60 / 97
第61話 最後の告白、あるいは太陽の涙
しおりを挟む
文化祭は、大成功のうちに幕を閉じた。
俺たちのクラスのお化け屋敷は、最終的に『最優秀クラス企画賞』を受賞し、教室は歓喜の渦に包まれた。功労者である雪城委員長はクラスメイトたちから胴上げされそうになり、「やめなさい。非合理的です」とクールに一蹴していたが、その横顔は紛れもなく誇らしげだった。
祭りの後の、心地よい疲労感と一抹の寂しさ。
後片付けが始まり、俺たちは三日三晩かけて創り上げた夢の跡を、自分たちの手で解体していく。
その喧騒の中で、俺の心は一つのことだけで占められていた。
雪城さんと、天宮さんのことだ。
屋上での、あの宣戦布告。
『私が、彼女と、話をします』
そう宣言した雪城さんは、後片付けが始まると俺に「あなたは、ここで全体の指揮を」とだけ言い残し、ふっとその場から姿を消した。
きっと、天宮さんを探しに行ったのだろう。
俺は居ても立ってもいられなかった。
二人がどんな話をするのか。想像もつかない。だが、どちらにも傷ついてほしくなかった。
「……陽平、悪い。あと、頼む」
俺は後片付けの指揮権を、半ば強引に陽平に押し付けると教室を飛び出した。
二人がいそうな場所。
心当たりは、一つしかなかった。
あの、屋上だ。
俺は階段を二段飛ばしで駆け上がり、錆びついた鉄の扉を勢いよく開けた。
そこに広がっていたのは、俺が予想した通りの光景だった。
夕日が、世界を燃えるようなオレンジ色に染め上げている。
その光の中で、二人の少女が対峙していた。
氷のように静かな、雪城冬花。
太陽のように明るい、天宮夏帆。
その間には、張り詰めた、しかし不思議と清浄な空気が流れていた。
「……邪魔、しちまったか」
俺の出現に、二人は同時にこちらを振り返った。
天宮さんは、少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「ううん。ちょうど、良かったかも」
彼女はそう言って、雪城さんに一度視線を送る。
雪城さんも、静かにこくりと頷いた。二人の間では、もう話はついていたのかもしれない。
そして、天宮さんはゆっくりと俺の前に歩み寄ってきた。
「相沢くん」
彼女は俺の名前を呼んだ。その声はいつもよりも、少しだけ大人びて聞こえた。
「私ね、ずっと中学の時から、あなたのことが好きでした」
それは、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも突然の告白だった。
俺は何も言えず、ただ息を呑んだ。
彼女は続ける。その瞳は夕日を映して、きらきらと潤んでいた。
「いつも誰にでも優しくて、困っている人がいたら損得考えずに助けてあげてて。そういう、ちょっと不器用で、でもすごく温かいところが大好きだった」
「球技大会の時、勇気を出して同じチームになろうって言ったの。文化祭でメイド服着る羽目になった時、あなたがすごく心配そうな顔で見ててくれたのも、本当はすごく嬉しかったんだよ」
彼女の言葉の一つ一つが、俺の知らなかった彼女の想いを、俺の胸に優しく、しかし切なく刻み込んでいく。
「でも、分かってた」
彼女は一度言葉を切り、俺の後ろに立つ雪城さんに視線を送った。
その視線には、嫉ゆえにも敵意もなかった。あるのはただ、清々しいほどの敬意と、そしてほんの少しの羨望。
「雪城さんが、あなたの特別なんだって。あなたたちが、お互いを誰よりも大切に想ってるんだってこと。見てれば、すぐに分かったよ」
彼女はそう言って、ふわりと笑った。
その笑顔は、少しだけ泣きそうに歪んでいた。
「だからね、これは私のわがまま」
彼女は再び、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「勝ち目がないって分かってる。でも、この気持ちを伝えないまま終わりたくなかった。ちゃんと、あなたに好きだって言って、ちゃんとフラれたかったの」
「だから、聞いてくれてありがとう」
彼女の瞳から、ついに一筋の涙がこぼれ落ちた。
だが、それは悲しい涙ではなかった。
自分の恋に最後まで誠実であろうとした、強い、強い太陽の涙だった。
俺は、どうすればいいのか分からなかった。
こんなにも真っ直ぐな想いを、俺はどう受け止めればいい?
俺が言葉を探して狼狽えていると、俺の背後から静かな声がした。
「……優斗さん」
雪城さんの声だった。
彼女は俺の隣に、いつの間にか立っていた。
そして、俺の代わりにというように、天宮さんに深く、深く頭を下げた。
「……ごめんなさい」
その意外な行動に驚いたのは、俺だけではなかった。天宮さんも目を丸くしている。
「私の夫が、あなたに辛い思いをさせました。妻として、代わりに謝罪します」
その、あまりにも真摯で、あまりにも誠実な態度。
天宮さんはしばらく呆然としていたが、やがてぷっと吹き出した。
そして、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま声を上げて笑った。
「あははっ! 何それ! 雪城さんて、やっぱり面白い人だね!」
彼女は涙を拭うと、すっきりとした吹っ切れた笑顔で言った。
「謝らないで。私、雪城さんのこと嫌いじゃないよ。むしろ、好きになっちゃったかも。あなたの、そういう真っ直ぐなところ」
そして彼女は、俺に最後の笑顔を向けた。
「相沢くん、雪城さんのこと、絶対幸せにしてあげてね。約束だよ」
それが、俺の初めての失恋だった。
そして、俺の初めての恋が本当の意味で祝福された瞬間でもあった。
夕日が三人の影を、長く、長く地面に映し出していた。
一つの恋が終わり、そして一つの恋がまた深く始まっていく。
文化祭の終わりは、俺たちの青春の一つの大きな、大きなターニングポイントとなったのだった。
俺たちのクラスのお化け屋敷は、最終的に『最優秀クラス企画賞』を受賞し、教室は歓喜の渦に包まれた。功労者である雪城委員長はクラスメイトたちから胴上げされそうになり、「やめなさい。非合理的です」とクールに一蹴していたが、その横顔は紛れもなく誇らしげだった。
祭りの後の、心地よい疲労感と一抹の寂しさ。
後片付けが始まり、俺たちは三日三晩かけて創り上げた夢の跡を、自分たちの手で解体していく。
その喧騒の中で、俺の心は一つのことだけで占められていた。
雪城さんと、天宮さんのことだ。
屋上での、あの宣戦布告。
『私が、彼女と、話をします』
そう宣言した雪城さんは、後片付けが始まると俺に「あなたは、ここで全体の指揮を」とだけ言い残し、ふっとその場から姿を消した。
きっと、天宮さんを探しに行ったのだろう。
俺は居ても立ってもいられなかった。
二人がどんな話をするのか。想像もつかない。だが、どちらにも傷ついてほしくなかった。
「……陽平、悪い。あと、頼む」
俺は後片付けの指揮権を、半ば強引に陽平に押し付けると教室を飛び出した。
二人がいそうな場所。
心当たりは、一つしかなかった。
あの、屋上だ。
俺は階段を二段飛ばしで駆け上がり、錆びついた鉄の扉を勢いよく開けた。
そこに広がっていたのは、俺が予想した通りの光景だった。
夕日が、世界を燃えるようなオレンジ色に染め上げている。
その光の中で、二人の少女が対峙していた。
氷のように静かな、雪城冬花。
太陽のように明るい、天宮夏帆。
その間には、張り詰めた、しかし不思議と清浄な空気が流れていた。
「……邪魔、しちまったか」
俺の出現に、二人は同時にこちらを振り返った。
天宮さんは、少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「ううん。ちょうど、良かったかも」
彼女はそう言って、雪城さんに一度視線を送る。
雪城さんも、静かにこくりと頷いた。二人の間では、もう話はついていたのかもしれない。
そして、天宮さんはゆっくりと俺の前に歩み寄ってきた。
「相沢くん」
彼女は俺の名前を呼んだ。その声はいつもよりも、少しだけ大人びて聞こえた。
「私ね、ずっと中学の時から、あなたのことが好きでした」
それは、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも突然の告白だった。
俺は何も言えず、ただ息を呑んだ。
彼女は続ける。その瞳は夕日を映して、きらきらと潤んでいた。
「いつも誰にでも優しくて、困っている人がいたら損得考えずに助けてあげてて。そういう、ちょっと不器用で、でもすごく温かいところが大好きだった」
「球技大会の時、勇気を出して同じチームになろうって言ったの。文化祭でメイド服着る羽目になった時、あなたがすごく心配そうな顔で見ててくれたのも、本当はすごく嬉しかったんだよ」
彼女の言葉の一つ一つが、俺の知らなかった彼女の想いを、俺の胸に優しく、しかし切なく刻み込んでいく。
「でも、分かってた」
彼女は一度言葉を切り、俺の後ろに立つ雪城さんに視線を送った。
その視線には、嫉ゆえにも敵意もなかった。あるのはただ、清々しいほどの敬意と、そしてほんの少しの羨望。
「雪城さんが、あなたの特別なんだって。あなたたちが、お互いを誰よりも大切に想ってるんだってこと。見てれば、すぐに分かったよ」
彼女はそう言って、ふわりと笑った。
その笑顔は、少しだけ泣きそうに歪んでいた。
「だからね、これは私のわがまま」
彼女は再び、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「勝ち目がないって分かってる。でも、この気持ちを伝えないまま終わりたくなかった。ちゃんと、あなたに好きだって言って、ちゃんとフラれたかったの」
「だから、聞いてくれてありがとう」
彼女の瞳から、ついに一筋の涙がこぼれ落ちた。
だが、それは悲しい涙ではなかった。
自分の恋に最後まで誠実であろうとした、強い、強い太陽の涙だった。
俺は、どうすればいいのか分からなかった。
こんなにも真っ直ぐな想いを、俺はどう受け止めればいい?
俺が言葉を探して狼狽えていると、俺の背後から静かな声がした。
「……優斗さん」
雪城さんの声だった。
彼女は俺の隣に、いつの間にか立っていた。
そして、俺の代わりにというように、天宮さんに深く、深く頭を下げた。
「……ごめんなさい」
その意外な行動に驚いたのは、俺だけではなかった。天宮さんも目を丸くしている。
「私の夫が、あなたに辛い思いをさせました。妻として、代わりに謝罪します」
その、あまりにも真摯で、あまりにも誠実な態度。
天宮さんはしばらく呆然としていたが、やがてぷっと吹き出した。
そして、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま声を上げて笑った。
「あははっ! 何それ! 雪城さんて、やっぱり面白い人だね!」
彼女は涙を拭うと、すっきりとした吹っ切れた笑顔で言った。
「謝らないで。私、雪城さんのこと嫌いじゃないよ。むしろ、好きになっちゃったかも。あなたの、そういう真っ直ぐなところ」
そして彼女は、俺に最後の笑顔を向けた。
「相沢くん、雪城さんのこと、絶対幸せにしてあげてね。約束だよ」
それが、俺の初めての失恋だった。
そして、俺の初めての恋が本当の意味で祝福された瞬間でもあった。
夕日が三人の影を、長く、長く地面に映し出していた。
一つの恋が終わり、そして一つの恋がまた深く始まっていく。
文化祭の終わりは、俺たちの青春の一つの大きな、大きなターニングポイントとなったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい
みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。
それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。
願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。
スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。
ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。
※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた
九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。
そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。
バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件
沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」
高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。
そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。
見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。
意外な共通点から意気投合する二人。
だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは――
> 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」
一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。
……翌日、学校で再会するまでは。
実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!?
オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる