ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第77話:混沌の神殿と記憶の回廊

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蛇の口を模した巨大な遺跡の入り口は深淵のように黒い闇をたたえていた。そこから漏れ出してくるのは、旧大陸のダンジョンが持つ管理された魔力とは明らかに質の違う、もっと生の混沌としたエネルギーの奔流だった。
「……準備はいいか」
僕の問いに、リリアナとバルガスはそれぞれの武器を構えながら力強く頷いた。僕たちの顔には未知への恐怖よりも、それを解き明かさんとする探求者の光が宿っている。
僕たち『フロンティア』は、新大陸での最初のダンジョン、『蛇神の神殿』と僕が名付けたその場所へ、覚悟を決めて足を踏み入れた。

遺跡の内部は異様の一言に尽きた。
通路の壁は磨かれた石材ではなく、巨大な蛇の鱗を張り合わせたかのようにぬめりを帯びた光沢を放っている。天井からは鍾乳石のように巨大な牙や骨が突き出していた。空気は湿った土の匂いと、どこか甘く、そして心を惑わすような花の香りが混じり合っている。
「なんだか巨大な生き物の腹ん中にいるみてえだな」
バルガスが周囲を警戒しながらウォーハンマーを握り直した。
「ええ。それに、この魔力……。とても濃密だけど、どこか不安定で、落ち着かないわ」
リリアナもその肌で、このダンジョンが旧大陸の理とは全く違う法則で成り立っていることを感じ取っていた。
僕の【地図化】スキルもまた、その異常性を明確に捉えていた。
旧大陸のダンジョンでは構造情報は常に静的で、明確なワイヤーフレームとして構築された。だがこの神殿の構造は、まるで生きているかのように常に微細に変化し続けているのだ。壁が呼吸し、床が脈打っている。
そしてモンスターシンボルも表示されない。代わりに敵意や殺意といった『感情の澱み』のようなものが、黒い靄としてマップ上に不定形に広がっているだけだった。
ここは古代アルケイア文明が作った『システム』の外側。
僕のスキルもまた、この新しい理に適応することを求められていた。

僕たちは最初の広間へとたどり着いた。
そこは巨大な肋骨がアーチ状の天井を形作る広大な空間だった。そしてその広間の中央に、黒い靄が渦を巻きゆっくりと形を成していく。
現れたのは僕たちがよく知る姿だった。
石斧を構えた巨大なミノタウロス。
「……ミノタウロス? なんでこんな場所に」
バルガスが訝しげに呟いた。
だがその姿は、僕たちがかつて戦ったものとはどこか違っていた。その体は黒い瘴気のようなものを纏い、その瞳は純粋な憎悪と恐怖の色で濁りきっている。
「様子がおかしいわ。あれはただのモンスターじゃない」
リリアナが鋭く指摘する。
黒い靄は次々と新たな形を結んでいく。
森の化身、トレント・エンシェント。
機械仕掛けの守護者、ガーディアンゴーレム。
僕たちが旧大陸で死闘を繰り広げた強敵たちが、次々とこの広間に幻影として蘇っていく。
「……なるほどな。そういうことか」
僕は、このギミックの本質を瞬時に見抜いていた。
「ユキナガ、これは一体!?」
「落ち着け、二人とも。あれは俺たちの『記憶』だ」
僕の言葉に二人はハッとしたように顔を上げた。
「この神殿は、侵入者の記憶と、その奥底にある恐怖心を読み取り、それをこの土地の混沌とした魔力で具現化しているんだ。だから、あれはただの幻影じゃない。俺たちがかつて戦った時と同等か、それ以上の力を持った実体のある脅威だ」
ここは過去との戦いを強いる『記憶の回廊』だったのだ。
「へっ、面白い! つまり俺たちがどれだけ強くなったかを試すための舞台ってわけか!」
バルガスは恐怖するどころか不敵に笑った。
「ええ。過去の私たちに、負けるわけにはいかないわね」
リリアナもまた、その瞳に闘志の炎を燃やしていた。
僕たちはもはやあの頃の僕たちではない。数々の死線を乗り越え、互いを信じ、そして成長した。その証明を今こそ過去の自分たちに叩きつける時だ。
「行くぞ!」
僕の号令と共に僕たちの過去との決戦が始まった。

まず動いたのはトレント・エンシェントだった。その巨大な根が鞭のようにしなり、僕たちを薙ぎ払おうとする。かつて僕たち三人がかりでようやく倒した森の主。
だが。
「――遅い」
リリアナの静かな呟き。
彼女の姿が銀色の閃光となって、薙ぎ払われる根の上を駆け上がった。彼女はもはや僕の指示を待つまでもなく、トレントの弱点であるコアの位置を完璧に把握していた。
彼女のレイピアは迷うことなく幹の中心へと突き立てられる。
かつてはバルガスの城塞で攻撃を受け止め、僕が弱点を見つけようやく作り出した好機を突いて倒した相手。
その強敵を今、リリアナはたった一人で一撃のもとに沈黙させた。
「……すごい」
僕は思わず感嘆の声を漏らした。彼女の成長は僕の想像すら超えていた。
次にガーディアンゴーレムの群れが地響きを立てて突進してくる。
その前に立ちはだかったのはバルガスだった。
「へっ! ただの石ころどもが!」
彼はウォーハンマーではなく、あのミスリル合金で作られた新しい大盾を構えた。「【城塞化】!」
黄金色の城塞が彼の前に展開される。だがそれは以前のようなドーム状ではない。彼の意志に応じて鋭い楔のような形に変形し、突進してくるゴーレムの群れの中に食い込むようにして突き刺さった。
衝撃を受け止めるのではない。衝撃を利用し、敵の陣形そのものを内側から崩壊させる。
それは彼が編み出した、守りでありながら最高の攻めとなる新たな戦術だった。
動きを止められたゴーレムたちはリリアナの格好の的となった。彼女は城塞の壁を足場にして舞い、次々とゴーレムの魔力循環器を破壊していく。
かつて僕たちが連携の全てを懸けてようやく倒した機械の兵団が今、バルガスとリリアナたった二人の力で蹂躙されていく。
僕はその後方で戦況の全てを見守っていた。
僕が何かを指示する必要はもはやほとんどなかった。
僕たちはもはや僕の指示通りに動く『駒』ではない。
僕の思考を僕の戦術を完全に理解し、共有し、その上で自らの判断で最適に行動できる三位一体の生命体へと進化していたのだ。
そして最後に残った一体。
ミノタウロスの幻影が僕の前に立ちはだかった。
それは僕が勇者パーティにいた頃、僕の無力さを象徴するかのような恐怖の対象だった。
だが今の僕は違う。
僕は剣を抜かない。魔法も使わない。
ただ静かにその幻影を見つめた。
そして僕の脳内マップが、その幻影を構成する混沌とした魔力の流れの『バグ』を見つけ出す。
「……お前の存在理由は、恐怖。だが今の俺にはお前を恐れる理由がない」
僕はその幻影に向かって一歩踏み出した。
そしてその魔力の流れが最も不安定になる一点。その空間に向かって静かに指を突き出す。
「――消えろ」
僕の言葉がコマンドとなった。
ミノタウロスの幻影はまるでノイズが走った映像のようにその輪郭を揺らがせ、そして悲鳴を上げることもなく黒い霧となって霧散した。
僕たちの完全な勝利だった。

過去の幻影が全て消え去った広間に静寂が戻る。
僕たち三人は互いの顔を見合わせ、そして静かに、しかし力強く笑い合った。
僕たちは過去を乗り越えたのだ。
自分たちの確かな成長の証をその手で掴み取った。
その時、広間の奥にある巨大な壁が、ゴゴゴ、と音を立てて動き始めた。
その向こう側には新たな通路が闇の奥へと続いている。
僕たちはその通路の入り口で足を止めた。
通路の入り口のアーチ状になった石壁に文字が刻まれている。
それは古代アルケイア文字でも、旧大陸の共通語でもない、見たこともない象形文字のような、第三の未知の文字だった。
「……なんだこりゃ。ミミズが這ったみてえな字だな」
バルガスが首を傾げる。
僕の【地図化】スキルもこの文字をすぐには翻訳できないでいた。それはこの大陸独自の原初の言語なのだ。
だが僕のスキルは、その文字が持つ概念的な『意味』の断片を拾い上げていた。
『知恵』
『理』
『蛇』
『星』
『汝、世界の理を識る者か。ならば、この問いに答えよ』
それは僕たちの知識そのものを試す新たな試練の始まりを告げる謎かけだった。
僕の心は恐怖ではなく、尽きることのない知的な興奮に打ち震えていた。
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