ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第65話 贖罪の巡礼

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『竜の巣』からの強制転移は、勇者パーティ『サンクチュアリ』を、王都から遥か南、広大な森林地帯の真っただ中へと放り出した。
そこから、彼らの長く苦しい旅が始まった。
目的は、ただ一つ。王都に戻り、ユキナガに助けを乞うこと。
だが、その道程は、これまでの彼らの冒険とは、全く様相が違っていた。
「ヴォルフ、水を。セシリアに」
アレクサンダーは、なけなしの水を、まず瀕死のセシリアのために使った。彼女は、ヴォルフの背中で、浅い呼吸を繰り返している。その命は、いつ消えてもおかしくない、風前の灯火だった。
「ですが、アレクサンダー様の分が……」
「俺のことはいい。彼女を、生かすことだけを考えろ」
かつての傲慢な勇者の姿は、そこにはなかった。彼は、セシリアを救うという、ただ一つの目的のために、己の全てを捧げる覚悟を決めていた。
食料が尽きれば、彼は自ら森に入り、泥にまみれながら食用の木の実や獣を探した。かつては、そんな雑用は全てユキナガに押し付けていた。その仕事が、どれほど困難で、そして重要であったかを、彼は今、骨身に染みて理解していた。
夜になれば、彼が率先して焚き火の番をした。眠ることもせず、衰弱していくセシリアの容態を、一晩中見守り続ける。
その姿を、グレンは冷ややかに、そしてヴォルフは複雑な思いで見つめていた。
アレクサンダーは、変わろうとしていた。だが、その変化は、あまりにも多くのものを失った後に訪れた、遅すぎた贖罪だった。
彼らは、地図も持たず、ただ北を目指して歩き続けた。道中、何度もモンスターに襲われたが、その度に、アレクサンダーが鬼神のごとき戦いぶりで、それらを退けた。
その剣技には、もはや栄光を求める輝きはない。ただ、仲間を守るためだけの、必死の、そして悲壮な覚悟が込められていた。
彼は、ユキナガが担っていた役割の、全てを自分でこなそうとしていた。斥候として周囲を警戒し、荷物持ちとして最も重い荷物を背負い、リーダーとして、過酷な決断を下す。
その全てが、彼にとって初めての経験だった。
そして、その一つ一つを経験するたびに、彼は、自分がユキナガから、どれほど多くのものを、当たり前のように奪い、そして踏みにじってきたかを、痛感させられた。
「……すまなかった」
ある夜、焚き火の前で、彼は誰に言うでもなく、そう呟いた。
その謝罪が、ユキナガに向けられたものなのか、あるいは、パーティの仲間たちに向けられたものなのか。それは、誰にも分からなかった。

数週間に及ぶ、過酷な旅の末。
彼らは、ようやく、王都の南門にたどり着いた。
その姿は、もはや勇者パーティの威厳など微塵もない、ただの落ちぶれた難民のようだった。鎧は砕け、衣服は擦り切れ、その顔には、深い疲労と絶望の色が刻まれている。
門番は、最初、彼らが誰なのか気づかなかった。だが、アレクサンダーが、力なく腰の聖剣を見せると、その顔色を変えた。
「ゆ、勇者様!? いったい、何が……!?」
その報せは、瞬く間に王都中を駆け巡った。
『勇者パーティ、Sランクダンジョンで壊滅! 聖女セシリア、瀕死の重傷!』
それは、これまで『フロンティア』の快進撃に沸いていた王都に、冷や水を浴びせるような、衝撃的なニュースだった。
彼らは、ギルドには向かわなかった。今の彼らに、他の冒険者たちの好奇と憐れみの視線に耐えられるだけの、精神的な余裕はなかった。
彼らが向かった先は、一つだけだった。
王都の外れにある、石とレンガでできた、静かな一軒家。
『フロンティア』の拠点。そして、ユキナガがいる場所。

その日の午後、僕たちの家には、穏やかな時間が流れていた。
バルガスが地下工房で打ち上げた、リリアナのための新しいミスリルの軽鎧が、ついに完成したのだ。
「どうだ、リリアナの嬢ちゃん! 軽くて、硬くて、おまけに美しい! 俺の最高傑作だぜ!」
バルガスが、自慢げに胸を張る。
「……すごい。本当に、羽のように軽いわ。ありがとう、バルガス」
リリアナは、その銀色に輝く鎧を身につけ、鏡の前で嬉しそうにくるりと回っていた。
僕も、その光景を、書斎の窓から微笑ましく眺めていた。
その時だった。
コン、コン、と、家の扉をノックする音がした。だが、それは以前のアレクサンダーのような、傲慢なノックではない。どこか、躊躇いがちに、そしてすがるような、弱々しい音だった。
「誰かしら?」
リリアナが、不思議そうな顔で扉を開ける。
そして、彼女は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、ボロボロの姿のアレクサンダーだった。彼の後ろには、衰弱しきったセシリアを背負うヴォルフと、無表情のグレンが控えている。
「……何の用?」
リリアナの声は、氷のように冷たかった。彼女は、扉を半分だけ開け、彼らを家に入れることを、明確に拒絶していた。
「頼む……」
アレクサンダーの口から、か細い、そして絞り出すような声が漏れた。「ユキナガに……会わせてくれ。頼む……!」
その声は、もはや勇者のものではなかった。全てを失い、最後の望みを求めてやってきた、ただの哀れな男の声だった。
その、ただ事ではない様子に、僕とバルガスも、リビングへと下りていった。
僕の姿を認めると、アレクサンダーは、ゆっくりと、その場に膝をついた。
そして、彼は、泥にまみれた額を、僕たちの家の前の、冷たい石畳に、何度も、何度も、こすりつけた。
土下座。
いや、それ以上に、惨めで、そして必死な、贖罪の姿だった。
「頼む、ユキ"ナガ……!」
彼は、顔も上げずに、嗚咽混じりの声で叫んだ。「俺のことは、どうなってもいい! 殺してくれても、構わない! だから、頼む……! セシリアを、助けてくれ……!」
その声は、僕たちが知る、傲慢な勇者アレクサンダーのものとは、全くの別人のものだった。
プライドも、地位も、栄光も、全てを捨て去った、ただ一人の男の、魂からの叫びだった。
リリアナとバルガスは、そのあまりの変わり果てた姿に、言葉を失っていた。
僕も、静かに、目の前の光景を見つめていた。
僕の復讐は、終わったはずだった。
だが、神は、僕に、最後の選択を、突きつけているようだった。
かつて自分を追放し、侮辱した男。その男が、今、自分の足元で、泥にまみれて、命乞いをしている。
この手を、取るのか。
それとも、振り払うのか。
僕の決断が、彼らの、そして僕たち自身の運命を、大きく左右することになるだろう。
僕は、静かに、息を吸い込んだ。
そして、僕の口から、僕自身も予想していなかった言葉が、紡ぎ出された。
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