外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第57話:リナリアの決意

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第二王子が公爵邸を訪れた一件は、私の中に小さな、しかし確かな変化の波紋を残した。
アシュレイ様が私を守るために見せた、あの絶対的な怒りと力。それは私にこの上ない安心感を与えてくれたと同時に、ある種の無力感を覚えさせたのだ。
私はいつまでこうして、彼の背中に隠れて守られているだけなのだろうか。
彼が私のために戦い、心を砕いてくれている間、私はただ安全な場所で待っているだけでいいのだろうか。
そんな思いが、私の心の中で日増しに大きくなっていった。

その思いをさらに強くしたのは、公爵邸に絶え間なく届けられる私への依頼の手紙だった。
アシュレイ様の厳しい選別をクリアし、私の元へ届けられる手紙はどれも切実な願いに満ちていた。
『病で床に伏せる娘が、唯一の友達として大切にしている壊れてしまった木彫りの人形を、どうか直していただけないでしょうか』
『村を支える唯一の水車が先日の嵐で壊れてしまいました。このままでは今年の収穫に間に合いません。どうか我々をお救いください』
『亡き妻が私に残してくれた最後の贈り物である、音の出ないハープをもう一度……』
手紙の主はヴァレンシュタイン侯爵夫人のような高位の貴族ばかりではなかった。名もなき地方の騎士、小さな村の村長、街で慎ましく暮らす職人。その身分は様々だったが、そこに込められた想いはどれも純粋で温かかった。
私は一通一通、その手紙を丁寧に読んだ。
読むたびに、私の胸は締め付けられるようだった。
世の中にはこんなにも多くの人々が、失われた大切なものを想い、哀しみを抱えて生きている。
そして、私のこの力がその哀しみを喜びに変えることができるかもしれない。
そう思うと、じっとしてはいられなかった。
公爵邸という安全な鳥籠の中で、ただ穏やかな日々を送っているだけではいけない。私のこの力は、そのためにあるのではない。
私はもっと多くの人を助けたい。
自分の足で困っている人々の元へ行き、この手で彼らの涙を笑顔に変えたい。
その願いは、もはや抑えきれないほどの強い衝動となっていた。

その日の『癒やしの時間』を終えた後、私は意を決してアシュレイ様に自分の想いを打ち明けた。
「アシュレイ様。お願いがございます」
私のあまりにも真剣な声色に、彼は少し驚いたように私を見つめ返した。
「どうした、リナリア。改まって」
「私……この公爵邸を出て、依頼主の方々の元へ直接赴きたいのです」
私のその言葉に、アシュレイ様の穏やかだった表情がすっと凍りついた。サンルームの温かい空気が、一瞬にして冷え切ったかのような錯覚さえ覚える。
「……何を言っている」
彼の声は低く、そして硬かった。
「君が屋敷の外へ? なぜそんなことをする必要がある。依頼の品は、こちらへ届けさせれば済む話ではないか」
「ですが、それでは駄目なのです」
私は彼の威圧感に怯むことなく続けた。
「壊れた人形を大切にしている病気の娘さんの元へ私が行って、その子の目の前で直してあげたいのです。水車が壊れて困っている村へ私が行って、村人たちと一緒にその喜びを分かち合いたいのです」
それはただ物を修復するだけの作業ではない。
人の心に直接寄り添いたい。その想いが私を突き動かしていた。
「危険だ」
アシュレイ様はきっぱりと私の言葉を否定した。
「君の存在は今や国中に知れ渡っている。君を『聖女』と崇める者もいれば、君の力を悪用しようと企む者も、君を妬み命を狙う者もいるだろう。そんな君を無防備に外の世界へ出すことなど、私には到底できん」
その声には私の身を案じる深い愛情と、そして頑ななまでの拒絶が込められていた。
「ですが!」
「この話は終わりだ」
彼は冷徹に言い放つと、席を立って私に背を向けた。議論の余地はない、という絶対的な態度だった。
その背中に、私の心は絶望ではなく、むしろ静かな闘志が燃え上がった。
私はもう引き下がらない。
「アシュレイ様!」
私は彼の背中に向かって、はっきりと、そして力強く呼びかけた。
「私はあなた様に守られるだけの、か弱いだけの存在ではいたくありません!」
その声に、彼の足がぴたりと止まった。
「あなた様が私に自信と、自分の価値を信じる心を教えてくださいました。だからこそ私はこの力を自分の意思で人々のために使いたいのです。それはあなた様が私に与えてくれた、新しい私としての最初の使命なのです」
私は彼の隣まで歩み寄ると、その前に回り込んで彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「もちろん、危険があることは分かっています。怖いと思わないわけではありません。ですが……」
私は彼の大きな手を、両手でそっと握った。
「今の私にはあなた様がいてくださいます。あなた様が隣にいてくださるのなら、私は何も怖くはありません」
私の瞳に宿る、揺るぎない決意の光。
そして彼への絶対的な信頼。
アシュレイ様は私のその瞳をしばらくの間ただ黙って見つめていた。その紫の瞳の中で、私を閉じ込めておきたいという独占欲と、私の成長を喜びその背中を押してやりたいという愛情が激しく葛藤しているのが見て取れた。
長い、長い沈黙の後。
彼はまるで大きな宝物を諦めるかのように、深く、深く息を吐いた。
そして、その唇に降参したかのような、しかしどこまでも優しい笑みを浮かべた。
「……分かった。君の勝ちだ」
その一言に、私の顔がぱっと輝いた。
「だが」と彼は続けた。「条件がある。絶対に私から離れるな。君がどこへ行くにも私が必ず同行し、その身を守る。それが君の我儘を許す唯一の条件だ」
「はい!」
私は喜びのあまり満面の笑みで頷いた。
「ありがとうございます、アシュレイ様!」
その笑顔を見て、彼は愛おしさと、そして少しばかりの寂しさが混じったような複雑な表情で、私の頭を優しく撫でた。
「……本当に手が焼けるな。私の聖女様は」
その声は呆れたような響きを持っていたが、その奥には私の決意を心から誇りに思う温かい響きが隠されているのを、私は聞き逃さなかった。
こうして、私はただ守られるだけの存在から、自らの力で人々を救う『聖女』として、その一歩を力強く踏み出すことになった。
その決意が、私を待ち受ける新たな陰謀と真っ向から対峙することになるとも知らずに。
私の心はただ、これから出会うであろう助けを求める人々の笑顔を思い描き、未来への確かな希望に満ち溢れていた。
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