スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。

夏見ナイ

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第10話:第二階層・岩石地帯

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ジャイアントモールを討伐してから数日が過ぎた。
あの巨大なモンスターが還った場所の土は、驚くべき変化を遂げていた。まるで最高級の肥料を何年もかけて熟成させたかのように、黒々と輝き、触れるだけで生命力が伝わってくる。

「見てくださいアルフォンス。このポーション草の発育速度、以前の倍以上になっています」
シルフィが、栽培区画で瑞々しく育つ薬草を指差しながら興奮気味に言った。彼女の言う通り、ジャイアントモールを肥料にした土壌で育つポーション草は、他の場所のものとは比べ物にならないほど成長が早い。葉の色も濃く、含まれる魔力量も明らかに増している。

「モンスターを倒すことが、直接農業の質を上げることになるなんてな」
俺も目の前の光景に満足しながら頷いた。
危険なモンスターの出現は、当初こそ肝を冷やしたが、結果として俺たちの農園に計り知れない恩恵をもたらしてくれた。ダンジョンという存在が、単なる素材の採取場所ではなく、能動的に働きかけることで成長していく『生きている畑』なのだと、俺たちは実感していた。

その日も、俺たちはポーション草の収穫を終え、第一階層の未探索エリアへと足を踏み入れていた。この草原はどこまで続いているのか。まだ見ぬ植物があるかもしれない。そんな期待を胸に、俺たちは小川の上流を目指して歩いていた。

しばらく進むと、草原の突き当たり、巨大な岩壁が見えてきた。これまで、ここが第一階層の端だと思っていた場所だ。
しかし、その日は違った。
岩壁の中腹あたりに、ぽっかりと黒い穴が口を開けていたのだ。

「……あんな洞窟、以前はありましたか?」
シルフィが訝しげに呟く。
「いや、なかったはずだ」
俺も首を横に振った。俺たちがこのダンジョンを発見してから、何度もこのあたりは探索している。こんなに分かりやすい洞窟を見逃すはずがない。

「もしかして……」
俺とシルフィは、同時に同じ可能性に思い至った。
「ジャイアントモールを倒したことと、関係があるのかもしれません」

ダンジョンの主のようなモンスターを倒したことで、新たな道が開かれた。ゲームや物語でよくある展開だが、まさか現実の我が身に起こるとは。
洞窟の入り口からは、第一階層の穏やかな空気とは明らかに違う、乾いて少し暖かい空気が流れ出してきている。奥は暗く、何も見えない。

「……危険かもしれません。一度、準備を整えてからの方が」
シルフィが警戒を強め、弓に手をかける。彼女の判断は正しい。未知の領域に踏み込むのだから、慎重すぎるということはない。
だが、俺の心は好奇心で満たされていた。
このダンジョンは、俺のスキルと共鳴している。ここが俺を害するとは、どうしても思えなかった。

「いや、行ってみよう」
俺は決意を口にした。「ここが俺の畑である限り、何が起きても対処できるはずだ」
その言葉には、何の根拠もない自信が満ちていた。だが、シルフィは俺の目を見て、何かを感じ取ったようだった。
「……分かりました。あなたがそう言うのなら。ですが、決して無理はしないでください」
彼女はそう言うと、静かに頷いた。

俺たちは顔を見合わせ、覚悟を決めると、暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。
入り口こそ狭かったが、中は人が二人並んで歩けるくらいの広さがあった。壁も床も、ゴツゴツとした岩盤が剥き出しになっている。道は緩やかな下り坂になっており、俺たちは慎重に歩を進めた。

しばらく進むと、道の先がぼんやりと明るくなっているのが見えた。
やがて視界が開け、俺たちは広大な空間へとたどり着いた。
そこは、第一階層とは全く異なる世界だった。

「これは……」
シルフィが息を呑む。
目の前に広がっていたのは、見渡す限りの岩石地帯だった。
天井は遥か高く、そこからは巨大な鍾乳石のような岩が無数に垂れ下がっている。地面もまた、大小様々な岩で埋め尽くされ、平らな場所はほとんどない。
第一階層を満たしていた柔らかな光はなく、代わりに壁や地面に埋め込まれた様々な鉱石が、青や赤の鈍い光を放っている。それがこの空間全体の、唯一の光源だった。

空気は少し生暖かく、微かに硫黄の匂いがする。第一階層が『生』の空間なら、ここは『無機質』な空間。生命の気配が、ほとんど感じられなかった。

「第二階層、といったところでしょうか」
シルフィが周囲を警戒しながら呟く。
「ああ。環境が全く違う。植物が育つようには見えないな」

俺の言葉に、シルフィが「いいえ」と首を振った。
「見てください、アルフォンス。あそこ」
彼女が指差す先。巨大な岩の裂け目に、何かが生えているのが見えた。

俺たちは足場の悪い岩場を慎重に進み、その場所へと近づいた。
そこに生えていたのは、実に奇妙な植物だった。
土からではなく、岩の裂け目から直接生えている。葉はなく、地面から突き出した灰色の塊。形はカブや大根に似ているが、その表面は滑らかではなく、ざらざらとした岩肌そのものだ。
とても食べられるものには見えない。まるで、岩が植物の形に進化したかのような、異様な光景だった。

「こんな植物、どんな文献でも見たことがありません……。そもそも、これは本当に植物なのでしょうか」
シルフィも困惑した表情で、その奇妙な物体を観察している。
俺はいつものように、それに手を触れてみた。
ひんやりとした、硬い感触。やはり石に近い。

そして、頭の中に情報が流れ込んできた。

【ミスリル大根(幼体):鑑定結果】
【効果:内部に高純度の魔銀(ミスリル)を含有する鉱物野菜。食用には適さないが、精錬することで極めて高品質なミスリルを取り出すことができる。】
【状態:成長中。収穫にはまだ早い。】

「……ミスリル大根、だと?」
俺は思わず鑑定結果を声に出していた。
「ミスリル!?」
今度はシルフィが驚愕の声を上げる。「伝説の金属、ミスリルですか!? それが、野菜のように生えていると?」
「ああ、そういう鑑定結果が出た。まだ小さいみたいだが」

信じられない話だった。
ミスリルといえば、鋼よりも軽く、ダイヤモンドよりも硬いとされる幻の金属だ。その希少価値から、金と比べても何十倍もの価格で取引される。王国クラスの騎士団長が持つ剣や、王族がまとう鎧に使われるのが関の山で、普通の冒険者では一生お目にかかることすらない。
それが、大根のように、この岩場に生えている。

俺たちは周囲を見渡した。
よく見ると、同じような『ミスリル大根』が、岩場のあちこちに点在していた。まだどれも小さいが、その数は決して少なくない。

「すごい……すごすぎます、アルフォンス。ポーション草だけでも奇跡だというのに、今度は伝説の金属まで……。あなたのダンジョンは、一体どうなっているのですか」
シルフィの声は、興奮と畏怖がないまぜになっていた。

俺は試しに、一番近くにあったこぶし大のミスリル大根に手をかけ、引き抜いてみようとした。
「う……っ、硬い!」
普通の野菜のように簡単には抜けない。根が、岩盤にがっちりと食い込んでいるようだ。
俺はスキル【土いじり】を発動させ、大根の周囲の岩盤をわずかに緩めた。すると、ゴリッという鈍い感触と共に、ミスリル大根が抜けた。

手に取ると、ずしりとした重み。見た目の大きさからは考えられないほどの質量だ。表面はやはりざらざらしているが、抜けた断面からは、鈍い銀色の輝きが覗いていた。
これが、ミスリル。

「これをどうする? 鍛冶師でもなければ、ただの硬い石ころだぞ」
俺が言うと、シルフィはうっとりとした目でミスリル大根を眺めながら言った。
「いいえ、これはとんでもない宝です。もしこれを加工できる技術があれば、国一つが動くほどの価値があります」

国が動く。その言葉に、俺は少しだけ背筋が寒くなるのを感じた。
俺が求めているのは、静かで平穏な暮らしだ。あまり大事になるのは望んでいない。

だが、目の前にあるのは紛れもない現実だ。
俺の農園の下には、規格外のポーションを生み出す草原と、伝説の金属が実る岩石地帯が広がっている。
このダンジョンは、俺が思っている以上に、とんでもない可能性と、そして厄介事を秘めているのかもしれない。

俺は収穫したばかりのミスリル大根を袋にしまい、シルフィと顔を見合わせた。
「今日は一度戻ろう。この階層は、まだ俺たちには早すぎるかもしれない」
「……そうですね。モンスターがいないとも限りませんし」

俺たちは第二階層を後にし、再び第一階層の穏やかな光の中へと戻った。
手の中には、ずしりと重いミスリル大根。
俺の農園生活は、また一つ、大きな転換点を迎えたようだった。
この奇妙な作物が、次は何を呼び寄せるのか。
その時の俺には、まだ知る由もなかった。
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