俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ

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第81話:二つの光、一つのハーモニー

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その日のレコーディングスタジオは異様なほどの緊張感と、そして期待感に包まれていた。
コントロールルームには蓮と橘、そして黒崎監督と原作者の夏目響までが固唾を飲んでガラスの向こう側を見つめている。
ブースの中には二人の歌姫が二本のマイクの前に向かい合って立っていた。
朝霧陽葵と星宮瑠奈。
光と影。
全く異なる二つの才能が、今、歴史上初めて一つの音楽を共に奏でようとしていた。

「……準備はいいかしら、ひよこちゃん」
ヘッドホンを装着しながら瑠奈が、悪戯っぽく陽葵に囁いた。
その呼び方に陽葵は思わずぷっと吹き出した。
「……はいっ! 準備万端です、大先輩!」
陽葵も負けじと笑顔で返す。
二人の間にもう以前のような刺々しい空気はなかった。互いを認め合うライバルであり、そして戦友としての心地よい緊張感がそこにはあった。

「……始めるぞ」
コントロールルームから蓮の、少しだけ硬い声がヘッドホンを通して聞こえてくる。

ブースの中の空気がピンと張り詰めた。
静寂。
クリック音すらない。
このシーンはアカペラだ。
互いの呼吸、互いの魂の響きだけが頼り。

陽葵がそっと息を吸う音がした。
そして紡ぎ出された第一声。
それは絶望の淵にいるリリアのか細く、しかし消えることのない希望の祈り。
陽葵の持つ陽だまりのような声が、静寂の中に一条の光を描き出した。

その光に導かれるように。
瑠奈の第二声がそっと重なり合った。
それはリリアが背負った百年の孤独と絶望の闇。
瑠奈の深くそして慈愛に満ちた声が、陽葵の光を優しく包み込んでいく。

光と影。
希望と絶望。
二つの相反するはずの声が溶け合っていく。
それはせめぎ合いではなかった。
互いの足りない部分を補い合うように。
互いの素晴らしい部分をさらに輝かせるように。
一つの完璧なハーモニーへと昇華されていく。

コントロールルームでは誰もが息をすることも忘れて、その奇跡の瞬間に聴き入っていた。
黒崎監督の目には涙が浮かんでいる。
原作者の夏目響は目を閉じ、まるで自らが描いた物語が今、目の前で現実になったかのように深く頷いていた。
橘は煙草を握りしめたまま、プロデューサー人生で初めて味わう至高の瞬間に打ち震えていた。

そして蓮は。
彼はミキシングコンソールの上に両手を置き、その奇跡のハーモニーを全身で浴びていた。
自分の想像を遥かに、遥かに超えている。
これはもはや人間の声ではない。
天使と悪魔が共に歌う神話の歌声だ。
自分の作ったメロディが、今この瞬間に永遠の命を得たのだと。
クリエイターとしてこれ以上の幸福はなかった。

歌が終わる。
最後の美しいハーモニーの余韻が、静寂の中に吸い込まれていくように消えていった。
ブースの中の陽葵と瑠奈は互いに見つめ合っていた。
二人とも瞳を涙で潤ませている。
そしてどちらからともなく、ふっと微笑み合った。
言葉はいらなかった。
音楽が完全に二人の心を一つにしていた。

コントロールルームが割れんばかりの拍手に包まれた。
それは賞賛であり感謝であり、そして奇跡を目の当たりにした者たちの純粋な感動の表明だった。

「……OKだ」
蓮が震える声でマイクを通して告げた。
「完璧だ。ありがとう、二人とも」

その夜。
「追憶のセレナーデ」の主要スタッフだけが集まる、ささやかな打ち上げが開かれた。
場所は橘が懇意にしている高級料亭の個室だった。

「……乾杯」
黒崎監督の静かな発声で全員がグラスを掲げた。
「歴史に残る傑作の誕生に」
カチンと心地よい音が響き渡る。
その場の誰もが同じ想いを共有していた。

宴もたけなわになった頃。
蓮は少しだけ席を外し、夜風に当たるために店の庭に出た。
満月が美しい庭園を青白く照らし出している。
そこにそっと近づいてくる二つの人影があった。
陽葵と瑠奈だった。

三人はどちらからともなく縁側に並んで腰を下ろした。
しばらく誰も何も話さなかった。
ただ静かに美しい月を眺めている。

「……終わったのね」
ぽつりと瑠奈が呟いた。
その声には達成感と、そしてほんの少しの寂しさが滲んでいた。

「……はい」
陽葵が小さく頷いた。

「……なあ」
蓮が静かに口を開いた。
「二人とも、本当にありがとうな」
その言葉には蓮のありったけの感謝の気持ちが込められていた。

瑠奈はふふっと悪戯っぽく笑った。
「礼を言うのはこっちの方よ、ren監督。あなたのおかげで私、また歌うことが好きになれたから」
その笑顔は本当に心の底からの笑顔だった。

陽葵もまた蓮の顔を愛おしそうに見つめた。
「私もです。先輩のおかげで私はここまで来れました。本当にありがとうございます」

三人の間にもう何のわだかまりもなかった。
嵐のようなすれ違い。
傷つけ合った過去。
その全てがこの美しい作品を生み出すための、長い長いプレリュードだったのかもしれない。
そう思えた。

三つの光は今、完全に一つになった。
それは決して消えることのない、温かい友情という名のハーモニー。
物語は最高の形でクライマックスを迎えようとしていた。
美しい満月の光が、三人の未来を静かに、そして優しく照らし出していた。
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