クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第55話 世界が変わる朝

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恋人になった週末は、まるで夢の中にいるようだった。
日曜日は一日中、雫とのメッセージのやり取りに費やされた。今までとは違う、恋人同士としての甘い言葉の応酬。
『早く、会いたいな』
俺がそう送ると、彼女からは『私もです』という返信と共に、指でハートマークを作っている猫のスタンプが送られてくる。その一つ一つに、俺の心臓は撃ち抜かれ続けた。
夜、「おやすみ」を言うのが名残惜しくて、気づけば日付が変わる時間までメッセージを続けていた。

そして、運命の月曜日の朝が来た。
俺はいつもよりずっと早く目が覚めてしまった。遠足の日の朝の小学生みたいに、興奮で眠りが浅かったのだ。
制服に袖を通し、鏡の前に立つ。
そこに映っているのはいつもと同じ平凡な俺だ。
でも、その目に映る世界は昨日までとは全く違って見えた。
窓から差し込む朝日がいつもより輝いて見える。道端に咲く花がやけに色鮮やかに見える。世界がキラキラと輝き始めたようだった。
これが恋の力というやつか。俺は少しだけ気恥ずかしくなりながらも、その高揚感を隠しきれなかった。

教室のドアの前に立ち、一度深呼吸をする。
中にいるのはただのクラスメイトじゃない。
俺の「彼女」になった月宮雫だ。
どんな顔で会えばいいんだろう。
何を話せばいいんだろう。
心臓が早鐘を打っている。

俺は意を決してドアを開けた。
教室の中はまだまばらな人影しかない。
俺の視線は吸い寄せられるように、窓際の一番後ろの席へと向かった。

いた。
彼女はもう自分の席に座っていた。
夏の終わりを告げる柔らかな日差しが、彼女の艶やかな黒髪を優しく照らしている。
その姿はいつもと同じはずなのに。
今日はまるで後光が差しているかのように、神々しく見えた。

俺が教室に入ってきたことに気づいたのか、彼女の肩がびくりと小さく震えた。
そして、ゆっくりと、本当にゆっくりと、彼女がこちらを振り返る。
視線がばっちりと交差した。
その瞬間、お互いの脳裏にあの丘の上での出来事と、繋いだ手の温もりが鮮やかにフラッシュバックした。

二人して顔がぼっと赤くなるのが分かった。
心臓がうるさいくらいに鳴り響く。
先に視線を逸らしたのは彼女だった。恥ずかしそうにぷいっと顔を背け、俯いてしまう。長い前髪が彼女の表情を隠してしまった。
その初々しい反応がたまらなく愛おしい。

俺は自分の席へと向かいながら、平静を装うのに必死だった。
健太がまだ来ていないのが唯一の救いだった。あいつがいたら、間違いなく「お前ら、朝からイチャイチャしてんじゃねえよ!」と大声でからかってきたに違いない。

席に着き、鞄を机の横にかける。
さあ、どうする。
恋人になって初めて交わす言葉は、何がいいだろう。
いつも通り『おはよう』でいいのか? いや、でも、それだけじゃ足りない気がする。
俺が一人で悶々と悩んでいると、ふと机の下で何かが動く気配がした。

視線を下ろすと、隣の席の雫が机の下、誰にも見えない空間で、そっと俺の方に手を差し出していた。
そして、その小さな手がゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

まず、両手で家の屋根のような形を作る。『朝』
そして、頬を優しく撫でる。『の』
次に、刀のようにした手をもう片方の腕に当てる。『挨拶』

『朝の挨拶』

彼女はそう伝えると、少しだけ躊躇うように指を止めた。
そして、次の瞬間。
今まで見た中で一番甘くて、一番幸せそうな、とろけるような笑顔で。
彼女は俺に向かってこう続けた。

手のひらを俺の方に向け、額の横で敬礼するように。
『おはよう』

それはいつもと同じ朝の挨拶だった。
でも、昨日までとは全く違う。
その言葉には「私の、大好きな航くん」という甘い響きが込められているように感じられた。

俺の心は完全に幸福感で満たされた。
ああ、もう。
この子の前では、俺の語彙力など無力なのだ。
俺は込み上げてくるどうしようもない愛おしさに、顔がにやけるのを必死で堪えながら。
彼女と同じように机の下でそっと手を動かした。

俺も最高の笑顔で。
心を込めて返す。
『おはよう、雫』

彼女の名前を手話で紡ぐ。
光の粒が、きらきらと落ちていくように。
俺のメッセージを受け取った彼女は、幸せそうに目を細めた。

世界が変わる朝。
恋人になって初めて交わす手話の「おはよう」。
それは昨日までとは全く違う、甘くて温かくて、そしてとびきり特別なものに感じられた。
誰にも気づかれない、二人だけの秘密の会話。
でも、その指先に乗せられた想いはどんな大声の愛の言葉よりも、ずっとずっと俺たちの心を強く結びつけてくれていた。

これから始まる新しい毎日。
この教室で君と交わす全ての言葉がきっと宝物になる。
俺はそんな輝かしい未来を確信しながら、最高に幸せな一日の始まりを静かに噛み締めていた。
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