俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ

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第45話:公園での対話、そして一歩

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陽葵の瞳に宿る、静かで強い光。それは、藤堂蓮の予想を裏切るものだった。彼は、もっと激しい拒絶か、あるいは涙ながらの懇願を想像していた。だが、目の前の彼女は、そのどちらでもなかった。

陽葵は、隣に立つマネージャーに向かって、小さく、しかしはっきりと告げた。
「……マネージャーさん、すみません。少しだけ、この方とお話しさせてください。すぐ、戻りますから」

マネージャーの女性は、驚いたように陽葵と蓮を交互に見たが、陽葵の揺るぎない瞳を見て、何かを察したようだった。
「……分かったわ。でも、本当に少しだけよ。そこの公園で待ってるから」
そう言い残し、彼女は少し離れた場所にある公園のベンチへと向かっていった。

残されたのは、蓮と陽葵、二人だけ。
街灯の光が、二人の間に、気まずい影を落としている。

「……行こう」
先に口を開いたのは、蓮だった。彼は、マネージャーが向かった公園とは反対方向を指差した。そこは、人通りの少ない、小さな公園だった。

陽葵は、何も言わずに、こくりと頷いた。
二人は、数歩の距離を保ったまま、夜道を歩き始めた。会話はない。ただ、互いの革靴とスニーカーが、アスファルトを叩く音だけが、静かに響いていた。

公園のベン-チに、並んで腰を下ろす。
蓮は、何から話すべきか、言葉を探していた。用意してきたはずの言葉は、いざ彼女を目の前にすると、全て陳腐なものに思えて、喉の奥に消えてしまう。

「……今日の舞台、本当によかった」
結局、蓮が口にできたのは、そんなありきたりな言葉だった。
「すごく、輝いてた。お前が、ちゃんと自分の力で、夢を掴んだんだなって、思った」

その言葉に、陽葵の肩が、微かに震えた。
「……ありがとうございます」
彼女の声は、まだ少し硬い。
「先輩に、そう言ってもらえて、嬉しいです」

「謝りたかった」
蓮は、続けた。
「あの時のこと。俺は、お前を傷つけた。守るって約束したのに、結局、一番辛い思いをさせた。……本当に、すまなかった」
蓮は、深く、深く頭を下げた。

陽葵は、そんな蓮の姿を、ただ黙って見つめていた。
長い、長い沈黙。
やがて、彼女は、静かに、しかしはっきりとした声で言った。

「……もう、いいんです」

蓮は、驚いて顔を上げた。
陽葵は、穏やかな、吹っ切れたような表情で、小さく微笑んでいた。

「最初は、すごく悔しかったです。先輩を、恨んだりもしました。どうして、何も話してくれないんだろうって。私だけが、仲間外れみたいで、寂しかったです」
彼女は、自分の心の傷を、正直に、蓮に打ち明けた。
「でも、一人になって、色々考えて……分かったんです」

「……何がだ?」

「先輩は、先輩なりに、私を守ろうとしてくれてたんですよね」
陽葵の瞳が、真っ直ぐに蓮を射抜く。
「本当のことは、言えないけど。きっと、私が傷つかないように、一人で、何かと戦ってくれてた。……そうですよね?」

蓮は、言葉を失った。
彼女は、全てを、お見通しだったのだ。
蓮の沈黙の裏にある、不器用な優しさを、ちゃんと理解してくれていた。

「……ああ」
蓮は、かろうじて、それだけを答えた。

「だから、もう謝らないでください」
陽葵は、そう言うと、ふっと息を吐いた。
「私、決めました。もう、先輩に守られるだけの後輩でいるのは、やめます」

「……え?」

「私も、戦います。自分の力で」
陽葵は、ぎゅっと、自分の膝の上で拳を握った。
「いつか、先輩と同じステージに、立てるように。renさんの隣に、パートナーとして、胸を張って立てるくらい、すごい声優に、なってみせます。だから……」

彼女は、一度言葉を切り、そして、最高の笑顔で、蓮に言った。

「見ていてください。私のこと」

その笑顔は、かつて蓮が愛した、太陽のような笑顔だった。
だが、その輝きは、以前とは比べ物にならないほど、強く、そして気高かった。
誰かに照らされる光ではない。
自らの力で、輝きを放つ、恒星の光。

蓮の胸を、熱い何かが、こみ上げてきた。
感動、安堵、そして、ほんの少しの寂しさ。
彼女は、もう、自分の手の届かない場所へ、旅立とうとしている。

「……ああ」
蓮は、込み上げてくる感情を、奥歯で噛み殺した。
「見てる。ずっと、見てるから」

それが、今の蓮にできる、唯一の約束だった。
二人の間にあった、冷たい川は、いつの間にか消えていた。
そこには、互いの道を認め、応援し合う、対等なパートナーとしての、温かい絆が、再び結ばれていた。

「……私、もう行かなきゃ」
陽葵が、名残惜しそうに立ち上がった。
「マネージャーさん、待たせてるから」

「ああ。送っていく」
「ううん、大丈夫です。ここからなら、一人で」
陽葵は、そう言って、小さく手を振った。
「じゃあ……また」

「ああ、またな」

陽葵は、一度だけ振り返ると、今度は迷いのない足取りで、公園を後にして行った。
その小さな背中が、夜の闇に消えていくまで、蓮は、その場から動けなかった。

空っぽだった心に、再び、小さな光が灯った。
それは、陽葵が、最後に残してくれた、温かい決意の光だった。

(俺も、進まなきゃな)

立ち止まっているわけには、いかない。
彼女が、あれだけ必死に戦っているのだから。
自分も、自分の戦いを、始めなければ。

蓮は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、夜空を見上げる。
空には、いつの間にか、雲が晴れ、満月が、静かに輝いていた。

橘からの、数々のオファー。
今まで、無視し続けてきた、未来への扉。
その扉を、今、開ける時なのかもしれない。

蓮は、スマホを取り出すと、一つの連絡先を呼び出した。
それは、橘翔太の名前だった。

すれ違っていた二つの心は、今、ようやく同じ未来を見据えて、それぞれの第一歩を、踏み出した。
それは、まだ小さな、しかし確かな、希望に満ちた一歩だった。
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