俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ

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第90話:運命の主題-歌

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「追憶のセレナーデ -続編-」の制作は最高の形でその帆を揚げた。
ヒロイン、リリア役に朝霧陽葵が決定したというニュースは世間に大きな、そして好意的な驚きをもって迎えられた。前作での彼女の魂のこもった演技は多くの人々の記憶にまだ新しく残っていたからだ。
そして、音楽監督renとの公私にわたるパートナーシップ。そのあまりにもドラマチックな物語は、映画の公開前から人々の期待を否が応でも煽り立てていた。

制作は順調に進んだ。
蓮は音楽監督として、その才能をかつてないほど爆発させていた。
陽葵という最高のミューズを得た彼の創作意欲は、留まることを知らなかった。
アフレコスタジオで陽葵がリリアとして魂の声を吹き込む。
その声を聴きながら、蓮は自らのスタジオで次々と神がかった劇伴音楽を生み出していく。
二人の才能は互いを刺激し合い、高め合い、奇跡のような相乗効果を生み出していた。

だが、この巨大プロジェクトにはまだ最後の、そして最も重要なピースが残されていた。
それは、作品の全てを締めくくる主題歌。
そして、その歌声を誰に託すのかという究極の選択だった。

スターライト・エージェンシー、役員会議室。
再びあのメンバーが顔を揃えていた。
黒崎監督、原作者の夏目響、プロデューサーの橘翔太、そして音楽監督の藤堂蓮。

「……楽曲はほぼ完成している」
蓮が口火を切った。
テーブルの上に置かれたラップトップから、彼が作り上げた主題歌のデモ音源が流れ始める。
それは前作の主題歌とはまた違う、壮大で、しかしどこまでも優しく、そして希望に満ちた壮大なバラードだった。
物語の全ての哀しみと喜びを包み込み、そしてその先の未来を照らし出すような、光の音楽。

デモ音源が終わると、会議室は深い感動に包まれた。
「……素晴らしい」
原作者の夏目響が感極まったように呟いた。
「これこそが、私がこの物語の最後に描きたかった光だ」
黒崎監督も何度も深く頷いている。

「問題は、歌手だ」
橘が本題を切り出した。
「この神の領域に達した楽曲を歌いこなせるボーカリストが、今の日本にいるのかどうか」
スクリーンに再び日本を代表するトップアーティストたちの名前が映し出される。
だが、誰もがどこかしっくりこないという表情をしていた。
この曲はあまりにも完璧すぎた。
生半可な技術や人気では到底太刀打ちできないほどの魂の重みがそこにはあった。

会議は難航した。
いくつかの名前が挙がっては消えていく。
その重苦しい空気を破ったのは、今まで黙って議論を聞いていた黒崎監督の一言だった。

「……彼女はどうしている?」

そのあまりにも唐突な問い。
誰もがその『彼女』が誰を指しているのか一瞬分からなかった。
だが、橘だけはその意味を即座に理解していた。

「……ニューヨークで歌っていると聞いています」
橘が静かに答えた。
「小さなジャズクラブで。もう日本の音楽シーンとは完全に縁を切った、と」

その会話を聞いて、蓮ははっとした。
まさか。
監督が言っているのは。

黒崎監督はゆっくりと立ち上がった。
そして、窓の外の東京の空を見つめながら言った。
「……この歌は光だけを歌う歌ではない。深い、深い闇を知る者でなければ、この光の本当の眩しさを表現することはできん」

監督は振り返ると、蓮の目を真っ直ぐに見据えた。
「ren君。君はどう思うかね。……星宮瑠奈が、この歌を歌うことを」

運命の主題歌。
その歌い手として白羽の矢が立ったのは。
誰もが予想しなかった、そしてある意味では誰もが心のどこかで予感していた、その名前だった。

LUNA――星宮瑠-奈。

蓮は言葉を失った。
再び彼女と音楽を作るというのか。
陽葵はどう思うだろうか。
ようやく手に入れたこの穏やかな幸せが、また壊れてしまうのではないか。
一瞬、蓮の脳裏を不安がよぎった。

だが、クリエイターとしての魂がそれを一瞬で打ち消した。
黒崎監督の言う通りだ。
この歌には光と影、その両方が必要だ。
そして、その両方を完璧に表現できる歌声は世界に一つしか存在しない。
星宮瑠奈の、あの絶望と希望が同居した奇跡の歌声しか。

蓮は覚悟を決めた。
最高の作品を作るために。

「……彼女が受けてくれるのなら。僕に異論はありません」

そのプロフェッショナルとしての答え。
それを聞いた橘は、待っていましたとばかりに口の端に笑みを浮かべた。
「……交渉は俺に任せてもらおう。必ず彼女をこの舞台に引きずり出してみせる」

その日の夜。
蓮はアパートの部屋で、陽葵に全てを話した。
主題歌の歌手が星宮瑠奈になるということを。

陽葵はその名前を聞いて、静かに目を伏せた。
しばらくの間、何も言わなかった。
蓮は、どんな言葉をかければいいのか分からなかった。

やがて陽葵はゆっくりと顔を上げた。
その表情は蓮が想像していたような、悲しみや不安に満ちたものではなかった。
そこにあったのは驚くほど穏やかで、そして澄み切った微笑みだった。

「……そうなんですね」
陽葵は静かに言った。
「……瑠奈さんなら、きっと最高の歌を歌ってくれますね」

「……陽葵」
蓮はたまらず彼女の名前を呼んだ。

「大丈夫ですよ、先輩」
陽葵は蓮の不安を見透かすように優しく微笑んだ。
「私、もう大丈夫ですから。瑠奈さんのこと、ちゃんと一人の素晴らしいアーティストとして尊敬しています。彼女となら最高の作品が作れるって、私も信じてます」

その瞳には一点の曇りもなかった。
彼女はもう嫉ゆえっとや劣等感に囚われてはいなかった。
一人のプロの役者として、この作品の成功だけを純粋に願っていたのだ。

蓮は胸が熱くなった。
この一年半という月日は自分だけでなく、彼女のこともこんなにも強く、そして美しく成長させていたのだと。
「……ありがとう、陽葵」
蓮は彼女の体をそっと抱きしめた。

運命は再び三人を引き合わせようとしていた。
だが、それはもはや悲劇の前触れではなかった。
それぞれの成長を遂げた三つの才能が再び集結し、歴史に残る最高の奇跡を生み出すための、祝福された運命の再会。
その幕が今、静かに上がろうとしていた。
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