83 / 97
第84話 イヴの贈り物、あるいは時を超える腕時計
しおりを挟む
そして運命の十二月二十四日、クリスマス・イヴがやってきた。
空は冬らしくどこまでも澄み渡り、吐く息は白く空気に溶けていく。
俺はクローゼットの前で、いつもよりも少しだけ時間をかけて服を選んだ。
冬花と二人で練り上げた『最高の決起集会』のための一張羅だ。
待ち合わせ場所の駅前の時計台に着くと、彼女はもうそこに来ていた。
白いふわふわのコートに身を包み、首には俺がプレゼントした赤いマフラーを巻いている。その姿はまるで冬の妖精のようだった。
「……待たせたか?」
「いいえ。私も今来たところです」
彼女はそう言ってふわりと微笑んだ。
その笑顔にはもう一片の翳りもなかった。
俺たちのデートは、俺が想像していた以上に穏やかで、そして幸せな時間だった。
昼間はクリスマスマーケットを冷やかし、ホットワイン(俺はジュース)で乾杯した。
映画館ではベタな恋愛映画を見て、二人して少しだけ涙ぐんだ。
レストランでは未来の俺が熱望したという、少しだけ豪華な七面鳥のローストを分け合って食べた。
その一つ一つの時間が、あまりにも温かくて愛おしくて。
俺は何度も、これが俺たちの日常なんだと錯覚しそうになった。
だが、時折彼女の瞳の奥に静かな、しかし燃えるような決意の光が宿るのを見るたびに、俺は思い出す。
これは戦いだ。
俺たちの未来を懸けた聖なる戦いなのだ、と。
日が暮れ、街がイルミネーションの光で輝き始める頃。
俺たちは計画の最終目的地である展望台へと向かっていた。
手を繋いで歩く。
その繋がれた手のひらから伝わる温もりだけが、この夢のような時間の唯一のリアリティだった。
展望台のエレベーターの中で、俺はポケットの中に忍ばせていた小さな箱の感触を確かめた。
心臓が少しだけ速く脈打つ。
これは俺から彼女へのささやかな贈り物。
そして俺の覚悟の証だった。
展望台から見下ろす夜景は、まさに絶景だった。
無数の宝石を散りばめたかのような街の灯り。
そのあまりにもロマンチックな光景に、俺たちはしばらくの間言葉もなく見入っていた。
「……きれいだな」
俺がぽつりと呟くと、隣の彼女もこくりと頷いた。
「はい。未来で見たどの夜景よりも……」
彼女はそこで言葉を切ると、悪戯っぽく笑った。
「いえ。未来の話はもうしない約束でしたね」
その笑顔に俺もつられて笑った。
そうだ。
俺たちが見ているのは未来じゃない。
今、この瞬間なんだ。
「……冬花」
俺は意を決して彼女の名前を呼んだ。
そしてポケットから、あの小さな箱を取り出した。
「これ、俺から」
俺がそれを彼女の前に差し出すと、彼女は驚いたように目を丸くした。
「……これは?」
「開けてみてくれ」
彼女はおそるおそるというように、その箱を受け取った。
そしてゆっくりとその蓋を開ける。
箱の中に収まっていたのは、一本のシンプルな腕時計だった。
銀色の華奢なブレスレットタイプ。
文字盤には小さな雪の結晶のモチーフがあしらわれている。
それは俺がなけなしの小遣いを全てはたいて買ったものだった。
彼女に似合うと思って。
そして何よりも伝えたかった。
俺たちの『時間』はこれから始まるんだ、と。
彼女はその腕時計をただじっと見つめていた。
そしてその瞳からぽろり、ぽろりとまた涙がこぼれ落ちていく。
「……どうして」
彼女の震える声が問いかける。
「どうして、これを……」
「え?」
俺がきょとんとしていると、彼女は自分のバッグの中から震える手で一つの小さな包みを取り出した。
そしてそれを俺の前に差し出す。
「……私も、あなたにプレゼントを用意していました」
俺は促されるままにその包みを開いた。
中から出てきたのは。
一本の腕時計だった。
黒い革のベルト。
シンプルなクロノグラフ。
それは俺の好みど真ん中のデザインだった。
俺は声もなく固まった。
なんだ、これは。
偶然?
いや、そんな偶然なんてあるはずがない。
俺が呆然と彼女の顔を見ると、彼女は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも幸せそうに微笑んでいた。
「……これは未来で、あなたがずっと使っていた腕時計です」
彼女は静かに語り始めた。
「あなたが私との記憶を失ってからも……。あなたはなぜかこの腕時計だけは肌身離さず、ずっと着け続けていた」
「私はそれが唯一の希望でした。いつかあなたがこの腕時計を見て、何かを思い出してくれるんじゃないかって……」
「だから私はこの時代に来る時、これだけを持ってきました。あなたとの唯一の繋がりの証として」
そのあまりにも切実で、あまりにも一途な想い。
俺は胸が締め付けられるようだった。
俺たちがお互いに用意した贈り物。
それは偶然なんかじゃない。
時を超えて惹かれ合う俺たちの魂が起こした、必然の奇跡だったのだ。
「……つけてくれるか?」
俺が言うと、彼女は力強く頷いた。
俺は彼女の細い手首に雪の結晶の腕時計をつけてやる。
彼女も俺の無骨な手首に、未来から来た腕時計をつけてくれた。
カチリと留め金が留まる音。
その音はまるで俺たちの運命が固く結ばれた音のように聞こえた。
俺たちは、お揃いの時を刻む証を手に入れた。
もう何も怖くない。
俺は彼女を力強く引き寄せた。
そしてその涙に濡れた唇に、もう一度深く、深くキスをした。
光り輝く夜景の中で。
俺たちの時間は今、確かに一つになったのだから。
空は冬らしくどこまでも澄み渡り、吐く息は白く空気に溶けていく。
俺はクローゼットの前で、いつもよりも少しだけ時間をかけて服を選んだ。
冬花と二人で練り上げた『最高の決起集会』のための一張羅だ。
待ち合わせ場所の駅前の時計台に着くと、彼女はもうそこに来ていた。
白いふわふわのコートに身を包み、首には俺がプレゼントした赤いマフラーを巻いている。その姿はまるで冬の妖精のようだった。
「……待たせたか?」
「いいえ。私も今来たところです」
彼女はそう言ってふわりと微笑んだ。
その笑顔にはもう一片の翳りもなかった。
俺たちのデートは、俺が想像していた以上に穏やかで、そして幸せな時間だった。
昼間はクリスマスマーケットを冷やかし、ホットワイン(俺はジュース)で乾杯した。
映画館ではベタな恋愛映画を見て、二人して少しだけ涙ぐんだ。
レストランでは未来の俺が熱望したという、少しだけ豪華な七面鳥のローストを分け合って食べた。
その一つ一つの時間が、あまりにも温かくて愛おしくて。
俺は何度も、これが俺たちの日常なんだと錯覚しそうになった。
だが、時折彼女の瞳の奥に静かな、しかし燃えるような決意の光が宿るのを見るたびに、俺は思い出す。
これは戦いだ。
俺たちの未来を懸けた聖なる戦いなのだ、と。
日が暮れ、街がイルミネーションの光で輝き始める頃。
俺たちは計画の最終目的地である展望台へと向かっていた。
手を繋いで歩く。
その繋がれた手のひらから伝わる温もりだけが、この夢のような時間の唯一のリアリティだった。
展望台のエレベーターの中で、俺はポケットの中に忍ばせていた小さな箱の感触を確かめた。
心臓が少しだけ速く脈打つ。
これは俺から彼女へのささやかな贈り物。
そして俺の覚悟の証だった。
展望台から見下ろす夜景は、まさに絶景だった。
無数の宝石を散りばめたかのような街の灯り。
そのあまりにもロマンチックな光景に、俺たちはしばらくの間言葉もなく見入っていた。
「……きれいだな」
俺がぽつりと呟くと、隣の彼女もこくりと頷いた。
「はい。未来で見たどの夜景よりも……」
彼女はそこで言葉を切ると、悪戯っぽく笑った。
「いえ。未来の話はもうしない約束でしたね」
その笑顔に俺もつられて笑った。
そうだ。
俺たちが見ているのは未来じゃない。
今、この瞬間なんだ。
「……冬花」
俺は意を決して彼女の名前を呼んだ。
そしてポケットから、あの小さな箱を取り出した。
「これ、俺から」
俺がそれを彼女の前に差し出すと、彼女は驚いたように目を丸くした。
「……これは?」
「開けてみてくれ」
彼女はおそるおそるというように、その箱を受け取った。
そしてゆっくりとその蓋を開ける。
箱の中に収まっていたのは、一本のシンプルな腕時計だった。
銀色の華奢なブレスレットタイプ。
文字盤には小さな雪の結晶のモチーフがあしらわれている。
それは俺がなけなしの小遣いを全てはたいて買ったものだった。
彼女に似合うと思って。
そして何よりも伝えたかった。
俺たちの『時間』はこれから始まるんだ、と。
彼女はその腕時計をただじっと見つめていた。
そしてその瞳からぽろり、ぽろりとまた涙がこぼれ落ちていく。
「……どうして」
彼女の震える声が問いかける。
「どうして、これを……」
「え?」
俺がきょとんとしていると、彼女は自分のバッグの中から震える手で一つの小さな包みを取り出した。
そしてそれを俺の前に差し出す。
「……私も、あなたにプレゼントを用意していました」
俺は促されるままにその包みを開いた。
中から出てきたのは。
一本の腕時計だった。
黒い革のベルト。
シンプルなクロノグラフ。
それは俺の好みど真ん中のデザインだった。
俺は声もなく固まった。
なんだ、これは。
偶然?
いや、そんな偶然なんてあるはずがない。
俺が呆然と彼女の顔を見ると、彼女は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも幸せそうに微笑んでいた。
「……これは未来で、あなたがずっと使っていた腕時計です」
彼女は静かに語り始めた。
「あなたが私との記憶を失ってからも……。あなたはなぜかこの腕時計だけは肌身離さず、ずっと着け続けていた」
「私はそれが唯一の希望でした。いつかあなたがこの腕時計を見て、何かを思い出してくれるんじゃないかって……」
「だから私はこの時代に来る時、これだけを持ってきました。あなたとの唯一の繋がりの証として」
そのあまりにも切実で、あまりにも一途な想い。
俺は胸が締め付けられるようだった。
俺たちがお互いに用意した贈り物。
それは偶然なんかじゃない。
時を超えて惹かれ合う俺たちの魂が起こした、必然の奇跡だったのだ。
「……つけてくれるか?」
俺が言うと、彼女は力強く頷いた。
俺は彼女の細い手首に雪の結晶の腕時計をつけてやる。
彼女も俺の無骨な手首に、未来から来た腕時計をつけてくれた。
カチリと留め金が留まる音。
その音はまるで俺たちの運命が固く結ばれた音のように聞こえた。
俺たちは、お揃いの時を刻む証を手に入れた。
もう何も怖くない。
俺は彼女を力強く引き寄せた。
そしてその涙に濡れた唇に、もう一度深く、深くキスをした。
光り輝く夜景の中で。
俺たちの時間は今、確かに一つになったのだから。
0
あなたにおすすめの小説
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい
みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。
それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。
願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。
スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。
ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。
※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた
九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。
そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。
バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件
沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」
高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。
そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。
見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。
意外な共通点から意気投合する二人。
だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは――
> 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」
一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。
……翌日、学校で再会するまでは。
実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!?
オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる