クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

文字の大きさ
9 / 100

第9話 君の好きなもの

しおりを挟む
約束の昼休み。俺は健太からの誘いを再び断り、いそいそと図書室へ向かった。一番奥の閲覧席には、既に月宮さんが座って待っていた。俺の姿を認めると、その表情がふわりと和らぐ。昨日よりもずっとリラックスしているように見えた。

「待たせた?」
俺が声で言うと、彼女はふるふると首を横に振った。そして、机の上に広げたノートを指差す。そこには、綺麗な文字で『私も今来たところです』と書かれていた。律儀なやつだな、と俺は笑った。

向かいの席に座り、俺たち二人だけの授業が始まる。
昨日と同じように、筆談と手話を織り交ぜての会話。最初はぎこちなかったこのスタイルも、二日目にしてすっかり俺たちの間の「普通」になっていた。

今日はまず、新しい手話をいくつか教えてもらうことにした。
俺はノートに『「好き」という手話を知りたい』と書いた。
俺の文字を見た瞬間、月宮さんの肩がぴくりと震え、頬に朱が差したのが分かった。別に変な意味で聞いたわけじゃないのに、この単語はやっぱり特別なんだろうか。

彼女は少し照れくさそうにしながらも、ゆっくりと指を動かしてくれた。
片方の手のひらで、自分の頬を優しく、慈しむように撫でる。
『好き』

その仕草は、なんだかとても色っぽく見えた。彼女の白い指が、赤い頬をそっと撫でる。その光景から目が離せなくなる。
俺がぽかんと見とれていると、彼女は恥ずかしくなったのか、慌てて手を下ろして俯いてしまった。

「あ、いや、ごめん。すごく分かりやすかった。ありがとう」
俺は慌ててフォローし、ノートに次の質問を書いた。今覚えたばかりの言葉を、早速使ってみることにした。

『月宮さんの、好きなものは?』

俺の質問に、彼女は顔を上げた。その瞳は、さっきまでの恥じらいの色から一転、子供のようにきらきらと輝いていた。待ってました、とでも言いたげな表情だ。
彼女は嬉しそうにこくりと頷くと、まず一つの答えを指先で表現した。

両手で、猫のひげを作るように、頬の横で指を動かす。
『猫』

その仕草が、あまりにも可愛すぎて。俺は思わず「うわ」と小さな声を出してしまった。クールビューティーな彼女が、猫の真似をしている。この破壊力は凄まじい。
俺の反応を見て、彼女は満足そうににこりと笑った。そして、自分のスマホを取り出すと、慣れた手つきで操作し、画面を俺の方に向けてきた。

そこに映っていたのは、一匹の真っ白な猫の写真だった。青い瞳をした、気品のある猫だ。彼女の膝の上で、気持ちよさそうに丸くなっている。

『うちの子。名前は「ソラ」』
彼女はノートにそう書き、スマホの画面を愛おしそうに撫でた。写真の中のソラに頬ずりする彼女の自撮り写真まで見せてくれる。完全にデレデレだった。
「へえ、飼ってるんだ。美人な猫だな。飼い主に似て」
俺がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして、スマホをひっくり返して隠してしまった。そして、抗議するように俺の腕を軽くぽかぽかと叩いてくる。その仕草すら、猫がじゃれているようで可愛かった。

ひとしきり猫の話で盛り上がった後、彼女は「もう一つある」というように人差し指を立てた。
そして、今度は本当に幸せそうな、とろけるような笑顔で、次の言葉を紡いだ。

両手を合わせて器の形を作り、スプーンで何かをすくって食べる仕草。
『甘いもの』

なるほど。彼女のイメージからは少し意外だったが、その幸せそうな顔を見れば納得しかない。
彼女は夢中になって、次々と好きなスイーツを手話で表現していく。
指で四角を描いて『ケーキ』。両手で円を描いてから、食べる真似をして『パンケーキ』。グラスの形を作って『パフェ』。
その一つ一つを表現するたびに、彼女の瞳は輝きを増していく。本当に好きなんだな、ということが痛いほど伝わってきた。

彼女は興奮気味にノートにペンを走らせる。
『駅前のカフェの、季節限定フルーツタルトが最高なんです!』
その文字からは、熱意が溢れ出ていた。クールな印象とのギャップが、また俺の心臓をぎゅっと掴む。

彼女の好きなものをたくさん知ることができて、俺は満足感に浸っていた。
すると、今度は彼女が、いたずらっぽく笑いながら俺を見た。そして、ノートの新しいページに、こう書いた。

『航くんの好きなものは?』

質問が、返ってきた。
俺は少し考え込んだ。ゲーム、漫画、映画。好きなものは色々ある。
でも、今、この瞬間に一番「好き」だと感じるものは、たった一つしかなかった。

俺は少し照れくさかったが、正直に伝えることにした。
ペンを取る代わりに、俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
そして、さっき彼女に教えてもらったばかりの手話を、心を込めて使った。

まず、人差し指で彼女を指す。『君』
次に、接続詞の『と』。
そして、両手を向かい合わせて会話するような仕草。『こうして話す時間』

最後に、頬をそっと撫でる。
『好き』

『君と、こうして話す時間が好きだ』

俺の言葉が、静かな図書室の空気に溶けていく。
月宮さんは、俺の指の動きを最後まで見届けると、まるで時間が止まったかのように、ぴたりと固まった。
そして、次の瞬間。
彼女の顔が、ぼん、と音を立てそうな勢いで真っ赤に染まった。
それはもう、今までの比じゃない。耳まで、首筋まで、全てが熟れた果実のように赤くなっている。

彼女は「あうあう」と声にならない声を漏らしながら、両手で顔を覆って机に突っ伏してしまった。その狼狽えぶりが、俺の言葉がど真ん中に突き刺さったことを物語っていた。
その姿が、あまりにも愛おしくて。俺はたまらなくなって、くつくつと笑いがこみ上げてくるのを抑えきれなかった。

昼休みが終わるチャイムが、まるで祝福の鐘のように鳴り響いた。
彼女は最後まで顔を上げてくれなかったが、教室に戻る時、ほんの少しだけ俺の服の袖を掴んでいたその指先が、熱を帯びていたのを、俺は確かに感じていた。
彼女の好きなものを知るたびに、俺の中の「好き」も、どんどん大きくなっていく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた

九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。 そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2026.1.21)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿 心刃
恋愛
僕の幼馴染で姉的な存在である西田香奈は、眉目秀麗・品行方正・成績優秀と三拍子揃った女の子だ。彼女は、この辺りじゃ有名な女子校に通っている。僕とは何の接点もないように思える香奈姉ちゃんが、ある日、急に僕に急接近してきた。 僕の名は、周防楓。 女子校とは反対側にある男子校に通う、ごく普通の男子だ。

不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく

桜乃マヒロ
恋愛
 姉の柊和(ひより)は美人で聡明な完璧万能超人、弟の護(まもる)は優しく献身的な天然男子。高校生ながら二人暮らしの柊和と護は、お互いを支え合って日々を生きてきた。  ある日、友人である生徒会長から呼び出された柊和は、自分を次の生徒会の会長に推薦したいと打診を受ける。 「私はただ、私の後なら柊和ちゃんがいいなって、そんな風に思っただけだからね」  二人だけの閉鎖的だった日常は、生徒会をきっかけに急激な変化を迎える。新しい出会いと日常の中で、今まで眠っていた二人の過去と、片や必死に封じ込み、片や無自覚だった特別な想いに、光が射し込むことになり──? 「あくっ……護には負けない!」 「なんの話か知らないけど、宣言されたら負かせたくなるね?」  顔と心に傷として刻まれた過去に囚われ、自分よりお互いを大切にしすぎてすれ違い続ける不器用な姉弟。そんな二人の両片思いのお話。 —————————————————————————————————  面白いと思っていただけた時は、お気に入りにしていただけると、凄く励みになります!  一日一話を目標に更新中!(現在火曜・木曜・土曜お休み中) 「小説家になろう」 「カクヨム」様でも同時に投稿しています。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。 地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。 クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。 彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。 しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。 悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。 ――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。 謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。 ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。 この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。 陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...