クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

文字の大きさ
17 / 100

第17話 君の横顔、雨の匂い

しおりを挟む
ざあざあと降りしきる雨が、アスファルトを叩く音だけが響いている。
小さな傘の下、俺と雫は肩を寄せ合いながら歩いていた。肩と肩が触れ合う距離。普段の教室では考えられない近さに、俺の心臓はうるさいくらいに鳴り響いていた。緊張で、呼吸の仕方さえ忘れそうだ。

俺は雫が濡れないように、必死で傘を彼女の方へ傾けていた。そのせいで、俺の右肩はすっかり雨に打たれ、制服のシャツがじっとりと肌に張り付いて冷たい。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ、隣から伝わってくる彼女の温もりが、雨の冷たさを忘れさせてくれる。

しばらく無言で歩いていると、ふと、雫が俺の顔を心配そうに見上げてきた。
そして、俺の濡れた右肩に気づいたのだろう。その眉が、きゅっと悲しそうに寄せられた。
彼女は何かを言いたそうに口を開きかけたが、声にならない息が漏れるだけだった。手話を使おうにも、彼女の両手は鞄で塞がっている。
もどかしそうに唇を噛む彼女。その表情から「ごめんなさい」「私のせいで」という心の声が聞こえてくるようだった。

俺は大丈夫だと伝えたくて、彼女に小さく笑いかけてみせた。
「平気だよ。気にしないで」
声に出した言葉は、激しい雨音にかき消されてしまったかもしれない。でも、彼女には伝わったようだった。彼女は少しだけ表情を和らげ、こくりと頷いた。

そして、次の瞬間だった。
彼女が、意を決したように、俺の制服の袖を、遠慮がちに、しかしきゅっと掴んだのだ。

「!」

指先から、電気が走ったような衝撃が全身を駆け巡った。
俺は驚いて彼女の方を見る。
彼女は、俺の濡れた肩と自分の肩が離れないように、俺の袖を掴んで自分の方へぐいと引き寄せていた。
もっと、こっちに来て。
あなたも、濡れないで。
声にならない彼女のメッセージが、その小さな手のひらから痛いほど伝わってきた。

俺の袖を掴む、彼女の小さな手。
白い指先。少しだけ冷たいけれど、その奥には確かな温もりがあった。
その温もりが、まるで導火線に火をつけたかのように、俺の心の中で燻っていた感情を爆発させた。

俺は、すぐ隣にある彼女の横顔を見た。
雨に濡れた艶やかな黒髪が、白い頬に張り付いている。
長い睫毛の先には、小さな雨粒が宝石のようにきらりと光っていた。
雨の匂いに混じって、彼女の甘いシャンプーの香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。
世界が、スローモーションになった。

ああ、そうか。
その瞬間、俺は全てを理解した。
パズルの最後のピースが、カチリと音を立ててはまったような感覚。

初めて教室で、彼女が手話をしているのを見た時の、あの衝撃。
もっと知りたい、話してみたいと思った、あの強い好奇心。
初めて『こんにちは』を返してくれた時の、どうしようもない高揚感。
彼女の笑顔を見るたびに、胸が高鳴っていた理由。
図書室で夢を語る彼女の姿が、眩しくてたまらなかったこと。
夜中に交わすメッセージの一つ一つが、俺の心を温めてくれたこと。
手作りクッキーの甘さと、そこに込められた優しさ。
そして今、この小さな傘の下で感じている、守りたいという強い想い。

それら全てが、バラバラだった感情のピースが、一つの形を成していく。
それは、とてもシンプルで、どうしようもなく強力な、たった一つの言葉だった。

好きだ。
俺は、月宮雫のことが、好きなんだ。

その感情を自覚した途端、世界の色が鮮やかに変わった。
今までBGMのように聞こえていた雨音が、まるで俺たちのための祝福の音楽のように、心地よく響き始める。
肩から伝わる彼女の体温が、今まで以上に特別で、愛おしいものに感じられた。
俺の袖を掴む彼女の指先が、俺の心の最も柔らかい場所を、優しく掴んでいるようだった。

この気持ちは、ただの興味なんかじゃない。
はっきりとした、恋愛感情だった。
彼女に笑っていてほしい。彼女の隣にいたい。誰にも渡したくない。
そんな独占欲にも似た感情が、腹の底から湧き上がってくる。

気づけば、駅の明かりが見えてきていた。
俺たちの短い相合傘の時間は、もうすぐ終わりを告げる。
名残惜しくて、歩く速度が自然と遅くなってしまった。隣の彼女も、同じ気持ちでいてくれたらいいのに。そんなことを思う。

駅の屋根の下に入り、俺は傘を閉じた。
彼女が、名残惜しそうに俺の袖から手を離す。その温もりが消えていくのが、寂しかった。
「じゃあ、また明日」
俺は声で言い、そして空いている左手で、手話の『さようなら』を送った。
彼女も、こくりと頷いて、同じように『さようなら』を返してくれる。その表情は、少しだけ寂しそうに見えた。

彼女は改札口へと向かい、一度だけこちらを振り返って、ぺこりと小さくお辞儀をした。
その姿が人混みに消えていくのを、俺はいつまでも見送っていた。

一人になった途端、ずぶ濡れになった右肩の冷たさが、急に現実味を帯びてくる。
でも、不思議だった。
体は冷たいのに、心の中は、まるで燃えているかのように熱かった。
月宮雫への、どうしようもない恋心で。

この熱い気持ちを、俺はこれからどうすればいいのだろう。
ただのクラスメイトで、秘密の共有者。その心地よい関係が、この瞬間から全く違う意味を持ち始めてしまった。
電車を待つホームで、俺は雨に濡れた街を眺めながら、ただ一人、胸の高鳴りを抑えることしかできなかった。
恋の始まりは、雨の匂いと、君の横顔の味がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた

九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。 そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2026.1.21)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿 心刃
恋愛
僕の幼馴染で姉的な存在である西田香奈は、眉目秀麗・品行方正・成績優秀と三拍子揃った女の子だ。彼女は、この辺りじゃ有名な女子校に通っている。僕とは何の接点もないように思える香奈姉ちゃんが、ある日、急に僕に急接近してきた。 僕の名は、周防楓。 女子校とは反対側にある男子校に通う、ごく普通の男子だ。

不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく

桜乃マヒロ
恋愛
 姉の柊和(ひより)は美人で聡明な完璧万能超人、弟の護(まもる)は優しく献身的な天然男子。高校生ながら二人暮らしの柊和と護は、お互いを支え合って日々を生きてきた。  ある日、友人である生徒会長から呼び出された柊和は、自分を次の生徒会の会長に推薦したいと打診を受ける。 「私はただ、私の後なら柊和ちゃんがいいなって、そんな風に思っただけだからね」  二人だけの閉鎖的だった日常は、生徒会をきっかけに急激な変化を迎える。新しい出会いと日常の中で、今まで眠っていた二人の過去と、片や必死に封じ込み、片や無自覚だった特別な想いに、光が射し込むことになり──? 「あくっ……護には負けない!」 「なんの話か知らないけど、宣言されたら負かせたくなるね?」  顔と心に傷として刻まれた過去に囚われ、自分よりお互いを大切にしすぎてすれ違い続ける不器用な姉弟。そんな二人の両片思いのお話。 —————————————————————————————————  面白いと思っていただけた時は、お気に入りにしていただけると、凄く励みになります!  一日一話を目標に更新中!(現在火曜・木曜・土曜お休み中) 「小説家になろう」 「カクヨム」様でも同時に投稿しています。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。 地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。 クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。 彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。 しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。 悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。 ――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。 謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。 ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。 この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。 陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...