クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第43話 買い出しはデートの口実

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雫の才能がクラスに認められたあの日から、文化祭カフェの準備は驚くほどスムーズに進み始めた。
彼女が提案した数々のお菓子はどれも女子たちの心を鷲掴みにし、「全部作りたい!」という熱狂的な支持を得た。男子たちも完成予想図のあまりの美味しそうな見た目に、文句を言う者はいなくなった。
雫はレシピ考案のリーダーとして、一躍クラスの中心人物になっていた。

といっても、彼女自身が前に出て指示を出すわけではない。
天野さんたちが「月宮さん、このチョコはビターとミルクどっちがいい?」と質問すると、雫がスケッチブックにイラストや文字で的確に答える。その指示を天野さんたちがクラス全体に伝達する。
その連携は完璧で、雫はまるで敏腕プロデューサーのようだった。

そんな彼女の姿を、俺は少しだけ離れた場所から誇らしい気持ちで見守っていた。
俺の役割は主に力仕事だ。机を運んだり、装飾用の木材を切ったり。健太たちと一緒に汗を流す。
それでも時々、人混みの中で雫と目が合う。
すると彼女は、誰にも気づかれないように小さく手を振ってくれるのだ。そのささやかなやり取りだけで、俺はどんな疲れも吹き飛んでしまう。

準備が本格化してきたある日の放課後。
ホームルームで、買い出し係を決める話し合いが行われた。
小麦粉、砂糖、バター、チョコレート。リストアップされた材料はかなりの量になる。
「誰か、買い出し行ってくれる人ー?」
天野さんが声を上げるが、面倒な役回りに誰も手を挙げようとしない。
その空気が停滞した瞬間だった。
俺は、まるで示し合わせたかのようにすっと手を挙げた。

「俺、行きます」

俺の立候補に、クラスの全員が「おっ」という顔でこちらを見る。
そして、俺の視線がどこに向いているのかを察した健太が、ニヤリと笑いながら言った。
「相田一人じゃ大変だろ。なあ、月宮さん。材料のこと一番分かってるわけだし、一緒に行ってやってくれよ」
健太の完璧すぎるアシスト。
クラスの全員の視線が、一斉に雫へと注がれる。
突然話を振られた雫は、びくりと肩を震わせ、顔を真っ赤にして固まってしまった。

俺は彼女に助け舟を出すように、手話でそっと伝えた。
『お願い、一緒に来てほしい』
俺のメッセージを見て、彼女は少しだけ迷うように視線を彷徨わせた後、意を決したようにこくりと小さく頷いた。
その瞬間、教室のあちこちから「ひゅーひゅー!」という冷やかしの声が上がった。俺と雫は顔を見合わせて、同時に俯いてしまった。

こうして俺たちは、公式に認められた「買い出しデート」の権利を手に入れたのだった。

放課後。俺と雫は二人並んで駅前の大きなスーパーへ向かっていた。
夕暮れの光が、俺たちの影を長く、長く伸ばしている。
隣を歩く彼女の横顔を盗み見ると、その頬はまだほんのりと赤いままだった。
学校の外で、二人きり。制服姿で並んで歩く。
それはカフェデートの時とはまた違う、甘酸っぱくて少しだけ背徳的な気分にさせた。

スーパーの中は、夕飯の買い物に来た主婦や部活帰りの学生たちで賑わっていた。
俺たちは買い物カートを押しながら、お菓子作りの材料が並ぶコーナーへと向かう。
「えーっと、まずは小麦粉と……砂糖か」
俺がリストを読み上げると、雫はてきぱきと商品棚から目的のものを見つけ出し、カートの中に入れていく。その姿はまるでベテランの主婦のようだ。

「バターって、有塩と無塩、どっちがいいんだ?」
俺が尋ねると、彼女はスマホを取り出し、素早く文字を打ち込んで見せてくれた。
『クッキーには無塩バターが基本だよ。有塩を使うと、少し塩気のある、甘じょっぱい味になるの』
なるほど、と俺は感心する。知らないことばかりだ。
『今回はシンプルな甘さにしたいから、無塩でいこう』
彼女の的確な指示に従い、俺は無塩バターをカゴに入れた。

チョコレートのコーナーでは、二人の意見が少しだけ分かれた。
「俺はミルクチョコが好きだな」
俺が手話でそう伝えると、彼女は少しだけ困ったような顔をしてスマホに打ち込む。
『でも、ガトーショコラに使うなら、カカオ分70%以上のビターチョコの方が味が本格的になるんだよ』
その真剣な表情は、もはや職人の顔つきだった。
『……でも、航くんがミルクチョコが好きなら、少しだけ混ぜてみようかな。隠し味みたいに』
そう言って、彼女はいたずらっぽく微笑んだ。
その笑顔に、俺の心臓は簡単に撃ち抜かれた。

二人で相談しながら、一つ一つの材料を選んでいく。
「卵は新鮮な方がいいよね」「この生クリーム、安くなってる!」
そんな他愛ない会話。
周りから見たら、俺たちは一体どんな風に見えているのだろう。
もしかしたら新婚夫婦の初めての買い物みたいに見えているのかもしれない。
そんなことを想像してしまい、俺は一人で顔が熱くなるのを感じた。

全ての材料をカートに入れ終え、レジに並ぶ。
会計を済ませ、大量の荷物をいくつかの袋に分けて持つ。
「俺が持つよ」
俺が一番重い袋を持とうとすると、雫はふるふると首を横に振り、自分も持つと譲らない。
結局、俺が二つ、彼女が一つという分担で落ち着いた。
自分も手伝うと、小さな体で一生懸命重い袋を運ぼうとする彼女の姿が、どうしようもなく愛おしかった。

スーパーを出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。
街灯が俺たちの帰り道をぼんやりと照らしている。
二人並んで、同じ重さを分け合いながら歩く夜道。
それは紛れもなく、今までで一番甘くて幸せなデートの時間だった。
文化祭の準備という口実はいつの間にかどこかへ消え去り、そこにはただ、穏やかで満ち足りた空気が流れていた。
このまま、時が止まってしまえばいいのに。
俺は隣で一生懸命歩く彼女の小さな背中を見つめながら、本気でそう願っていた。
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