隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第17話 最初の思い出、あるいは恋に落ちる音

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「……欲しい、です」

その言葉は、まるで魔法だった。
今まで彼女が口にしてきた「未来ではこうでした」という理屈や事実は、俺の頭を混乱させ、心を振り回すだけだった。
だが、今、俺の目の前にあるのは、未来のデータでも、確定した事実でもない。
ただひたすらに純粋な、一人の少女の「願い」だった。
頬を染め、潤んだ瞳で、俺を真っ直ぐに見つめる雪城冬花。その姿は、俺が今まで見てきたどんな彼女よりも、儚く、そしてどうしようもなく愛おしかった。

心臓が、ドクン、と大きく鳴った。
俺の頭の中に、一つの強い感情が雷のように突き抜ける。
――叶えてあげたい。

しかし、すぐに現実が俺を引き戻す。ちらりとショーケースの値札に目をやる。そこには、俺の月々の小遣いを遥かに上回る金額が記されていた。高校生が、ふらりと立ち寄って気軽に買えるような値段ではない。
俺が言葉に詰まっていると、彼女はハッとしたように我に返り、慌てて首を横に振った。
「あ、いえ! すみません、今のは忘れてください! こんな高価なもの、あなたにねだるなんて……私、どうかしていました」
彼女はそう言って、俯いてしまう。その耳は真っ赤に染まっていた。
「行きましょう。もう、長居は迷惑です」
店を出ようと踵を返す彼女の白いワンピースの裾を、俺は無意識に掴んでいた。
「え……?」
驚いて振り返る彼女に、俺はできるだけ平静を装って言った。
「……待ってろ」

俺は彼女の手を離し、まっすぐに店員の方へと向かった。
「すみません、これください」
俺がショーケースを指さすと、にこやかな女性店員が「かしこまりました」と応対してくれる。財布の中身を思い出す。先月、祖父からもらった臨時収入があったはずだ。それを全部つぎ込めば、何とか……。
「プレゼント用でございますね。ラッピングはいかがなさいますか?」
「あ、はい。お願いします」
俺が会計を済ませている間、店の入り口で立ち尽くす彼女の姿が視界の端に入った。ソワソワと落ち着かない様子で、自分の指先を弄んでいる。その姿が、たまらなく可愛かった。

店の外に出て、俺は小さな紙袋を彼女に差し出した。
心臓が、うるさいくらいに鳴っている。顔が熱い。未来の俺も、きっとこんな気持ちだったのだろうか。
「ほらよ」
ぶっきらぼうになってしまったのが、自分でも分かる。彼女は恐る恐る、というように、その紙袋を受け取った。
「……いいんですか? 無理させてしまって……」
「別に。俺が、あげたいと思っただけだから」
俺はそっぽを向きながら言った。そして、気づけば口にしていた。未来の俺が言ったとされる、あのセリフを。
「……お前のイメージに、ぴったりだと思ったから」
しまった、と思った。未来の俺の真似事みたいで、ダサすぎる。
しかし、彼女は顔を上げて、驚いたように俺を見ていた。そして、次の瞬間、その瞳から、ぽろり、と一粒の涙がこぼれ落ちた。
「え、ちょ、なんで泣くんだよ!」
俺が慌てると、彼女は慌てて涙を拭い、首を横に振った。
「すみません、違うんです。嬉しくて……」
彼女は震える手で、袋から小さなベルベットの箱を取り出した。そして、ゆっくりと蓋を開ける。
箱の中で、雪の結晶のネックレスが、午後の光を浴びてキラキラと繊細に輝いていた。

彼女は、宝物のようにそのネックレスを両手で包み込むと、幸せを噛みしめるように、ふわりと微笑んだ。
それは、今まで見たどんな笑顔とも違った。
初めて会った日の、計算されたような微笑みじゃない。映画館での、強がりの笑顔でもない。
心の底から、喜びが溢れ出しているのが分かる、曇りのない、満開の笑顔。
その笑顔を見た瞬間。
俺の中で、何かが弾ける音がした。

「ありがとうございます、優斗さん」
彼女は涙で濡れた瞳で、俺を真っ直ぐに見上げた。
「これが、私たちの『最初の』思い出の品ですね」

最初の、思い出。
未来の再現じゃない。未来の記憶の追体験でもない。
今の俺と、今の彼女が、今日この場所で作り上げた、正真正銘、二人だけの、最初の思い出。
その言葉の重みが、彼女の笑顔の輝きが、俺の心を完全に撃ち抜いた。

可愛い、とか。
ドキドキする、とか。
そんな生易しい言葉では、もう足りなかった。
全身の血が逆流するような衝撃。世界から音が消え、目の前の彼女だけが、鮮やかな色彩を放っている。
ああ、そうか。
俺は、今。
この、未来から来たと自称する、完璧で、少しズレていて、泣き虫で、そして、どうしようもなく愛おしいこの少女に。

―――恋に、落ちたんだ。

その自覚は、あまりにも鮮烈で、抗うことのできない事実として、俺の全身を駆け巡った。

「あの……よかったら、つけてもらえませんか?」
彼女が、恥ずかしそうに、しかし期待に満ちた瞳で俺を見つめる。
俺は、まだ高鳴り続ける心臓を必死に抑えながら、こくりと頷いた。
「……ん」
彼女が嬉しそうに微笑み、くるりと俺に背中を向けた。
白いワンピースから覗く、華奢なうなじ。そこにふわりとかかる、数本の銀色の髪。シャンプーの甘くて清潔な香りが、俺の鼻腔をくすぐる。
俺は震える手でネックレスを受け取り、彼女の首に回した。
小さな留め金を留めるのに、ひどく時間がかかった。指先が、彼女の肌に触れるたびに、電流が走ったような衝撃が体を貫く。
カチリ、と小さな音がして、ようやく留め金が留まった。
彼女の白い肌の上で、雪の結晶が静かに輝いている。
「……どう、ですか?」
振り返った彼女は、少し不安そうに俺に問いかけた。
俺は、ただ一言、答えるのが精一杯だった。

「……すごく、綺麗だ」

それは、ネックレスへの言葉なのか、彼女自身への言葉なのか。
もう、自分でも分からなかった。ただ、本心だった。
俺の言葉に、彼女は今日一番の笑顔で、「はい」と幸せそうに頷いた。
俺たちの、初めてのデートは、まだ終わらない。
そして、俺の本当の恋は、今、この瞬間から始まったのだ。
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