ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第61話 デバッグと世界のソースコード

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混沌の中心で、黒い霧が不定形の怪物へと姿を変える。それは、この世界の理から外れた『バグ』そのものが、僕たちという異物を排除するために具現化した、純粋なエラーメッセージだった。
『……システムエラー……イレギュラーな存在を検知……排除シマス……』
その無機質な声と共に、怪物が僕たちに向かって、黒い触手を伸ばしてきた。
「うおっ! 来やがった!」
バルガスがウォーハンマーを構え、その触手を叩き潰そうとする。だが、彼の渾身の一撃は、まるで幻を殴ったかのように、何の手応えもなく黒い霧をすり抜けた。
「なっ!? 物理攻撃が効かねえ!」
「私の剣も……!」
リリアナの聖銀を帯びたレイピアもまた、その不定形の体を捉えることができない。
怪物の攻撃は、単純な物理法則を無視していた。それは、僕たちの足元の空間を、まるでコンピュータグラフィックスの画像が壊れたかのように、四角いノイズ(ピクセル)へと変質させ始めたのだ。足場が、次々と消失していく。
「くそっ! これじゃ、近づくことすらできねえ!」
バルガスが、足場を失わないように必死に跳躍しながら叫んだ。
絶望的な状況。だが、僕の心は、不思議なほど冷静だった。
僕の脳内マップには、目の前の怪物の『構造情報』が、これまでとは全く違う形で表示されていた。それは、三次元のワイヤーフレームではない。無数の文字と記号で構成された、膨大なプログラムのソースコードそのものだった。
そして、僕にはそのコードの中に、いくつかの致命的な『記述ミス』があるのが、はっきりと見えていた。
「バルガス、リリアナ。落ち着け。こいつは、生き物じゃない。ただの壊れたプログラムだ」
僕は、二人に向かって静かに言った。「そして、壊れたプログラムには、必ず強制終了させるためのコマンドがある」
僕は、ソースコードの海の中から、一つの脆弱性を見つけ出していた。
「リリアナ! お前の正面、二十メートル先! 何もない空間に見えるはずだ! だが、そこに、この空間を維持している描画エンジンの『レイヤー情報』が、バグで剥き出しになっている! そこを、お前の最速の一撃で貫け!」
「レイヤー……? よく分からないけど、分かったわ!」
リリアナは、僕の言葉を疑うことなく、何もないはずの虚空に向かって【縮地】を発動した。
彼女のレイピアの切っ先が、僕が指示した座標に寸分の狂いもなく突き立てられる。
その瞬間。
パリン! と、まるで巨大なガラスが砕け散るような音が、混沌とした空間全体に響き渡った。
僕たちの目の前に広がっていた悪夢のような光景が、一瞬で紙芝居のように剥がれ落ち、その向こう側に、元の『王家の谷』の石造りの壁が現れた。
怪物が作り出していた、固有結界のようなものが破壊されたのだ。
『……描画エラー……強制リブート……』
怪物の動きが、一瞬だけ停止した。そして、その不定形だった体に、初めて明確な『核』のようなものが、青白い光となって浮かび上がる。
「バルガス、今だ!」
僕は叫んだ。「ヤツの胸の中心、光っている部分が、存在を維持するための『実行ファイル』だ! それを、お前の全力で叩き潰せ!」
「実行ファイルだと!? よく分かんねえが、要はアレをぶっ壊せばいいんだな! 任せとけえええええ!」
バルガスは、床を蹴って弾丸のように突進した。彼の新しいウォーハンマーが、ドワーフの魂を込めて、青白い光の核へと振り下ろされる。
『……致命的なエラー……シャットダウンプロセスを開始……』
怪物は、断末魔の叫びすら上げることなく、その巨体を維持できなくなった。バルガスの一撃が命中するよりも早く、その体は無数の光の粒子となり、静かに、そしてあっけなく消滅した。
後に残されたのは、静まり返った最深部の空間と、再び黒い霧を微かに漏らし始めた、巨大な石版だけだった。
「……終わった、のか?」
バルガスが、振り上げた槌を呆然と下ろした。
「ええ。あなたが殴る前に、自分で消えちゃったみたいね」
リリアナも、不思議そうな顔をしている。
「俺が、強制終了させたんだ」
僕は、静かに告げた。「こいつは、戦って倒す敵じゃなかった。理屈を理解し、そのバグを突くことで、無力化できる相手だったんだ」
僕の言葉に、二人は顔を見合わせた。そして、改めて僕の存在そのものへの、畏敬の念を深めているようだった。
僕の【地図化】スキルは、もはやただのナビゲーションツールではない。世界の『理』そのものを読み解き、それに干渉することすら可能な、規格外の能力へと、進化を遂げつつあった。
僕は、再び石版に近づいた。黒い霧の漏出は、番人が消滅したことで、以前よりは勢いが弱まっている。
「……今は、これが限界か」
僕は、石版に手を触れ、古代アルケイア文明の技術を参考に、応急的な封印術式を施した。これで、魔力の漏出を完全に止めることはできないが、しばらくの間、進行を遅らせることはできるだろう。
根本的な解決のためには、この『厄災』、そしてこの世界のシステムそのものを、もっと深く知る必要がある。
僕たちの旅は、まだ始まったばかりなのだ。

王城への帰還は、静かなものだった。
僕たちは、玉座の間で、再び国王アルトリウスと対峙していた。
「……して、調査の結果は、どうであったか」
彼の問いに、僕はあらかじめ用意しておいた報告を、淡々と述べた。
「魔力の源泉は、谷の最深部に封印されていた、古代の遺物でした。我々がその遺物の番人を倒したことで、魔力の漏出は一時的に鎮静化しましたが、根本的な解決には至っておりません。封印を完全に修復するには、さらなる古代文明の知識が必要かと思われます」
僕は、石版に書かれていた、この世界の衝撃的な真実については、一切触れなかった。ダンジョンが世界のバグを隔離するシステムであること、勇者がアンチウイルス・プログラムであること。そんなことを話しても、無用な混乱を招くだけだ。
真実は、それを受け入れる準備ができた者にのみ、与えられるべきだ。
国王は、僕の報告を、全てを見通すような目で静かに聞いていた。
「……そうか。番人を倒し、一時的にではあるが、災厄を鎮めたか。見事だ、フロンティア。お前たちの功績は、王家として、決して忘れぬ」
彼は、僕が何かを隠していることに、気づいているようだった。だが、それを追及することはなかった。
「今後、お前たちの活動を、王家として全面的に後援することを、改めて約束しよう。必要なものがあれば、何でも余に申すがいい。お前たちは、もはやただの冒険者ではない。この国の、未来を左右する、重要な『鍵』なのだからな」
その言葉は、僕たちへの、最大限の信頼の証だった。
僕たちは、王家という、この国で最も強力な後ろ盾を手に入れたのだ。

王城を後にし、自分たちの家へと戻った僕たちの間には、心地よい疲労感と、そして新たな謎への探求心が渦巻いていた。
その夜、僕たちはリビングの暖炉の火を囲み、今回の冒険を振り返っていた。
「しかし、驚いたぜ。勇者様が、ただのプログラムだったとはな。アレクサンダーの奴がこれを知ったら、どんな顔するだろうな」
バルガスが、楽しそうにエールを呷る。
「きっと、世界の全てを呪うでしょうね。彼にとって、勇者であることは、彼の全てだったでしょうから」
リリアナが、静かに言った。
僕は、書斎から持ち出した石版の写しを、テーブルの上に広げていた。
「厄災……世界のバグ……勇者……パッチ……」
僕は、そのキーワードを、何度も繰り返した。「まるで、誰かが作った、巨大なゲームだな。この世界は」
その独り言のような呟きに、二人は顔を見合わせた。
「ゲーム、ねえ。だとしたら、俺たちは何なんだ? そのゲームのプレイヤーか、それともただのNPCか」
「私たちは、ユキナガというイレギュラーなバグと一緒にいる、ただのキャラクターかもしれないわね」
リリアナが、悪戯っぽく笑う。
その言葉に、僕はふっと笑みを漏らした。
「だとしても、構わないさ。どんなにくだらないゲームでも、最高の仲間と一緒に冒険できるなら、それは最高のクソゲーだ」
僕の言葉に、三人の間に、温かい笑い声が響き渡った。
世界の真実は、あまりにも重く、そして絶望的だったかもしれない。
だが、僕たちには、その絶望を笑い飛ばせるだけの、強い絆があった。
僕たちの、本当の冒険。
この、世界のソースコードを解き明かすための、壮大なデバッグ作業が、今、静かに始まろうとしていた。
僕たちの次の目標は、どこか。
僕の脳裏には、すでに、いくつかの候補が浮かび上がっていた。
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