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第67話 束の間の休息と歪な共闘
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セシリアの容態は、予断を許さなかった。
リリアナが調合した、最高級の薬草を使った回復薬も、バルガスがドワーフの秘術で打った生命力を活性化させる護符も、彼女の魂の摩耗を、わずかに遅らせることしかできない。
「……残された時間は、長くない」
セシリアの脈を取りながら、僕は静かに告げた。「長くても、一週間。それまでに、エリクサーを見つけなければ、手遅れになる」
その言葉に、リビングの空気はさらに重くなった。アレクサンダーは、壁に寄りかかったまま、顔を覆って俯いている。ヴォルフは、祈るように、セシリアの手を握りしめていた。
「準備を始めるぞ」
僕は、感傷に浸ることを許さなかった。「明日、早朝には出発する。休める時に、休んでおけ」
僕は、『サンクチュアリ』の三人に、客間として使っていた空き部屋を割り当てた。彼らは、敵だ。だが、今は、目的を共にする、一時的な『駒』でもある。彼らのコンディションを最低限維持することも、リーダーとしての僕の仕事だった。
その夜、僕たちの家は、奇妙な静寂に包まれていた。
リビングの暖炉の前で、僕とリリアナ、バルガスは、黙って火を見つめていた。
「……本当に、よかったのか、ユキナガ」
沈黙を破ったのは、バルガスだった。「あいつらを、助けるなんて。俺は、まだ納得できちゃいねえ」
彼の声には、抑えきれない怒りが滲んでいる。
「ええ。私も」リリアナも、静かに同意した。「彼らは、あなたにした仕打ちを、本当に反省しているのかしら。ただ、自分たちが困ったから、あなたに泣きついてきただけかもしれない」
二人の懸念は、もっともだった。僕の決断は、彼らにとって、裏切りとさえ映ったかもしれない。
「……分かっている」
僕は、ゆっくりと口を開いた。「俺も、あいつらを許したわけじゃない。だが、セシリアは別だ。それに……」
僕は、燃え盛る炎の向こう側に、あの日の自分の姿を見ていた。
追放され、全てを失い、絶望の淵にいた、あの日の自分を。
「俺は、あいつのあの姿を、見て見ぬふりをすることはできなかった。あれは、かつての俺と同じ、全てを失った者の顔だったからだ。もし、俺があの時、誰にも手を差し伸べられずにいたら……。今の俺は、ここにはいない」
僕の言葉に、二人はハッとしたように顔を上げた。
「俺は、復讐のために、あいつを破滅させる道を選ばなかった。ならば、俺は、俺が信じるやり方で、この物語を終わらせなければならない。それは、救うことだ。たとえ、それがどれだけ歪な形であってもな」
僕の覚悟を、二人は静かに受け止めてくれた。
「……へっ。リーダーがそう言うなら、仕方ねえな」
バルガスは、ぶっきらぼうに、しかしどこか納得したように言った。「だが、勘違いするなよ。俺が力を貸すのは、あんたと、セシリアの嬢ちゃんのためだけだ。あの勇者様の言うことなんざ、クソ食らえだからな」
「私も、同じよ」リリアナも、強く頷いた。「全ては、ユキナガ、あなたの采配の下に」
僕たちの絆は、この困難な決断を通じて、また一つ、その深さを増した。
一方、客間に通された『サンクチュアリ』の三人の間にも、重い空気が流れていた。
ヴォルフは、壁の一点を、ただ黙って見つめている。
グレンは、懐から取り出した書物を、無表情に読んでいた。
そして、アレクサンダーは、ベッドの縁に腰掛け、両手で頭を抱えていた。
「……すまない」
彼の、か細い声が、静寂を破った。「お前たちを、俺のせいで、こんな屈辱的な目に遭わせてしまった……」
その謝罪の言葉に、ヴォルフは何も答えなかった。だが、その握りしめられた拳が、わずかに緩んだ。
「……屈辱は、これからでしょう」
静寂を破ったのは、グレンだった。彼は、書物から顔を上げず、冷たい声で言った。「我々は、明日から、あの男の『駒』となる。彼の命令一つで、犬のように走り回ることになるのだ。それに、耐えられますかな? 勇者殿」
その言葉は、皮肉に満ちていた。
「……耐えてみせる」
アレクサンダーは、絞り出すように答えた。「セシリアを救うためなら、どんな屈辱にも、耐えてみせる」
彼の声には、もはや以前の傲慢さはない。ただ、悲壮な決意だけが、そこにあった。
グレンは、その答えを聞くと、ふっと、誰にも気づかれないように、口元に微かな笑みを浮かべた。
(面白い。実に、面白い展開になってきた)
彼の興味は、もはやセシリアの命にも、アレクサンダーの贖罪にもなかった。
ユキナガという、規格外の存在。その男が、かつて自分たちが見下していた『駒』を、どう使いこなし、この難局を乗り越えるのか。
その、究極の盤面を、最高の特等席で観察できる。
賢者としての、彼の歪んだ知的好-好奇心は、その一点だけで満たされていた。
彼は、この一時的な共闘が、ユキナガの秘密を暴くための、絶好の機会だと考えていた。
(見せてもらうぞ、ユキナガ。貴様のその、『神の眼』の、本当の力をな)
翌朝、夜が明ける前に、僕たちは出発の準備を整えた。
リビングには、七人の男女が、奇妙な緊張感の中で集まっている。
僕たち『フロンティア』の三人と、崩壊寸前の『サンクチュアリ』の三人、そして、彼らの腕に抱えられた、瀕死の聖女。
「……これより、我々は『天へと至る塔』へ向かう」
僕は、リーダーとして、全員に作戦の概要を告げた。「目的は、エリクサーの入手、ただ一つ。それ以外の、全ての戦利品は、我々『フロンティア』が回収する。異論はないな」
アレクサンダーは、黙って頷いた。
「塔の内部では、パーティを二つに分ける。俺とリリアナ、そしてヴォルフが先行部隊。バルガスとグレン、そしてアレクサンダーが、セシリアを護衛しながら後衛を務める」
その編成に、アレクサンダーが、わずかに反応した。
「……なぜ、俺が後衛なのだ。俺の聖剣が、最も強力な攻撃手段のはずだ」
それは、彼に残された、最後のプライドから来る問いだった。
「言ったはずだ。俺の命令は、絶対だと」
僕は、彼の目を、冷たく射抜いた。「お前の役目は、セシリアを守ることだ。それ以上でも、それ以下でもない。それができんのなら、今すぐここから立ち去れ」
僕の、有無を言わせぬ言葉に、アレクサンダーは唇を噛み、黙り込んだ。
こうして、歪で、危険な、七人の臨時パーティが結成された。
僕たちの、二度目となる『天へと至る塔』への挑戦。
だが、その目的は、もはやAランクへの昇格でも、世界の理の探求でもない。
それは、一つの儚い命を、絶望の淵から救い出すための、贖罪と、救済の巡礼だった。
僕たちは、夜明け前の、まだ暗い王都を、静かに出発した。
その先に、どんな困難が待ち受けていようとも、僕たちは、もう進むしかない。
それぞれの想いと、それぞれの罪を、その背中に背負いながら。
リリアナが調合した、最高級の薬草を使った回復薬も、バルガスがドワーフの秘術で打った生命力を活性化させる護符も、彼女の魂の摩耗を、わずかに遅らせることしかできない。
「……残された時間は、長くない」
セシリアの脈を取りながら、僕は静かに告げた。「長くても、一週間。それまでに、エリクサーを見つけなければ、手遅れになる」
その言葉に、リビングの空気はさらに重くなった。アレクサンダーは、壁に寄りかかったまま、顔を覆って俯いている。ヴォルフは、祈るように、セシリアの手を握りしめていた。
「準備を始めるぞ」
僕は、感傷に浸ることを許さなかった。「明日、早朝には出発する。休める時に、休んでおけ」
僕は、『サンクチュアリ』の三人に、客間として使っていた空き部屋を割り当てた。彼らは、敵だ。だが、今は、目的を共にする、一時的な『駒』でもある。彼らのコンディションを最低限維持することも、リーダーとしての僕の仕事だった。
その夜、僕たちの家は、奇妙な静寂に包まれていた。
リビングの暖炉の前で、僕とリリアナ、バルガスは、黙って火を見つめていた。
「……本当に、よかったのか、ユキナガ」
沈黙を破ったのは、バルガスだった。「あいつらを、助けるなんて。俺は、まだ納得できちゃいねえ」
彼の声には、抑えきれない怒りが滲んでいる。
「ええ。私も」リリアナも、静かに同意した。「彼らは、あなたにした仕打ちを、本当に反省しているのかしら。ただ、自分たちが困ったから、あなたに泣きついてきただけかもしれない」
二人の懸念は、もっともだった。僕の決断は、彼らにとって、裏切りとさえ映ったかもしれない。
「……分かっている」
僕は、ゆっくりと口を開いた。「俺も、あいつらを許したわけじゃない。だが、セシリアは別だ。それに……」
僕は、燃え盛る炎の向こう側に、あの日の自分の姿を見ていた。
追放され、全てを失い、絶望の淵にいた、あの日の自分を。
「俺は、あいつのあの姿を、見て見ぬふりをすることはできなかった。あれは、かつての俺と同じ、全てを失った者の顔だったからだ。もし、俺があの時、誰にも手を差し伸べられずにいたら……。今の俺は、ここにはいない」
僕の言葉に、二人はハッとしたように顔を上げた。
「俺は、復讐のために、あいつを破滅させる道を選ばなかった。ならば、俺は、俺が信じるやり方で、この物語を終わらせなければならない。それは、救うことだ。たとえ、それがどれだけ歪な形であってもな」
僕の覚悟を、二人は静かに受け止めてくれた。
「……へっ。リーダーがそう言うなら、仕方ねえな」
バルガスは、ぶっきらぼうに、しかしどこか納得したように言った。「だが、勘違いするなよ。俺が力を貸すのは、あんたと、セシリアの嬢ちゃんのためだけだ。あの勇者様の言うことなんざ、クソ食らえだからな」
「私も、同じよ」リリアナも、強く頷いた。「全ては、ユキナガ、あなたの采配の下に」
僕たちの絆は、この困難な決断を通じて、また一つ、その深さを増した。
一方、客間に通された『サンクチュアリ』の三人の間にも、重い空気が流れていた。
ヴォルフは、壁の一点を、ただ黙って見つめている。
グレンは、懐から取り出した書物を、無表情に読んでいた。
そして、アレクサンダーは、ベッドの縁に腰掛け、両手で頭を抱えていた。
「……すまない」
彼の、か細い声が、静寂を破った。「お前たちを、俺のせいで、こんな屈辱的な目に遭わせてしまった……」
その謝罪の言葉に、ヴォルフは何も答えなかった。だが、その握りしめられた拳が、わずかに緩んだ。
「……屈辱は、これからでしょう」
静寂を破ったのは、グレンだった。彼は、書物から顔を上げず、冷たい声で言った。「我々は、明日から、あの男の『駒』となる。彼の命令一つで、犬のように走り回ることになるのだ。それに、耐えられますかな? 勇者殿」
その言葉は、皮肉に満ちていた。
「……耐えてみせる」
アレクサンダーは、絞り出すように答えた。「セシリアを救うためなら、どんな屈辱にも、耐えてみせる」
彼の声には、もはや以前の傲慢さはない。ただ、悲壮な決意だけが、そこにあった。
グレンは、その答えを聞くと、ふっと、誰にも気づかれないように、口元に微かな笑みを浮かべた。
(面白い。実に、面白い展開になってきた)
彼の興味は、もはやセシリアの命にも、アレクサンダーの贖罪にもなかった。
ユキナガという、規格外の存在。その男が、かつて自分たちが見下していた『駒』を、どう使いこなし、この難局を乗り越えるのか。
その、究極の盤面を、最高の特等席で観察できる。
賢者としての、彼の歪んだ知的好-好奇心は、その一点だけで満たされていた。
彼は、この一時的な共闘が、ユキナガの秘密を暴くための、絶好の機会だと考えていた。
(見せてもらうぞ、ユキナガ。貴様のその、『神の眼』の、本当の力をな)
翌朝、夜が明ける前に、僕たちは出発の準備を整えた。
リビングには、七人の男女が、奇妙な緊張感の中で集まっている。
僕たち『フロンティア』の三人と、崩壊寸前の『サンクチュアリ』の三人、そして、彼らの腕に抱えられた、瀕死の聖女。
「……これより、我々は『天へと至る塔』へ向かう」
僕は、リーダーとして、全員に作戦の概要を告げた。「目的は、エリクサーの入手、ただ一つ。それ以外の、全ての戦利品は、我々『フロンティア』が回収する。異論はないな」
アレクサンダーは、黙って頷いた。
「塔の内部では、パーティを二つに分ける。俺とリリアナ、そしてヴォルフが先行部隊。バルガスとグレン、そしてアレクサンダーが、セシリアを護衛しながら後衛を務める」
その編成に、アレクサンダーが、わずかに反応した。
「……なぜ、俺が後衛なのだ。俺の聖剣が、最も強力な攻撃手段のはずだ」
それは、彼に残された、最後のプライドから来る問いだった。
「言ったはずだ。俺の命令は、絶対だと」
僕は、彼の目を、冷たく射抜いた。「お前の役目は、セシリアを守ることだ。それ以上でも、それ以下でもない。それができんのなら、今すぐここから立ち去れ」
僕の、有無を言わせぬ言葉に、アレクサンダーは唇を噛み、黙り込んだ。
こうして、歪で、危険な、七人の臨時パーティが結成された。
僕たちの、二度目となる『天へと至る塔』への挑戦。
だが、その目的は、もはやAランクへの昇格でも、世界の理の探求でもない。
それは、一つの儚い命を、絶望の淵から救い出すための、贖罪と、救済の巡礼だった。
僕たちは、夜明け前の、まだ暗い王都を、静かに出発した。
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それぞれの想いと、それぞれの罪を、その背中に背負いながら。
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