俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ

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第80話:共鳴する才能

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「追憶のセレナーade」の制作は奇跡的な化学反応の連続だった。
音楽監督、藤堂蓮。
ヒロイン声優、朝霧陽葵。
主題歌アーティスト、星宮瑠奈。
かつて愛憎と嫉妬の渦の中で互いを傷つけ合った三つの才能は、今、最高の作品を作るというただ一つの目標に向かって完璧に共鳴していた。

アフレコスタジオでは陽葵の演技が作品に命を吹き込んでいた。
彼女の声は蓮の作る劇伴音楽と完璧にシンクロした。蓮が音楽で表現したリリアの微細な心の揺れを、陽葵は声のトーン、息遣い、間の取り方、その全てで完璧に汲み取り増幅させていく。
「今のテイク、最高だったよ、陽葵ちゃん!」
巨匠・黒崎監督がコントロールルームから興奮した声で叫ぶ。
「君は天才だ!」
その賞賛に陽葵ははにかみながらも、プロとして誇らしげな笑みを浮かべた。

一方、レコーディングスタジオでは蓮と瑠奈のプロフェッショナルなセッションが続いていた。
「瑠奈さん、そこのフェイク、もう半音上げて、もっと切なさを表現できるか?」
「分かったわ、ren監督。やってみる」
二人の間にもう私情はなかった。互いの才能を深く、深くリスペクトし合う最高のパートナー。蓮の求める完璧な音の世界観を、瑠奈はその神がかった歌声で次々と具現化していく。
「……OK。完璧だ。鳥肌が立った」
蓮の素直な賞賛に、瑠奈は満足げに、しかし少しだけ照れくさそうに微笑んだ。

蓮と陽葵、蓮と瑠奈。
それぞれの現場で最高のクリエイティブが生まれていく。
だが三人が再び一つの場所に集うことはまだなかった。
陽葵は瑠奈の圧倒的な才能を目の当たりにしてから、彼女にどこか引け目を感じていた。瑠奈もまた蓮と陽葵の恋人としての親密な空気に入っていくことを無意識に躊躇っていたのかもしれない。
三人の関係はプロフェッショナルとして完璧だった。
だがその裏側にはまだほんの少しだけ、ぎこちない見えない壁が存在していた。

その壁を壊したのは意外な人物だった。
橘翔太。
彼はこのプロジェクトのエグゼクティブプロデューサーとして、全ての制作現場を静かに、しかし鋭い目で見守っていた。

ある日、橘は蓮と陽葵、そして瑠奈を一つの会議室に呼び出した。
「三人には集まってもらった」
橘はいつも通り煙草の煙をくゆらせながら言った。
「作品は最高の形で完成へと向かっている。君たちの仕事ぶりは完璧だ。だが……」
彼はそこで一度言葉を切った。
「……最後のピースが足りない」

三人は訝しげに橘を見る。

「この物語のクライマックス。ヒロインのリリアが絶望の淵で愛する人を想い、アカペラで主題歌の一節を口ずさむシーンがある」
橘は黒崎監督と練り上げたコンテをテーブルの上に広げた。
「このシーンの歌声。これをどう表現するか。俺は黒崎監督とずっと悩んでいた」

「それは当然、朝霧さんが演じる場面では?」
蓮が当然のように言った。

「もちろんだ」
橘は頷いた。
「だがただ朝霧くんが歌うだけでは足りない。この歌はリリア一人の歌ではない。彼女を愛し、彼女に音楽を教えた主人公のピアニスト、レオンの魂も共に歌っていなければならない。そしてその歌を聴いて心を動かされる世界中の人々の祈りも、そこには込められていなければならない」

あまりにも壮大で抽象的なテーマ。
だが蓮には橘が言いたいことが痛いほど分かった。

橘はゆっくりと瑠奈の方に向き直った。
「LUNA。君の主題歌のレコーディングは完璧だった。だが、あの歌声にはリリアの個人的な愛と絶望があまりにも強く込められすぎている。このシーンに必要なのはもっと普遍的で神聖な響きだ」

そして今度は陽葵に視線を移す。
「朝霧くん。君の声には聖母のような慈愛がある。だがこのシーンを一人で背負うにはまだ若すぎる。リリアが背負った百年の孤独の重みを表現するには、まだ何かが足りない」

橘は立ち上がった。
そして二人の歌姫の中間に立つ。
「だから俺は決めた」
彼は悪魔のような、しかし最高のプロデューサーとしての笑みを浮かべた。

「このシーンは二人で歌え」

「……え?」
声を上げたのは陽葵と瑠奈、二人同時だった。

「LUNAの持つ深い闇と絶望を知る魂の響き。そして朝霧くんの持つ全てを包み込む陽だまりのような光の響き。その二つの声が重なり合った時、初めてこのシーンは神話になる」

あまりにも大胆不敵なアイデア。
だがそのアイデアを聞いた瞬間、蓮の頭の中で全てのピースがカチリとはまった。
そうだ。
これしかない。
これこそがこの物語の音楽の完璧な答えだ。

陽葵と瑠奈は互いの顔を見合わせた。
戸惑いと驚きと、そしてほんの少しの期待。
自分たち二人が一緒に歌う。
それはかつて敵として憎しみ合った二人には想像もできないことだった。

「……面白いじゃない」
最初に口を開いたのは瑠奈だった。
その瞳にはアーティストとしての強い好奇心の光が宿っていた。
「この子の光と私の闇。それが混ざり合ったらいったいどんな色になるのかしら。……試してみたいわ」

陽葵もまた瑠奈のその真っ直ぐな瞳を見て覚悟を決めた。
この人となら。
この偉大なアーティストと一緒なら。
自分はもっと高みへ行けるかもしれない。

「……はいっ!」
陽葵は力強く頷いた。
「やらせてください!」

蓮はその光景を胸が熱くなるような想いで見つめていた。
共鳴する才能。
いや、これはもはや共鳴ではない。
二つの全く異なる光がぶつかり合い融合し、新しい誰も見たことのない光を生み出そうとしている。
奇跡の瞬間だった。

「決まりだな」
橘は満足げに煙を吐き出した。
「ではren監督。君の仕事はこの二つの奇跡を一つの完璧なハーモニーへと導くことだ。……できるかね?」

その問いに蓮は最高の笑顔で答えた。
「望むところです」

見えない壁はもうどこにもなかった。
三つの才能は今、完全に一つになった。
歴史に残る最高の作品が生まれようとしている。
その確かな予感が、その場にいた全員の心を熱く震わせていた。
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