クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第19話 ご褒美の約束

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テスト期間中の放課後は、すっかり俺たちの指定席になった。
図書室の長机。隣り合った椅子。静かな空間に響く、カリカリというペンの音と、時々交わされるひそやかな会話。
あの日から毎日続いた勉強会は、俺にとってかけがえのない時間だった。
苦手な数学の問題が解けて嬉しそうに微笑む雫。俺が少し難しい問題を解いてみせると、尊敬の眼差しを向けてくれる雫。その一つ一つの表情が、俺の心を深く満たしていく。
恋心を自覚してからというもの、彼女の全てが愛おしくてたまらなかった。

そして、あっという間にテスト期間最終日がやってきた。
今日が終われば、この特別な放課後も終わりを迎える。そう思うと、胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさがこみ上げてきた。

「よし、これで最後だな。よく頑張った」
最後の問題を解き終えた雫のノートを見て、俺はそう声をかけた。彼女は「終わったー」というかのように、机に突っ伏して大きく伸びをする。その無防備な仕草に、俺の心臓がまた一つ跳ねた。

彼女は顔を上げると、俺に向かって深々と頭を下げた。そして、とても真剣な表情で、手話で伝えてくれる。
『航くんのおかげです。本当に、ありがとう』
その丁寧な指の動きと、真っ直ぐな瞳に、俺は少し照れくさくなってしまう。
「俺は何もしてないよ。雫が頑張ったからだ」
そう返すと、彼女はふるふると首を横に振った。そして、ノートにペンを走らせる。

『航くんが隣にいてくれたから、頑張れました』

そのストレートな言葉に、俺は完全にノックアウトされた。
顔が熱い。絶対に赤くなっている。俺はそれを誤魔化すように、慌てて参考書を鞄に詰め込んだ。心臓の音が、彼女に聞こえてしまうんじゃないかと本気で心配になる。

これで、終わりか。
明日からはまた、いつもの放課後に戻る。休み時間に少しだけ言葉を交わし、昼休みに図書室で会うだけの日々に。
それが、たまらなく寂しいと思った。
もっと、一緒にいたい。
このテスト期間だけの特別な関係で、終わらせたくない。
もっと、彼女の笑顔が見たい。学校の中だけじゃなくて、違う場所で、違う表情の彼女を。

その思いが、俺の中で一つの決意に変わった。
俺はごくりと唾を飲み込み、まだ机に向かっている彼女に視線を向けた。心臓が、今までにないくらい大きく、速く脈打っている。

何をためらっているんだ、相田航。
ここで一歩踏み出さなきゃ、男じゃないだろ。
俺は自分を奮い立たせ、意を決して指を動かし始めた。
口実は、ちゃんと考えてある。彼女の、一番好きなものを。

『テスト』『終わり』
まず、そう切り出した。彼女は不思議そうに、こくりと頷く。
俺は続けた。
『よく、頑張ったね』
そう言って、彼女の頭を撫でるような仕草をしてみせる。彼女の頬が、ぽっと赤く染まった。
そして、本題に入る。

『だから』
俺は少しだけ間を置いた。彼女が、固唾を飲んで俺の次の言葉を待っているのが分かる。
『ご褒美に』
俺は、以前彼女が幸せそうに表現してくれた、あの手話を思い出す。
両手を合わせて器の形を作り、スプーンで何かをすくって食べる仕草。
『甘いもの、食べに行かない?』

俺の言葉が、静かな図書室の空気に溶けていく。
それは、紛れもないデートの誘いだった。
俺は、自分の指が少し震えていたことに、後になって気づいた。

俺のメッセージを受け取った雫は、完全に固まっていた。
時が止まったかのように、身じろぎ一つしない。
黒曜石のような瞳が、信じられない、というように大きく見開かれている。
その表情は、初めて俺が手話で話しかけた、あの日の彼女とよく似ていた。

長い、長い沈黙。
やっぱり、ダメだったか。唐突すぎたか。
俺の心臓が、不安で冷たく縮こまっていく。
諦めの気持ちが胸をよぎり、何か言い訳を探そうと口を開きかけた、その時だった。

固まっていた彼女の顔が、ゆっくりと、しかし確実に、変化していく。
まず、驚きに染まっていた頬が、じわじわと赤みを帯びてきた。
そして、その赤みは見る見るうちに濃くなっていき、耳まで、首筋まで、全てが夕焼けのように真っ赤に染め上がった。
彼女は、その小さな顔に、これ以上ないというくらい感情を詰め込んでいた。驚きと、戸惑いと、そして、隠しきれない喜びと。

やがて、彼女は恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、両手で顔を覆って俯いてしまった。
その姿を見て、俺は確信した。
断られたわけじゃない。

俺は、彼女の返事を辛抱強く待った。
しばらくして、彼女は顔を覆ったまま、指の隙間から、ちらりと俺の様子を窺った。
その潤んだ瞳と視線が合う。
俺が、大丈夫だよ、というかのように小さく微笑むと、彼女は観念したように、ゆっくりと手を顔から離した。
まだ真っ赤な顔のまま、彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめる。

そして、本当に小さく、しかしはっきりと。
こくり、と一度だけ、頷いた。

その瞬間、俺の心の中で、何かが弾けた。
安堵と、喜びと、そして愛おしさが、ごちゃ混ぜになって胸いっぱいに広がる。
やった。
俺は、心の中で叫び、力強くガッツポーズをした。

テストが終わる。そして、新しい何かが始まる。
初めて交わした、学校の外で会うという約束。
それは、俺たちの関係が、また一つ、新しい扉を開いた証だった。
今から、約束の日が楽しみで仕方がない。
どんな服を着てこようか。彼女は、どんな顔で笑ってくれるだろうか。
そんな期待に胸を膨らませながら、俺はテスト最終日を最高の気分で終えることができた。
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