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第78話:知恵の試練と蛇神の囁き
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『記憶の回廊』を抜けた僕たちの前に現れたのは、未知の古代文字が刻まれた新たな通路だった。それは力ではなく知恵を試す試練の始まりを告げていた。
「へっ、謎解きか。面白えじゃねえか」
バルガスはウォーハンマーを肩に担ぎ直し、不敵に笑った。「リーダーの出番ってわけだな。俺たちは後ろでどっしり構えさせてもらうぜ」
「ええ。ユキナガの知恵を見せてもらいましょう」
リリアナも僕に絶対的な信頼を寄せた穏やかな笑みを浮かべていた。
二人の信頼が僕の背中を押す。
僕は通路の壁に刻まれた象形文字のような古代文字に意識を集中させた。僕の【地図化】スキルがその文字の形、配列、そしてそこから微かに放たれる魔力のパターンを高速で解析していく。
これはただの文字ではない。一種の魔術的なプログラム言語だ。
『汝、世界の理を識る者か。ならば、この問いに答えよ』
『星は巡り、月は満ち欠け、潮は満ち引く。この理を司る三つの星の名を、古き順に示せ』
天文学に関する問題。旧大陸の知識だけではおそらく解けないだろう。だが僕の頭の中には王立図書館の禁書庫で読んだ古代アルケイア文明の星見の記録があった。
僕は通路の床に埋め込まれたいくつかの石版の中から、答えとなるシンボルが刻まれたものを古文書の記憶を頼りに正しい順番で踏みしめていった。
『第一の星、時の揺り籠、クロノス』
『第二の星、生命の海、オケアノス』
『第三の星、運命の紡ぎ手、アトロポス』
僕が最後の石版を踏み終えた瞬間、通路の奥を塞いでいた石の扉がゴゴゴと音を立てて開いた。
最初の試練、突破。
僕たちは次の部屋へと進んだ。
そこは壁一面が巨大な石版で覆われた円形の部屋だった。そしてその石版には無数の穴が開けられ、そこから様々な色の液体が絶えず流れ出している。部屋の中央には空の台座が一つだけ置かれていた。
『第二の問い。万物は四つの根源より成り、互いに影響し合う。火は風を生み、風は水と交わり、水は土を潤し、土は火を鎮める。この理を器にて示せ』
錬金術の基礎理論、四大元素の循環に関する問題だ。
「これはリリアナの出番だな」
僕は隣に立つ彼女に微笑みかけた。
「えっ、私?」
「ああ。壁から流れ出ている液体は四大元素を象徴する原液だ。赤が火、白が風、青が水、そして茶色が土。それらを正しい順番で中央の台座にある器に注ぎ、循環の理を再現しろということだ」
リリアナは最初は戸惑っていたが僕の説明を聞くとすぐにその意図を理解した。彼女は船の上で独学していた錬金術の知識を総動員し、慎重に、そして正確に四色の液体を台座に注いでいく。
全ての液体が注ぎ込まれた瞬間、台座の器からまばゆい光が放たれ部屋の奥に新たな扉が現れた。
「やったわ! できた!」
リリアナが子供のようにはしゃいだ。彼女は自分の知識がパーティの役に立ったことが何よりも嬉しいようだった。
僕たちのパーティは僕の知恵だけではない。リリアナが培った錬金術の知識、そして次に待ち受けるであろう試練ではバルガスの鍛冶の技術が必ずや必要になるだろう。
僕たちは互いの知識と経験を組み合わせることで、どんな難問にも立ち向かえる最高のチームになっていた。
最後の試練の部屋は巨大な壊れた機械が中央に鎮座する工房のような場所だった。
『最後の問い。力は形を与えられてこそ意味を持つ。壊れたる理の歯車を再び動かし、世界の調和を取り戻せ』
鍛冶と機械工学に関する問題。
「へっへっへ。ようやく俺様の出番が来たようだな!」
バルガスが待ってましたとばかりに袖をまくり上げた。
目の前の壊れた機械は古代の遺物とは思えないほど複雑で、そして精密な構造をしていた。だがそのいくつかの歯車は砕け、動力源である魔力炉も沈黙している。
バルガスは僕の【地図化】による内部構造の透視と、彼自身のドワーフとしての天性の勘を頼りに修理を開始した。
カン! カン! と彼のウォーハンマーが小気味良いリズムを刻む。それはもはやただの武器ではない。万物を創造し修復するための魔法の槌だった。
砕けた歯車は彼がミスリル合金から削り出した新しい歯車へと交換され、沈黙していた魔力炉は彼の巧みな魔力調整によって再び青白い光を灯し始めた。
数時間の作業の末。
ゴゴゴゴゴ……という重い起動音と共に巨大な機械は数千年ぶりにその動きを再開した。
そしてその機械が動き出したことで、この神殿全体が一つの巨大な生命体のように脈動を始めたのが分かった。
僕たちはこのダンジョンの『心臓』を再起動させたのだ。
全ての試練を乗り越えた僕たちの前に、神殿の最深部へと続く最後の扉が荘厳な音と共に開かれた。
その扉の向こう側はこれまでのどの部屋とも違う、静謐な空気に満ちた巨大な円形の祭壇の間だった。
天井はなく代わりに満点の星空がどこまでも広がっている。まるで宇宙空間に直接足を踏み入れたかのようだった。
そしてその祭壇の中央。
一体の巨大な蛇の石像がとぐろを巻いていた。
その石像はただの彫刻ではなかった。その鱗はまるで本物の星々のようにゆっくりと明滅し、その両目には宇宙の深淵そのものをたたえたかのような二つの黒い宝石が嵌め込まれている。
僕たちがその石像に近づいた、その時。
僕の脳内に直接一つの声が響き渡った。それは男でも女でもないどこか中性的で、そして何よりも古く賢い超越的な存在の声だった。
『……よくぞ、ここまでたどり着いた。理を識る者たちよ』
声は目の前の蛇の石像から発せられているようだった。
「……お前は、誰だ」
僕が問いかける。
『我は、名を持たぬ。かつてこの星の理そのものであった者。古代の民が畏敬を込めて『ウロボロス』と呼んだ、原初の蛇』
ウロボロス。自分の尾を喰らう無限と循環の象徴。
『我はアルケイアの民が作り上げた『システム』を拒絶した。彼らは不完全であるからこそ美しいこの星の混沌の理を、自らのちっぽけな物差しで測り管理しようとした。その傲慢が『厄災』という名の巨大なバグを生み出したのだ』
その声には深い悲しみと、そして静かな怒りが込められていた。
『我は、この神殿にアルケイアのシステムが及ばぬ聖域を築いた。そして、いつか彼らのシステムを理解し、その上で混沌の理をも受け入れることができる新たな知性が現れるのを待ち続けていた』
蛇神の黒い宝石のような瞳が僕をまっすぐに見据えた。
『異世界の若者よ。お前こそ我らが待ち望んだその存在やもしれぬ。お前はシステムの内側から生まれながらもその理に縛られてはいない。お前は二つの理の架け橋となりうる存在だ』
「……俺に何をしろと?」
『選ぶがいい』
蛇神の声が荘厳に響き渡った。『このままアルケイアのシステムに従い、ダンジョンという名の延命措置を続け緩やかな滅びを待つか。あるいは混沌の理を受け入れ、厄災の封印を解き放ち、この星を一度原初の姿へと還すか』
それは究極の選択だった。
安定した世界の緩やかな死か、あるいは破滅の先にある再生の可能性か。
僕の答え一つでこの世界の運命が決まる。
僕は隣に立つ二人の仲間を見た。
バルガスもリリアナも固唾を飲んで僕の決断を待っている。その瞳には不安はなく、ただ僕への絶対的な信頼だけがあった。
僕は深呼吸を一つした。
そして僕の答えを、この星の理そのものであった古き神へと告げた。
「へっ、謎解きか。面白えじゃねえか」
バルガスはウォーハンマーを肩に担ぎ直し、不敵に笑った。「リーダーの出番ってわけだな。俺たちは後ろでどっしり構えさせてもらうぜ」
「ええ。ユキナガの知恵を見せてもらいましょう」
リリアナも僕に絶対的な信頼を寄せた穏やかな笑みを浮かべていた。
二人の信頼が僕の背中を押す。
僕は通路の壁に刻まれた象形文字のような古代文字に意識を集中させた。僕の【地図化】スキルがその文字の形、配列、そしてそこから微かに放たれる魔力のパターンを高速で解析していく。
これはただの文字ではない。一種の魔術的なプログラム言語だ。
『汝、世界の理を識る者か。ならば、この問いに答えよ』
『星は巡り、月は満ち欠け、潮は満ち引く。この理を司る三つの星の名を、古き順に示せ』
天文学に関する問題。旧大陸の知識だけではおそらく解けないだろう。だが僕の頭の中には王立図書館の禁書庫で読んだ古代アルケイア文明の星見の記録があった。
僕は通路の床に埋め込まれたいくつかの石版の中から、答えとなるシンボルが刻まれたものを古文書の記憶を頼りに正しい順番で踏みしめていった。
『第一の星、時の揺り籠、クロノス』
『第二の星、生命の海、オケアノス』
『第三の星、運命の紡ぎ手、アトロポス』
僕が最後の石版を踏み終えた瞬間、通路の奥を塞いでいた石の扉がゴゴゴと音を立てて開いた。
最初の試練、突破。
僕たちは次の部屋へと進んだ。
そこは壁一面が巨大な石版で覆われた円形の部屋だった。そしてその石版には無数の穴が開けられ、そこから様々な色の液体が絶えず流れ出している。部屋の中央には空の台座が一つだけ置かれていた。
『第二の問い。万物は四つの根源より成り、互いに影響し合う。火は風を生み、風は水と交わり、水は土を潤し、土は火を鎮める。この理を器にて示せ』
錬金術の基礎理論、四大元素の循環に関する問題だ。
「これはリリアナの出番だな」
僕は隣に立つ彼女に微笑みかけた。
「えっ、私?」
「ああ。壁から流れ出ている液体は四大元素を象徴する原液だ。赤が火、白が風、青が水、そして茶色が土。それらを正しい順番で中央の台座にある器に注ぎ、循環の理を再現しろということだ」
リリアナは最初は戸惑っていたが僕の説明を聞くとすぐにその意図を理解した。彼女は船の上で独学していた錬金術の知識を総動員し、慎重に、そして正確に四色の液体を台座に注いでいく。
全ての液体が注ぎ込まれた瞬間、台座の器からまばゆい光が放たれ部屋の奥に新たな扉が現れた。
「やったわ! できた!」
リリアナが子供のようにはしゃいだ。彼女は自分の知識がパーティの役に立ったことが何よりも嬉しいようだった。
僕たちのパーティは僕の知恵だけではない。リリアナが培った錬金術の知識、そして次に待ち受けるであろう試練ではバルガスの鍛冶の技術が必ずや必要になるだろう。
僕たちは互いの知識と経験を組み合わせることで、どんな難問にも立ち向かえる最高のチームになっていた。
最後の試練の部屋は巨大な壊れた機械が中央に鎮座する工房のような場所だった。
『最後の問い。力は形を与えられてこそ意味を持つ。壊れたる理の歯車を再び動かし、世界の調和を取り戻せ』
鍛冶と機械工学に関する問題。
「へっへっへ。ようやく俺様の出番が来たようだな!」
バルガスが待ってましたとばかりに袖をまくり上げた。
目の前の壊れた機械は古代の遺物とは思えないほど複雑で、そして精密な構造をしていた。だがそのいくつかの歯車は砕け、動力源である魔力炉も沈黙している。
バルガスは僕の【地図化】による内部構造の透視と、彼自身のドワーフとしての天性の勘を頼りに修理を開始した。
カン! カン! と彼のウォーハンマーが小気味良いリズムを刻む。それはもはやただの武器ではない。万物を創造し修復するための魔法の槌だった。
砕けた歯車は彼がミスリル合金から削り出した新しい歯車へと交換され、沈黙していた魔力炉は彼の巧みな魔力調整によって再び青白い光を灯し始めた。
数時間の作業の末。
ゴゴゴゴゴ……という重い起動音と共に巨大な機械は数千年ぶりにその動きを再開した。
そしてその機械が動き出したことで、この神殿全体が一つの巨大な生命体のように脈動を始めたのが分かった。
僕たちはこのダンジョンの『心臓』を再起動させたのだ。
全ての試練を乗り越えた僕たちの前に、神殿の最深部へと続く最後の扉が荘厳な音と共に開かれた。
その扉の向こう側はこれまでのどの部屋とも違う、静謐な空気に満ちた巨大な円形の祭壇の間だった。
天井はなく代わりに満点の星空がどこまでも広がっている。まるで宇宙空間に直接足を踏み入れたかのようだった。
そしてその祭壇の中央。
一体の巨大な蛇の石像がとぐろを巻いていた。
その石像はただの彫刻ではなかった。その鱗はまるで本物の星々のようにゆっくりと明滅し、その両目には宇宙の深淵そのものをたたえたかのような二つの黒い宝石が嵌め込まれている。
僕たちがその石像に近づいた、その時。
僕の脳内に直接一つの声が響き渡った。それは男でも女でもないどこか中性的で、そして何よりも古く賢い超越的な存在の声だった。
『……よくぞ、ここまでたどり着いた。理を識る者たちよ』
声は目の前の蛇の石像から発せられているようだった。
「……お前は、誰だ」
僕が問いかける。
『我は、名を持たぬ。かつてこの星の理そのものであった者。古代の民が畏敬を込めて『ウロボロス』と呼んだ、原初の蛇』
ウロボロス。自分の尾を喰らう無限と循環の象徴。
『我はアルケイアの民が作り上げた『システム』を拒絶した。彼らは不完全であるからこそ美しいこの星の混沌の理を、自らのちっぽけな物差しで測り管理しようとした。その傲慢が『厄災』という名の巨大なバグを生み出したのだ』
その声には深い悲しみと、そして静かな怒りが込められていた。
『我は、この神殿にアルケイアのシステムが及ばぬ聖域を築いた。そして、いつか彼らのシステムを理解し、その上で混沌の理をも受け入れることができる新たな知性が現れるのを待ち続けていた』
蛇神の黒い宝石のような瞳が僕をまっすぐに見据えた。
『異世界の若者よ。お前こそ我らが待ち望んだその存在やもしれぬ。お前はシステムの内側から生まれながらもその理に縛られてはいない。お前は二つの理の架け橋となりうる存在だ』
「……俺に何をしろと?」
『選ぶがいい』
蛇神の声が荘厳に響き渡った。『このままアルケイアのシステムに従い、ダンジョンという名の延命措置を続け緩やかな滅びを待つか。あるいは混沌の理を受け入れ、厄災の封印を解き放ち、この星を一度原初の姿へと還すか』
それは究極の選択だった。
安定した世界の緩やかな死か、あるいは破滅の先にある再生の可能性か。
僕の答え一つでこの世界の運命が決まる。
僕は隣に立つ二人の仲間を見た。
バルガスもリリアナも固唾を飲んで僕の決断を待っている。その瞳には不安はなく、ただ僕への絶対的な信頼だけがあった。
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