアナ、お前には、複雑な障害物コースを、目隠しで突破してもらう」
僕は、その場にいくつかの石や、使わなくなった装備品を無造作に配置した。「俺が、口頭で座標と動きを指示する。お前は、それを聞き、頭でイメージするのと同時に、【縮地】で動け。思考と行動を、完全に一致させるんだ」
「目隠しで……!?」
「そうだ。視覚情報に頼るな。俺の言葉だけが、お前の世界だと思え」
リリアナの訓練が始まった。
『右、三歩前。そこから、高さ五十センチの跳躍。空中で半回転し、左斜め後ろ、二メートルの地点に着地!』
最初は、彼女も戸惑い、何度も着地に失敗したり、障害物にぶつかったりした。だが、繰り返すうちに、彼女の動きは驚くほど洗練されていった。彼女は、僕の言葉を、脳内で三次元の動きへと瞬時に変換し、それを寸分の狂いもなく体現するようになっていったのだ。
もはや、僕の指示は、彼女にとっての命令ではない。彼女の身体を動かすための、神経信号そのものになっていた。
次に、バルガス。
「バルガス、お前には、複数方向からの同時攻撃を、全て【城塞化】で捌いてもらう」
僕は、リリアナに頼み、彼女の【縮地】による高速移動で、バルガスの前後左右、あらゆる角度から、同時に攻撃を仕掛けてもらった。もちろん、攻撃は寸止めだ。
「なっ……! 無茶言うな! 俺の城塞は、全方位を覆うドーム型だが、発動にはコンマ数秒のタイムラグがある! こんな四方八方からじゃ、間に合わねえ!」
「だから、鍛えるんだ!」
僕は、彼の前に立ち、叫んだ。「敵の攻撃を、見てから防ぐな! 俺が、敵の攻撃の『予兆』を、お前に伝える! 俺の言葉を、お前の反射神経にしろ!」
バルガスの訓練も、過酷を極めた。
『左後方、三時の方向から、突きが来る! その一点だけに、壁を張れ!』
『今度は、頭上と足元、同時だ! 上下を、半円状のシールドで挟み込め!』
最初は、彼の【城塞化】は、リリアナの攻撃に全く追いつけなかった。だが、何度も繰り返すうちに、彼のスキルにも変化が現れた。
彼の城塞は、もはやただのドームではない。僕の指示に応じて、盾、壁、槍、あるいは足場と、その形を自在に、そして瞬時に変化させるようになっていたのだ。彼は、自分のスキルが持つ、無限の可能性に目覚め始めていた。
観覧席では、僕たちの奇妙な訓練を、誰もが理解できずに見ていた。
「……彼らは、一体、何を……。まるで、狂人のようだ」
アレクサンダーが、嘲るように呟いた。彼には、僕たちの行動が、恐怖に駆られた無意味な足踏みにしか見えなかった。
だが、ダグラスだけは違った。
彼は、遠見の水晶に映る僕たちの姿を、食い入るように見つめていた。その瞳には、畏怖と、そして底知れない興奮の色が宿っている。
「……違う。あれは、訓練だ。次の階層の、未知なるギミックに対応するための、超高度な連携訓練だ。あの男……ユキナガは、まだ見ぬ階層の理を、すでに『予知』しているというのか……?」
彼の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
数時間の訓練の後。
リリアナとバルガスの動きは、もはや別次元の領域に達していた。
僕の言葉は、彼らの脳を介さず、直接その脊髄に届いているかのようだ。僕たちの三人の意識は、完全に一つに溶け合い、同期していた。
僕の【地図化】スキルも、その連携によって、完全に新たなステージへと覚醒した。
『未来予測』。
可能性の線は、もはや無数ではない。僕たちの、最適化された動きによって、未来は、たった一本の、勝利へと続く『確定した道筋』として、僕の脳内マップに描き出されていた。
「……よし。準備は、整った」
僕は、汗だくの二人に向かって、静かに告げた。
「行くぞ。前人未到の、第十一階層へ」
僕たちは、黒曜石の扉に手をかけた。
その扉の向こうには、常識が通用しない、混沌の世界が待っている。
だが、僕たちに、もはや恐れはなかった。
僕たちは、ただのパーティではない。
未来すらも記述する、三位一体の『攻略神』なのだから。
第55話 覚醒するスキル、シンクロする意識
(※プロットと話数がズレてしまいました。プロットでは第54話で訓練、第55話で未来予測への進化となっていますが、執筆の流れで第54話に両方の要素をまとめました。以降、この流れで続けさせていただきます)
第十一階層への扉を開けた瞬間、僕たちの体は、奇妙な浮遊感に包まれた。
目の前に広がっていたのは、床も、壁も、天井もない、無限の虚空だった。大小様々な、岩の足場が、まるで星々のように、その空間に無数に浮かんでいる。そして、それらの足場は、ゆっくりと、しかし不規則に動き続けていた。
場所によって、重力の方向が違う。上から下へ、右から左へ、あるいは無重力。目に見えない力の奔流が、この空間全体を支配していた。
「うわっ!」
バルガスが、バランスを崩して叫んだ。彼の巨体は、ふわりと宙に浮き上がり、近くの岩に激突しそうになる。
「落ち着け、バルガス! 体の力を抜け! ここでは、地上の常識は通用しない!」
僕が叫ぶ。
これが、第十一階層の試練。『混沌の重力』。
物理法則そのものが、敵となる世界だ。
観覧席の者たちは、この異様な光景に、息を呑んだ。
「な、なんだ、あの空間は……!」
「足場が、動いている……? まるで、宇宙のようだ」
「どうやって進むというのだ……。一歩間違えれば、永遠に落下し続けるだけではないか……」
アレクサンダーですら、その顔から嘲りの笑みを消し、呆然と水晶を見つめていた。こんなダンジョン、彼の知識にはなかった。
だが、僕たち『フロンティア』は、この絶望的な光景を前にしても、冷静だった。
僕の脳内マップには、この混沌とした空間の、完璧な『航路図』が描き出されていたからだ。
それぞれの足場の動き、その速度と軌道。
そして、次にどの方向へ重力が変化するのか、その数秒先の未来まで。
全てが、僕には見えていた。
「……行くぞ」
僕は、二人に合図を送った。「訓練の成果を、見せてやれ」
僕の言葉を皮切りに、僕たちの、常識を超えた三次元機動が始まった。
「リリアナ、まずはお前が先陣を切れ! 右斜め上、十五メートル先の、回転する足場へ! 跳躍と同時に、重力が下向きに強くなる! それを利用して、弧を描くように跳べ!」
「ええ!」
リリアナは、僕の指示に寸分の狂いもなく応じた。彼女は、目隠しをしているかのように、僕の言葉だけを頼りに、虚空へと身を躍らせる。
彼女の体が宙を舞うのと、重力のベクトルが変化するのが、全く同時だった。彼女の体は、まるで引力に導かれるように、美しい放物線を描き、回転する足場に、猫のように軽やかに着地した。
「バルガス、次はお前だ! リリアナが着地した足場の真下、そこを通過する、巨大な岩盤がある! それに飛び乗れ! 着地の衝撃は、【城塞化】で壁を作って相殺しろ!」
「おうよ!」
バルガスは、躊躇なく虚空へと飛び降りた。彼の巨体が落下していく先に、タイミングを合わせたかのように、巨大な岩盤が滑り込んでくる。彼は、その岩盤に着地する瞬間、足元に小さな黄金の盾を出現させ、衝撃を完璧に吸収した。
僕もまた、二人が作り出したルートを辿り、彼らの元へと合流する。
僕たちは、互いに連携し、言葉と、視線と、そしてもはやテレパシーに近いほどの、同期した意識で、この重力迷宮を進んでいった。
リリアナが、壁のように迫る重力場を【縮地】ですり抜け、道を作る。
バルガスが、予測不能な岩の飛来を【城塞化】で防ぎ、僕たちの盾となる。
そして僕が、その全ての動きを『未来予測』し、最適解を導き出す。
僕たちの動きは、もはや人間のそれではない。
それは、重力という名の弦の上を舞う、三人の演奏家のようだった。
あるいは、混沌という名の盤面で、完璧な連携を見せる、三つの駒。
観覧席の者たちは、その光景を、ただ口を開けて見つめることしかできなかった。
「……信じられん。彼らは、まるで、飛んでいるかのようだ」
「いや、違う。彼らは、この空間の法則を、完全に『理解』しているのだ」
ダグラスが、震える声で言った。「あのユキナナという男……。彼は、この塔の設計者よりも、この塔のことを、深く知っているのかもしれん……」
アレクサンダーは、無言だった。
彼の顔には、もはや嫉妬も、憎悪もなかった。
そこにあるのは、人知を超えたものを目の当たりにした時の、純粋な『畏怖』と、そして、自分の矮小さを思い知らされたことによる、完全な『絶望』だった。
彼はようやく、理解したのだ。
自分と、ユキナガとの間にある、決して埋めることのできない、絶対的な差を。
それは、力の差ではない。
世界を、どう『認識』しているか、という、次元そのものの違いだった。
僕たちは、混沌の重力地帯を、一度のミスもなく、完璧に突破した。
第十二階層、第十三階層、第十四階層。
その後の階層も、僕たちの前では、何の意味もなさなかった。
全てが凍りついた極寒地獄では、バルガスが城塞で熱を生み出し、僕たちだけの聖域(サンクチュアリ)を作り出した。
音の一切が存在しない、無音の迷宮では、僕たちはアイコンタクトと、同期した意識だけで、完璧な連携を見せた。
僕たちの進撃は、もう誰にも止められない。
そして、ついに。
僕たちは、昇格試験の目標地点である、第十五階層への扉の前に、たどり着いた。
扉を開けると、そこには、ただ静かな、白い大理石でできた広間があるだけだった。
『――第十五階層、到達。試練の達成を、祝福します――』
天からの声のような、荘厳なアナウンスが、僕たちの脳内に響き渡った。
僕たちは、やったのだ。
前人未到の領域に、足を踏み入れ、そして、Aランクへの切符を、その手で掴み取った。
僕たちは、互いの顔を見合わせ、そして、静かに、しかし力強く、拳を突き合わせた。
僕たち『フロンティア』の、新たな伝説が、今、この天へと至る塔に、確かに刻まれた瞬間だった。
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ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。
彼の名はレッド=カーマイン。
最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。
※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。
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