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第66話 復讐の終わり、救済の始まり
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アレクサンダーの、魂からの叫びが、僕たちの家の前の静寂を震わせた。
リリアナは、そのあまりの変わり果てた姿に、戸惑いを隠せないでいた。彼女の中のアレクサンダーは、傲慢で、自分勝手で、そして何よりも強い男だったはずだ。その男が、今、泥にまみれて泣き崩れている。
バルガスは、複雑な表情で腕を組んでいた。彼の心の中では、かつて自分たちを蔑んだ者への怒りと、目の前の惨めな男への、わずかな同情がせめぎ合っているようだった。
僕は、そんな二人を、そして、石畳に額をこすりつけ続けるアレクサンダーを、静かに見下ろしていた。
僕の心は、驚くほど凪いでいた。
復讐心は、もうどこにもなかった。彼のこの姿を見ても、胸がすくような思いは、ひとかけらも湧いてこなかった。
ただ、そこには、自分の過ちの代償を、必死で支払おうとしている、一人の弱い人間の姿があるだけだった。
そして、その後ろで、ヴォルフの背中にぐったりと身を預ける、セシリアの姿。彼女の命の灯火は、今にも消えそうだ。
彼女に、罪はない。
彼女は、最後まで、僕のことを庇ってくれた。最後まで、パーティの良心であろうとし続けた。その彼女が、アレクサンダーの愚かな判断の、最大の犠牲者となっている。
その事実が、僕の心を決めた。
「……顔を上げろ、アレクサンダー」
僕の、静かな声が響いた。
アレクサンダーは、びくりと肩を震わせたが、顔を上げようとはしない。
「頼む……! どんなことでもする……! だから……!」
「顔を上げろと言っている」
僕は、少しだけ声に力を込めた。その声には、有無を言わせぬ響きがあった。
アレクサンダーは、おそるおそる、泥と涙で汚れた顔を上げた。その瞳は、絶望と、そしてほんの僅かな、すがるような光を宿して、僕を見つめていた。
僕は、彼の目を見据えながら、静かに告げた。
「……協力しよう。エリクサーを手に入れるのを、手伝ってやる」
僕の言葉に、アレクサンダーだけでなく、リリアナとバルガスも、驚愕の表情を浮かべた。
「ユキナガ!?」
「リーダー! 本気で言ってるのか!?」
二人が、同時に叫んだ。
「こいつらは、俺たちを裏切った連中だぜ! 助けてやる義理なんて、どこにもねえ!」
バルガスが、怒りを露わにする。
「そうよ! 彼が、あなたをどんな目に遭わせたか、忘れたの!? それに、私たちにした仕utiuchiも……!」
リリアナも、納得できないといった様子で、僕に詰め寄った。
二人の言うことは、もっともだ。アレクサンダーは、許されるべきではない過ちを犯した。
だが。
「これは、こいつのためじゃない」
僕は、二人に向き直り、静かに言った。「セシリアのためだ。彼女は、救われるべき人間だ。彼女の命には、こいつの犯した罪など、比較にならんほどの価値がある」
そして、僕は再びアレクサンダーに視線を戻した。
「勘違いするなよ、アレクサンダー。俺は、お前を許したわけじゃない。これは、取引だ」
「……取引?」
「そうだ。俺がお前たちに協力する代わりに、お前は、いくつかの条件を飲んでもらう」
僕は、彼に、逃れようのない『対価』を突きつけた。
「一つ。今回の『天へと至る塔』攻略で得られた、全てのアイテム、金銭、そして情報は、我々『フロンティア』が総取りする。お前たちには、エリクサー以外、指一本触れさせない」
それは、攻略の成果を全て奪うという、冒険者にとっては屈辱的な条件だった。
「二つ。攻略中は、お前たちのパーティは、完全に俺の指揮下に入る。俺の命令は、絶対だ。たとえ、どんなに屈辱的な命令であろうと、それに従ってもらう」
それは、勇者としての彼のプライドを、完全に踏みにじる条件だった。
そして。
「三つ目。これが、最も重要な条件だ」
僕は、一呼吸置いて、最後の、そして最も重い条件を告げた。
「エリクサーを手に入れ、セシリアを救った後。お前は、国王に、自らの『勇者の称号』を返上しろ。そして、二度と、勇者を名乗るな」
「「なっ……!?」」
その条件に、ヴォルフとグレンですら、息を呑んだ。勇者の称号は、アレクサンダーの存在そのものだ。それを捨てろというのは、彼に死ねと言うのに等しい。
アレクサンダーは、しばらくの間、何も言えずに、ただ僕の顔を見つめていた。その瞳の中で、葛藤、屈辱、そして絶望が、激しく渦巻いている。
だが、彼の視線が、再びヴォルフの背中にいるセシリアへと向けられた時。
その瞳から、全ての迷いが消えた。
彼は、ゆっくりと、しかしはっきりと、頷いた。
「……分かった。その条件、全て飲もう」
彼の声には、もう何の力も残っていなかった。ただ、仲間を救うためだけに、己の全てを差し出すという、悲壮な覚悟だけが、そこにあった。
「……いいだろう。取引、成立だ」
僕は、彼に手を差し伸べた。「立て。そして、中に入れ。まずは、彼女の容態を見せろ。これ以上、時間を無駄にはできない」
僕の言葉に、アレクサンダーは、震える手で、僕の手を取った。
その瞬間、僕の中で、アレクサンダーに対する、全ての感情が、静かに消えていくのを感じた。
憎しみも、怒りも、軽蔑も。
僕の復讐は、彼を破滅させることではなかった。
彼の過ちを、彼自身の選択によって、『救済』させること。
それこそが、僕がたどり着いた、本当の結末だったのかもしれない。
僕たちは、かつての宿敵を、僕たちの城へと招き入れた。
リビングのソファに、セシリアがそっと横たえられる。リリアナは、嫌な顔一つせず、濡れたタオルで彼女の額を拭い、バルガスは、薬草を煎じて、気休めにしかならないかもしれないが、と彼女の口元へと運んでいた。
僕の仲間たちは、僕の決断を、最終的には受け入れてくれた。彼らは、僕がただの情けで動いたのではないことを、理解してくれたのだ。
アレクサンダーとヴォルフ、そしてグレンは、そんな僕たちの様子を、ただ黙って、壁際で見ていた。
この、奇妙で、歪な、一時的な共闘関係。
それは、一つの命を救うという、ただ一点の目的のためだけに、結ばれた。
僕たちの、新たな、そして最後の『天へと至る塔』への挑戦が、今、静かに始まろうとしていた。
それは、世界の理でも、ダンジョンの謎でもない。
ただ、人の心と、罪と、そして赦しを巡る、これまでで最も困難な、冒険の始まりだった。
リリアナは、そのあまりの変わり果てた姿に、戸惑いを隠せないでいた。彼女の中のアレクサンダーは、傲慢で、自分勝手で、そして何よりも強い男だったはずだ。その男が、今、泥にまみれて泣き崩れている。
バルガスは、複雑な表情で腕を組んでいた。彼の心の中では、かつて自分たちを蔑んだ者への怒りと、目の前の惨めな男への、わずかな同情がせめぎ合っているようだった。
僕は、そんな二人を、そして、石畳に額をこすりつけ続けるアレクサンダーを、静かに見下ろしていた。
僕の心は、驚くほど凪いでいた。
復讐心は、もうどこにもなかった。彼のこの姿を見ても、胸がすくような思いは、ひとかけらも湧いてこなかった。
ただ、そこには、自分の過ちの代償を、必死で支払おうとしている、一人の弱い人間の姿があるだけだった。
そして、その後ろで、ヴォルフの背中にぐったりと身を預ける、セシリアの姿。彼女の命の灯火は、今にも消えそうだ。
彼女に、罪はない。
彼女は、最後まで、僕のことを庇ってくれた。最後まで、パーティの良心であろうとし続けた。その彼女が、アレクサンダーの愚かな判断の、最大の犠牲者となっている。
その事実が、僕の心を決めた。
「……顔を上げろ、アレクサンダー」
僕の、静かな声が響いた。
アレクサンダーは、びくりと肩を震わせたが、顔を上げようとはしない。
「頼む……! どんなことでもする……! だから……!」
「顔を上げろと言っている」
僕は、少しだけ声に力を込めた。その声には、有無を言わせぬ響きがあった。
アレクサンダーは、おそるおそる、泥と涙で汚れた顔を上げた。その瞳は、絶望と、そしてほんの僅かな、すがるような光を宿して、僕を見つめていた。
僕は、彼の目を見据えながら、静かに告げた。
「……協力しよう。エリクサーを手に入れるのを、手伝ってやる」
僕の言葉に、アレクサンダーだけでなく、リリアナとバルガスも、驚愕の表情を浮かべた。
「ユキナガ!?」
「リーダー! 本気で言ってるのか!?」
二人が、同時に叫んだ。
「こいつらは、俺たちを裏切った連中だぜ! 助けてやる義理なんて、どこにもねえ!」
バルガスが、怒りを露わにする。
「そうよ! 彼が、あなたをどんな目に遭わせたか、忘れたの!? それに、私たちにした仕utiuchiも……!」
リリアナも、納得できないといった様子で、僕に詰め寄った。
二人の言うことは、もっともだ。アレクサンダーは、許されるべきではない過ちを犯した。
だが。
「これは、こいつのためじゃない」
僕は、二人に向き直り、静かに言った。「セシリアのためだ。彼女は、救われるべき人間だ。彼女の命には、こいつの犯した罪など、比較にならんほどの価値がある」
そして、僕は再びアレクサンダーに視線を戻した。
「勘違いするなよ、アレクサンダー。俺は、お前を許したわけじゃない。これは、取引だ」
「……取引?」
「そうだ。俺がお前たちに協力する代わりに、お前は、いくつかの条件を飲んでもらう」
僕は、彼に、逃れようのない『対価』を突きつけた。
「一つ。今回の『天へと至る塔』攻略で得られた、全てのアイテム、金銭、そして情報は、我々『フロンティア』が総取りする。お前たちには、エリクサー以外、指一本触れさせない」
それは、攻略の成果を全て奪うという、冒険者にとっては屈辱的な条件だった。
「二つ。攻略中は、お前たちのパーティは、完全に俺の指揮下に入る。俺の命令は、絶対だ。たとえ、どんなに屈辱的な命令であろうと、それに従ってもらう」
それは、勇者としての彼のプライドを、完全に踏みにじる条件だった。
そして。
「三つ目。これが、最も重要な条件だ」
僕は、一呼吸置いて、最後の、そして最も重い条件を告げた。
「エリクサーを手に入れ、セシリアを救った後。お前は、国王に、自らの『勇者の称号』を返上しろ。そして、二度と、勇者を名乗るな」
「「なっ……!?」」
その条件に、ヴォルフとグレンですら、息を呑んだ。勇者の称号は、アレクサンダーの存在そのものだ。それを捨てろというのは、彼に死ねと言うのに等しい。
アレクサンダーは、しばらくの間、何も言えずに、ただ僕の顔を見つめていた。その瞳の中で、葛藤、屈辱、そして絶望が、激しく渦巻いている。
だが、彼の視線が、再びヴォルフの背中にいるセシリアへと向けられた時。
その瞳から、全ての迷いが消えた。
彼は、ゆっくりと、しかしはっきりと、頷いた。
「……分かった。その条件、全て飲もう」
彼の声には、もう何の力も残っていなかった。ただ、仲間を救うためだけに、己の全てを差し出すという、悲壮な覚悟だけが、そこにあった。
「……いいだろう。取引、成立だ」
僕は、彼に手を差し伸べた。「立て。そして、中に入れ。まずは、彼女の容態を見せろ。これ以上、時間を無駄にはできない」
僕の言葉に、アレクサンダーは、震える手で、僕の手を取った。
その瞬間、僕の中で、アレクサンダーに対する、全ての感情が、静かに消えていくのを感じた。
憎しみも、怒りも、軽蔑も。
僕の復讐は、彼を破滅させることではなかった。
彼の過ちを、彼自身の選択によって、『救済』させること。
それこそが、僕がたどり着いた、本当の結末だったのかもしれない。
僕たちは、かつての宿敵を、僕たちの城へと招き入れた。
リビングのソファに、セシリアがそっと横たえられる。リリアナは、嫌な顔一つせず、濡れたタオルで彼女の額を拭い、バルガスは、薬草を煎じて、気休めにしかならないかもしれないが、と彼女の口元へと運んでいた。
僕の仲間たちは、僕の決断を、最終的には受け入れてくれた。彼らは、僕がただの情けで動いたのではないことを、理解してくれたのだ。
アレクサンダーとヴォルフ、そしてグレンは、そんな僕たちの様子を、ただ黙って、壁際で見ていた。
この、奇妙で、歪な、一時的な共闘関係。
それは、一つの命を救うという、ただ一点の目的のためだけに、結ばれた。
僕たちの、新たな、そして最後の『天へと至る塔』への挑戦が、今、静かに始まろうとしていた。
それは、世界の理でも、ダンジョンの謎でもない。
ただ、人の心と、罪と、そして赦しを巡る、これまでで最も困難な、冒険の始まりだった。
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