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第22話 クールな視線
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茂みの中にいる健太の心臓が、ドクリと大きく跳ねた。
少女の視線は、まるで鋭い針のように正確に自分を捉えている。寸分の狂いもなく、まるで最初から全てお見通しだったとでも言うように。
これ以上隠れていても無意味だと悟った健太は、観念して、ゆっくりと両手を上げながら茂みから姿を現した。
「あ、あの、怪しい者では……」
言いかけた言葉が、途中で途切れた。
少女は、冴えないスーツ姿の中年男(健太のことだ)が現れたことに、ほんの一瞬だけ、意外そうな表情を浮かべた。しかし、すぐにその瞳は元の氷のような温度に戻り、健太の頭のてっぺんからつま先までを、品定めするように値踏みする。
「……あなただったの」
少女の声は、見た目通りの、鈴の音のように澄んでいるのに、全く温度を感じさせなかった。
「さっきの粘液。あなたがやったことね」
断定的な口調。健太は、慌てて首を横に振った。
「いえいえ! とんでもない! 私はただの通りすがりのサラリーマンでして。道に迷って困っていたら、突然牛みたいなのが現れて、そしたらあなたが……いやはや、すごい剣技でした」
できる限り人畜無害な一般市民を装い、へらへらと笑いかける。サラリーマン時代に培った、面倒な相手をやり過ごすための処世術だ。
しかし、少女には全く通用しなかった。
「くだらない嘘」
彼女は吐き捨てるように言うと、健太に興味を失ったかのように背を向けた。そして、倒れ伏すミノタウロスたちに歩み寄ると、手慣れた様子で腰のナイフを抜き、その角や魔石を次々と剥ぎ取っていく。その所作には一切の無駄がなく、彼女がこれを日常的に行っていることが窺えた。
健太は、その隙にそっとこの場を立ち去ろうと考えた。あの剣技、あの殺気。関わればロクなことにならない。本能が最大級の警報を鳴らしていた。
だが、素材の回収を終えた少女は、再び健太の方を振り返った。
「あなたの戦い方、合理的ではあるわね。無駄な力を使わず、敵の機能を奪って無力化する。まるで罠師か何か」
「は、はあ……」
「でも、気に入らない。卑怯者のやり方よ」
冷たく言い放つと、彼女は健太の横を、何の警戒もせずに通り過ぎていく。すれ違いざま、彼女からシャンプーのような、清潔な香りがふわりと漂った。
健太は、彼女の背中に向かって、思わず問いかけていた。
「あの、あなたは……?」
少女は足を止めず、振り返りもしない。ただ、一言だけ、冷たい言葉を投げ返してきた。
「あなたに名乗る名前はない」
その言葉を残し、少女は森の奥へと、来た時と同じように音もなく消えていった。
一人残された健太は、しばらくその場に立ち尽くしていた。圧倒的な実力と、人を寄せ付けない絶対的な拒絶。
「……とんでもないのに会っちまったな」
彼は、自分の計画を続ける気にもなれず、その日は早々にダンジョンから撤退することにした。
ギルドに戻る途中、探索者たちが立ち寄る小さな休憩所に寄って、情報収集を試みる。すると、ちょうど先ほど健太が助けたBランクパーティーのメンバーたちが、興奮した様子で自分たちの体験を語っているのが聞こえてきた。
「マジで死ぬかと思ったぜ。そしたら、いきなり空からベトベトが降ってきて……」
「そのあとだ! 『黒髪の死神』が現れたのは!」
その言葉に、健太は聞き耳を立てた。
「ああ、水無月シオンのことか。あの子、またこの辺りをうろついてるのか」
「なんでも、元はあのSランクパーティー『暁の剣』のエースだったらしいぜ」
「Sランク!? なんでそんなのがソロで……」
別の探索者が、声を潜めて答える。
「パーティーを裏切って追放されたって噂だ。いや、逆だったかな? 仲間から裏切られて、人間不信になったとか……。どっちにしろ、訳ありなのは間違いない」
水無月シオン。
健太は、その名前と、彼女の氷のような瞳を思い返していた。
裏切り。人間不信。あの尋常ではない強さと孤独は、そこから来ているのかもしれない。
面倒なことに関わってしまった。健太はそう思いながらも、心のどこかで、あの少女のことが妙に気になっている自分に気づいていた。
少女の視線は、まるで鋭い針のように正確に自分を捉えている。寸分の狂いもなく、まるで最初から全てお見通しだったとでも言うように。
これ以上隠れていても無意味だと悟った健太は、観念して、ゆっくりと両手を上げながら茂みから姿を現した。
「あ、あの、怪しい者では……」
言いかけた言葉が、途中で途切れた。
少女は、冴えないスーツ姿の中年男(健太のことだ)が現れたことに、ほんの一瞬だけ、意外そうな表情を浮かべた。しかし、すぐにその瞳は元の氷のような温度に戻り、健太の頭のてっぺんからつま先までを、品定めするように値踏みする。
「……あなただったの」
少女の声は、見た目通りの、鈴の音のように澄んでいるのに、全く温度を感じさせなかった。
「さっきの粘液。あなたがやったことね」
断定的な口調。健太は、慌てて首を横に振った。
「いえいえ! とんでもない! 私はただの通りすがりのサラリーマンでして。道に迷って困っていたら、突然牛みたいなのが現れて、そしたらあなたが……いやはや、すごい剣技でした」
できる限り人畜無害な一般市民を装い、へらへらと笑いかける。サラリーマン時代に培った、面倒な相手をやり過ごすための処世術だ。
しかし、少女には全く通用しなかった。
「くだらない嘘」
彼女は吐き捨てるように言うと、健太に興味を失ったかのように背を向けた。そして、倒れ伏すミノタウロスたちに歩み寄ると、手慣れた様子で腰のナイフを抜き、その角や魔石を次々と剥ぎ取っていく。その所作には一切の無駄がなく、彼女がこれを日常的に行っていることが窺えた。
健太は、その隙にそっとこの場を立ち去ろうと考えた。あの剣技、あの殺気。関わればロクなことにならない。本能が最大級の警報を鳴らしていた。
だが、素材の回収を終えた少女は、再び健太の方を振り返った。
「あなたの戦い方、合理的ではあるわね。無駄な力を使わず、敵の機能を奪って無力化する。まるで罠師か何か」
「は、はあ……」
「でも、気に入らない。卑怯者のやり方よ」
冷たく言い放つと、彼女は健太の横を、何の警戒もせずに通り過ぎていく。すれ違いざま、彼女からシャンプーのような、清潔な香りがふわりと漂った。
健太は、彼女の背中に向かって、思わず問いかけていた。
「あの、あなたは……?」
少女は足を止めず、振り返りもしない。ただ、一言だけ、冷たい言葉を投げ返してきた。
「あなたに名乗る名前はない」
その言葉を残し、少女は森の奥へと、来た時と同じように音もなく消えていった。
一人残された健太は、しばらくその場に立ち尽くしていた。圧倒的な実力と、人を寄せ付けない絶対的な拒絶。
「……とんでもないのに会っちまったな」
彼は、自分の計画を続ける気にもなれず、その日は早々にダンジョンから撤退することにした。
ギルドに戻る途中、探索者たちが立ち寄る小さな休憩所に寄って、情報収集を試みる。すると、ちょうど先ほど健太が助けたBランクパーティーのメンバーたちが、興奮した様子で自分たちの体験を語っているのが聞こえてきた。
「マジで死ぬかと思ったぜ。そしたら、いきなり空からベトベトが降ってきて……」
「そのあとだ! 『黒髪の死神』が現れたのは!」
その言葉に、健太は聞き耳を立てた。
「ああ、水無月シオンのことか。あの子、またこの辺りをうろついてるのか」
「なんでも、元はあのSランクパーティー『暁の剣』のエースだったらしいぜ」
「Sランク!? なんでそんなのがソロで……」
別の探索者が、声を潜めて答える。
「パーティーを裏切って追放されたって噂だ。いや、逆だったかな? 仲間から裏切られて、人間不信になったとか……。どっちにしろ、訳ありなのは間違いない」
水無月シオン。
健太は、その名前と、彼女の氷のような瞳を思い返していた。
裏切り。人間不信。あの尋常ではない強さと孤独は、そこから来ているのかもしれない。
面倒なことに関わってしまった。健太はそう思いながらも、心のどこかで、あの少女のことが妙に気になっている自分に気づいていた。
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