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第66話 旅館の夜
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楽しかった修学旅行一日目が終わり、俺たちは京都市内の大きな旅館に到着した。
畳の匂いが心地よい広々とした和室。班ごとに分かれた部屋に荷物を置くと、どっと疲れが押し寄せてきた。
夕食は、豪華な京料理が並ぶ大広間で。班のメンバーでテーブルを囲み、今日一日の思い出話に花を咲かせた。着物姿の雫がいかに美しかったかという話題で、健太たちが俺を散々からかってきたが、俺は否定もできずただ照れ笑いを浮かべることしかできなかった。
夕食後はお風呂の時間だ。
広々とした大浴場で、俺は湯船に浸かりながら大きく息を吐いた。体の芯から疲れが溶けていくようだ。
「いやー、極楽極楽」
隣で同じように湯に浸かっている健太が、満足そうに呟いた。
「なあ航。お前、今日一日ずっとニヤニヤしてたぜ」
「してねえよ」
「嘘つけ。月宮さんと二人きりになった時の、お前の顔、見たことねえくらい締まりがなかったぞ」
「……うるせえな」
俺は顔の火照りを隠すように、ざばりと顔を洗った。湯気のせいだと思いたかったが、きっと耳まで赤くなっているに違いない。
その頃、女子風呂でも似たような会話が繰り広げられていた。
「月宮さーん! 今日の相田くん、めっちゃナイトって感じだったよね!」
天野さんがキャッキャとはしゃぎながら雫に話しかける。雫は、湯気でほんのりと上気した顔をさらに赤くして、こくりと頷くことしかできない。
「二人とも、すごくお似合いだったよ」
白石さんが穏やかな笑みでそう言うと、雫はますます恐縮したように肩までお湯に浸かってしまった。
その初々しい反応に、天-野さんたちは「可愛いー!」と声を上げ、雫との距離はまた一歩、確実に縮まっていた。
部屋に戻り、浴衣に着替えて布団を敷く。
いよいよ、修学旅行の夜のメインイベント、恋バナの時間だ。
俺たちの部屋は、俺と健太、そしてサッカー部のマサルとの三人部屋。消灯時間まで、まだ少しだけ時間がある。
電気を少しだけ暗くし、三つの布団をくっつけるようにして、俺たちは枕を抱えながら寝転がった。
口火を切ったのは、もちろん健太だった。
「で? 航よ」
ニヤニヤと、全てを見透かしたような笑みを浮かべ、彼は切り出した。
「ぶっちゃけ、お前ら、どこまで進んでんだ?」
そのあまりにもストレートな質問に、俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「なっ、何言ってんだよ!」
「まあまあ、隠すなって。手くらい、繋いでんだろ?」
「…………」
俺が黙っていると、健太は「図星か!」と、枕で俺の頭をバンと叩いてきた。
「じゃあ、その先は!? キスはしたのか、キスは!」
「してねえよ!」
俺は真っ赤な顔で叫んだ。ファーストキスは済ませていたが、それをこの男に教えるのは、なぜだか猛烈に癪だった。
「相田、ほんと幸せそうだよなー」
今まで黙って聞いていたマサルが、しみじみと呟いた。
「月宮さんといる時の相田、見たことねえくらい優しい顔してるもんな」
「そ、そうか?」
「ああ。なんか、こっちまで嬉しくなるぜ」
マサルの温かい言葉に、俺は少しだけ照れくさくなった。
「まあ、何はともあれ、おめでとうってことだ。末永くお幸せにな」
「だから、まだそんなんじゃ……」
「いいからいいから!」
健太は俺の言葉を遮ると、満足そうに腕を組んだ。「まあ、これも全て、二人のキューピッドである俺様のおかげだな!」と、ドヤ顔で胸を張る。その自信満々な態度には腹が立つが、半分くらいは事実なので、俺は何も言い返せなかった。
一方、その頃。
女子部屋でも甘酸っぱい尋問が始まっていた。
「ねえねえ月宮さん!」
天野さんが、目をキラキラと輝かせながら雫の布団に潜り込んできた。
「相田くんとは、いつからそんなに仲良くなったの? きっかけは!?」
その質問に、隣で本を読んでいた白石さんも興味深そうに耳をそばだてている。
突然の質問攻めに、雫は顔を真っ赤にして固まってしまった。
「あ、ご、ごめん! 困らせちゃった?」
天野さんが慌てて謝ると、雫はふるふると首を横に振った。そして少しだけ躊躇った後、意を決したように自分のスマホを取り出した。
そして、メモ帳にぽつり、ぽつりと、俺との馴れ初めを打ち込み始めたのだ。
『私が、手話で話してるのを、航くんだけが気づいてくれて』
『私のために、手話を、覚えてくれたの』
その文章を読んだ瞬間、天野さんと白石さんは顔を見合わせた。
そして、次の瞬間。
「「きゃーーーーーっ!!」」
小さな、しかし抑えきれない悲鳴が部屋に響いた。
「なにそれ! なにそれ! 少女漫画じゃん!」
「素敵すぎる……!」
二人は枕を抱きしめて、ベッドの上で足をバタバタとさせている。その興奮ぶりに、雫は驚きながらも、どこか嬉しそうだった。
「それで? それで?」
興奮冷めやらぬ天野さんに促され、雫は少しだけ照れながら、でも本当に幸せそうに話を続けた。
彼女が、航くん、と俺の名前を手話や文字で表現するたびに、その表情はとろけるように甘く柔らかくなる。
その恋する乙女の顔を見て、天野さんと白石さんは確信した。
この二人の恋は、本物だ。
そして、心からこの不器用で可愛らしい友人の恋を応援したいと思った。
夜が更け、それぞれの部屋の恋バナが最高潮に達した頃、消灯時間のアナウンスが流れた。
布団に入り、部屋の電気が消える。
俺は、健太たちの寝息が聞こえ始めるのを待って、こっそりとスマホを取り出した。
画面の明かりが漏れないように、布団を頭まですっぽりと被る。
雫に、メッセージを送る。
『起きてる?』
数秒後、すぐに既読がついた。
『うん。起きてるよ』
彼女も同じように布団の中で、俺からの連絡を待っていてくれたのだろうか。そう思うだけで、胸が温かくなる。
『今日、すごく楽しかったな』
『うん。私も。明日も、楽しみだね』
『ああ。楽しみだ』
短い、他愛ないやり取り。
でも、その一言一言がどうしようもなく愛おしい。
最後に、『おやすみ』と、ハートマークがついたスタンプを送り合う。
スマホを閉じ、暗闇の中で目を閉じる。
隣からは健太の豪快な寝息。でも、俺の心は布団の中にいる彼女のことでいっぱいだった。
会いたいな。
今、すぐにでも。
少しだけでいいから、顔が見たい。
そんな叶うはずのない願いが、胸の奥で静かに、しかし確かに、膨らんでいくのを感じていた。
畳の匂いが心地よい広々とした和室。班ごとに分かれた部屋に荷物を置くと、どっと疲れが押し寄せてきた。
夕食は、豪華な京料理が並ぶ大広間で。班のメンバーでテーブルを囲み、今日一日の思い出話に花を咲かせた。着物姿の雫がいかに美しかったかという話題で、健太たちが俺を散々からかってきたが、俺は否定もできずただ照れ笑いを浮かべることしかできなかった。
夕食後はお風呂の時間だ。
広々とした大浴場で、俺は湯船に浸かりながら大きく息を吐いた。体の芯から疲れが溶けていくようだ。
「いやー、極楽極楽」
隣で同じように湯に浸かっている健太が、満足そうに呟いた。
「なあ航。お前、今日一日ずっとニヤニヤしてたぜ」
「してねえよ」
「嘘つけ。月宮さんと二人きりになった時の、お前の顔、見たことねえくらい締まりがなかったぞ」
「……うるせえな」
俺は顔の火照りを隠すように、ざばりと顔を洗った。湯気のせいだと思いたかったが、きっと耳まで赤くなっているに違いない。
その頃、女子風呂でも似たような会話が繰り広げられていた。
「月宮さーん! 今日の相田くん、めっちゃナイトって感じだったよね!」
天野さんがキャッキャとはしゃぎながら雫に話しかける。雫は、湯気でほんのりと上気した顔をさらに赤くして、こくりと頷くことしかできない。
「二人とも、すごくお似合いだったよ」
白石さんが穏やかな笑みでそう言うと、雫はますます恐縮したように肩までお湯に浸かってしまった。
その初々しい反応に、天-野さんたちは「可愛いー!」と声を上げ、雫との距離はまた一歩、確実に縮まっていた。
部屋に戻り、浴衣に着替えて布団を敷く。
いよいよ、修学旅行の夜のメインイベント、恋バナの時間だ。
俺たちの部屋は、俺と健太、そしてサッカー部のマサルとの三人部屋。消灯時間まで、まだ少しだけ時間がある。
電気を少しだけ暗くし、三つの布団をくっつけるようにして、俺たちは枕を抱えながら寝転がった。
口火を切ったのは、もちろん健太だった。
「で? 航よ」
ニヤニヤと、全てを見透かしたような笑みを浮かべ、彼は切り出した。
「ぶっちゃけ、お前ら、どこまで進んでんだ?」
そのあまりにもストレートな質問に、俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「なっ、何言ってんだよ!」
「まあまあ、隠すなって。手くらい、繋いでんだろ?」
「…………」
俺が黙っていると、健太は「図星か!」と、枕で俺の頭をバンと叩いてきた。
「じゃあ、その先は!? キスはしたのか、キスは!」
「してねえよ!」
俺は真っ赤な顔で叫んだ。ファーストキスは済ませていたが、それをこの男に教えるのは、なぜだか猛烈に癪だった。
「相田、ほんと幸せそうだよなー」
今まで黙って聞いていたマサルが、しみじみと呟いた。
「月宮さんといる時の相田、見たことねえくらい優しい顔してるもんな」
「そ、そうか?」
「ああ。なんか、こっちまで嬉しくなるぜ」
マサルの温かい言葉に、俺は少しだけ照れくさくなった。
「まあ、何はともあれ、おめでとうってことだ。末永くお幸せにな」
「だから、まだそんなんじゃ……」
「いいからいいから!」
健太は俺の言葉を遮ると、満足そうに腕を組んだ。「まあ、これも全て、二人のキューピッドである俺様のおかげだな!」と、ドヤ顔で胸を張る。その自信満々な態度には腹が立つが、半分くらいは事実なので、俺は何も言い返せなかった。
一方、その頃。
女子部屋でも甘酸っぱい尋問が始まっていた。
「ねえねえ月宮さん!」
天野さんが、目をキラキラと輝かせながら雫の布団に潜り込んできた。
「相田くんとは、いつからそんなに仲良くなったの? きっかけは!?」
その質問に、隣で本を読んでいた白石さんも興味深そうに耳をそばだてている。
突然の質問攻めに、雫は顔を真っ赤にして固まってしまった。
「あ、ご、ごめん! 困らせちゃった?」
天野さんが慌てて謝ると、雫はふるふると首を横に振った。そして少しだけ躊躇った後、意を決したように自分のスマホを取り出した。
そして、メモ帳にぽつり、ぽつりと、俺との馴れ初めを打ち込み始めたのだ。
『私が、手話で話してるのを、航くんだけが気づいてくれて』
『私のために、手話を、覚えてくれたの』
その文章を読んだ瞬間、天野さんと白石さんは顔を見合わせた。
そして、次の瞬間。
「「きゃーーーーーっ!!」」
小さな、しかし抑えきれない悲鳴が部屋に響いた。
「なにそれ! なにそれ! 少女漫画じゃん!」
「素敵すぎる……!」
二人は枕を抱きしめて、ベッドの上で足をバタバタとさせている。その興奮ぶりに、雫は驚きながらも、どこか嬉しそうだった。
「それで? それで?」
興奮冷めやらぬ天野さんに促され、雫は少しだけ照れながら、でも本当に幸せそうに話を続けた。
彼女が、航くん、と俺の名前を手話や文字で表現するたびに、その表情はとろけるように甘く柔らかくなる。
その恋する乙女の顔を見て、天野さんと白石さんは確信した。
この二人の恋は、本物だ。
そして、心からこの不器用で可愛らしい友人の恋を応援したいと思った。
夜が更け、それぞれの部屋の恋バナが最高潮に達した頃、消灯時間のアナウンスが流れた。
布団に入り、部屋の電気が消える。
俺は、健太たちの寝息が聞こえ始めるのを待って、こっそりとスマホを取り出した。
画面の明かりが漏れないように、布団を頭まですっぽりと被る。
雫に、メッセージを送る。
『起きてる?』
数秒後、すぐに既読がついた。
『うん。起きてるよ』
彼女も同じように布団の中で、俺からの連絡を待っていてくれたのだろうか。そう思うだけで、胸が温かくなる。
『今日、すごく楽しかったな』
『うん。私も。明日も、楽しみだね』
『ああ。楽しみだ』
短い、他愛ないやり取り。
でも、その一言一言がどうしようもなく愛おしい。
最後に、『おやすみ』と、ハートマークがついたスタンプを送り合う。
スマホを閉じ、暗闇の中で目を閉じる。
隣からは健太の豪快な寝息。でも、俺の心は布団の中にいる彼女のことでいっぱいだった。
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