外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

文字の大きさ
65 / 100

第65話:湖の女神の感謝

しおりを挟む
湖の中心から放たれた光は、水面で揺らめきながら徐々にその輪郭をはっきりさせていった。
それは淡い青緑色の柔らかな光だった。その光はゆっくりと人の形を取り始め、やがて水の中から一体の美しい存在が静かに姿を現した。
「……!」
私は息をのんだ。アシュレイ様も、警戒しながらもその神秘的な光景から目が離せないようだった。
現れたのは女性の姿をしていた。
しかし、それは明らかに人間ではなかった。その身体はまるで水そのものでできているかのように透き通り、きらきらと輝いている。長く流れるような髪は水草のように深い緑色をしており、その瞳は湖の底の宝石のように澄んだ青色をしていた。
それは古の物語に登場する水の精霊、あるいはこの湖そのものに宿る女神と呼ぶべき存在だった。
女神は、その身体から一滴の水も滴らせることなく水面の上に静かに佇んでいた。そして、その澄んだ青い瞳でまっすぐに私を見つめていた。
その瞳には敵意や警戒心はなかった。
そこにあったのは、長い長い苦しみから解放されたことへの深い安堵と、そして私に対する計り知れないほどの感謝の色だった。

『――ありがとう、癒やしの子よ』

その声は、言葉として私の耳に届いたわけではなかった。
湖のせせらぎのような心地よい響きが、直接私の心の中に優しく語りかけてきたのだ。

『我は、この湖に宿りし意思。永きに渡りこの土地の生命を見守り続けてきた者。……しかし、五年前、遥か西の地より放たれた邪悪なる呪詛の矢が我の核を射抜き、我は深い闇の中へと堕ちていった』

女神の声はどこまでも穏やかだったが、その奥には深い哀しみが滲んでいた。

『我が苦しみは、この湖を濁らせ、この土地の生命力を奪い続けた。我はただもがき苦しむことしかできず、愛する者たちが病に倒れていくのを、ただ見ていることしかできなかった。……それは永遠に続くかと思われた絶望の日々』

私は黙ってその言葉に耳を傾けていた。彼女がどれほどの苦痛と孤独の中にいたのか。その想いが痛いほどに伝わってくる。

『だが、そなたが来た。その魂に原初の光を宿した奇跡の子よ。そなたの黄金色の光は、我を蝕んでいた呪詛の闇を完全に浄化し、我を永き眠りから呼び覚ましてくれた』

女神は私に向かって、ゆっくりと、そして優雅にその透き通った手を差し伸べた。

『感謝する。心から。そなたは、我だけでなくこの土地に生きる全ての命の救い主だ』

その言葉に、私の胸は熱くなった。
「……私は、ただ私がすべきことをしただけです」
私が心の中でそう答えると、女神はふわりと花の蕾がほころぶように美しく微笑んだ。

『謙遜な子よ。その清らかな魂こそが、そなたの力の源なのだろう。……礼を受け取ってほしい。我がそなたへの、ささやかな感謝の印を』

女神が差し伸べた手を、きらりと輝かせた。
すると彼女の指先から一滴の水晶のように透き通った水の雫が生まれ出た。その雫は、まるでそれ自体が生命を持っているかのように淡い光を放ちながら、ゆっくりと宙を舞い私の方へと近づいてくる。
そして私の胸の前でぴたりと止まった。
私はおずおずと、その光の雫に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、雫はすうっと私の身体の中へと吸い込まれるように消えていった。
その瞬間、私の全身を清々しく、そして力強いエネルギーが駆け巡った。
それは、まるで乾いた大地が恵みの雨を吸い込むかのような心地よい感覚だった。
使い果たしていたはずの体力がみるみるうちに回復していく。それどころか、以前よりもさらに身体の内側から力が満ち溢れてくるのを感じた。

『そなたに、我が加護を授けよう。水の、そして生命の加護を』

女神の声が再び心に響く。

『そなたは今後、いかなる水もその力で清めることができるだろう。そして、そなたの癒やしの力はさらに増し、生命の輝きをより強く呼び覚ますことができるようになるだろう。……我がささやかな贈り物だ。どうか受け取ってほしい』

「ありがとうございます……」
私は心からの感謝を込めて深く頭を下げた。
私に新しい力が。この土地と人々をさらに救うための力が与えられたのだ。
女神は満足げに頷くと、今度は私の背後で私を支えるようにして跪いているアシュレイ様の方へとその視線を移した。

『――そして、そなた。北の地の守護者よ』

女神の声には、アシュレイ様に対する親愛と敬意が込められていた。

『そなたの魂もまた闇の呪詛に蝕まれているな。だが、案ずることはない。そなたの傍らには太陽そのもののような光の乙女がいる。彼女がいる限り、そなたの魂が完全に闇に呑まれることは決してないだろう。……その乙女を、決して手放してはならぬぞ』

その言葉に、アシュレイ様ははっとしたように息をのんだ。そして、私を見つめるその瞳に、さらに深い、どうしようもないほどの愛情の色が宿った。

『我の役目は終わった。さらばだ、癒やしの子よ。守護者よ。この湖と、この土地の未来をそなたたちに託そう』

女神はそう言うと、再び美しく微笑んだ。
そして、その透き通った身体はゆっくりと光の粒子へと変わり、湖の水の中へと溶けるように消えていった。
後に残されたのは、完全にその輝きを取り戻した鏡のように美しい湖と、そして私たちの心の中に灯った温かい奇跡の記憶だけだった。

「……行こうか」
しばらくして、アシュレイ様が静かな声で言った。
「村の皆が待っている」
「はい」
私は力強く頷いた。
彼の腕に支えられながら、私はゆっくりと立ち上がる。
湖から吹いてくる風は、もはや不気味なものではなかった。
それは生命の息吹に満ちた、清々しく優しい風だった。
その風が、私の髪を、そして彼の銀色の髪を、祝福するように優しく、優しく撫でていった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

地味令嬢の私ですが、王太子に見初められたので、元婚約者様からの復縁はお断りします

有賀冬馬
恋愛
子爵令嬢の私は、いつだって日陰者。 唯一の光だった公爵子息ヴィルヘルム様の婚約者という立場も、あっけなく捨てられた。「君のようなつまらない娘は、公爵家の妻にふさわしくない」と。 もう二度と恋なんてしない。 そう思っていた私の前に現れたのは、傷を負った一人の青年。 彼を献身的に看病したことから、私の運命は大きく動き出す。 彼は、この国の王太子だったのだ。 「君の優しさに心を奪われた。君を私だけのものにしたい」と、彼は私を強く守ると誓ってくれた。 一方、私を捨てた元婚約者は、新しい婚約者に振り回され、全てを失う。 私に助けを求めてきた彼に、私は……

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

冷遇された公爵令嬢は、敵国最恐の「氷の軍神」に契約で嫁ぎました。偽りの結婚のはずが、なぜか彼に溺愛され、実家が没落するまで寵愛されています

メルファン
恋愛
侯爵令嬢エリアーナは、幼い頃から妹の才能を引き立てるための『地味な引き立て役』として冷遇されてきました。その冷遇は、妹が「光の魔力」を開花させたことでさらに加速し、ついに長年の婚約者である王太子からも、一方的な婚約破棄を告げられます。 「お前のような華のない女は、王妃にふさわしくない」 失意のエリアーナに与えられた次の役割は、敵国アースガルドとの『政略結婚の駒』。嫁ぎ先は、わずか五年で辺境の魔物を制圧した、冷酷非情な英雄「氷の軍神」こと、カイン・フォン・ヴィンター公爵でした。 カイン公爵は、王家を軽蔑し、感情を持たない冷徹な仮面を被った、恐ろしい男だと噂されています。エリアーナは、これは五年間の「偽りの契約結婚」であり、役目を終えれば解放されると、諦めにも似た覚悟を決めていました。 しかし、嫁いだ敵国で待っていたのは、想像とは全く違う生活でした。 「華がない」と蔑まれたエリアーナに、公爵はアースガルドの最高の仕立て屋を呼び、豪華なドレスと宝石を惜しみなく贈呈。 「不要な引き立て役」だったエリアーナを、公爵は公の場で「我が愛する妻」と呼び、侮辱する者を許しません。 冷酷非情だと噂された公爵は、夜、エリアーナを優しく抱きしめ、彼女が眠るまで離れない、極度の愛妻家へと変貌します。 実はカイン公爵は、エリアーナが幼い頃に偶然助けた命の恩人であり、長年、彼女を密かに想い続けていたのです。彼は、エリアーナを冷遇した実家への復讐の炎を胸に秘め、彼女を愛と寵愛で包み込みます。 一方、エリアーナを価値がないと捨てた実家や王太子は、彼女が敵国で女王のような寵愛を受けていることを知り、慌てて連れ戻そうと画策しますが、時すでに遅し。 「我が妻に手を出す者は、国一つ滅ぼす覚悟を持て」 これは、冷遇された花嫁が、敵国の最恐公爵に深く愛され、真の価値を取り戻し、実家と王都に「ざまぁ」を食らわせる、王道溺愛ファンタジーです。

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。 そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。 それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。 村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。 ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。 すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。 村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。 そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。

罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」  触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。  しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。 「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。  だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。  一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。  伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった  本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である ※※小説家になろうでも連載中※※

あなたが「いらない」と言った私ですが、溺愛される妻になりました

有賀冬馬
恋愛
「君みたいな女は、俺の隣にいる価値がない!」冷酷な元婚約者に突き放され、すべてを失った私。 けれど、旅の途中で出会った辺境伯エリオット様は、私の凍った心をゆっくりと溶かしてくれた。 彼の領地で、私は初めて「必要とされる」喜びを知り、やがて彼の妻として迎えられる。 一方、王都では元婚約者の不実が暴かれ、彼の破滅への道が始まる。 かつて私を軽んじた彼が、今、私に助けを求めてくるけれど、もう私の目に映るのはあなたじゃない。

処理中です...