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第68話 再び、天へと
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『天へと至る塔』の麓は、僕たちが昇格試験に挑んだ日とは打って変わって、静まり返っていた。管理区域を守る騎士たちも、僕たちの奇妙なパーティ構成を見て、訝しげな視線を送ってくるだけだった。
ギルドマスターのダグラスには、事情を説明してある。『フロンティア』と『サンクチュアリ』の合同での、高難易度ダンジョン調査。表向きは、そういうことになっていた。
僕たちは、誰に言葉を交わすでもなく、巨大な石の扉の前に立った。
「……開けるぞ」
僕が言うと、七人の間に、緊張が走った。
ゴゴゴゴゴ……。
塔の扉が、再び、僕たちのために開かれる。
その向こう側には、見慣れた、第一階層へと続く、巨大な螺旋階段が、闇の奥へと続いていた。
「行くぞ。遅れるな」
僕は、先行部隊のリリアナとヴォルフを伴い、躊躇なく塔の中へと足を踏み入れた。
その後ろを、セシリアを担架に乗せて運ぶバルガスとアレクサンダー、そして、全てを観察するかのようなグレンが、静かについてくる。
塔の内部は、以前と変わらなかった。
第一階層から第五階層は、ゴブリンとオークの物量地帯。
「ヴォルフ、前へ! 敵の注意を引きつけろ!」
僕は、ヴォルフに指示を飛ばした。
「お、おう!」
彼は、戸惑いながらも、大盾を構えてオークの群れの中心へと突撃した。彼の戦い方は、バルガスのような『静』の防御ではない。自ら敵陣に切り込み、敵の攻撃を受け止めながら、戦線を維持する『動』のタンクだ。
「リリアナ、ヴォルフが作った隙を突け! 右翼から回り込み、敵の指揮官であるオーク・リーダーを叩け!」
「了解!」
リリアナが、銀色の閃光となって戦場を駆け抜ける。
ヴォルフが作り出した、わずかな混乱。その一瞬の隙を、彼女は見逃さない。彼女のレイピアは、オークたちの分厚い装甲の隙間を、正確に貫いていく。
僕の役目は、二人の動きを最適化し、戦場全体を支配することだった。
「ヴォルフ、三秒後、背後からゴブリンの増援が来る! 反転して、盾で通路を塞げ!」
「リリアナ、リーダーを失ったオークたちが混乱している! 今のうちに、数を減らせ!」
僕の指示は、まるで未来を予知しているかのように、的確に、そして最短で、勝利への道筋を示していく。
ヴォルフは、驚愕していた。
(……これが、ユキナガの指揮……!)
彼は、これまでアレクサンダーの、場当たり的で、力押しなだけの命令にしか従ったことがなかった。だが、ユキナガの指揮は、まるで精密な機械の歯車を動かすかのように、戦場の全てを計算し尽くしている。自分の動きが、これほどまでに効率的に、そして効果的に、戦況に貢献していると感じたのは、初めてだった。
後方でその光景を見ていたアレクサンダーもまた、同じように呆然としていた。
(……俺の指揮とは、全く違う)
彼は、ユキナガがただ斥候として、安全なルートを示すだけの男だと思っていた。だが、違った。ユキナガは、戦場そのものを、一つの巨大な『地図』として認識し、その上で、駒を最も効率的に動かす、天性の『軍師』だったのだ。
自分にはない、その才能を、彼はまざまざと見せつけられていた。
物量地帯を、僕たちは驚くべきスピードで駆け抜けた。以前、僕たち三人だけで攻略した時よりも、さらに速い。ヴォルフという強力なタンクが加わったことで、僕たちの戦術の幅は、さらに広がっていた。
第六階層から第十階層のアンデッド地帯も、問題にはならなかった。
「グレン」
僕は、後方の賢者に声をかけた。「お前の浄化魔法が、必要だ」
「……フン。私に命令するとは、いい度胸だ」
グレンは、皮肉を言いながらも、僕の指示に従った。彼の広範囲浄化魔法は、セシリアのものとは違い、攻撃的で、強力だ。
「だが、無駄に魔力を使うな。俺が、アンデッドが最も密集する地点と、そのタイミングを教える。その一点にだけ、最大火力を叩き込め」
僕は、浄化トラップと、グレンの魔法を組み合わせ、最小限の消耗で、この階層をも突破した。
グレンは、何も言わなかった。だが、その眼鏡の奥の瞳が、僕の力の異常性を、さらに深く探るように、光っていたのは確かだった。
僕たちは、わずか半日で、第十五階層まで到達した。
そして、そこから先は、僕たちにとっても未知の領域だった。
「……ここから先は、何が起こるか、俺にも完全には予測できない」
僕は、第十六階層へと続く扉の前で、全員に告げた。「だが、やることは同じだ。俺の指示に従い、自分の役割を全うしろ。それさえできれば、俺たちは、必ず塔の深層へとたどり着ける」
僕の言葉に、誰もが、固唾を飲んで頷いた。
この、歪な臨時パーティは、僕の指揮の下で、一つの強力な攻略機械として、機能し始めていた。
だが、その歯車の間には、まだ、多くの不信と、確執が、油のようにまとわりついている。
その歪みが、いつ、僕たちを破滅へと導くことになるのか。
僕の未来予測も、まだ、それだけは示してはくれなかった。
僕たちは、未知なる試練が待つ、新たな扉を、静かに開いた。
第十六階層は、『嵐の回廊』と呼ばれる場所だった。
そこは、床も壁もない、ただ吹き荒れる暴風と、絶え間なく轟く雷鳴に満ちた、虚空の通路だった。時折、雷雲の中から、巨大な鳥のモンスター、サンダーバードが、鋭い爪を立てて襲いかかってくる。
「くそっ! 風で、体が煽られる!」
ヴォルフが、大盾で風を防ぎながら叫んだ。
「セシリア様が……! このままでは、担架ごと吹き飛ばされてしまう!」
バルガスも、必死でセシリアが乗る担架を押さえている。
アレクサンダーは、聖剣でサンダーバードを斬り伏せながらも、その顔には焦りの色が浮かんでいた。
ここは、彼がかつて、ユキナガ抜きで挑戦しようとしていた、『嵐の頂』によく似た環境だった。だが、その危険度は、比較にならない。
絶望的な状況。
だが、僕は、この暴風の中に、一つの『道』を見出していた。
「風の流れを読め!」
僕は、全員に叫んだ。「この嵐は、無秩序に吹いているわけじゃない! 一定の周期で、風が弱まる『凪』の瞬間と、風が壁となる『安全地帯』が、生まれている!」
僕の脳内マップには、風の流れが、青と赤の気流として、可視化されていた。
「俺の合図に合わせて、動け! 一歩でもタイミングがずれれば、奈落の底だ!」
僕は、絶対的な指揮官として、この混沌とした嵐の、ただ一人の支配者となった。
僕のナビゲートが、かつての仲間たちに、僕という存在の、本当の価値を、骨の髄まで、叩き込んでいく。
彼らの贖罪の巡礼は、まだ、始まったばかりだった。
ギルドマスターのダグラスには、事情を説明してある。『フロンティア』と『サンクチュアリ』の合同での、高難易度ダンジョン調査。表向きは、そういうことになっていた。
僕たちは、誰に言葉を交わすでもなく、巨大な石の扉の前に立った。
「……開けるぞ」
僕が言うと、七人の間に、緊張が走った。
ゴゴゴゴゴ……。
塔の扉が、再び、僕たちのために開かれる。
その向こう側には、見慣れた、第一階層へと続く、巨大な螺旋階段が、闇の奥へと続いていた。
「行くぞ。遅れるな」
僕は、先行部隊のリリアナとヴォルフを伴い、躊躇なく塔の中へと足を踏み入れた。
その後ろを、セシリアを担架に乗せて運ぶバルガスとアレクサンダー、そして、全てを観察するかのようなグレンが、静かについてくる。
塔の内部は、以前と変わらなかった。
第一階層から第五階層は、ゴブリンとオークの物量地帯。
「ヴォルフ、前へ! 敵の注意を引きつけろ!」
僕は、ヴォルフに指示を飛ばした。
「お、おう!」
彼は、戸惑いながらも、大盾を構えてオークの群れの中心へと突撃した。彼の戦い方は、バルガスのような『静』の防御ではない。自ら敵陣に切り込み、敵の攻撃を受け止めながら、戦線を維持する『動』のタンクだ。
「リリアナ、ヴォルフが作った隙を突け! 右翼から回り込み、敵の指揮官であるオーク・リーダーを叩け!」
「了解!」
リリアナが、銀色の閃光となって戦場を駆け抜ける。
ヴォルフが作り出した、わずかな混乱。その一瞬の隙を、彼女は見逃さない。彼女のレイピアは、オークたちの分厚い装甲の隙間を、正確に貫いていく。
僕の役目は、二人の動きを最適化し、戦場全体を支配することだった。
「ヴォルフ、三秒後、背後からゴブリンの増援が来る! 反転して、盾で通路を塞げ!」
「リリアナ、リーダーを失ったオークたちが混乱している! 今のうちに、数を減らせ!」
僕の指示は、まるで未来を予知しているかのように、的確に、そして最短で、勝利への道筋を示していく。
ヴォルフは、驚愕していた。
(……これが、ユキナガの指揮……!)
彼は、これまでアレクサンダーの、場当たり的で、力押しなだけの命令にしか従ったことがなかった。だが、ユキナガの指揮は、まるで精密な機械の歯車を動かすかのように、戦場の全てを計算し尽くしている。自分の動きが、これほどまでに効率的に、そして効果的に、戦況に貢献していると感じたのは、初めてだった。
後方でその光景を見ていたアレクサンダーもまた、同じように呆然としていた。
(……俺の指揮とは、全く違う)
彼は、ユキナガがただ斥候として、安全なルートを示すだけの男だと思っていた。だが、違った。ユキナガは、戦場そのものを、一つの巨大な『地図』として認識し、その上で、駒を最も効率的に動かす、天性の『軍師』だったのだ。
自分にはない、その才能を、彼はまざまざと見せつけられていた。
物量地帯を、僕たちは驚くべきスピードで駆け抜けた。以前、僕たち三人だけで攻略した時よりも、さらに速い。ヴォルフという強力なタンクが加わったことで、僕たちの戦術の幅は、さらに広がっていた。
第六階層から第十階層のアンデッド地帯も、問題にはならなかった。
「グレン」
僕は、後方の賢者に声をかけた。「お前の浄化魔法が、必要だ」
「……フン。私に命令するとは、いい度胸だ」
グレンは、皮肉を言いながらも、僕の指示に従った。彼の広範囲浄化魔法は、セシリアのものとは違い、攻撃的で、強力だ。
「だが、無駄に魔力を使うな。俺が、アンデッドが最も密集する地点と、そのタイミングを教える。その一点にだけ、最大火力を叩き込め」
僕は、浄化トラップと、グレンの魔法を組み合わせ、最小限の消耗で、この階層をも突破した。
グレンは、何も言わなかった。だが、その眼鏡の奥の瞳が、僕の力の異常性を、さらに深く探るように、光っていたのは確かだった。
僕たちは、わずか半日で、第十五階層まで到達した。
そして、そこから先は、僕たちにとっても未知の領域だった。
「……ここから先は、何が起こるか、俺にも完全には予測できない」
僕は、第十六階層へと続く扉の前で、全員に告げた。「だが、やることは同じだ。俺の指示に従い、自分の役割を全うしろ。それさえできれば、俺たちは、必ず塔の深層へとたどり着ける」
僕の言葉に、誰もが、固唾を飲んで頷いた。
この、歪な臨時パーティは、僕の指揮の下で、一つの強力な攻略機械として、機能し始めていた。
だが、その歯車の間には、まだ、多くの不信と、確執が、油のようにまとわりついている。
その歪みが、いつ、僕たちを破滅へと導くことになるのか。
僕の未来予測も、まだ、それだけは示してはくれなかった。
僕たちは、未知なる試練が待つ、新たな扉を、静かに開いた。
第十六階層は、『嵐の回廊』と呼ばれる場所だった。
そこは、床も壁もない、ただ吹き荒れる暴風と、絶え間なく轟く雷鳴に満ちた、虚空の通路だった。時折、雷雲の中から、巨大な鳥のモンスター、サンダーバードが、鋭い爪を立てて襲いかかってくる。
「くそっ! 風で、体が煽られる!」
ヴォルフが、大盾で風を防ぎながら叫んだ。
「セシリア様が……! このままでは、担架ごと吹き飛ばされてしまう!」
バルガスも、必死でセシリアが乗る担架を押さえている。
アレクサンダーは、聖剣でサンダーバードを斬り伏せながらも、その顔には焦りの色が浮かんでいた。
ここは、彼がかつて、ユキナガ抜きで挑戦しようとしていた、『嵐の頂』によく似た環境だった。だが、その危険度は、比較にならない。
絶望的な状況。
だが、僕は、この暴風の中に、一つの『道』を見出していた。
「風の流れを読め!」
僕は、全員に叫んだ。「この嵐は、無秩序に吹いているわけじゃない! 一定の周期で、風が弱まる『凪』の瞬間と、風が壁となる『安全地帯』が、生まれている!」
僕の脳内マップには、風の流れが、青と赤の気流として、可視化されていた。
「俺の合図に合わせて、動け! 一歩でもタイミングがずれれば、奈落の底だ!」
僕は、絶対的な指揮官として、この混沌とした嵐の、ただ一人の支配者となった。
僕のナビゲートが、かつての仲間たちに、僕という存在の、本当の価値を、骨の髄まで、叩き込んでいく。
彼らの贖罪の巡礼は、まだ、始まったばかりだった。
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