俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ

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第68話:ロサンゼルスの熱狂、東京の静寂

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ロサンゼルスの抜けるような青い空の下、砂漠から吹き付ける乾いた風が巨大なフェス会場の熱気を揺らしていた。数万人のロックファンが地鳴りのような歓声を上げている。そのステージの中央に藤堂蓮は立っていた。

Fallen Idolの臨時ボーカルとして。
最初は戸惑いもあった。だが一度ステージに立てば、蓮の中の表現者としての血が騒いだ。彼が作った楽曲を彼自身の声で世界に叩きつける。その快感はプロデューサーとして味わうものとはまた違う、原始的な興奮を伴っていた。

流暢な英語でのMC。
CD音源を遥かに超えるエモーショナルなシャウト。
そして時折見せるクールなギターパフォーマンス。

『Who is that fucking cool guy!?(あのクソかっこいい奴は誰だ!?)』
観客たちは最初は無名のアジア人バンドに戸惑いながらも、蓮の圧倒的なカリスマ性と楽曲の持つ力に瞬く間に魅了されていった。フェスは大成功だった。海外のメディアは『日本の無名バンドに突如現れた謎の天才ボーカリスト』と、こぞって彼を賞賛した。

その熱狂を蓮はどこか冷静な頭で受け止めていた。
ステージの上でアドレナリンが駆け巡る一方で、彼の心の片隅には常に一つのことが引っかかっていた。

(陽葵、どうしてるだろうか)

渡米する直前の彼女のあの無表情な顔。
あれから彼女からの連絡は一切なかった。
蓮が毎日送る『元気か?』『ライブはうまくいったよ』というメッセージに既読がつくことすらなかった。
時差もあるし、声優の仕事で忙しいのだろう。
蓮はそう自分に言い聞かせた。だが胸の奥で小さな棘がちくちくと痛み続けていた。

一週間の滞在予定は現地のレコード会社の目にとまり、急遽ミーティングが組まれたことで二週間に延びた。海外デビューの可能性。Fallen Idolのメンバーたちは歓喜に沸いた。蓮も彼らの成功を喜びながらも、日本にいる恋人への罪悪感と焦燥感に苛まれていた。

そして蓮がロサンゼルスの熱狂の中にいた、その頃。
東京の陽葵の部屋では、時計の針が止まったかのような静寂な時間が流れていた。

陽葵はただぼんやりと窓の外を眺めていた。
テレビもつけない。音楽も聴かない。
ただ静かな部屋で一人、蓮の不在を噛み締めていた。
スマホの電源はもう何日も入れていない。
蓮からのメッセージを見るのが怖かったからだ。彼の輝かしい成功の報告を見るたびに、自分がどんどん惨めになっていくのが分かっていたから。

私がいなくても先輩は大丈夫なんだ。
それどころか私といない方がもっと輝けるんだ。
ボーカリストとしてもあんなにすごい才能があったなんて。
私なんて彼の人生のほんの些細な、通りすがりの存在でしかなかったんだ。

その思いが鉛のように陽葵の心を深く、深く沈めていった。
劣等感と孤独感。
それはかつて蓮を苛んでいた感情と同じものだったのかもしれない。

そしてその日。
陽葵の二十歳の誕生日がやってきた。
誰からも祝福されることのない、静かで寂しい誕生日。

陽葵は一人、小さなケーキを買って部屋に戻った。
ローソクに火を灯す。
ゆらゆらと揺れる二十本の炎。
その光が涙で滲んだ。

(……おめでとう、私)

心の中で呟く。
その時、部屋のインターホンが鳴った。
陽葵はびくりと肩を揺らした。
まさか先輩が?
そんなはずはない。彼は地球の裏側にいるはずだ。

恐る恐るドアスコープを覗く。
そこに立っていたのは予想だにしない人物だった。
大きな花束を抱えた星宮瑠奈だった。

陽葵は混乱した。
なぜ彼女がここに?
ドアを開けるべきか迷った。
だが瑠奈はただ静かにそこに立ち尽くしているだけだった。その表情からは以前のような敵意は感じられなかった。

陽葵はおずおずとドアを開けた。
「……LUNAさん」
「……お誕生日おめでとう。朝霧さん」
瑠奈はそう言うと持っていた花束を陽葵に差し出した。
それは陽葵の好きなガーベラの花束だった。

「どうして私の誕生日を……好きな花まで……」
「蓮から聞いたの」
瑠奈は静かに言った。
「あいつ、昔から人の誕生日とか好きなものとか、そういうのを律儀に覚えているような奴だから」
その声にはどこか懐かしむような優しい響きがあった。

陽葵は花束を受け取ったまま、何も言えずに立ち尽くしていた。
瑠奈はそんな陽葵の憔悴しきった顔を見ると、ふっと寂しそうに微笑んだ。

「……酷い顔ね。あいつに捨てられた女みたいな顔」

「……」

「分かるわ。その気持ち」
瑠unaは視線を遠くに向けた。
「あいつは罪な男よ。優しすぎるから無自覚に人を傷つける。そして自分の夢に夢中になると周りが何も見えなくなる。……昔からずっとそうだった」

その言葉はまるで自分の妹に語りかけるような温かみを持っていた。
陽葵の瞳から堪えていた涙がこぼれ落ちた。

「私……もうどうしたらいいか、分からないんです」
嗚咽と共に絞り出した言葉。
瑠奈は何も言わずにそっと陽葵の背中を優しく撫でた。
それはかつて同じ男を愛し、そして同じように傷ついた者同士にしか分からない慰めだった。

ロサンゼルスの熱狂。
東京の静寂。
二つの都市で二つの心が決定的にすれ違っていく。
蓮が帰国した時。
彼を待っているのが温かい陽だまりではなく、凍てついた冬空であることを。
彼はまだ知る由もなかった。
小さな綻びはもう誰にも止められない大きな亀裂となって、二人の未来を引き裂こうとしていた。
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