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第80話 日常への帰還、あるいは見えない敵との戦い
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修学旅行という名の、甘くも壮絶な三泊四日から俺たちは再びありふれた日常へと帰ってきた。
だが、その日常はもう以前のそれとは全く違う意味を持っていた。
俺たちの何気ない一日一日。
その全てが運命という見えない敵との、静かな、しかし熾烈な戦いのステージとなったのだから。
朝、冬花が家の前で待っていてくれるいつもの光景。
「おはようございます、優斗さん」
その穏やかな笑顔の裏に、彼女がどれほどの覚悟を隠しているのか。俺はもう知っている。
二人で歩く通学路。
俺は以前よりもずっと周りに気を配るようになった。
曲がり角から暴走した自転車が飛び出してこないか。
工事現場の看板が倒れてきたりしないか。
その全てが『運命の修正力』による攻撃の可能性をはらんでいる。
考えすぎかもしれない。だが、彼女が守ろうとしている俺の未来を、俺自身も守らなければならない。
その新しい責任感が、俺の背筋をぴんと伸ばさせていた。
学校での生活も表面上は何も変わらなかった。
だが、俺と冬花の間には常に緊張の糸が張り巡らされている。
俺が階段を上り下りする時。
彼女は必ず俺の一歩後ろをついてくる。万が一俺が足を踏み外した時に支えられるように。
体育の授業でボールが俺の方に飛んできた時。
彼女は誰よりも速く俺の前に立ちはだかり、そのボールを完璧にカットする。
そのあまりにも徹底した過保護っぷり。
以前なら「やりすぎだ」と苦笑していたかもしれない。
だが、今は違う。
その一つ一つの行動が、彼女の必死の戦いなのだと俺は理解していた。
俺はそんな彼女の想いを、ただ黙って受け止めることしかできなかった。
俺たちのそんな密かな戦いに、周囲の人間は誰も気づいていない。
陽平は「お前ら、修学旅行から帰ってきてさらにイチャイチャ度がアップしたな」とニヤニヤしながらからかってくる。
クラスメイトたちも俺たちのその異常なまでの距離の近さを、ただの仲睦まじいカップルの姿として微笑ましく見守っているだけだ。
それでよかった。
この戦いは俺と彼女、二人だけの秘密でなければならないのだから。
だが、運命という敵は俺たちが思っているよりもずっと狡猾だった。
それは分かりやすい物理的な危険として牙を剥いてくるだけではなかったのだ。
ある日の放課後。
俺は図書室で冬花とテスト勉強をしていた。
その時、クラスの女子生徒が数人で俺たちの元へやってきた。
「あの、雪城さん。ちょっといいかな?」
彼女たちは少しだけ緊張した面持ちで冬花に話しかける。
「この数学の問題が分からなくて……。教えてもらえないかな?」
彼女たちは冬花がクラスでトップの成績であることを知っているのだ。
冬花は一瞬だけ俺の顔を窺うように見た。
俺は「いいじゃん、教えてやれよ」と目で合図を送る。
彼女はこくりと頷くと「分かりました」と静かに彼女たちのノートを受け取った。
俺はその光景を少しだけ誇らしい気持ちで眺めていた。
彼女のその圧倒的な知性がクラスのみんなに認められている。それが自分のことのように嬉しかったのだ。
だが、その時だった。
俺の背後から不意に声がかけられた。
「あれ、相沢くん? 奇遇だね、君も勉強?」
振り返ると、そこに立っていたのは天宮さんだった。
彼女は友人と二人で勉強しに来ていたらしい。
「ああ、天宮さん」
「よかったら、そこの席座ってもいいかな?」
彼女は俺の隣の空いている席を指さした。
俺は断る理由もなく「もちろん」と頷いた。
そこから数分間。
俺は天宮さんと他愛のない会話を交わした。
文化祭、楽しかったね、とか。
次の小テスト、範囲が広くて大変だよね、とか。
そのごく普通のクラスメイトとしての会話。
だが、その時俺は気づいていなかった。
それが『運命の修正力』による巧妙な罠であることに。
ふと、俺は冬花の方へと視線を送った。
彼女は女子生徒たちに数学を教えながらも、その意識が明らかに俺と天宮さんの方に向いているのが分かった。
その碧色の瞳の奥に、ほんの、ほんのわずかな影がよぎる。
嫉妬。
そうだ。彼女はまた嫉妬しているのだ。
俺が自分以外の女の子と楽しそうに話していることに。
俺はハッとして、すぐに天宮さんとの会話を切り上げようとした。
だが、その時にはもう遅かった。
その日の帰り道。
俺たちの間には久しぶりに重くて気まずい沈黙が流れていた。
彼女は何も言わない。
ただいつもよりも少しだけ速いペースで前を歩いているだけ。
その小さな背中が俺を拒絶しているようだった。
「……冬-花」
俺が声をかけても彼女は振り返らない。
「怒ってるのか?」
「……別に」
返ってきたのは短く、そして冷たい一言だけ。
ああ、まただ。
また俺は彼女を傷つけてしまった。
俺は彼女のその嫉妬深い不器用な心を、誰よりも理解してあげなければならなかったのに。
これが『運命の修正力』の本当の恐ろしさ。
それは俺たちの物理的な距離を引き離すだけじゃない。
こうして些細なすれ違いや誤解を生み出して、俺たちの心の距離を引き裂こうとするのだ。
見えない敵との戦いは、俺が思っていたよりもずっと困難で、そしてずっと厄介だった。
俺は冬花を失うかもしれないという本当の恐怖と戦う日々を、こうして始めたのだった。
その終わりが見えない戦いの始まりを。
だが、その日常はもう以前のそれとは全く違う意味を持っていた。
俺たちの何気ない一日一日。
その全てが運命という見えない敵との、静かな、しかし熾烈な戦いのステージとなったのだから。
朝、冬花が家の前で待っていてくれるいつもの光景。
「おはようございます、優斗さん」
その穏やかな笑顔の裏に、彼女がどれほどの覚悟を隠しているのか。俺はもう知っている。
二人で歩く通学路。
俺は以前よりもずっと周りに気を配るようになった。
曲がり角から暴走した自転車が飛び出してこないか。
工事現場の看板が倒れてきたりしないか。
その全てが『運命の修正力』による攻撃の可能性をはらんでいる。
考えすぎかもしれない。だが、彼女が守ろうとしている俺の未来を、俺自身も守らなければならない。
その新しい責任感が、俺の背筋をぴんと伸ばさせていた。
学校での生活も表面上は何も変わらなかった。
だが、俺と冬花の間には常に緊張の糸が張り巡らされている。
俺が階段を上り下りする時。
彼女は必ず俺の一歩後ろをついてくる。万が一俺が足を踏み外した時に支えられるように。
体育の授業でボールが俺の方に飛んできた時。
彼女は誰よりも速く俺の前に立ちはだかり、そのボールを完璧にカットする。
そのあまりにも徹底した過保護っぷり。
以前なら「やりすぎだ」と苦笑していたかもしれない。
だが、今は違う。
その一つ一つの行動が、彼女の必死の戦いなのだと俺は理解していた。
俺はそんな彼女の想いを、ただ黙って受け止めることしかできなかった。
俺たちのそんな密かな戦いに、周囲の人間は誰も気づいていない。
陽平は「お前ら、修学旅行から帰ってきてさらにイチャイチャ度がアップしたな」とニヤニヤしながらからかってくる。
クラスメイトたちも俺たちのその異常なまでの距離の近さを、ただの仲睦まじいカップルの姿として微笑ましく見守っているだけだ。
それでよかった。
この戦いは俺と彼女、二人だけの秘密でなければならないのだから。
だが、運命という敵は俺たちが思っているよりもずっと狡猾だった。
それは分かりやすい物理的な危険として牙を剥いてくるだけではなかったのだ。
ある日の放課後。
俺は図書室で冬花とテスト勉強をしていた。
その時、クラスの女子生徒が数人で俺たちの元へやってきた。
「あの、雪城さん。ちょっといいかな?」
彼女たちは少しだけ緊張した面持ちで冬花に話しかける。
「この数学の問題が分からなくて……。教えてもらえないかな?」
彼女たちは冬花がクラスでトップの成績であることを知っているのだ。
冬花は一瞬だけ俺の顔を窺うように見た。
俺は「いいじゃん、教えてやれよ」と目で合図を送る。
彼女はこくりと頷くと「分かりました」と静かに彼女たちのノートを受け取った。
俺はその光景を少しだけ誇らしい気持ちで眺めていた。
彼女のその圧倒的な知性がクラスのみんなに認められている。それが自分のことのように嬉しかったのだ。
だが、その時だった。
俺の背後から不意に声がかけられた。
「あれ、相沢くん? 奇遇だね、君も勉強?」
振り返ると、そこに立っていたのは天宮さんだった。
彼女は友人と二人で勉強しに来ていたらしい。
「ああ、天宮さん」
「よかったら、そこの席座ってもいいかな?」
彼女は俺の隣の空いている席を指さした。
俺は断る理由もなく「もちろん」と頷いた。
そこから数分間。
俺は天宮さんと他愛のない会話を交わした。
文化祭、楽しかったね、とか。
次の小テスト、範囲が広くて大変だよね、とか。
そのごく普通のクラスメイトとしての会話。
だが、その時俺は気づいていなかった。
それが『運命の修正力』による巧妙な罠であることに。
ふと、俺は冬花の方へと視線を送った。
彼女は女子生徒たちに数学を教えながらも、その意識が明らかに俺と天宮さんの方に向いているのが分かった。
その碧色の瞳の奥に、ほんの、ほんのわずかな影がよぎる。
嫉妬。
そうだ。彼女はまた嫉妬しているのだ。
俺が自分以外の女の子と楽しそうに話していることに。
俺はハッとして、すぐに天宮さんとの会話を切り上げようとした。
だが、その時にはもう遅かった。
その日の帰り道。
俺たちの間には久しぶりに重くて気まずい沈黙が流れていた。
彼女は何も言わない。
ただいつもよりも少しだけ速いペースで前を歩いているだけ。
その小さな背中が俺を拒絶しているようだった。
「……冬-花」
俺が声をかけても彼女は振り返らない。
「怒ってるのか?」
「……別に」
返ってきたのは短く、そして冷たい一言だけ。
ああ、まただ。
また俺は彼女を傷つけてしまった。
俺は彼女のその嫉妬深い不器用な心を、誰よりも理解してあげなければならなかったのに。
これが『運命の修正力』の本当の恐ろしさ。
それは俺たちの物理的な距離を引き離すだけじゃない。
こうして些細なすれ違いや誤解を生み出して、俺たちの心の距離を引き裂こうとするのだ。
見えない敵との戦いは、俺が思っていたよりもずっと困難で、そしてずっと厄介だった。
俺は冬花を失うかもしれないという本当の恐怖と戦う日々を、こうして始めたのだった。
その終わりが見えない戦いの始まりを。
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