俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ

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第91話:スタジオでの再会

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スターライト・エージェンシーが誇る国内最高峰のレコーディングスタジオ。そのコントロールルームの空気は、まるで深海のように静かで重かった。壁一面に並べられた最新鋭の機材が無機質な光を放ち、巨大なミキシングコンソールの前に座る藤堂蓮の横顔を青白く照らし出していた。

彼の隣には朝霧陽葵が、小さな椅子にちょこんと座っている。彼女は自分の膝の上でぎゅっと拳を握りしめていた。その表情には期待と、それ以上に大きな緊張が浮かんでいる。
無理もない。
今日、この場所に彼女がやってくるのだから。

「……大丈夫か?」
蓮が小声で尋ねた。
「はい。……大丈夫、です」
陽葵は力なく笑って見せた。だが、その声がわずかに震えているのを蓮は聞き逃さなかった。

星宮瑠奈。
ニューヨークから電撃的に帰国した彼女は、今日このスタジオで主題歌のレコーディングを行う。
蓮は音楽監督として。
陽葵はヒロイン役の声優として、その歴史的瞬間に立ち会うことになっていた。

あの日、恋人として結ばれて以来、陽葵は瑠奈の名前を一度も口にしなかった。蓮もまた、あえてその話題に触れることはなかった。二人の間にはまだ見えない傷跡のようなものが残っているのかもしれない。
今日、この再会が吉と出るか凶と出るか。
蓮にも予測はつかなかった。

その時、コントロールルームの重い防音扉が静かに開いた。
入ってきたのは橘翔太だった。そして、彼の後ろに一人の女性が立っている。
蓮と陽葵は息を呑んだ。

星宮瑠奈だった。
黒のシンプルなパンツスーツ。華美な装飾は何もない。メイクもほとんどしていないように見えるほどナチュラルだ。
だが、彼女がそこにいるだけでスタジオの空気が一瞬で変わった。
以前のような刺々しいオーラではない。
静かで深く、そして揺るぎない自信に満ちた、本物のアーティストだけが放つことができる圧倒的な存在感。

瑠奈の視線がゆっくりと部屋の中を捉えた。
そして、蓮と陽葵の姿をその瞳に映し出す。
三人の視線が交錯する。
時間は止まった。
一年半という長いようで短かった月日。その間にあったあまりにも多くの出来事が、その一瞬の沈黙の中に凝縮されているようだった。

気まずい、という言葉では足りない。
それはもっと根源的で運命的な再会の瞬間だった。

その張り詰めた糸を断ち切ったのは瑠奈だった。
彼女はふっと息を吐き出すように、その唇に柔らかな笑みを浮かべた。
そして何の躊躇いもなく、二人の元へと歩み寄ってくる。

まず、彼女は蓮の前に立った。
「久しぶり、ren監督」
その声は驚くほど穏やかで澄んでいた。
監督、というプロフェッショナルな呼び方。それは二人の間にあった個人的な過去を一度リセットするという、彼女からの明確なメッセージだった。

蓮は戸惑いながらも立ち上がった。
「……ああ、久しぶり。瑠奈さん」
蓮もまた、仕事相手としての距離感を保った。

瑠奈はそれに満足げに頷くと、今度は固くなったままの陽葵の前に視線を移した。
陽葵はびくりと肩を揺らす。
何を言われるのだろう。
嫌味か、あるいは無視か。
最悪の事態を覚悟した。

だが、瑠奈の口から出たのは全く予想外の言葉だった。
「陽葵ちゃん、って呼んでもいいかしら」
その声はまるで姉が妹に語りかけるように優しかった。
「……え?」
陽葵は目をぱちくりとさせることしかできない。

「あなたのリリアとしての演技、聴かせてもらったわ」
瑠奈は続けた。その瞳には一点の曇りもない、純粋な賞賛の色が浮かんでいる。
「……素晴らしかった。本当に。あなたが、あの役を掴み取った理由がよく分かったわ。あの魂のこもった声。私には決して真似できない」

それはかつて陽葵の歌を「ひよこ」だと嘲笑した女王からの、最大限の賛辞だった。
陽葵の瞳にじわりと涙が滲んだ。
信じられなかった。
この人が、あの星宮瑠奈が自分を認めてくれている。

「だから、私も負けてられないなって思ったの」
瑠奈は悪戯っぽく笑った。
「あなたが、あれだけの魂を作品に注ぎ込んだんだもの。私が中途半端な歌を歌ったら、あなたと、そしてこの作品に関わった全ての人に失礼だわ」

そして瑠奈は陽葵に向かって、そっと右手を差し出した。
握手を求めている。

「最高の作品にしましょう。……いいえ、しなくちゃね。私たちで」

陽葵はもう涙を堪えることができなかった。
だが、それは悲しみの涙ではなかった。
長い長い戦いの末にようやくたどり着いた、和解と尊敬、そして友情の温かい涙だった。
陽葵は差し出されたその手を両手で強く、強く握り返した。
「……はいっ! 瑠奈さん!」

その光景を蓮は胸が熱くなるのを感じながら見つめていた。
壁は完全になくなった。
三つの魂は今、本当に一つになったのだ。

コントロールルームの隅でその一部始終を見ていた橘が、満足げに煙草の煙を吐き出した。
彼の描いた最高のシナリオ。
その最後のピースが今、完璧な形ではまった瞬間だった。

「さて、と」
瑠奈は陽葵の手を離すと、プロの顔に戻って蓮に向き直った。
「監督。感傷に浸るのはここまでよ。最高の歌を録りましょうか」
その瞳にはアーティストとしての燃えるような炎が宿っていた。

蓮もまた音楽監督としてのスイッチを入れた。
「ああ。もちろんだ」

スタジオはもはやただの仕事場ではなかった。
互いを深くリスペクトし合う三人の天才たちが、それぞれの才能をぶつけ合い、高め合い、そして融合させる奇跡のセッションルームへと変貌していた。
これから生まれる音楽が歴史に残る傑作になることを、その場にいた誰もが確信していた。
本当の物語はここから始まる。
三人が共に奏でる、未来へのシンフォニーが。
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