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第70話 最後の試練と賢者の狂気
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電磁バリアを失ったクロノス・ギアは、もはやただの的だった。
「聖剣技! グランドクロス!」
アレクサンダーの聖剣が黄金の十字を描き、ガーディアンの胸部装甲を切り裂く。
「ドワーフの魂、喰らいやがれ! ギガントハンマー!」
バルガスのウォーハンマーがその裂け目に叩き込まれ、内部機構を粉々に砕いた。
「これで、終わりよ!」
リリアナのレイピアが、がら空きになった胴体を駆け上がり、頭部のサファイアの目を正確に貫いた。
『……システム……致命的エラー……シャットダウン……します……』
クロノス・ギアは、断末魔の代わりに無機質なシステム音声を残すと、その巨体を維持できなくなり、凄まじい轟音と共に崩れ落ちた。後には、おびただしい数の歯車と、鉄屑の山だけが残された。
機械仕掛けの神殿に、静寂が戻る。
僕たちは、誰一人として、大きな傷を負ってはいなかった。
「……やったのか」
アレクサンダーが、聖剣を杖代わりにしながら、荒い息をついた。彼の顔には、疲労と、そしてそれ以上に、信じられないといった驚愕の色が浮かんでいた。
彼が率いていた頃の『サンクチュアリ』では、決してありえなかった勝利。犠牲を覚悟しなければならないほどの強敵を、完璧な連携の下、最小限の消耗で打ち破った。
その事実が、彼に、ユキナガという指揮官の、本当の価値を、骨の髄まで理解させた。
彼は、ゆっくりと僕の方を振り返った。
その瞳には、もはや嫉妬も、憎悪もなかった。そこにあったのは、自分では決して届かない、絶対的な才能に対する、純粋な『畏敬』の念だった。
「……ユキナガ」
彼の唇から、か細い声が漏れた。「俺は……俺たちは、お前がいなければ、第一階層を越えることすら、できなかっただろう。俺は……とんでもない過ちを、犯していたようだ」
それは、彼が初めて口にした、心からの謝罪の言葉だった。
僕は、何も答えなかった。ただ、静かに彼の目を見つめ返す。
僕にとって、彼の謝罪など、もはやどうでもいいことだった。僕が興味があるのは、この先に待つ、エリクサーだけだ。
「感傷に浸っている暇はない。先へ進むぞ」
僕は、冷たくそう言うと、神殿の奥にある、次の階層へと続く扉へと向かった。
アレクサンダーは、そんな僕の背中を、ただ黙って見つめているだけだった。
三十階層を越えてから、塔の雰囲気は一変した。
これまでの階層のような、明確な敵やギミックは姿を消し、代わりに、挑戦者の精神そのものを試すかのような、不可思議な空間が続くようになった。
ある階は、どこまでも続く、鏡張りの迷宮だった。そこでは、自分の姿が無限に反射し、やて自分の偽物、心の奥底に潜む弱い自分自身の幻影が現れ、冒険者を苛む。
アレクサンダーは、かつての傲慢だった頃の自分の幻影と対峙させられた。「お前は偽善者だ!」と罵る幻影に、彼は何も言い返すことができず、ただ苦悶の表情を浮かべていた。
だが、僕のパーティには、そんな精神攻撃は通用しない。
「うるさいわね、偽物の私」
リリアナは、自分の心の弱さを体現した幻影に向かって、にっこりと微笑んだ。「今の私には、信じるべき道を示してくれる光と、背中を預けられる頼もしい仲間がいる。あなたのような、孤独な影が入り込む隙間なんて、もうどこにもないのよ」
彼女は、一閃のもとに、自分の幻影を切り捨てた。
バルガスもまた、「俺はもう、ただの置物じゃねえ!」と一喝し、自分の幻影をウォーハンマーで粉砕した。
僕たちの、揺るぎない絆の前では、内面から崩壊させようとする塔の悪意も、無力だった。
僕たちは、ついに、第四十階層へと到達した。
その扉を開けた瞬間、僕たちの体を、灼熱の熱気と、硫黄の匂いが包み込んだ。
そこは、まるで火山の火口のようだった。煮えたぎる溶岩の海が広がり、その中央に、黒曜石でできた、巨大な祭壇が浮かんでいる。
そして、その祭壇の上。
一体の、巨大な悪魔が、玉座に腰掛けていた。
燃えるような赤い肌、山羊のような捻じくれた角、そして、背中には蝙蝠のような巨大な翼。その手には、黒い炎を纏った大剣が握られている。
『……よくぞ来た、人間どもよ』
悪魔は、地獄の底から響くような声で言った。「我は、この塔の四十階層を守護する者、アークデーモンなり。我が主の安息を妨げる愚か者には、死の祝福を与えてやろう」
その圧倒的な存在感は、クロノス・ギアすらも上回っていた。Sランク級。間違いなく、この塔の中ボスと呼べる存在だろう。
「……こいつが、エリクサーを守る、最後の番人か」
アレクサンダーが、聖剣を構えながら呟いた。彼の顔には、悲壮な覚悟が浮かんでいる。
「ユキナガ、指示を!」
ヴォルフが叫ぶ。
僕は、脳内マップで、アークデーモンの能力と、この階層の地形を、高速で解析していた。
「ヤツは、強力な炎の魔法と、あの呪われた大剣を使う! だが、ヤツにも弱点はある!」
僕は、祭壇の周囲に、一定周期で噴き出す、間欠泉のような溶岩の噴出口があるのを捉えていた。
「ヤツは、プライドが高い! おそらく、あの玉座から、自らは動こうとはしないだろう! それが、ヤツの最大の油断だ!」
僕は、全員に、最後の作戦を告げた。
「バルガス、ヴォルフ! 二人の盾で、ヤツの魔法を防ぎきれ! アレクサンダー、お前は聖剣の力で、大剣の斬撃と打ち合え! 三人で、ヤツの注意を完全に引きつけるんだ!」
「グレン、リリアナ! お前たちは、俺と共に、祭壇の周囲を動く! 俺が、間欠泉の噴出タイミングを教える! その瞬間に、グレンは風の魔法で、噴出した溶岩をヤツに浴びせかけろ! リリアナは、ヤツが熱に怯んだ、その一瞬の隙を突いて、急所である心臓を貫くんだ!」
それは、七人の力を、寸分の狂いもなく同調させなければ成功しない、極めて高度な連携作戦だった。
「……面白い。神話の再現といくか」
グレンが、不気味な笑みを浮かべた。
「……分かった。全ては、セシリアのために」
アレクサンダーも、覚悟を決めた。
「「「おおおおおっ!!」」」
僕たちの雄叫びが、灼熱の空間に響き渡る。
最後の戦いが、始まった。
アークデーモンの猛攻は、凄まじかった。地獄の業火が、僕たちの盾を焼き、呪われた大剣が、アレクサンダーの聖剣と、火花を散らして激突する。
前衛の三人は、満身創痍になりながらも、必死で耐え続けた。
そして、僕が待ち望んだ、その瞬間が訪れた。
「今だ、グレン! 三時方向の間欠泉!」
グレンの巻き起こした暴風が、噴き出した溶岩を、巨大な竜巻となってアークデーモンに叩きつけた。
『グオオオッ!?』
さすがのアークデーモンも、自らの力の源である溶岩を直接浴びせられ、苦悶の叫びを上げる。
その、ほんの一瞬の硬直。
「行けえええええ、リリアナアアアア!」
僕の叫びと、リリアナの跳躍は、完全に一つだった。
銀色の閃光が、灼熱の空間を切り裂き、アークデーモンのがら空きになった胸の中心、その心臓部へと、吸い込まれていった。
『……馬鹿な……。この、我が……』
アークデーモンは、信じられないといった顔で、自分の胸に突き刺さるレイピアを見下ろした。
そして、その巨体は、ゆっくりと崩れ落ち、溶岩の海の中へと、音もなく沈んでいった。
僕たちは、勝ったのだ。
満身創痍になりながらも、誰一人として、欠けることなく。
そして、アークデーモンが消えた後の玉座には。
一つの、小さな小瓶が、淡い虹色の光を放ちながら、静かに置かれていた。
「……エリクサー……」
アレクサンダーが、震える声で、その名を呟いた。
僕たちの、長く、そして困難な旅は、ついに、その目的を達成したのだ。
「聖剣技! グランドクロス!」
アレクサンダーの聖剣が黄金の十字を描き、ガーディアンの胸部装甲を切り裂く。
「ドワーフの魂、喰らいやがれ! ギガントハンマー!」
バルガスのウォーハンマーがその裂け目に叩き込まれ、内部機構を粉々に砕いた。
「これで、終わりよ!」
リリアナのレイピアが、がら空きになった胴体を駆け上がり、頭部のサファイアの目を正確に貫いた。
『……システム……致命的エラー……シャットダウン……します……』
クロノス・ギアは、断末魔の代わりに無機質なシステム音声を残すと、その巨体を維持できなくなり、凄まじい轟音と共に崩れ落ちた。後には、おびただしい数の歯車と、鉄屑の山だけが残された。
機械仕掛けの神殿に、静寂が戻る。
僕たちは、誰一人として、大きな傷を負ってはいなかった。
「……やったのか」
アレクサンダーが、聖剣を杖代わりにしながら、荒い息をついた。彼の顔には、疲労と、そしてそれ以上に、信じられないといった驚愕の色が浮かんでいた。
彼が率いていた頃の『サンクチュアリ』では、決してありえなかった勝利。犠牲を覚悟しなければならないほどの強敵を、完璧な連携の下、最小限の消耗で打ち破った。
その事実が、彼に、ユキナガという指揮官の、本当の価値を、骨の髄まで理解させた。
彼は、ゆっくりと僕の方を振り返った。
その瞳には、もはや嫉妬も、憎悪もなかった。そこにあったのは、自分では決して届かない、絶対的な才能に対する、純粋な『畏敬』の念だった。
「……ユキナガ」
彼の唇から、か細い声が漏れた。「俺は……俺たちは、お前がいなければ、第一階層を越えることすら、できなかっただろう。俺は……とんでもない過ちを、犯していたようだ」
それは、彼が初めて口にした、心からの謝罪の言葉だった。
僕は、何も答えなかった。ただ、静かに彼の目を見つめ返す。
僕にとって、彼の謝罪など、もはやどうでもいいことだった。僕が興味があるのは、この先に待つ、エリクサーだけだ。
「感傷に浸っている暇はない。先へ進むぞ」
僕は、冷たくそう言うと、神殿の奥にある、次の階層へと続く扉へと向かった。
アレクサンダーは、そんな僕の背中を、ただ黙って見つめているだけだった。
三十階層を越えてから、塔の雰囲気は一変した。
これまでの階層のような、明確な敵やギミックは姿を消し、代わりに、挑戦者の精神そのものを試すかのような、不可思議な空間が続くようになった。
ある階は、どこまでも続く、鏡張りの迷宮だった。そこでは、自分の姿が無限に反射し、やて自分の偽物、心の奥底に潜む弱い自分自身の幻影が現れ、冒険者を苛む。
アレクサンダーは、かつての傲慢だった頃の自分の幻影と対峙させられた。「お前は偽善者だ!」と罵る幻影に、彼は何も言い返すことができず、ただ苦悶の表情を浮かべていた。
だが、僕のパーティには、そんな精神攻撃は通用しない。
「うるさいわね、偽物の私」
リリアナは、自分の心の弱さを体現した幻影に向かって、にっこりと微笑んだ。「今の私には、信じるべき道を示してくれる光と、背中を預けられる頼もしい仲間がいる。あなたのような、孤独な影が入り込む隙間なんて、もうどこにもないのよ」
彼女は、一閃のもとに、自分の幻影を切り捨てた。
バルガスもまた、「俺はもう、ただの置物じゃねえ!」と一喝し、自分の幻影をウォーハンマーで粉砕した。
僕たちの、揺るぎない絆の前では、内面から崩壊させようとする塔の悪意も、無力だった。
僕たちは、ついに、第四十階層へと到達した。
その扉を開けた瞬間、僕たちの体を、灼熱の熱気と、硫黄の匂いが包み込んだ。
そこは、まるで火山の火口のようだった。煮えたぎる溶岩の海が広がり、その中央に、黒曜石でできた、巨大な祭壇が浮かんでいる。
そして、その祭壇の上。
一体の、巨大な悪魔が、玉座に腰掛けていた。
燃えるような赤い肌、山羊のような捻じくれた角、そして、背中には蝙蝠のような巨大な翼。その手には、黒い炎を纏った大剣が握られている。
『……よくぞ来た、人間どもよ』
悪魔は、地獄の底から響くような声で言った。「我は、この塔の四十階層を守護する者、アークデーモンなり。我が主の安息を妨げる愚か者には、死の祝福を与えてやろう」
その圧倒的な存在感は、クロノス・ギアすらも上回っていた。Sランク級。間違いなく、この塔の中ボスと呼べる存在だろう。
「……こいつが、エリクサーを守る、最後の番人か」
アレクサンダーが、聖剣を構えながら呟いた。彼の顔には、悲壮な覚悟が浮かんでいる。
「ユキナガ、指示を!」
ヴォルフが叫ぶ。
僕は、脳内マップで、アークデーモンの能力と、この階層の地形を、高速で解析していた。
「ヤツは、強力な炎の魔法と、あの呪われた大剣を使う! だが、ヤツにも弱点はある!」
僕は、祭壇の周囲に、一定周期で噴き出す、間欠泉のような溶岩の噴出口があるのを捉えていた。
「ヤツは、プライドが高い! おそらく、あの玉座から、自らは動こうとはしないだろう! それが、ヤツの最大の油断だ!」
僕は、全員に、最後の作戦を告げた。
「バルガス、ヴォルフ! 二人の盾で、ヤツの魔法を防ぎきれ! アレクサンダー、お前は聖剣の力で、大剣の斬撃と打ち合え! 三人で、ヤツの注意を完全に引きつけるんだ!」
「グレン、リリアナ! お前たちは、俺と共に、祭壇の周囲を動く! 俺が、間欠泉の噴出タイミングを教える! その瞬間に、グレンは風の魔法で、噴出した溶岩をヤツに浴びせかけろ! リリアナは、ヤツが熱に怯んだ、その一瞬の隙を突いて、急所である心臓を貫くんだ!」
それは、七人の力を、寸分の狂いもなく同調させなければ成功しない、極めて高度な連携作戦だった。
「……面白い。神話の再現といくか」
グレンが、不気味な笑みを浮かべた。
「……分かった。全ては、セシリアのために」
アレクサンダーも、覚悟を決めた。
「「「おおおおおっ!!」」」
僕たちの雄叫びが、灼熱の空間に響き渡る。
最後の戦いが、始まった。
アークデーモンの猛攻は、凄まじかった。地獄の業火が、僕たちの盾を焼き、呪われた大剣が、アレクサンダーの聖剣と、火花を散らして激突する。
前衛の三人は、満身創痍になりながらも、必死で耐え続けた。
そして、僕が待ち望んだ、その瞬間が訪れた。
「今だ、グレン! 三時方向の間欠泉!」
グレンの巻き起こした暴風が、噴き出した溶岩を、巨大な竜巻となってアークデーモンに叩きつけた。
『グオオオッ!?』
さすがのアークデーモンも、自らの力の源である溶岩を直接浴びせられ、苦悶の叫びを上げる。
その、ほんの一瞬の硬直。
「行けえええええ、リリアナアアアア!」
僕の叫びと、リリアナの跳躍は、完全に一つだった。
銀色の閃光が、灼熱の空間を切り裂き、アークデーモンのがら空きになった胸の中心、その心臓部へと、吸い込まれていった。
『……馬鹿な……。この、我が……』
アークデーモンは、信じられないといった顔で、自分の胸に突き刺さるレイピアを見下ろした。
そして、その巨体は、ゆっくりと崩れ落ち、溶岩の海の中へと、音もなく沈んでいった。
僕たちは、勝ったのだ。
満身創痍になりながらも、誰一人として、欠けることなく。
そして、アークデーモンが消えた後の玉座には。
一つの、小さな小瓶が、淡い虹色の光を放ちながら、静かに置かれていた。
「……エリクサー……」
アレクサンダーが、震える声で、その名を呟いた。
僕たちの、長く、そして困難な旅は、ついに、その目的を達成したのだ。
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