ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第56話 伝説の証明

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『――第十五階層、到達。試練の達成を、祝福します――』
天からの声のような荘厳なアナウンスが消えた後、白い大理石の広間には、再び静寂が戻った。僕たち三人は、しばらくの間、言葉もなく立ち尽くしていた。
前人未到。
その言葉の重みを、僕たちは今、確かに実感していた。
「……やったんだな、俺たち」
静寂を破ったのは、バルガスの掠れた声だった。彼の顔には、疲労と、そしてそれを遥かに上回る達成感が刻まれている。
「ええ。やったわ、私たち」
リリアナも、レイピアを鞘に収めながら、静かに微笑んだ。その碧眼は、これまでにないほど澄み切って見えた。
僕も、深く息を吐き出した。体中の緊張が、心地よい弛緩へと変わっていく。
僕たちは、勝ったのだ。塔の試練に、そして、僕たちの力を疑っていた過去の全てに。
「よし、帰ろう」
僕は、二人の仲間を見回した。「地上で、俺たちの帰りを待っている人たちがいる」
僕の言葉に、二人は力強く頷いた。
僕たちは、第十五階層の広間に背を向け、地上へと続く螺旋階段を下り始めた。登ってきた時とは違い、その足取りは驚くほど軽かった。
一階層、また一階層と下りていく。かつて僕たちを苦しめたギミックは、主を失ったかのように、完全に沈黙していた。物量で僕たちを阻んだオークやゴブリンの姿はなく、アンデッドが彷徨っていた墓地も、ただの静かな廃墟へと変わっていた。
塔は、僕たちがその試練を乗り越えたことを認め、その牙を収めたかのようだった。

やがて、僕たちは第一階層へと戻り、巨大な石の扉の前に立った。
この扉の向こう側には、僕たちの挑戦を見守っていた、多くの人々がいる。僕たちが、この塔に入る前とは、全く違う存在になって帰ってきたことを、彼らはどう受け止めるだろうか。
僕は、二人の顔を見た。バルガスも、リリアナも、覚悟を決めた顔で頷き返す。
僕は、ゆっくりと扉に手をかけた。
ゴゴゴゴゴ……。
重い、地響きのような音を立てて、塔の入り口が開かれていく。
差し込む眩しい光に、僕たちは思わず目を細めた。
そして、光に目が慣れた時、僕たちの目に飛び込んできたのは、信じがたいほどの静寂に包まれた、観衆の姿だった。
誰一人として、声を発していない。
歓声も、野次もない。
ただ、そこにいる全ての人間が、まるで伝説の生き物でも見るかのように、驚愕と、畏怖と、そして信じられないという感情が入り混じった目で、僕たち三人を凝視していた。
僕たちの体には、傷一つない。装備も、ほとんど損傷していない。ポーションをがぶ飲みして、満身創痍で生還してくる。彼らが想像していたであろう光景とは、あまりにもかけ離れていたのだ。
僕たちは、まるで近所の森へ散歩にでも行ってきたかのような、涼しい顔で、前人未到の領域から帰還した。
その、あまりにも異次元な光景が、彼らの思考を完全に停止させていた。

その、張り詰めた静寂を破ったのは、ギルドマスター、ダグラスの、雷鳴のような声だった。
「……試練達成! 帰還を確認! Bランクパーティ『フロンティア』、Aランク昇格試験、合格である!」
彼の高らかな宣言が、魔法の呪文のように、人々の凍りついた時を動かした。
次の瞬間。
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
大地が揺れるほどの、爆発的な大歓声が、僕たちを包み込んだ。
「やった! 本当にやりやがった!」
「十五階層到達! 歴史的瞬間だ!」
「傷一つねえじゃねえか! あいつら、化け物か!」
冒険者たちが、興奮のあまり、自分の武器を天に突き上げ、叫んでいる。市民たちは、涙を流して僕たちの名を呼び、称賛の言葉を投げかけてくる。
ランズデール侯爵は、満足げに深く頷き、その隣でアルフレッド様が、自分のことのように拳を握りしめて喜んでいた。
僕たちは、英雄になったのだ。
この日、この瞬間、僕たち『フロンティア』の名は、もはやただの実力派パーティなどという枠を超え、揺るぎない『伝説』となった。

僕は、その熱狂の中心で、静かにある一点を見つめていた。
観衆の輪から少し離れた場所。
そこに、勇者パーティ『サンクチュアリ』の四人が、立ち尽くしていた。
彼らは、歓声の輪に加わることもなく、ただ呆然と、僕たちの姿を見つめている。
戦士ヴォルフは、自分の無力さを噛みしめるように、悔しそうに唇を噛んでいた。
聖女セシリアは、両手で口を覆い、その瞳から大粒の涙をこぼしていた。それは、悲しみの涙ではない。かつての仲間が、自分の手の届かない、遥か高みへと登り詰めてしまったことへの、寂しさと、そしてほんの少しの安堵が入り混じった、複雑な涙だった。
賢者グレンは、その眼鏡の奥の瞳で、僕を分析するように、値踏みするように、じっと見つめている。その表情からは、感情が読み取れない。だが、その静けさこそが、彼の内面で渦巻く、激しい嫉風と、歪んだ探究心の表れだった。
そして、勇者アレクサンダー。
彼は、全ての表情を失っていた。
顔面は蒼白で、その瞳は、何も映していないかのように虚ろだった。
嫉妬も、憎悪も、怒りさえも、もはや彼の顔には浮かんでいない。
そこにあったのは、あまりにも絶対的な、抗うことすら許されない現実を前にした時の、完全な『無』だった。
彼は、負けたのだ。
戦う前から、いや、僕を追放したあの瞬間から、彼の敗北は、決定していた。
その事実を、彼は今、骨の髄まで理解させられた。
彼と僕の視線が、一瞬だけ交差した。
だが、彼はすぐにその視線を逸らし、まるで亡霊のように、音もなくその場から立ち去っていった。誰に声をかけるでもなく、ただ一人、英雄たちの凱旋を祝う喧騒に、背を向けて。
それを見て、僕は静かに確信した。
僕の、彼らに対する復讐は、今、この瞬間、完全に終わったのだと。
僕が彼らを打ち負かしたのではない。彼らが、自らの過ちによって、自滅したのだ。
もう、彼らを気にかける必要はない。

「ユキナガ!」
「リーダー!」
バルガスとリリアナが、興奮した様子で僕の肩を叩いた。
「やったな! 俺たち、Aランクだ!」
「ええ! あなたがいれば、できるって信じてたわ!」
二人は、子供のように、満面の笑みを浮かべていた。
僕は、そんな最高の仲間たちに向かって、静かに微笑み返した。
過去は、終わった。
そして、ここから、僕たちの本当の物語が始まる。
Aランクパーティ、『フロンティア』。
その名は、この日を境に、王国の歴史に、そして、いずれは世界の歴史に、深く刻まれていくことになるだろう。
僕たちは、鳴り止まない歓声の中、英雄として、王都への凱旋路を、誇らしく歩み始めた。
僕たちの視線の先には、もはや過去の残滓はなく、天へと至る塔の、さらにその先にある、まだ見ぬ未来だけが、輝いて見えていた。

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